異世界英雄譚

第二十五話(1)

ガラムドの神殿。
およそ一千年前にガラムドを崇敬する人々によって建築された神殿である。名前の通り、その要所要所にガラムドをモチーフとしたオブジェクトが並べられており、また装飾品なども着飾られているものもあることから、かつては多くの信者がここに訪れたのだろう。
そして僕は今、その神殿の奥深くにある小さな泉のほとりに立っていた。
長い夢を見ていたような、そんな感覚だった。
「おい、フル・ヤタクミ。大丈夫か?」
気がつくと、僕の背後には赤い髪の青年、バルト・イルファが立っていた。
バルト・イルファの声を聞いた僕は、ゆっくりと頷く。
「うん。大丈夫だよ。なんか長い夢を見ていたような気がするけれど……。こっちの世界ではどれくらい経過している?」
「どれくらい、ったって……。そうだな、君が気を失ってから大体五分くらいだったかな? 時計を持ち合わせていないから具体的な時間ははっきりと言えないけれど」
「五分……!」
五分。
僕は僅か五分で『偉大なる戦い』を追体験した、ということになるのか。いや、もしかしたらガラムドが僕を招いた空間はこの空間とは時間の流れが違うのかもしれない。それはあくまでも憶測に過ぎないけれど。
「……なんだい? ぼうっとしちゃって。別に僕は君がどうなっていようとどうだっていいけれど、そういう雰囲気になっているのは少し気に入らないね。もっと僕に分かるように話してくれないものかな?」
「ああ……。いや、でもきっと話したところで分かっちゃくれない気がする。ただ、これだけは言える。今、シルフェの剣には解放された力が宿っているということを」
「……解放された、力?」
バルト・イルファもその言葉の意味を理解していなかった。
当然だろう。その出来事は、実際に経験しなければ理解なんて出来るはずもないことだからだ。
「……君がどんな経験をしたかは分からないけれど、とにかく、強くなったというか、ここに来た意味があるならばそれでいいのかな。ま、力があってもそれを使いこなせるか否か、という話だけれど」
「……で。問題はここからだよ、予言の勇者クン?」
「その呼び名をされたのも、何だか久しぶりな気分だな。で? 何が『問題はここから』なんだ?」
僕が何も気付いていないことにようやくそこで悟ったのか、バルト・イルファは深い溜息を吐いた。
「いいか? 君がどのような経験をしたのか、正直そんなことはどうだっていい。問題は、そこからだ。どうやらシルフェの剣から強い力を感じるけれど、それも使いこなせるかどうかという話。さらに言ってしまえば、その力を得たところでオリジナルフォーズとリュージュを倒すことができるのか? そこが最大の問題だと思うけれどね」
「成る程ね……。はっきり言われちゃうと、そこは困った話になるけれど……でも別に問題は無いよ。オリジナルフォーズを無力化させるための方法も見つけて来た」
さすがにバルト・イルファも予想外の解答だったようで、僕の言葉を聞いて目を丸くしていた。
「……君がどうしてそこまで自信たっぷりなのか、分かったような気がするよ。成る程ね、それなら全てがうまくいく。でもその方法って何なんだ? それさえ分かれば、あとは実行するだけだろ。だったら難しい話じゃない。もちろん難易度ってものはあるだろうけれど……、ゴールまでの過程が見つかっているのと見つかっていないのとでは話が大違いだし」
「かつて、ガラムドはオリジナルフォーズを封印した際、別の神より『祈りの巫女』の力を授かったんだ」
話さなければ、何も解決しない。
そんなことを言ってしまえば、そもそも僕が何も方法を見つからなかったと言えば隠し通せたのではないか、って?
少なくとも、今の僕にはそんな余裕は無かった。
メアリーも救いたい。そして世界も救いたい。
そんな第三の選択肢をバルト・イルファに提示して、同意を得ようと思っていたのだ。
はっきり言って、甘い考えだ。そんなことは、誰にだって分かっている。
けれど、今の僕にはそれしか方法が思い浮かばなかった。
「祈りの巫女、か……。それにしても、聞いたことの無い話だねえ。それを使えば、オリジナルフォーズを封印出来るという話かな? けれど、ガラムドですら二千年しか保てなかったのに、今回の封印がそれを上回るとは思えないけれど」
「それは……」
確かに、バルト・イルファの言うとおりだった。
でもそれは確かに、間違っていないと言い切れることは出来ない。はっきり言って、バルト・イルファがいくらそう言ったところで、それは憶測に過ぎないのだから。
対して、僕の意見はガラムドから直接提言されている。だから、憶測よりかは確信を持ちやすいのだ。けれども、それをバルト・イルファにどう証明すればいいかというのは大きな問題になるのだけれど。
「まあ、いいや。とにかく君がどうしようと僕の知った話ではない。でも、世界は救って貰わないといけない。そうじゃないと……、君を僕に託した人に迷惑がかかるからね。それに、僕は君が世界を救うと信じているわけだし」
「信じていた?」
バルト・イルファからそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
それは僕がバルト・イルファをそういう風に思っていたのだということの裏返しになってしまうのだけれど。
「ああ。そうだよ。信じている。……君は必ずこの世界を救うだろうとね」
「なぜ、そこまで確信しているんだ? そもそも、百年前お前は……」
「妹を助けたかった」
バルト・イルファは、僕の言葉を遮るように言い放った。
「妹を助けたいと思った。だから、僕はリュージュの計画に参加した。参加せざるを得なかったんだ。そう言ったところでただの言い訳になってしまうかもしれないし、君が信じてくれるとは思えないけれどね。それでも、これが真実だ」
バルト・イルファはそう言うと、ゆっくりと歩き始める。
「僕と妹……ロマはほんとうの兄妹じゃないんだ。まあ、そんなことは君も十分理解していることだと思うのだけれど」
「イルファ兄妹は……偽りの兄妹だった、と?」
「そんな簡単に説明できるものじゃないんだ。僕とロマの関係は」
したり顔で笑みを浮かべるバルト・イルファは、どこか奇妙な雰囲気を放っていた。
バルト・イルファは近くにある手頃な岩に腰掛けると、僕を見つめ、
「……そんなに気になるなら、教えてあげようか? 僕とロマの話を。時間は無いから、簡単に説明する形になるけれど。それで君が理解できるかどうかはまた別の話だろう?」
それは、その通りだった。
それに僕はバルト・イルファのことを何も知らない。知ろうと思っていたわけでもないし、知る意味が無いと思っていたのかもしれない。
そしてバルト・イルファは告げる。
僕の無言の返答を、了承と受け取って。
「……それじゃ、話を始めようか。僕と、ロマの話を。そして、『十三人の忌み子』について」
そうしてバルト・イルファは掌に炎を生み出した。
やがてそこには一つの影が生まれていく。
幻影。
炎に浮かび上がる影が、徐々にその姿を見せていく。
その姿は二人の少年少女だった。そして、その少年少女はどこかで見たことのあるような――二人だった。
「この二人は……もしかして?」
「僕と妹は、十三人の忌み子として生活を共にしていた。……そもそも、十三人の忌み子については、あまり知らない事があると思うけれど、簡単に言えば、リュージュが才能を開花させるためにラドーム学院だけではなく世界の至る所から子供を集めてきた。その数が十三人。だから十三人の忌み子、と呼ばれている。とても単純明快な発想だけれど、そこまではついてこれているかな?」
僕は頷く。
それなら問題ない、とバルト・イルファは言ってさらに話を続けた。
「十三人の忌み子の中には、君もよく知っているルイス・ディスコードも居た。けれど、彼は十三人の忌み子の中では落伍者だよ。……もっとも、それを実感していたのはルイス本人じゃないかな。リュージュはそこまで彼のことを気に掛けていなかったようだから」
「リュージュは何を目的に……十三人の忌み子を生み出したんだ」
「新しい世界を切り開くためだ」
「新しい世界? まさか、そこで神にでもなるつもりだったのか」
僕はあきれ顔でそんなことを言った。
僕が昔住んでいた世界ではそんなことを宣った主人公がいる物語があったような気がするが、あくまでそれは物語だ。現実では有り得ない。
けれど、リュージュはそれを現実にしようとしていた――ということなのだろう。
バルト・イルファの話は続く。
「そう。確かにその通りだ。新しい世界で神になる。リュージュはそう考えていたのかもしれない。そこまでは、はっきり言って彼女しか知り得ないことだからね。ただ……ずっとリュージュはこんなことを言っていたよ」
一息おいて、バルト・イルファはゆっくりと言い放った。
「この世界の上位には、私たちが知り得ない別の世界が存在する。私はそこに干渉する存在になりたい……と」
「上位の存在……?」
僕はバルト・イルファの言葉を反芻する。
別に、今言った発言がバルト・イルファがすべて考えたものではないことは確かだ。紛れもなく、リュージュが自らの思想をバルト・イルファたちに伝えるために発言したものであるだろうし、僕とバルト・イルファが聞くタイミングでは知識も環境も異なる。
とはいっても。
バルト・イルファの発言をある程度理解しておかなければ、今後リュージュと戦う上でどうしていけばいいかというヒントを得られる可能性だってあるわけだし、もう少しバルト・イルファとも歩幅を合わせることが出来るかもしれない。
そう思って僕は、バルト・イルファの話をしっかりと、ゆっくりと理解するために、噛み砕きながら聞いていく。
「この世界には、創造神が居ると聞いた。それは、この世界を監視している存在であり、管理している存在であり、完成させた存在であるという。けれども、その存在により僕たち……それはリュージュも含むし、誰だって該当しない人間はいないらしいのだけれど、まあ、実際の所、僕はそこまでその話を細かく気にすることはなかった」
「創造神」
僕は、直ぐにある存在を思い浮かべた。
それは二千年前の過去に出会った、自らを創造神と位置づけた不思議な存在。
それは二千年前の過去に出会った、人間のように見える、しかしながらその力は欠く仕切れていなかった存在。
ムーンリット・アート。
創造神は二千年前の過去で、滑稽に笑みを浮かべていた。
創造神は二千年前の過去で、人間の行動に失笑していた。
「……そう。創造神。彼女はそう言っていた。彼女曰く、この世界の生きとし生けるものは、創造神により生き方を定められている、と。そしてそれを僕たちが知ることも出来ないし、仮に知るタイミングを得たところで、それを回避する術は無い。それは残念なことだ、と言っていた」
「でも、それを苛めたところで何の意味も見いだせていないような……」
「そんなことには気付かない。それほどに、リュージュの勢力は彼女の力に飲み込まれていた」
「飲み込まれていた……?」
「簡単に言えば、彼女はカリスマ的存在だった。どれくらい強いカリスマだったかと言われれば、説明に苦しむところはあるけれど一つだけ例示するならば、彼女が『死』を命じれば全員躊躇無く自らの命を絶つことが出来るだろう。それくらいに彼女は一つの宗教を作り上げていた、といっても過言では無いだろう」
「……リュージュが『十三人の忌み子』を研究していたのは何故だ?」
「創造神は、生きとし生けるものの生き方を管理している。それは即ち、創造神より下の存在が創造神と同じ役割を持つことが許されていなかったからだ。けれど、リュージュはあるとき神世から存在する伝説の法具を見つけることが出来た」
「法具?」
「知恵の木の実……聞いたことはあるだろう? 『惑星の記憶』をエネルギーとして充填した法具だ。あれを使うことにより、禁忌と呼ばれていた魔術を容易に実行することが出来るようになった。その一つに……人体改造が含まれていた」
「人体……改造?」
気がつけば僕は、ずっとバルト・イルファの言葉を反芻するだけとなっていた。
バルト・イルファが敵じゃなく、味方だからこそこの状態になることが出来るのかもしれない。
「僕たち十三人の忌み子には三つのプロジェクトが同時に進行していた。一つは上位世界へ具体的に侵攻するための手段を求めるため、一つは創造神と対等な知力を持つ存在を生み出すため、そしてもう一つは……創造神と戦う際の戦力を身につけるため。まあ、残念ながら最初の二つはどちらも計画途中で頓挫して、六名の『実験体』が残された」
バルト・イルファはどこか悲しそうな表情でそう言った。
僕はずっとこの話を聞いていたから表情まで確認していなかったのだが――もしかしてバルト・イルファにとってこの話はとても辛い話なのでは無いだろうか?
「実験体に……バルト・イルファにロマ・イルファ、そして……ルイス・ディスコードが残っていたのか?」
「まあ、そうなるね。最終的に『適合』したのは僕とロマだけ。ルイスも合成獣(キメラ)化に成功したけれど、はっきり言ってぱっとした能力までは保有していなかった。だからリュージュもそれを理解していたのだろうね。ルイスは何度も自分の能力が如何に使えるかプレゼンテーションをしていたけれど、それも失敗に終わった。結局、『火』の元素と『水』の元素をそれぞれ身体に取り込みメタモルフォーゼした僕とロマが選ばれた」
「メタモルフォーゼ……?」
「メタモルフォーズ化したことを、メタモルフォーゼと言う。覚えておいて損は無いと思うよ。ま、専門用語だから使う場所を間違えると意味が無いけれど。昔の言葉では、TPOって言うのかな?」
一息。
バルト・イルファはつまらなそうな表情にチェンジして、さらに話を続ける。
「ここで何も気付かないのかい?」
「何も、気付かない……? …………あ!」
数瞬の間を空けて、僕はバルト・イルファの言葉にゆっくりと頷く。
「メタモルフォーズは……人間が作り出すことが出来るのか……?」
「ご名答。と言っても、僕がそういう答えを出せるように誘導していたのだから、そういう結論になるのは自明だったけれどね」
メタモルフォーズは自然にできあがった。そんなことをどこかで聞いたことがある。二千年前の過去を追体験した時だったと思うけれど、一万年以上昔の世界では核――もっともこの世界には核という技術は無くて、きっと僕の居た世界と同等の科学技術を有していたのだろうけれど――を使った何らかの実験が行われていたのでは無いかということ。そうして、それによってもともと複数の生命体だったものが一度高温で身体ごと溶かされたのち、融合を遂げた。そしてその融合体はDNAごと大きく構成を変化させ、メタモルフォーズへと姿を変えた……確かそんな感じだったと思う。
しかし、バルト・イルファの話だとそれは大きく食い違うことになる。それとも、メタモルフォーズを人工的に作り出すことの出来る技術を、リュージュが開発したということになるのか?
「リュージュはオリジナルフォーズを解放すること、それこそが上位世界への扉を開く術だと考えていた。この世界はエネルギーの総量が常に一定になっており、キャパシティも決まっている。そしてそのキャパシティをオーバーフローする時、上位世界への扉が開かれる。どこから得た情報なのかははっきりしなかったけれど、リュージュはその情報を信じていた。だからオリジナルフォーズの復活を第一目標としていた」
「ちょっと待てよ。それだとまだバルト・イルファがメタモルフォーズだという理由にはならないぞ」
「君もオリジナルフォーズと戦って、あの膨大なエネルギーを見知っているだろう?」
十年前の記憶を思い起こす。
直接戦ったわけでは無いけれど、オリジナルフォーズから感じるエネルギーは壮大だった。
勝てるのか、と思ったほどだった。とっさに畏怖の感情が浮かび上がるほどだった。
「オリジナルフォーズについて調べた結果、オリジナルフォーズはエネルギーを生み出す炉のようなものを自らの体内に保持していることが分かった。それと同時に、オリジナルフォーズの周囲はハイダルクやスノーフォグの自然とは大きく異なる生態系が構築されていることも、ね。そこでようやくリュージュたちは理解したのだろう。オリジナルフォーズは、封印されていてもなおエネルギーを生み出しており、そのエネルギーは周囲の自然に影響を与えるほどだと」
オリジナルフォーズはエネルギーを生み出すことが出来る。
そしてそのエネルギーが周囲に与える影響は、たとえ微量のエネルギーであっても甚大なものである。
「オリジナルフォーズについて、僕が知っていることはそれほど多くはない。なぜなら、その情報の大半はリュージュ自らが得て、大切に保管していたからだ。しかし、リュージュ自身は誰からその情報を得ていたのかははっきりとしていないけれど」
「……リュージュしか知り得ていない情報があった、ってことか?」
「そりゃ、当然だろう。だって僕たちはリュージュから生み出された。いわば創造主とも言える存在だ。そんな彼女が知らない情報を、どうして僕たちが知り得ることが出来るのか? 逆に質問してみたいくらいだよ」
バルト・イルファの言葉ももっともだった。
確かに彼の言うとおり、その言葉が正しいのであれば、という補足を追加してしまうことにはなるのだろうが――リュージュ以上にオリジナルフォーズのことを知っている人間などいないだろう。
そう、人間であれば――の話だが。
「リュージュが得た情報は、はっきり言ってこちらからは正しいかどうかは判別できない。何故か、って? 簡単なことだろう。ともかく我々はその情報のソースを知る権利は無いんだ。権利が無いということは、知り得ることが出来ないということになる。即ち、リュージュが話した内容こそが真実。皆、自ずとそう感じるようになったということだよ」
「……とどのつまり」
「洗脳だね。それに僕たちは気付いていたし、或いは気付かなかったものもいたかも知れない」