第二十四話(24)

それくらい容易に想像出来る話だった。
ストライガーはなおも話を続ける。
「そもそもの話、キガクレノミコトは私のような人間を最初から迎え入れるつもりだったらしいのよ。けれど、あなたの思っているとおり、キガクレノミコトはとても変わった神ですよ。ずっとはるか昔からこの人間の世界で神として存在しているようだけれど。あのような容姿でも、使徒の中で一番古参の存在だったのよ、キガクレノミコトは」
「キガクレノミコトが……?」
何となく想像は出来ていたけれど、実際聞いてみると理解に乏しいものがある。
しかしながら、キガクレノミコトはどうして使徒という存在になっているのだろうか。あの風貌はどこか懐かしさを感じる。もちろん、キガクレノミコトと僕ははじめて出会ったわけだけれど。
「ええ。キガクレノミコトは、この世界を一万年以上……いいや、彼女の話が確かならばそれよりもはるか昔から、人間とともにあったと言われています。きっと彼女がこの世界から離れると決めたのは、この世界を守りたいから……。私は、そう思っています。直接彼女から聞いたわけではありませんから、細かいところはなんとも言えませんが」
「キガクレノミコトはこの世界を守って欲しくて……?」
この剣に、力を託したというのか。
「ええ、そういうことですよ。あなたがどう思っているかは別として……、キガクレノミコトの思いも少しは汲んでもらうことは出来ないでしょうか?」
「お父さん、何やっているのー! もう準備出来たって!」
僕とストライガーの会話は、一花の言葉で強制的に終了せざるを得なかった。
しかし、それは同時に攻撃準備が出来たということと等しい。
「了解。それじゃ、もういつでも放てるということだな」
僕の言葉に、一花は頷く。
ストライガーも僕の言葉と一花の反応を見た後に頷くと、やがてゆっくりと歩き始めた。
オリジナルフォーズはまだ動きを止めていない。ジャパニアへとゆっくりと侵攻を進めている。
つまり、ジャパニアへ最小の被害で攻撃をするには、今しか無い。
「発射用意――――!」
そして。
砲台から一斉に砲丸が撃ち放たれた。

◇◇◇

虹は綺麗だった。
七色で構成されるそれは、見るものを圧倒させる。
そして、その虹の美しさに目を奪われるものは、そう少なくない。

◇◇◇

オリジナルフォーズの背後にずっとあった虹に、僕は違和感を抱くべきだった。
その虹が徐々に動いていること、そして変化をしていることについて、僕は直ぐに気付いておかなければならなかった。
「……待て、あの虹。何か、変わっていないか?」
変わっている、というのは姿が変わってしまっている、という意味だ。
でも僕以外にそれに気付いた人間はおらず、砲撃が止まることは無かった。
そして、放たれた砲丸はすべてオリジナルフォーズの前方に展開された虹のシールドにはじき返される。落下していく弾丸は、ジャパニアの住宅街へと落下し、家々を破壊していく。
「虹がはじき返した……?」
そして、虹は分解を開始する。
巨大な輪の構成だったそれは、幾つもの細分化をしていき、やがてたくさんの盾ができあがった。
その盾は仄かな光を放っていた。
いったい何を始めるのか、僕は注視していた。
しかしながら、ストライガーは違う指示を兵士達に行う。
「次の砲撃準備を進めろ! 大急ぎだ。少なくとも、敵が攻撃を始める前に!!」
間に合うはずが無かった。
刹那、虹の盾から光の筋が大量に撃ち放たれた。
その軌道はすべて正確に兵士の心臓を貫いており、貫かれた兵士は血を出すことも苦しむことも無く、そのまま倒れていった。
僕はとっさにシルフェの剣を構えて、思い切り回転切りを行う。
すると、僕の想像通り――正確には二千年後の未来で僕が実際に経験した出来事として記憶しているのだけれど――バリアが僕の周囲に張り巡らされた。
その範囲はちょうど僕と一花を守るくらいのサイズ。二人を守るくらいならばこれくらいで十分だ。
しかし、倒れていく兵士たちを誰一人守ることが出来ない。それもまた事実だった。
「……まさか、こんなことが!」
兵士が、人々が、町々が。
虹の盾から放たれる光線により、破壊されていく。
「不味い、不味い、不味い……。どうすればいい? このままではたくさんの人間が……」
ストライガーにもどうやら手の打ちようが無いようだった。
僕もバリアはどうやらこの範囲までしか放つことが出来そうに無い。
ならば、どうすれば良いか――。
「分かったよ、お父さん」
そこで僕たちに声を掛けたのは、一花だった。
一花はじっと真っ直ぐ、僕を見つめている。その目は強い意志を持つ目だ。
「……分かった、って。いったい何を」
「私が、この戦争で与えられた役目」
ひどい寒気がした。
目の前に立っている風間一花という少女は、とっくに別の存在になってしまっているのではないか。そんなことを思わせてしまうほど、彼女は変貌を遂げていた。
さらに、一花の話は続く。
「このままじゃ、みんな死んじゃう。いくらどれくらいの人が避難していようと、あれを避けることはできない」
まるですべてを知ったような口調だった。
「まるで知ったようなことを言っているが……?」
ストライガーが漸くこの話題に噛み付いてきたと思っていたが、どうやら彼女も同じく疑問を抱いているようだった。
しかしながら、そのベクトルは僕とは違う。
僕は一花を信頼している前提でその話を聞いているのだとすれば、ストライガーは別だ。
つまりは一花を敵と疑っている。
普通に考えてみればそうなるのは至極当然なことだ。だからと言って、否応無しにそう断定するのは宜しくない。何しろ、今の一花だけでは敵だと断定できる証拠が一切無いのだから。
「私は敵ではありませんよ、ストライガーさん。ずっとあなたがそう疑り深いことは分かっていました」
先手を打ったのは一花だった。
彼女は先ず、ストライガーにそう言い放った。
ストライガーは何故そんなことが分かったのかと一瞬狼狽えたが、直ぐにその意味を理解した。
「成る程。あなた、『声』が聞こえるのね? 先天性か後天性かは知らないけれど、その力は神か神に認められた者しか使えない力のはずよ。いったいあなたはどうやって……」
「いつからかは分かりません。けれど、気付けばこの力を使えるようになっていました。……そう言えば、納得していただけますか?」
出来るか出来ないかで言われると、やはり難しいものがあった。
とはいえ、今の二人の会話にすら僕はついていけていない節がある。専門用語を捲し立てて話しているからいったい何なんだ、と困惑しているのが現状だ。何かの暗号なのか?
「力は簡単にいえば、他人の心の声が聞こえる力のことだよ、お父さん」
そして一花は、僕の『声』を聞き取ってそう答えた。
他人の心の声。
それが聞こえてくる。それが一花の持つ力だという。
けれどそんな力はいつから持っていたのだろうか? いつ手に入れたものだったのか。
「いつからかは分からないけど、たぶんきっかけになったのはあの時の夢」
「あの時……ってことは、預言を託された、あの?」
こくり、と一花は頷く。
となるとつい最近もいいところだ。せめて相談してくれれば、何か助けになったかもしれないのに。いや、ならなくたっていい。不安を抱え込んだままだと、確実に精神が汚染される。だから気持ちだけでも吐き出してくれればよかったのに。
「預言……だったのかな? あの夢を見てからずうっと頭の中で声が響いてきて。それが誰の声だか分からないの。男の人だったり、女の人だったり、子供だったり、老人だったり。泣き叫ぶ声も聞こえて来れば、怒号も聞こえてくる。優しい声も聞こえて来れば、悲しい声も聞こえてくる。けれど、今の私にはそれに応えることも出来ないし、その声を聞かないでおくことも出来なかった」
「栓をすることは出来ない、ということなのか」
「出来ますよ。けれど、それは充分に特訓を積まないと難しい話です」
一花の代わりに答えたのはストライガーだった。
「そもそも使徒も全員が全員その力を使えるわけでは無いのですが、私はなぜかその力を分け与えられました。ほかでもない、キガクレノミコトから。……今思えば、その時すでにキガクレノミコトは自分の死期を悟っていたのかもしれませんね。まあ、それは今は余談ですが」
「ストライガーもその力を使えるし、コントロールもできる、と?」
「そもそもコントロール出来なければ諸刃の剣どころか猛毒ですよ。一日中ずっと誰かの声が聞こえるんです。そんな状況で落ち着いていられますか? まず不可能だと思いますが」
「では、コントロールする方法は? このままだと一花は危ないんじゃ……!」
「お父さん、大丈夫です。それは……私が見つけるもの。お父さんにずっと頼ってばっかりじゃ、ダメですから」
僕とストライガーの話に割り入ってきた一花は、大丈夫だと、そう僕に告げた。
「そうですね。それを決めるのはあなたの意志です。あなたがどうしようと、私たちには何も出来ない。正確にいえば、あなたの強い意志あってこその問題になるのですから」
そして、僕を半分置き去りにして一花とストライガーは虚空を見上げた。
とっくに虹の盾は砲撃をやめていたが、徐々にその光を充填しつつある。いつまたあのレーザービームが放たれるか分かったものではない。
だとしたら、攻撃の手を緩めている今がチャンスだ。
「……ストライガーさん。先ずは私に任せてもらえませんか?」
一花はストライガーのほうを向いて、はっきりとそう言った。
ストライガーは突然何を言い出すのかと目を丸くしていた様子だったが、直ぐにいつもの硬い表情に戻る。
「そこまで言うなら、何か策があるというのね?」
「ええ。実戦は初めてだけど……たぶん私にしか出来ないことです」
一花は言い放つと、オリジナルフォーズを指差す。
「オリジナルフォーズを……二度と目覚めないように封印します」
オリジナルフォーズを封印する。
その言葉を聞いて、僕はあることを思い出していた。
偉大なる戦い、それは歴史上ではガラムドが魔法を使って封印したことによって終結したと言われている。
ということは、一花――ガラムドがこれから魔法を使ってオリジナルフォーズを封印する――それによって戦争は終結する、ということになるのだろうか。だとすれば、それは協力せねばならないし成功せねばならない選択だ。
「封印、とは言ったものの、実際にそれが出来る話なのかしら? 出来ないとは言わせませんよ」
水を差したのはストライガーだった。
確かに、ストライガーが気になることも分かる。実際、ストライガーはもう諦めモードではあるが、出来ることと出来ないことの分別くらいは出来ていることだろう。
しかしながら、僕は一花のことを信じたいと思った。もしこのまま巧くいけば、歴史書に沿った世界線に繋がっていく。となると、二千年後に僕が召喚され、勇者として旅立つということだ。
それは即ち、ガラムドの言った『試練』の成功に繋がるのでは無いだろうか。
「いちかばちか……やってみる価値はあるんじゃないか?」
そう言ったのは僕では無く、ストライガーだった。
ストライガーはあくまで一花の意見を尊重したいだけのように見える。それに、そう考えるのは何ら間違っちゃいなかった。
無策のようにも思えるがしっかりと筋が通っているわけだし、結局のところ僕も一花がそう言いだすんじゃないかと何と無く思っていた。
「もちろん、これはあなただけで決めることのできる問題ではない。正確に言えば、あなただけの考えで行えることではないということ。その意味が、理解出来るかしら?」
「……分かっています。私だけじゃ、これを実践出来ないことくらい」
一花は、僕が思っている以上に大人だった。
そしてそれはもっと早く分かってあげるべきだった問題だったのかもしれない。
とはいっても、それを風間修一ではない僕に押し付けるのは非常に酷なことだとは、きっと誰も考えやしないだろう。
結局はただ外面でしか人間を理解出来ていない、ということ。
それは誰だって例外なく言えることだし、指摘されたら誰も言い返せない問題だった。
「でも、あなたとそれを決めることが出来るのは、私ではありません」
深い溜息を吐いた後、ストライガーは僕を見つめる。
「……そうでしょう? 風間修一」
「そこで僕に割り振るか」
「当たり前でしょう。あなたは、彼女の父親ですよ? だのに、何も知らぬ存ぜぬとは言わせませんよ。いずれにせよ、あなたはこのままだとどうしようもないってことは、あなただって理解しているのでしょう?」
「それは、ストライガーだって理解しているはずだろうが……」
「それはそうです。けれど、決断をするのはあなたと一花でしょう」
言い切られてしまった。
そうなると、あとは僕と一花の間で決めるしか無くなってしまう。何というか、ほんとうに巧いやり方だと思う。
それはそれとして。
一花の提案を僕は無碍にすることなど出来るはずが無かった。だって当然だろう? 実際の所、子供がそうやって自らの意思でやりたい、と言っていることについて親が否定することは忍びない。僕の親も、自由奔放にやれば良いと言っていた。子供は、まだ責任を取るべき位置に立っていないから、好き勝手やっても責任を取る必要は無い――のだと。
今思えばその発言は常識とは若干かけ離れたものだったのかもしれないけれど、でも、今ならその話も少しだけ分かるような気がした。
「……一花。やりたいようにやりなさい」
僕は少しの間どう彼女に話をするか考えて――やがてその言葉を絞り出した。
そしてその言葉を聞いた一花は大きく頷くと、右手の甲を僕に見せる。
手の甲にはうっすらと文様が浮かんでいるように見える。よく見るとそれは詠唱の魔方陣か何かだろうか。
「これは……?」
「たぶん、これでオリジナルフォーズを封印出来るんだと思う。その効力がどれくらいのものなのか、はっきりとしていないけれど……。でも、私の本心がそう告げるの。これを使って、オリジナルフォーズを封印すれば成功する、って」
その成功も、二千年しか持たない。
でも今の彼女たちは永遠にそれが続くものだと思い込んでいる。まあ、確かに使ったこと無いものだからそう思うのも致し方ないのかもしれないし、僕としてもそれを別に言いふらすつもりは無い。水を差す、ということになるから。
「……さあ、はじめましょう。お父さん」
そうして、僕を見つめた後、視線をオリジナルフォーズへと移した。
オリジナルフォーズはゆっくりと近づいてきている。
その侵攻を見つめて、一花はゆっくりと目を瞑った。