異世界英雄譚

第二十五話(3)

その衝撃は、地上のホバークラフト――即ちフルとバルト・イルファも確認していた。
「何だ、あの光は……!」
「いったい何があったのかは分からないけれど……。でも、向かうしかない!」
ただ、その衝撃はリュージュの城塞から発せられたものではないということもまた、フルは目撃していた。
ならば、その衝撃はどこから?
「あそこに飛んでいたのは、確かメアリー・ホープキンたちが乗っていた飛空艇だったような……」
「メアリーが……!」
フルは運転していたホバークラフトのアクセルを踏み抜いた。
とはいえ、直ぐにスピードが出るわけでもなく、今出ているスピードが最高速度であるということは重々承知の上での行動となるわけだが。
「おい、フル・ヤタクミ。心配になっている気持ちは分かるが……、あそこまでどうやって行くつもりだ?」
「それは……!」
確かに、その通りだった。
どうやって飛空艇に向かえば良いのか――今はそれを考える必要があった。
「だから、先ずは、ちょっと立ち止まってみようよ。そうすれば少しは本質が見えてくるはずだ」
「本質……か」
フルはゆっくりと目を瞑る。
そうして、再び飛空艇を見つめた。
飛空艇があった場所には、エネルギーに満ち満ちている球体が浮かんでいる。
「あれは……エネルギーの……塊?」
エネルギーの塊、と表現したフルはどうやればそこへ向かうことが出来るか、と考えたことと同時に――そこに居るメアリーたちは無事かどうか考えていた。
考えるだけで、そこにどうやって向かうべきか、どうやればメアリーたちを助けることが出来るか、ということについてはさっぱり分からなかったわけだが。
「エネルギーの塊……か。また厄介なものが出てきたな。どうする、予言の勇者フル・ヤタクミ? この状況を乗り越えることもまた、お前に課せられた試練……なのだろう?」
「勝手にそんなことを言うな。……でも、まあ、確かに間違っていないかもしれないな」
フルはずっと考えていた。
どうして自分が『予言の勇者』としてこの世界にやってきたのか、ということを。
けれど、今はもうそんなことどうだってよかった。
結局の所、僕はこの世界で共に旅をしてきた仲間を、ただ救いたいだけだった。
メアリー・ホープキン。
ルーシー・アドバリー。
二人と共に旅をしてきたからこそ、その絆はそう簡単に切れることではない。
それはフルも理解していたし、メアリーとルーシーも同じ気持ちだろう――なんて勝手に思い込んでいた。
「とはいっても、やっぱり難しいことには変わりないな……。あんまり、難しいことばかりを話していても無駄なことは分かっているし。ただまあ、君だって分かっているだろう? どうやってここを乗り切るべきか。乗り切るのが難しい課題であっても、乗り越える上でどうやって活躍していけば良いか。それは別の人間が考える話ではなくて、君が考えることである。それは、君自身が一番理解できている話なのだろうけれど」
「バルト・イルファ。さっきから、他愛もない話ばかり続けるのはやめてくれないか? 君も何も考えついていないのだろうけれど、でも、それは、僕の考えを混乱させることにも繋がってしまう。それは君も十分に理解できていることだと思うのだけれどね」
「……フル・ヤタクミ。ならば、打開策は考えついているのかな? だったら僕は何も言うまい。君の行くべき道に従うよ。もっとも、君がどういう道を歩んでいくのか、今の僕にはまったくもって分からないわけだけれど。当然だよね、だって僕は予言者じゃないし。祈祷師のような、あんな能力(ちから)は、持ち合わせてはいない」
バルト・イルファとフル・ヤタクミの他愛もない会話は続いていく。
具体的には、生産性のない会話とでも言えば良いだろうか。いずれにせよ、毒舌にならざるを得ない程会話に内容がないものとなっていた。
しかしながら、それは同時に彼らの中で何か考えが浮かび上がりつつあることを意味していた。たとえばここで意味のあることを話しているならば、きっと彼らは策をそこで止めていただろうし、それ以上話すこともなかっただろう。しかし、今は違う。彼らの中で何も考えがまとまっていないからこそ、しかして話を切るわけにはいかなかったからこそ、彼らの中で話を続けていかなければならないから、そうやって内容のない会話が続いていくのだった。
いずれにせよ、彼らの中の問題はただ一つ。
解決すべき問題は、たった一つだけだった。
そうして彼らはその問題を解決するべく、今はただ大地を駆けるだけだった。

◇◇◇

メアリーが目を覚ますと、そこは小さなベッドルームだった。
ベッドルームは、もともとメアリーの部屋だった場所で、それがそうであると気付くのに、彼女は少しだけ時間を要した。
「どうしてこんなところに……?」
メアリーは彼女自身の記憶を思い返す。
ルーシーとの会話。メアリーはルーシーの『心変わり』に疑問視していたが、徐々におかしくなっていくルーシーが告げたある一つの質問、それがターニングポイントだった。

――メアリーは僕のことが、好き?

そうして、彼女は思い出した。
「そうだ……。確かあのあとルーシーの影からよく分からないものが出てきて、飛空艇が壊されて……。それじゃ、今私が居るこの空間って、いったい……?」
ゆっくりと身体を起こし、彼女は景色を眺める。
ベッドは壁に接着する形でおかれており、それ以外には何もおかれていない部屋だった。
そして、それ以外の要素を排除するかのように、無造作に床と壁と天井が千切られていた。
なぜそんな表現なのかといえば、それは破壊されたというよりも、何か大きな腕のようなもので引き千切られた――と表現したほうが正しいとメアリーが思ったからだった。
メアリーは恐る恐る立ち上がると、その千切られた端から下を眺めた。
そこに広がっていたのは、紫色の空間だった。
空間はよく見ると球体のようになっており、瓦礫がその球体の中で浮かんでいるように見える。そしてメアリーが眠っていたベッドが設置されている床もまた、その瓦礫の一要素として浮かんでいる。
「ここはいったい……」
「ここは、あんたとあいつ以外の存在に邪魔をされたくない、と言ってあいつが作り上げた『城』だよ」
背後から声が聞こえ、メアリーは振り返る。
気がつけばそこには一人の少女が立っていた。
烏帽子を被り、白と赤を基調とした服に身を包んだ少女は、メアリーにも見覚えのある存在だった。
「リュージュ……。どうしてあなたがここに……!?」
「リュージュ?」
メアリーがリュージュと呼んだ少女は、その言葉を聞いて首を傾げる。
しかし直ぐに状態を把握したのか、ゆっくりと目を細めた。
「……ああ。おぬしには、私がリュージュに見えるのか。リュージュといえば、神の地位を狙う祈祷師だったな。祈祷師は神の血など引き継いでおらぬ、ただ能力を引き継いでいるだけの存在に過ぎないのに、神になろうと烏滸がましい存在だ。まったくもって度し難い」
そして、同時に、リュージュの身体がぐにゃりと歪んだ。
まるでそれは、コーヒーにミルクを注いで混ぜていったように。
やがてその存在は、一つの結論に落ち着いた。
すべてを黒で塗り潰した少女のようにも少年のようにも見える存在。
それがメアリーの目の前に立っていた。
「……あなたが、ハンター?」
「然様。私の名前はハンター。この世界を再生するために、活動している存在だ。そうして私は今その目的を達成するべくここに居る」
「達成するべく……って、まさかルーシーをあんな風にしたのは」
「いいや? 確かに、方法を教えたのは私だが、その手向けをしたのはお前だろう」
「……私?」
「ああ。そうだ。お前がやったんだ。お前がやったからこそ、今があるんだろう。そうして、お前はそれを理解していないようだけれど。でも、それを理解しないなどとは言わせないぞ。お前は、あの旅の中で……フル・ヤタクミを好きになった。好意を抱いた。別にそれは悪い話じゃない。人間の心理の上では、長い間一緒に居た存在を好きになることは道理と言ってもいいだろう。しかしながら、あと一人の相手はどうなるか……という話だ。その心理は男にも女にも適用されるという。それ即ち、ルーシー・アドバリーもそういう思いを抱いてもおかしくなくて?」
ルーシーも同じ思いを抱いている。
それはメアリーが初めて知った事実――ではない。正確に言えば、さっきの会談で初めて知ったとでも言えば良いだろうか。或いはそういうそぶりは見えていたけれど、良くも悪くもメアリーが鈍感でそのことに気付かなかった、ということかもしれないが。
「……だとしても、それが悪いことだとは思えない」
メアリーは単刀直入に、ハンターに告げた。
「……ふうん。やっぱりあんたはどこか変わっているのかもしれないね。当たり障りのない言葉で言ってしまえばそれまでだけれど、それらを無視して言ってしまえば、たった一言で片付けられる」
長々と言ったハンターは、一息ついたのちにメアリーを指差して、
「変人だよ、あんたは。いいや、正確にはあんただけじゃない。ルーシー・アドバリーも、はたまたあの予言の勇者とやらもだ。本来人間は自分のことだけ考えていればいい。それだけで暮らしていくことは出来るはずだ。……まあ、文明が進むにつれて、『思いやり』なんていうくっだらないワードが出てきてはいるけれど、それは別に無視したって何とか生きていける。煙たがられるかもしれないし、それを突っぱねることが出来るのなら、その生き方もありかもしれない」
「だけれど、人間はそんなことをしない」
メアリーの言葉に、ハンターは深い溜息を吐く。
「そう。そこが笑えないところだ。人間は自分だけの価値観で必ずしも生きていこうとはしない。自分と他人の価値観で、譲り合って生きている」
「あなたたちが理解できないのは……それ?」
「さてどうかな」
煙に巻いたハンターは口笛を吹く素振りをしながら、
「私たちはそもそもこの世界が間違った方向に突き進まないために『リセット』する立場なんだ。大洪水を引き起こしたり、隕石を墜落させたり、火山を噴火させたり……。とてもこの世界の生物には対処しきれない未曾有の災害を引き起こした。もちろん、それによって生物が予想外の成長を遂げることもあった。滅びる存在あれば、生まれる存在もあるだろう。神は私たちにそう告げていたよ。……今となっては、それも何となく理解できるようになったがね」
「神は、ガラムドのこと? それとも……ムーンリット?」
「おや。ムーンリットの名前を知っているなんて。いったい全体、どこでその情報を仕入れた? メアリー・ホープキン、あんたにその情報が仕入れられる時間なんて、少なくともこの時代には無かったはずだけれど」
ハンターは回りくどく、また、わざとらしい口調でメアリーに問いかけた。
「ああ、それならね。教えてあげましょうか。昔の話よ。……リュージュの息がかかった施設に閉じ込められた時に、そんな資料を見たことがあるわ。私たちの知らない、創造主の物語がね」
「まさか……シュラス錬金術研究所?」
「ご名答」
メアリーは小さくウインクしてそう言った。
「ま。あの時はそんなことが真実だとは思わなかったけれど。……でも頭の片隅に残しておいたのは正解だったわね。おかげで今の話にもきちんとついていけている」
「……ムーンリットのことを知っていようとも、それがどう逆転する要素になる?」
「ならないでしょうね。もっとも、あなたが私よりも知識を多く有しているのは間違いないでしょうから」
メアリーは歩き始める。
とはいえ、その行動には意味を持たない。ただ歩くだけで彼女の中の考えがまとまるのかもしれないが、そんなことはハンターが知る由も無い。
「……ならば、ムーンリットに敵対しても無駄ということは理解できているだろう? ただお前たちは私たちの行う『消滅と再生』を見届けるしかないのだから!」
「『消滅と再生』……ね。それがどれだけ意味をなすものかははっきりと見えてこないけれど、とはいえ、あなたたちがやろうとしていることは間違っている。それだけははっきりと言えることよ」
「……分かったような口を聞いて。お前たち人間に何ができて、何をするというのか。それもわからないままやってきて、何が理想だ。何が真実だ」
「人間がいない方が、この世界のためになるというのなら……、どうして人間はこの世界に生を受けたのかしら?」
「神様の気まぐれ、というやつだろう」
これ以上話をする意味がないと思ったのか、ハンターはくるりと回転して、ゆっくりとメアリーから離れ始める。
「いずれにせよ、もうこれ以上君達と話をする時間は無い。もったいないとでも言えばいいだろうね。急拵えではあったが、作戦はうまくいった。あとはこれを最終フェーズに進めるだけだ」
「最終フェーズ……ですって?」
メアリーの言葉は震えていた。
それを、彼女が把握していたかどうかまでははっきりとしなかったが。
「私たちはこの計画について、いくつかのフェーズを決めていた。そしてそれを段階付けていくことによって、より計画の進行をスムーズにするよう心掛けた。簡単に言ってしまえば、いくつか修復できるポイントを用意しておいた、ということよ。そうしておけば少なくとも修復不可能なところまで陥ることはないだろう、と判断していた。……結果的にそれはうまくいくことになって、今のこの状態になっているわけだけれど」
「フェーズを分けていた……。それは私たちにもわからない間に、ということね」
こくり。
ハンターはゆっくりと頷くと、メアリーを見つめてさらに話を続ける。
より深い闇の世界へと、彼女を誘っていく。
「最初のフェーズは、予言の勇者の登場だった。最初、私たちは予言の勇者をいかにしてこの世界に誘き出すかと思ったけれど……、それは案外簡単に『彼』がやってくれたからよしとしましょう」
「つまりフルがこの世界に呼び出されたのも……、最初からあなたたちの目論見通りだったということ……!」
「その通り♪」
メアリーの言葉に、間髪を入れることなくハンターはそう答えた。
「ま、それを理解したところであなたたちには何も出来っこありませんが。それにしても、想像以上にうまくいきましたけれどね。『選ばれし勇者』を演出するだけで、ここまで騙されるなんて!」
「騙される……ですって?」
メアリーは首を傾げ、ハンターに問いかける。
「ガラムドに模した存在をあなたの夢に顕出させたのも、ラドーム学院にフル・ヤタクミを召喚したのも、そのあと上手い具合に事が進んだのも。全部私たちが仕組んだからに決まっているじゃない。……それとも、あなたはまだ『神秘』というのを信じているクチかしら。神秘というよりは……そうね、『奇跡』とでも呼べばいいかしら? いずれにせよ、そんなものは最初から存在しない。私たちが裏から操ることによって、あたかも人間には理解し難い力が働いているだけの話。そうして、その説明し難い力を人間は『神秘』やら『奇跡』やら仰々しい単語で呼ぶわけ。わかった? だから、あなたたちの言うところの奇跡は、私たちが干渉したから発生しただけに過ぎないわけ」
奇跡も神秘も、全てシリーズが生み出したまやかしに過ぎない。
それを聞いたメアリーは、目の前が真っ暗になった。絶望に覆い尽くされた、のではなくて、今まで信じていた奇跡やら神秘やらが、全くもってデタラメだったということに、彼女は怒り心頭だった。
いずれにせよ、彼女が考えていることをいくらハンターに伝えようとも変わってくれるわけもなければ変えてくれるわけもない。とどのつまり、メアリーはこの事態を自分自身で変えなければならないわけだけれど。
「……さて、メアリー・ホープキン。真実を聞いてもなお、あなたは立ち向かうつもりかしら? 確かにまだ話していないけれど、いくつかのフェーズに沿って進行してきた。そしてその最初のフェーズだけを説明しただけに過ぎない。はっきり言ってしまえば、今のうちに逃げておいたほうが、あなたたちが傷付くことはない。そうでしょう?」
メアリーは考えていた。
本来ならばそんな考える暇なんて与えられるはずもなく、直ぐに発言しなければならない。
「……いいや、」
それでも。
メアリーは前に突き進む。
きちんと向き合わなければならないと思った。
「そうであったとしても、私は向き合わなければならない。フルがどういう存在であって、どうやってこの世界に呼び出されて、どうやってこの世界に赴くこととなったか。それがどれほどショックを受けることだろうと……それを私が拒むことは、許されないと思う」
「尤もらしいことを言ったあとに、引くことは許されぬぞ? まあ、構わない。たとえどんな道筋を歩むことになろうとも、お前の忌まわしき血筋が消えることはない。……まあ、お前自身が絶やすことも可能ではあると思うが」
ハンターはメアリーを試していた。
そうして、この物語を進めて良いのか、話を聞き続けて構わないのかとメアリーは思った。
仮にフルがこのままオリジナルフォーズを倒したとして、世界を平和にしたとして、それはフルが作り出した英雄譚ではない。シリーズが作り出した、仮初めの英雄譚だ。
だが、それで良いのだろうか?
フルがずっと苦しんできたのに、それを一人で背負い込んだままで良いのだろうか?
「……私は、それでも構わない」
「ほう?」
「気付いたのよ。私はずっと、向き合ってこなかったということに。フルはずっと『勇者』の重圧に押しつぶされることなくやってきた。それって……その、凄いと思う。けれど、私たちはそれには気付かなくて。それよりももっと酷いことをさせてしまった。だから、私たちはそれに贖わないといけないし、そのためにはフルのことを知らないといけない。だから……」
「人間って、何でここまでも愚かな存在なのかしら。だから滅ぼしたくなるのよね。ま、それは私じゃなくてハンプティダンプティやハートの女王が決める話だけれど」
「だから、方便はどうだっていいの」
メアリーは目を瞑る。
何をしでかすのか、ハンターは予想出来なかった。
刹那、メアリーは踵を返し、走り出した。
目的地は、ルーシーの居る、その中心地。