第二十四話(23)

 

「……にしても、あれで良かったのかい?」
「というと。どういうことですか」
議事堂を後にしたオール・アイは、アインからの言葉を聞いて首を傾げる。
燃えさかる議事堂では、今は火を消すためにすべての人間がかり出されていることだろう。しかしながら、今そこにはその原因を作り出した張本人は居ない。とうのとっくにどこかに消えてしまっているのだから。
「だって、一人残してしまっているのでしょう。ということは、相手が誰であるか彼女が説明できてしまう。もし、説明できてしまったら……」
「それは無理でしょう。アイン、あなたは人間の『恐怖』というものを少しばかり誤解しているようですね」
「誤解?」
「ええ。人間とは、かくも恐怖を覚える生き物です。一度力を見せつけてしまえば、その恐怖の源に再度興味を示すことはあっても、接触することはありません。否、正確に言えば接触を試みることはありません、と言えば良いでしょうか。いずれにせよ、人間はそう簡単に私の所業まで辿り着くことはできませんよ」
鼻歌を歌いながら、まるで新しいオモチャを買い与えられた子供のように、楽しげに歩くオール・アイ。
そして、二人はそのまま議事堂から姿を消した。

◇◇◇

僕たちは今、オリジナルフォーズの圧倒的な力を目の当たりにしていた。
まだオリジナルフォーズはジャパニアに到着していない。にもかかわらず、そのどこか遠くから撃ち放たれた一撃は、ジャパニアの半分を壊滅へと追いやった。
いや、それだけではない。その攻撃は地殻を刺激したためか、先程から地響きが止まらない。
ストライガーからの情報によれば、この惑星のマントルまで攻撃が到達し、このままでは惑星が幾つかに分裂する可能性が非常に高いとのことだった。
でも、それは僕たちでは抗うことの出来ない事実であるということも、同時に知らされた。
「……生憎、何とか惑星が分裂しても何とかそれぞれの惑星は軌道上に乗ることが出来る。そう考えられていますが……、しかしながら今まで一つの星で暮らしてきた皆さんと別れる必要が出てくるのもまた、事実です」
「ストライガー。いったい何を言っている!? 星の分裂、だと! そんなこと、信じられるはずが……」
言ったのはメリッサだった。
結局、三人居たリーダーもオリジナルフォーズが放った一撃で傷つき倒れてしまった。
「メリッサ。あなただけでも……生き残ってくれて、ほんとうに良かった。あなたも倒れてしまっていたら、私たちはほんとうにどうすれば良いのかと……」
「そんなおべっかを垂れても、今の状況は何も代わりはしない。問題は……そうね。とにかく、この危機的状況をどうやって乗り切るか。それが一番重要とは思わないかしら?」
メリッサはこんな状況でも冷静だった。
ストライガーですら、この状況は想定外だったのか焦りを隠しきれていないというのに。
いったいこの余裕はどこからやってくるのだろうか? はっきり言って、想像が出来ない。
もしかしたらその可憐な見た目とは裏腹に、波瀾万丈な人生を送ってきたのかもしれない。このような状況で無ければ、話を聞きたいところではあるが――それは今、忘れておいたほうがいいだろう。
それはそれとして。
「……それにしても、あの巨大な獣をどう対処すれば良いという訳? いくらなんでも、規格外としか言い様がない。あの獣をどうするか……、今の私たちには、それに対する術が見当たらない。それは先程の攻撃を見ても明らかでしょう?」
そう。そうだった。
さっき、メリッサたちは各々の攻撃をオリジナルフォーズに与えたばかりだった。そして、その攻撃はオリジナルフォーズが一切反応しないものであることもまた、目の当たりにしたばかりだった。
人間が小さい羽虫に刺されたところで、気にはとめるかもしれないが、それを本気に殺意や敵意へと変えることは少ない。要はそのような状態だった。
「オリジナルフォーズ。まさかあれほどの強さだったとは……。さすがにそこまでは想像出来ませんでした。そして、それは私たちの計画の失敗と言っても過言では無い。明らかに失敗でした。ほんとうに、ほんとうに……」
「今はそんな失敗を悔やんでいる場合じゃありませんよ」
僕は、やっとそこで発言をすることが出来た。
押さえつけられていたわけでは無い。どうすればいいかずっと考えていて、結果的に自らの意見を押さえつけていたのだ。
「……じゃあ、どうすれば良いと思う?」
メリッサは僕に問いかける。
メリッサは僕を睨み付けて、さらに話を続けた。
睨み付ける、というよりは、どちらかといえば舐めるように眺めていた、と言ったほうが正しいのかもしれないけれど。
「それは……」
直ぐには、答えが出てこなかった。
ずっと僕は考えていたのに。
ずっと僕は――どうすればいいか悩んでいたのに。
直ぐに答えが出ないことに呆れてしまったのか、メリッサは深い溜息を吐く。
「少しは期待していたけれど、どうやら間違いだったようね。ほんとうに、リーダーシップの無いこと。どうしてキガクレノミコトや使徒の面々があなたをリーダーに任命したのかしら。もしかして、あなたが腰に携えているその古くさい剣を使うに値する人間と思われたから? だとすれば、ほとほと呆れる。使徒の考えが間違っているとは言わない。けれど、あなたは、せめて少しくらい頑張ったらどうなの?」
期待に応えろ。
メリッサは僕にそう言っているようだった。
確かに、その通りだ。僕はただやってくれないかと言われて、ただそのまま頷いただけに過ぎない。それが剣の試練だということを理解していたから。これをクリアすれば試練をクリアするに等しいと思っていたから。
要するに、ゲームと同じ感覚。
そういう感覚に、僕はとっくに陥っていた。
「あなたがどういう思いでこの戦いに挑んでいるのか、それは分からない。けれど、あなたの選択が世界を生かすか殺すか。それを決めることになる。それくらいは、理解して貰わないと困るわよ」
メリッサはそう言って、踵を返すと、僕たちから離れていく。
「待ちなさい、メリッサ。戦闘において敵前逃亡は認められていない」
「何を呑気なことを。ちょっと休憩に行くだけよ。それに、オリジナルフォーズはあれほど遠い距離に居るけれど、実際は私たちに甚大な被害を与えるほどのダメージを出すことが出来る。それに対して、私たちは何が出来るかしら? 何も出来やしない。バリアすら張ることも出来ない。ならば、来たるべき時に備えて力を蓄えておく。それが一番、って話。ま、結局の所、それを理解できずにあの二人はくたばったわけだけれど」
早口でそう捲し立てるように言って、メリッサは僕たちの前から姿を消した。
僕は、どうすれば良いのか分からなかった。
どのようにこの戦争を終わらせれば良いのか、分からなかった。
「風間修一。あなたは、少し気負いすぎです」
ストライガーの言葉を聞いて、僕はそちらを向く。
ストライガーは真っ直ぐ僕を見つめながら、話し始めた。
「あなたは確かにこの戦いのリーダーです。リーダーということは、まとめ上げなくては為りません。戦う人数は少ないし、その人たちもそう簡単にはあなたに従うこともないでしょおう。けれど、それをいかにして従わせるか。それがあなたの考える道ではありませんか? 確かに、難しいことかもしれません。ですが……、それを乗り越えて欲しいのです」
「それは……分かっているけれど、」
分かっている。
分かっている話ではあるが、そうであっても、僕はいかにして乗り切れば良いかということを考えられなかった。
キャパシティオーバー。
とどのつまり、自分の処理出来る限界をとうの昔に突破していた、ということだ。
とはいってもそれで済むはずが無いのが、今の状態。
「……少し、考えたほうが良いかもしれませんね。いや、或いはリフレッシュとでも言えば良いでしょうか」
そうして、ストライガーは遠くを指差した。
その方向は、オリジナルフォーズを正確に捉えていた。
「予測では、オリジナルフォーズがやってくるまであと十四時間余りです。となると、明日の昼前が勝負。その時間になれば、オリジナルフォーズがジャパニアに上陸し、本土決戦とでも言えば良いですか、その状態になります。そして私たちはそこに達するまで有効な攻撃を与えることが出来ない。となると、それまでにジャパニアの人間を避難させて、戦う準備を整えなくては為りません。……だから、休めるのはその時間だけ」
「ストライガー、君はいったい何を……」
「今の状態では、あなたを含め十分な状態で戦うことは出来ない。そう言っているのですよ」
そして、それを合図として。
ジャパニア軍はオリジナルフォーズの上陸までの十四時間を休憩時間に充てるのだった。
もちろん、ただの休憩では無い。いつ戦いが始まっても良いように、十分な準備を整える必要もあった。

 

夜。
あっという間に晩餐の時間となった僕たちは、広い食堂で電気を点けずに食事を取っていた。食事も簡素なもので、乾パンと二種類の肉と魚の缶詰がそれぞれ一人ずつ配られている状態だ。別にそんなことはしなくてもいいのだけれど、これからの状態を考えるとこれは当然の選択だ――けれど、それは多くの人間を疑心暗鬼にさせてしまうことにも繋がるため、表裏一体の問題だと言えた。
「……仕方ないけれど、やっぱり物足りないよね」
秋穂の言葉に、僕はただ頷くことしか出来なかった。
仕方ない――なんて言えなかったけれど、結局の所はそれを肯定することしか出来ない。
「ねえ、修一。この戦いはどれくらいで終わるの?」
ちょうど食事を食べ終えたタイミングで、秋穂は僕にそう問いかけた。
秋穂は不安になっている。そしてそれは僕も十分理解している。
僕は――秋穂の大切な存在として、秋穂の不安をできる限り取り除きたかった。
本来なら、不安を取り除くために、直ぐに戦いは終わるなんてことを言えばいいのかもしれない。
けれど、その発言はあまりにも無責任だ。戦闘の最前線で戦っているにもかかわらず、いつまでこの戦いが続くか明らかになっていない状況にもかかわらず、希望的観測だけでそれを告げるのはあまりにも無責任だ。
「この戦いは……」
「終わるよ!」
僕の言葉を遮るように、そう言い切ったのは一花だった。
一花を見ると、自信満々といった感じの笑みを浮かべていた。
いったい彼女の中で何が自信となっているのか定かでは無いけれど、いずれにせよ、その言葉は秋穂の不安を少しでも解消出来たのかもしれない。
「ありがとう、一花」
秋穂は一花の頭を撫でて、ゆっくりと微笑んだ。

――だが、平和はそう長く続くことは無かった。

◇◇◇

朝。
地獄が僕らを待ち構えていた。
オリジナルフォーズがやってくるのは、確かにストライガーが予想していたとおりの時間帯だった。だからそれに併せて、僕たちは応戦準備を整えている状態となっている。
はっきり言って、それは焼け石に水――誰もがそんなことを思っていたに違いない。けれど、それはそのままにしておくべきだったのではないかと誰しも察してしまうのだった。
今、オリジナルフォーズはジャパニアの目の前まで侵攻を進めている。
そして、オリジナルフォーズの背後にはその躯に似つかわしくない、七色の橋がかかっていた。
「あれは……虹?」
オリジナルフォーズの背後には、大きな虹がかかっていた。
でも、普通に考えてみればおかしなことだらけだったのは、自ずと理解できている。だって、虹は雨が降った後に晴れることで、空気中の雨粒に光が反射することで起きる事象だった――はずだ。プリズムかなんかだったっけ。まあ、それは今あまり気にする話では無いかもしれない。
問題は、そこでは無い。
どうしてオリジナルフォーズの背後に、巨大な虹があるのか、ということ。
そして、その虹を見ると胸騒ぎを覚えるのはどうしてなのか――僕はそんなことを考えていた。
そして。
その胸騒ぎは、的中してはいけない嫌な予感は。
その直後に的中してしまうのだった。
オリジナルフォーズは雄叫びを上げる。まるで僕たちの攻撃を待ち構えるかのように。
僕たちはそれを聞いて、同時に攻撃を開始する。ジャパニアの砦、アンドー砦にはたくさんの砲台が用意されていた。もともと砲台が用意されていたわけでは無く、今回の戦いに備えて長きにわたって準備していたもの……というわけでも無いらしい。
そもそもの話、この世界は長い間戦争に見舞われてきた。ジャパニアだけは独自の文化が築かれていたこと、そして戦争を今のスタイルに仕立て上げたといわれる科学技術があったことから、他の国から避けられ続けていた。
それが功を奏したのか、この砲台が使われることは、今まで一度も無かった。
たった、一度も。
「まさか、この砲台を使う機会がやってくるとは思いもしませんでしたよ」
ストライガーはそう言って深い溜息を吐く。
確かに彼女はそう思っていたのかもしれない。そしてそれは、本心だったのだろう。
出来ることならば戦争は経験したくない。それは誰しも考える話だ。しかしながら、この時代では戦争はいつ起きてもおかしくない膠着した状態が続いている世界だった。
だからこそ、かもしれないが――普通、そのような戦闘準備を用意しておくのは珍しい話では無い。
しかしながら、そのように準備しておいたものを実際に長らく使用しなかったケースは、きっとジャパニアが初のことだろう。
「でも、使うときはあったんじゃないのか? いつだって、戦争をしてもおかしくない状態だったはず」
「それはそれ、これはこれ……ですよ」
ストライガーは目を細め、砲台の先に居るオリジナルフォーズを見つめた。
オリジナルフォーズは雄叫びを上げてもなお、その場に立ち尽くしていた。まるで僕たちの行動を監視しているかのごとく。
とはいえ、何も行動してこないのは怖さ半分、ありがたさ半分でもあった。準備を進めていく上で、こちらが追いかけられないほどの追撃をかましてくるよりかはマシだ。
「とはいったところで、この戦争は避けられなかったもの……だったのでしょうかね」
「ストライガー?」
「ああ、いえ。つい、弱いところを出してしまいましたね。申し訳ない、情けない、話ですよ。人間が人間として活動していく上で、重要なもの。私はそれを持つ『神』ですからね」
「人間が……人間として?」
「何だと思います?」
こんな状況にもかかわらず、ストライガーは僕に質問してきた。
むしろこういう状況だったからこそ、ストライガーは僕に質問してきたのかもしれない。
緊迫しつつある状況は、人間の感情をも操る。いや、別に緊迫しつつある状態でなくても構わない。そうであったとしても、濃い意識を持つ状況は、人間の感情にも溶け込んでいく。
「……ああ、わかった」
ストライガーが、目の前の存在が、神とは思わない理由。
それは僕が知っているもので、一番理解していて、一番理解しづらいものだった。
「感情……だな?」
「……ええ、そうです」
やがて、ストライガーはゆっくりと頷いた。
そしてストライガーは、僕が質問するまでもなく、ゆっくりと話し始めた。
「……私は、人間でした。人間だったんですよ。でも、神になると言われてどうするべきか悩みました。指摘されたのはたった二つの選択肢だったからです。それも、はいかいいえで答えることの出来るシンプルなものでした」
「シンプルなもの?」
「ええ。人間にとって大事なものを、あなたは捨てたいか? ……普通に考えれば、使徒という存在は人間ではない存在が集まる。いや、そもそも人間という存在を超越する存在です。その存在の一つになれるからこそ、きっとその質問をしたのでしょう」
「その質問をしたのって、やっぱり……」
「ええ」
僕が誰を思い浮かべているのか、ストライガーも理解できているのだろう。
「キガクレノミコト、ですよ」
「だと、思った」
肩を竦めて、鼻で笑った。