異世界英雄譚

第二十五話(4)

「話を聞いて欲しかったんだけどなあ、私としては」
しかしながらそれでハンターの目を欺くことは出来やしなかった。
「……ハンター!」
目にも止まらぬ速さで、ハンターはメアリーの前に立ち塞がった。
「あなたは話のわかる人だと思っていたけれど……、どうやら頭が回るだけだったようだねえ。ま、別に私は人間に近付こうなんて思いはしないのだけれどね。やっぱり人間と向き合うなんてことは無理かあ……」
「とりあえず。もう話はしなくていいよね? だってあなたから逃げ出したんだから。話を聞くことの出来る唯一のチャンスを、あなた自身が逃したんだから」
「……ええ、そうね。まあ、私は元から聞く気は無かったけれど」
「ふうん。いつルーシーを救えるかチャンスを伺っていたってわけね。まあ、別にいいけれど、そこまで気にすることでも無かったんじゃない? 確かにルーシーがああなったのはあなたが悪いけれど、それを悪いなんて認識していないのでしょう?」
メアリーとハンターは対峙する。
いつこの場からタイミングを見て抜け出すことができるのか、そんなことばかりを考えていた。
「言っておくけれど、もう私の目を誤魔化すことは出来ないよ。ルーシーを救うことがあなたにとっての贖罪と思っているかいないかは別として……いずれにせよ、ルーシーはもう救えない。あなたのせいでルーシーはああなったと言っても過言ではないのだから。まったく、勇者一同って案外薄情者ばかりよね。勇者があんなことをしたら、勇者を敵として扱っているんだから。勇者には失敗が許されない、ってわけかしら」
「そんなこと……!」
「思ってない、なんてどうして言い切れるわけ? あなたがどう思っていようと別に問題は無いとでも思っているのかもしれないけれど、大間違い。それはあなたとしての理論で、私としての理論としては……いいや、言い直すならば、世界としてのスタンダードとしては間違っている、とでも言えばいいかしら。あなたがどう思っていようとも、あなたは無意識に勇者を傷付けたということになるかな。寧ろ、そちらの方が問題のような気がしないでも無いけれど?」
「それは……」
そこで、直ぐに答えてしまえば良かった。
答えてしまえば良かった、のに。
メアリーは直ぐに答えることが出来なかった。しどろもどろとまでは言わなくても、答えを発するためにその場で思考を停止しまったのだ。
だから、隙を突かれた。
「あなたは、無意識のうちに勇者を傷付けた。けれど、同時に、あなたの中にはそれを諌める気持ちもあった。『そんなこと言われても仕方がない』という気持ちが。逃げるという気持ちが。あなたの中にはあった」
徐々に、メアリーはハンターの言葉にのめり込んでいく。
それは彼女の持つ魔力が、言葉に干渉しているのかもしれないが――そのことについてメアリーが理解しているはずもなく。
「……違う。違う、違う!」
メアリーは頭を抱える。
その場から逃げるように。
その場から、逃げ出すように。
その場から、その空間から、その世界から。
メアリーはすべてから逃げ出したくなっていた。
「……メアリー・ホープキン。あなたは祈祷師の娘として一生を歩んできた。そして、あなたは祈祷師の娘という立ち位置が嫌いだった。そんなとき、神託があった。それは、予言の勇者に仕えなさいという神託だった。……それが私たちの計画に組み込まれていたものだということも知らずにね!」
「そんなこと……そんなことが」
有り得ない、なんて言えるのだろうか?
そんなことを言えるはずがない。メアリーは思っていた。彼女だって、そんなことは有り得ないって分かっていた。分かっていたけれど、それを彼女の中で客観的に肯定することは、出来なかった。
出来なかったからこそ、気持ちの整理が付けられなかった。
気持ちの整理が付けられなかったからこそ、つけいられる隙を与える結果となった。
それはすべて、彼女の『甘え』が結果を生み出したことだ。
「メアリー・ホープキン。あなたはずっと逃げ続けてきた。あなたはずっと、己の運命を受け入れずにいた。そうして、縋るように予言の勇者――フル・ヤタクミと旅を共にした。その結果、世界が滅びる結果となった。そうして今度は『世界を復活する』という大義名分を掲げて旅を続けた。それもまた、あなたの『祈祷師リュージュの娘』という運命から逃げるため。すべて、そう。あなたはずうっと逃げ続けてきた。その生き方に、意味はあるのかしら?」
「私は……いいや、逃げてなんて……」
「ほんとうにそう言い切れるのかしら?」
歩み寄るハンター。
ゆっくりと、ゆっくりとメアリーは後ろへと下がっていく。
しかしもともとこの空間は狭い空間だったために、直ぐに彼女は追い詰められていく。
「さあ、メアリー・ホープキン。いくら逃げようとしても無駄ですよ。あなたはこれ以上逃げることは出来ないのですから! 別に私はいいのですよ。認めてしまえば良いのです。逃げていたことを、リュージュの娘であることに葛藤を抱いていたと認めてしまえば。あとは楽なことですよ? あなたがどういう気持ちを抱いているかは二の次になりますが、そんなこと、私にはどうだっていい話だ。いや、寧ろ好都合と言ってもいいでしょうけれどね」
「好都合……ですって」
メアリーは薄れゆく意識の中で、何度も反芻していた。

――自分は、必要だったのか?

そうして、彼女はハンターの言葉に、押し潰されるように、意識を失った。

◇◇◇

地上。
未だに僕とバルト・イルファはどうやって空へと向かうべきか――それを延々と考えていた。とはいえ、少しは何か浮かんでくるものかと思っていたけれど、ところがどっこい。案外浮かんでこないものだったり、するわけだ。ほんとうはもう少し頭を捻ればいいのかもしれないけれど、捻れば捻るほど、何も浮かんでこない。それはまるでカラカラのぞうきんを絞っているかのように、僕たちの頭脳はもはや限界に達していた。
「……いったい全体、どうすればいいのだろうか。なあ、バルト・イルファ。お前の炎の魔法で、空に浮かばせることを出来ないのか? 例えば、このホバークラフト全体を」
「出来ると思っているのか。そもそも、僕の魔力じゃ、このホバークラフトをあそこまで浮かばせるほどの力を生み出すことは出来ない。いくら僕たちが『知恵の木の実』からエネルギーを分け与えられているからと言っても、限りはあるよ」
知恵の木の実からエネルギーを分け与えられている。
何だかんだここで初出の情報を手に入れたところでそれを持て余す未来しか見えてこない。
ただ重要そうな情報であることは間違いないから、一先ず覚えておくことにしようと思うけれど。
「……ま。とにかくそんなことはどうだっていいわけだ。問題としては、どうやって」
バルト・イルファは上を指差す。
「あの空間に行くことが出来るか、ということだけれど。そういえば、君、魔導書はどうした?」
「魔導書?」
僕はバルト・イルファの言葉を反芻する。
突然魔導書なんて単語が出てきて、いったいどうしたのかと思ったからだ。
対して、バルト・イルファにはその単語に一つ宛があるようで――。
「君ね……。魔導書といえばあれしかないだろう? ガラムドが残した叡智の書、ガラムドの書だよ。あれにはたくさんの魔法が書かれているはずだ。そう、例えば……そこに『空に浮かぶ魔法』だって書かれているんじゃないのか?」

◇◇◇

案外あっさりとその魔法は見つかった。
百二十四ページ、移動魔法――『サイト・スイッチ』。
その言葉を呟くと、同時に文字以外描かれていなかった魔導書のページに、魔方陣が描かれていく。それはまるでホログラムのような立体的に浮かび上がるような形だったけれど、きっとそれをバルト・イルファに説明しても理解してはくれないのだろう。
そしてホログラムとなって浮かび上がった魔方陣は、そのままホバークラフトを飛び出して地面の上に描かれる。
するとそこからふわりと風が吹き出して、上昇気流のようになっていた。
「……成程、ここに乗れば何とかなるかもしれない。移動魔法とは、そういうことだったのか」
鳥が上空で羽ばたかないのは上昇気流があるから、という話を聞いたことがある。
要するに、今の状況がそれだった。ホバークラフトでそれが可能かどうかは分からないけれど、先ずはやってみないとなんとも言えない。
「……それじゃ、向かうとしようか。だめだった場合は……なんてことは考えずに。ガラムドの書の中にあった魔法だ。失敗することはあるまい。まあ、それもガラムドを信じている人間ならば平気でそんなことを口にするのだろうけれど。君は?」
正直、信じていようが信じていまいが使ってしまったのだから、信じるしかない。
それが正直な感想だった。
「君がどう選ぼうと、僕は一緒に歩く。それは僕が勝手に決めたことではあるけれど……、それでも僕はついていく。君がこの魔法を信じているならば、僕もこの魔法を信じるということさ」
ゆっくりとホバークラフトは動き出し、気流の発生している場所へと向かう。
それはバルト・イルファも僕のことを信じているのだということにほかならなかった。
或いは、僕ではなくてガラムドの書を信じているだけなのかもしれないけれど。
そんなことを考えていると、ホバークラフトはあっという間に気流の発生源の場所へと到着した。
今のところ浮かび上がる気配はない。かといってこのまま待つわけにもいかない。長い間吹き上げるような風が吹いているようだけれど、さすがにホバークラフト全体を持ち上げるほどの風は吹いていないようだった。
「フル・ヤタクミ。ほかに魔法はないか? さすがに僕も、ガラムドの書を信じているとは言え、これでは浮かび上がる様子がまったく見えてこない……」
さすがのバルト・イルファも愚痴を言いだした、ちょうどそのときだった。
ホバークラフトがゆっくりと、ふわりと浮かび上がり始めた。
最初は、無重力の感覚を味わったタイミング。まさかそんなことが実際に起こりえるとは思わなかったためか、バルト・イルファはとても慌てている。ハンドルから手を離さない、いや、離したくない。そんな様子に見えた。
「ま、まさか……。ほんとうに飛んでいるというのか……!」
「そうとしか考えられないだろ。ほら、景色を見ると、まるでスローモーションのようにゆっくりと上に上がっていくぞ。やっぱり、ガラムドの書の魔法は凄いな。こんな大きいものまで空に浮かばせてしまうんだからな……」
ガラムドの書。
そう簡単に言ってみせるけれど、実際の所、僕もこの魔導書のすごさを理解しきれていない。それはすべてを使い切っていないから――ということもあるのだけれど、こんな人間の叡智を超えた力を軽々と使いこなすことの出来る魔法が書かれている魔導書は、人間が使う代物ではないのだろうか、なんてことを考えてしまうのだ。
かつても、人間の歴史においてその身に余るエネルギーを所有した結果、争いが起き、それが戦争という大きなムーブメントとなった事例が、僕の居た世界でもよく繰り広げられていた。
「……それにしても、このガラムドの書というのは、オーバーテクノロジーな雰囲気がしてならないな。いったい誰が書き上げたのか? やはり、名前の通りガラムドか。だとすれば、ガラムドは魔法にも長けていたということになるが」
バルト・イルファはそんなことを僕に聞こえるような声で言っていた。どうせ彼のことだから独り言にはなるのだろうけれど、それにしても声が大きすぎる。
それにしても、バルト・イルファはなぜ僕と共に行動しているのか。
そしてバルト・イルファの狙いは――彼から聞いたことはなかったかもしれないけれど、おそらくは妹であるロマ・イルファを救うためだろう。
ロマ・イルファは今、リュージュと共に居る。リュージュの目的を遂行するために共に行動しているのだろうけれど、バルト・イルファはもしかしたらロマ・イルファがリュージュの目的を達成するために行動しているということ、それ自身が彼女自らの意思によるものでは無いと思っているのかもしれない。
もちろんこれは彼に聞いた話ではない。だから、結局そのことに関しては推測の域を出ないわけだけれど。
「……ガラムドは不思議な存在だね」
「うん?」
バルト・イルファの言葉に、僕はそちらを向いた。
バルト・イルファは不思議そうに首を傾げて、
「だってそうだろう? ガラムドは世界を救った。そしていつ書いたかは知らないけれど、魔導書を書いた。それもその内容は簡単にほかの魔法学を学んだ専門家が使えない高度な魔法ばかりが揃っているという優れものだ。……考えたことはないか? ガラムドはその時代に生きるべき存在だったのか否か、という話だよ。まあ、だからカミサマになれたのかもしれないけれど」
「それとも、神よりも上の存在が、ガラムドをカミサマに仕立て上げるために生み出した……とか?」
神に仕立て上げる。
それは考え的にとても気になるものだけれど、はっきり言って今はそんなことを言っている場合じゃない。
仮にガラムドがそういう存在であったとしても、現に今僕たちがガラムドの書にシルされた魔法を使わなければ、天空へと旅立つことは出来ないのだから、そこはシンプルに感謝しなければならないだろう。
「ま。ガラムドのことはどうだって良いかもしれないね。今はそのおかげで空に向かうことが出来るわけだし」
案外楽観的に考えているんだな。
何というか、バルト・イルファの考えは未だに底が見えてこない。
そして、僕たちは――浮遊している飛空艇へと近づいていくのだった。

◇◇◇

「神の国?」
リュージュの言葉に首を傾げるロマ・イルファ。
「きっと『シリーズ』とやらも焦りを見せているのかもしれないな。想像が出来ていない方向で、この世界から時空の狭間へと旅立つことが出来るのだから」
「……それは、前にリュージュ様が話していた、あの?」
「その通りだ。この世界の周りに流れている時空の流れ……、そこから別の世界へと向かうことが出来るだろう。そしてその中には、創造神が住まう世界だってあるはずだ」
「そこへ向かえば、リュージュ様の野望が叶うわけですね」
ロマ・イルファの言葉に、ゆっくりと頷くリュージュ。
彼女の計画は完璧だった。
完璧だったからこそ、リュージュは油断していたと言っても良いだろうし、それによって完璧に計画が遂行されるかどうか分からなくなる――それすらも一瞬盲目と化していた。