異世界英雄譚

第二十五話(2)

洗脳。
自分よりも情報をもっている存在というのは、確かに操られても仕方ない。或いは優位に立つことができる上では重要なことだといえるだろう。
問題はその『洗脳』をいざ始めてしまったら、いつまでも続けなくてはならないというものになってしまうわけだけれど。
「……でも、リュージュはきっとそんなことを気にするほどの存在ではなかった。というか、気にしていたら今のような地位に立つこともできなければ、そんな望みを果たそうとも思わないと思うよ。全ては『なるべくしてなった』ってことだろうね」
「……でも、リュージュはほんとうにそれを狙っていたのか?」
「愚問だね。間違いなく狙っていただろう。それどころか、それよりも大きなものを狙っていたに違いない」
「それは……?」
「神の地位だ」
バルト・イルファは簡潔にそう言い放った。
「君もとっくに知っていることだと思うけれど、リュージュは神の血をひいた存在だ。祈祷師はそういう血統だから、それは火を見るよりも明らかなのだけれど、彼女はそれを嫌ったのだろうね」
「嫌った……?」
「自らの存在よりも、血統だから、祈祷師だから、といったバックボーンばかり見られるようになったということさ。もともと、彼女は祈祷師の親を持っていたし、彼女が祈祷師になったのも『なるべくしてなった』と周りからは言われていたらしい。なんやかんやで、最年少で王国お抱えの祈祷師になるなど、『天才祈祷師』とも呼び声は高かったんだけれどね」
それを聞くまで、僕はリュージュはただのエゴイストだと思っていた。
自分のことしか見えていない。自分のことしか考えていない存在。それがリュージュだと、勝手に思い込んでいた。
「つまり、リュージュもリュージュでいろいろと思うところがあったわけだよ。それを誰がどう思うかは別として。彼女も彼女なり悩んで生きてきた。しかしながら、彼女は不器用過ぎた。あまりにも長く生き過ぎて、生きていくことに不器用になってしまった。その結果が……」
「ああ、だって言うのか?」
正直、バルト・イルファは色眼鏡で見ているのだと思った。
だからこそ僕は否定の論調から入った。
「まあ、きっと気になっているのだろうけれど、それは間違いでも何でも無いんだよ。結局の所、リュージュの命令を誰も疑うことを知らなかったのは、きっと洗脳されていたからではなくて、本能的に彼女の命令に従おうと思っていたからかもしれない」
「それは、バルト・イルファ……。君も、なのか?」
その問いに、バルト・イルファはゆっくりと頷いた。
「でも。それはやはり……」
「信じられないかい。まあ、それも良いだろう。どちらにせよ、今僕たちが話し合うべき課題はそんな簡単なものではなくて、どちらかといえば、もっとビッグなスケールの話だろう。マクロな話題とでも言えばいいか」
「ミクロだがマクロだがどうだっていいが、その話題転換については賛成だ。僕たちが今からやるべきことに比べれば、リュージュの生い立ちなど小さいことに過ぎない」
僕は自らを奮い立たせるために、そう言い放った。
そうしてしまった方が楽だと思ったからだ。
そうしてしまわなければ、何も始まらないと思ったからだ。
「……しかしまあ、君も変わった人間だよね。だから予言の勇者なんて呼ばれているのかもしれないけれど」
バルト・イルファは小さく溜息を吐いて、首を横に振った。
呼ばれているのかも、というか呼ばれたのは此方だし今でもどうやって元の世界に戻ればいいのか分からないのだが、それをバルト・イルファに言ったところで何も解決するはずが無いので、とにかく今は口を噤むだけだった。
それしかすることが、出来なかった。
「ホバークラフトはまだ使えるか?」
「まだもなにも、僕たちはここに来てから一時間も経っていないはずだぞ。だから燃料も十分残っている。どうしたんだ、いったい。その言い方だとまるで数ヶ月は経過していたかのような物言いだけれど」
ああ、そうだったか。
僕の言い方は間違っていた。確かに、僕だけの認識であればあの世界に数ヶ月は閉じ込められていたわけだけれど。
「……そうだった。うん、間違っていたよ。ホバークラフトを使って、リュージュの拠点まで向かうことは可能か?」
「当たり前だ」
そう言って、僕とバルト・イルファは強く手を握る。
目的地は――空に浮かぶ要塞、リュージュの城だ。

◇◇◇

その頃。
飛空艇の中のとある一室。メアリーはとある男性と食事をしていた。
ルーシー・アドバリー。
彼はメアリーの知り合いだ。いや、もはや知り合いという一言だけじゃ片付けられないくらい、メアリーとルーシーの関係は深いものとなっていた。もっとも、メアリーとルーシーでその考えはそれぞれ食い違っているようだったが、お互いがそれに気付くことはない。
ルーシーとメアリーが食事をしている場所は、普段飛空艇の職員が使用する食堂だ。食堂とは言っても、長机が一つおかれている簡素なもので、メアリーとルーシーはその両端でそれぞれ食事をとっている状態になっている。
「……あなたから食事に誘うなんて、ほんと久しぶりのことね」
沈黙を破ったのはメアリーだった。メアリーは、なぜルーシーが自分を誘ったのかということではなくて、もう一つ、気になっていることを自分なりに解明したかった。だから、彼女は食事を了承するに至った。
ルーシーは首を傾げ、笑みを浮かべる。
「そうかな? まあ、別に何か問題があったわけではないけれど。ただちょっとね、君に一つ聞いておきたいことがあったからさ。そこについて」
「そこについて?」
メアリーはルーシーの言葉を反芻する。
ルーシーはニコニコと笑みを浮かべながら、
「そう。僕とメアリー、そしてフルについてのことだよ。僕たちはずっと旅を続けてきた。世界を救うための旅を。十年前にはあんなことになってしまったけれど、ようやくそれを解決する糸口が見つかった。だから僕たちは、やっと別のことについて一区切りつける必要があると思うんだよ」
「別のこと?」
ルーシーは手に持っていたフォークを皿の上に置くと、ゆっくりと頷いた。
「……メアリー、君は僕とフル、どちらが好きなんだい?」
空気が、凍り付いた。
メアリーは何とか今の状況を取り繕うとして、慌てながらも、極めて冷静に話を始める。
「え、ええと……。いったい何を言っているのかしら? 別に、私はあなたもフルも嫌いじゃないわよ」
「そんなことを聞いているんじゃないんだよ、メアリー。そんな、当たり障りのないことを聞いているんじゃないんだ」
嫌な雲行きになってきた。
メアリーはそう実感して、どうにかして話の流れをこちら側に持ち込みたかった。
しかして、それはもう遅いことには――メアリーは気付かなかった。
「……ねえ、メアリー。どうして君はあいつのことが好きなの? 十年間、僕と君はずっとこの世界を救うべく旅をしてきた。どうすればこの世界を救うことが出来るか、共に考え続けていた。けれど、君の頭の片隅には……いつも彼が居た。フル・ヤタクミ、そりゃあ、僕と彼、そしてメアリーはずっと世界を救うために旅をし続けてきた、大切な仲間だ。けれど、フルが居なくなってからもずっと君は僕のことを見てはくれなかった」
矢継ぎ早に、ルーシーの話は続いていく。
「だから僕は君に見て欲しかった。君に目線を移して欲しかった。けれど、やっぱり、どうしても、迷ってしまうということはそういうことなのだよね」
あはははははははははあはは!!
ルーシーは急に立ち上がり、壊れたように、狂ったように、笑い始めた。
笑って、嗤って、ワラッテ。
やがてゆっくりとその声は止まると、メアリーを見つめる。
「メアリーは僕を見てくれなかった。一番、僕が好きだった人は僕を見てくれることはなかった。居なくなった人のことを、居ない人のことを、ずっと眺めていた。だったら、こんな世界……」

――滅んでしまえ。

その言葉を、ルーシーが言った直後、飛空艇が大きく横に揺れた。
「いったい、何が……!」
そしてルーシーの背後にあった『影』がゆっくりと顕現する。
「……うふふ、ほんとう人間って馬鹿よね。だって自分の欲望のままに行動するのだから。たとえそれがどれほど堅牢な人間であったとしても、永遠に近い時間に揺り動かせば、それすらも可能とするのだから」
メアリーの頭の中に声が響く。
「お初にお目にかかる。私の名前は『ハンター』。もっとも、ハンターというのは私の個体を示す名前であって、私自身が所属する……正確には、『種』の名前とでも言えば良いかな、それは別に存在している。その名前は『シリーズ』という。シリーズのハンター、そう覚えておけば良いよ」
影はやがて、ゆっくりとその姿を現す。
それは少女だった。少女は何も身につけておらず、黒い髪の半分で顔を隠していた。
少女――ハンターはニヒルな笑みを浮かべながら、メアリーを見つめる。
メアリーは警戒しつつも立ち上がり、ハンターに問いかける。
「あなた……ルーシーに何をしたの……!」
「ルーシーに何をした?」
ハンターはメアリーの言葉を反芻すると、ゆっくりと浮かび上がり笑い出す。
その行動にメアリーは理解できず、一歩前に踏み出し、腰に携えていた護身用のナイフを取り出した。
「何がおかしい!」
ひとしきり笑い終えると、ハンターは告げた。
「私は何もしていないよ。したのは、お前だろう? 強いて言うならば、の話だが。いずれにせよ、人間は罪深き存在よ。ま、そのおかげでこうやって『仕事』を行うことが出来る」
「仕事、ですって?」
「簡単なことだよ。我々シリーズもまた、創造神、ひいては神と違う独立の考えのもと動いている。とはいえ、ほかのシリーズも動き始めているだろう。すべては一つの目的のために」
「その目的って……」
「もうわかりきっているのではないかしら?」
くるりと一周回って、ハンターはメアリーを見つめた。
「……人間が創造神に関わる可能性が非常に高まっている。ならば、この世界は一度グレードを落とさなければならない。いわゆる、一種の『自浄作用』を実行する必要がある。それが私たちの役割」
そうして、一つの衝撃が生まれた。