第二十四話(25)

 

一花は、こちらへと向かってくるオリジナルフォーズを見つめていた。
いつ封印出来るかどうかそのタイミングを見計らっているのだろう。いずれにせよ、今は集中しているため声は掛けないほうがいい。さっきストライガーが声を掛けてみたが一切反応が無いため、恐らく今の一花は――無防備だ。
「君はその一花を守る立場にある、ということだ。もちろん、私だって君たちを守るべく、最大限努力をしていくつもりだ」
口だけでは無いつもりなのは、理解していた。
けれどはっきり言ってしまえば、こちらには戦力が不足していた。
理由は単純明快。先程の虹の盾によるレーザー射撃だ。それによってこちらの人員の殆どが文字通り消失してしまった。今戦える人間は僅かしか残っていない。その僅かな人間も、避難所に居て避難中の人々を守っているため、戦闘要員へ変更することはほぼ不可能だ。
となると、あと自由に動くことが出来るのは僕たちだけ――ということになる。
「まだ、封印は難しいのか!?」
「正直、どうやって封印するのかはっきり分からないからなんとも言えないけれど、そう簡単にはできないのでは無いかしら。……ああ、こんなだったら事前にどうやって封印しておくのか聞いておくべきだったわね」
深く溜息を吐き反省している様子だが、はっきり言って時既に遅し。
しかしながら、実際の所、いつ一花がオリジナルフォーズを封印出来るかどうかは分かったものではない。だから今は、ただ時間が過ぎていくのを待っていくだけだ。
とはいっても、この時間が永遠に過ぎていくものではない。いつかは終わりが訪れるだろうし、また、そのリミットは僕たちの体力の限界とイコールになる。
「……結局、それがほんとうに成功するかどうかも危ういですがね」
ぼそり、とストライガーは呟く。
結局の所、出来るかどうか分からないことをメインにおいたところで、それを不安がることは間違っちゃいないし、正しい選択であることだろう。
「でも、やりきるしか無いですよ。……キガクレノミコトが、その力を一花に託した。ということは、それを使うことでオリジナルフォーズとの戦いが終結に導けるかもしれない。犠牲は多いかもしれないけれど……」
「それは分かっている! だが……」
僕とストライガーは、今思えば下らない話で喧嘩をしていた。
だからこそ、一花が何をしているのか、具体的にはあまり理解していなかった。

 

一つの咆哮があった。
一花は跪き、両手を合わせて、目を瞑っていた。
まるで祈りのモーションだ。
再度、オリジナルフォーズの咆哮。その動きはとても苦しんでいるように見える。
そして、変化もあった。
オリジナルフォーズの身体が徐々に光に包まれていった。
それはオリジナルフォーズだけではない。一花の身体も、そのまま光に包まれていく。
それでも、彼女は祈りを止めることは無い。
「苦しんでいる……? いや、弱っているのか!」
ストライガーはオリジナルフォーズの異変に気付き、そう叫び声を上げる。
そして、僕もその異変には気付いていた。
同時に、一花に訪れた異変も僕は気付いていたし、それについては何も触れることは出来なかった。
今、このタイミングで触れたところで僕に何が出来るのか?
だから僕は触れなかった。触れずにいた。たとえそれが間違っている選択だと――知っていても。
「……見て、風間修一。石になっていく。オリジナルフォーズがゆっくりと……」
オリジナルフォーズの姿が石に変わっていく。
それは封印に成功したという意味なのか。
或いは、殲滅したという意味なのか。
まだ一花が祈りを捧げている以上、その答えを聞くことは出来ない。
そしてオリジナルフォーズは完全に石像そのものとなり――動きを完全に停止した。
風の吹く音だけが、ジャパニアに響き渡っていた。
「ふう……」
漸く一花は祈りのポーズを止め、立ち上がる。
「一花。あなたのおかげよ。あなたのおかげでこの世界は守られた……!」
「どうやら、そのようですね……」
しかし、まだ一花の身体は光を放っていた。
どうしてなのか?
どうして、まだ止まらないのか?
僕は訳が分からなかった。そして、それはストライガーも同じ意見を持っていたことだろう。
唯一、すべてを悟っていたのはほかならない一花だった。
「どうやら、私はもうこの世界に居ることは出来ないみたいです」
そして、彼女はそんなことを僕たちに告げたのだった。
「一花。どういうことだ……? いったい、何を言いたいんだ?」
「キガクレノミコトから、私は言われていました。この戦争を、この力を使って終わらせることで、最後のトリガーとなる。とどのつまり、私はこの世界で普通の人間として過ごすことが出来なくなる、ということです」
「……成程。神格化した、ということね」
ストライガーは深い溜息を吐いて、冷静にそう答えた。
なおも意味が分からなかったのは、僕だけだった。
「神格化?」
「簡単なこと。神へなった、ということだ。キガクレノミコトからそう言われたのならば、間違いない。一花、君は……いや、あなたは神へその姿を変えようとしているということ。正確に言えば、この世界の存在ではなくなり、次元を一つ上の存在へと昇華することになる。私の言っていることが、分かるかな?」
こくり、と頷く一花。
とどのつまり。
「つまり、どういうことなんだよ……。一花は神になる、ということで……この世界には居られないってことで……?」
「その通りです。そして、私の名前は一花では無い、また別の名前になるということにもなります。がらんどうだった最高神の存在を満たすために、私は神となった。キガクレノミコトはそう言っていました。そして、その名前も、決まっています」
「その、名前は……?」
がらんどう。
神。
まさか……。僕の中で、気がつけばたった一つの単語が浮かび上がっていた。
二千年後の未来で、神と呼ばれた存在。そして、この世界の暦の名前にも適用されている、その神の名前。
「……私の名前は今日まで、風間一花でした。そして、今日からはガラムド。私の名前は、ガラムドです」
ガラムドの身体は徐々に光と化して消えていく。
「そのままだと……消えてしまいますね。私は、もうここでお別れです」
「どうすればいいんだ。おい、風間修一。あなた、何かやり残したことは無いの!?」
「ありません」
きっと、何を言っても見透かされているのだろう。
ガラムドの笑顔には、何か見通しているようなそんな雰囲気があったから。
「ありがとうございました」
そうして、ガラムドは。
そのまま光の粒となって、消えていった。

◇◇◇

そして、同時に僕の意識も二千年前の過去から揺り起こされた。
『長い、旅でしたね』
気がつけばその空間は暗闇になっていた。
「ああ、そういえばこの空間に、僕たちは立っていたんだな」
あんまりあの空間に慣れていたものだから、すっかり忘れてしまっていた。
ほんとうは忘れてはいけない世界だったのに。
目の前に居るガラムドは――気がつけば、丸い球体へと姿を変えてしまっていた。
「ガラムド……。その姿はいったい?」
『この姿で、あなたの前に姿を現してしまうのは大変お見苦しい話ですが、許してください。残念ながら、私を狙っている勢力が居ることも確かだということです』
「……つまり、あなたは死んでいるということになるのか」
『死んでいる。いや、正確に言えば、死んでいるというよりも「地位を剥奪された」と言えば良いでしょうか』
「剥奪された?」
『まだ私はガラムドとして存在できています。けれどそれはあくまでも、次のガラムドが出てくるまでの間に過ぎません。それも期限が決められているわけで……。それに、誰もがガラムドになれるわけでもありません。それは、「祈りの巫女」で無くては為らないということ』
「祈りの巫女?」
『ええ。……私の力は、神格化後に数人の人間に分け与えました。その人々が後に、祈祷師や祓術師と呼ばれるようになったのですよ。神の血を引き継ぐ、とは言いますがそもそも神は子供など産みません。だから血など引き継いでいないのですよ。そこだけは不満がありますが……、まあそれを言ったところで何も始まりませんからね、別に良いのですけれど』
「……祈りの巫女、か」
ガラムドの言っていることが確かならば、リュージュもメアリーも神の血を引き継いでいないということになる。しかしながら、祈祷師の素質は引き継がれていると言うことか。それはどうやら血筋によるものなのだろうけれど。どうやら、それと一緒に神の血筋も引き継がれていると思い込んでいるだけなのかもしれない。
思い込み、というのは酷く恥ずかしいものではあるかもしれないけれど、それを証明することも出来ないから――結局の話、それはそのまま嘘を嘘として振り翳しているだけに過ぎない、という話になるのだろうか。
『そして……「祈りの巫女」の力を身につけているのは、今はたった一人だけ』
「まさか、それは……」
祈りの巫女として力を使う。
それは即ち――ガラムドと同じならば、この世界から離れなければならないということになるのか?
だとすれば。だとすれば。だとすれば。
それだけは認めては為らなかったし、それだけは信じたくなかった。
けれど、そんなことを知ってか知らずか――、ガラムドは言い放った。
『あなたはとっくに気付いているでしょうが……、その力を持っているのは、メアリー。あなたもよく知っている、旅の仲間ですよ』
雷に打たれたような感覚だった。
『もちろん、彼女はまだその素質には気付いていませんけれどね。ま、いつかは気付くことでしょう。或いは、薄々気付いているかもしれません。何せ彼女は勉強家ですからね。博識ならば、偉大なる戦いの結末ぐらいきちんと理解できているでしょうから』
「じゃあ、やっぱりメアリーは……」
『その力を使えば、彼女はあの世界で生きていくことは不可能ですね。私とともに……、いや、私と同じ地位になるだけの話です。もっとも、私はもうこの存在ではありませんから、私の代わりに「ガラムドになる」ということになりますが。代替わり、とでも言えば良いですかね?』
メアリーとは生きていられなくなる。
オリジナルフォーズを封印するためには、その力を使わないといけないのか?
メアリーの力を使わずとも、僕が持つこの剣を使えばいいんじゃないのか?
そもそも、僕はそのためにこの封印を解きに来たのに、それは間違っているということなのか?
『間違ってはいませんよ。別に、あなたの持つシルフェの剣を使えばもしかしたら封印ではなく、破壊することすら出来るかもしれません。けれど、あの状態から確実に為すことが出来る手段。一番簡単な手段……それこそが、祈りの巫女の力、その行使ですよ』
メアリーの力を使えば、簡単にこの戦いを終えることが出来る。しかしながら、いつ復活するか分からないし、メアリーとは二度と会えなくなるデメリットがある。
シルフェの剣を使えば、難易度は高いけれどこの戦いを終わらせるかもしれない。しかしながら、メアリーの力を使わないからメアリーと別れることは無い。
二つに一つの選択。
僕は――どうすればいいのか。
『あなたは、それを救うのが使命なのでしょう?』
ガラムドはそう言って、ゆっくりと姿を消していく。
同時に空間も徐々に朧気なものとなっていき、僕はその空間からの別離を悟った。
「ガラムド! どこへ行くんだ……!」
『私はただ、あなたを見守っていますよ。あなたの救う、世界を――』
そして、僕の意識は完全に途絶えた。