第二十四話(22)

 

神殿協会。
オール・アイとアインは議事堂に到着していた。
「オール・アイ。まさかあなた様が自らここにやってくるとは……!」
名も無き――正確には名前も知らない神父たちが彼女を出迎える。
「ええ。今日は大事なことをお伝えしに来たものですから」
そう言ってオール・アイは議事堂へと入っていく。
後を追いかけるアインは鼻歌を歌いながら、オール・アイへと近づく。
「それにしても、巧い猫の被りようだね。どこで習ったの?」
「人間と長く生活を共にしていると、そういう要らないようで要る知識も身についてくるものですよ」
「そういうものかね」
アインはオール・アイの発言を鼻で笑いながら、流した。
対してオール・アイもアインに自分の発言が笑われたところで臆することは無かった。
「……ええ、そういうものですよ。人間というものは、かくも愚かな存在です。ですが、彼らはこの惑星でトップに立っている。人間は弱い存在ですが、それを補う知能があった。でも……もう人間は増えすぎてしまった。だから、どうにかして減らしていかないと」
「それは、一万年前の昔にもあったことだったと記憶しているけれど?」
アインは不敵な笑みを浮かべながら、そのまま歩いていく。
何人か神殿協会の神父やシスターとすれ違うこともあるが、誰もオール・アイにだけ反応し、アインには一切反応をしなかった。
そんな神父やシスターを振り返って見つめながら、彼は小さく溜息を吐く。
「それにしても、面白いよねえ。こんな簡単な認識阻害で見えなくなっちゃうんだから。これで『知能がある』って笑っちゃう話だよ。いや、でもこれは認識阻害というよりもレイヤーを一つ上にした、とでも言えば良いのかなあ? まあ、理解して貰おうとは思わないけれど」
「アイン。話をしすぎることも良くないと思うわよ? それに、あなたの話は今誰も聞こえないし、誰も理解できない。それを理解した上で話しているならば、それはまた別の話だけれど」
アインとオール・アイの会話は、そのまま続いた。
「それにしても……。どうして人間はここまで平和ぼけしているんだい? だって、もう戦争が起きているのだろう。ならば戦うべく力を合わせようとしても、或いはそうでなかったとしても、もう少し感情が浮き足立っても良い気がするけれど」
「それが人間の悪いところだと思いますよ。それに、この神殿は神のために祈り、神のために生きる人間が集う場所。戦争をしようなど思いもしませんでしょう。まあ、それが神の御言葉によるものだと直ぐに理解するのかもしれませんが」
「オール・アイが作った、偽りの御言葉だろう?」
シニカルに笑みを浮かべつつ、アインは言った。
オール・アイの御言葉――それはすっかり神のそれと同義になってしまっており、神殿協会の殆どの人間は、すっかりそれを信じ切ってしまっていた。だからこそ、オール・アイはそれにつけ込んだ。
オール・アイはこの神殿協会をバックに、いつ終末計画を遂行しようかと考えていた。
終末計画。
それは、この世界に増えすぎた動物を一度リセットするという漠然とした計画。
しかしながら今まで人間はその計画の存在を知らず、流れるように死に、そして生き続けてきた。
それは今だってそうだ。
そしてその計画を遂行していたのは、オール・アイ。
正確に言えば、終末をもたらすべく、人間をうまく操っていたのがオール・アイだった。
「さて……それでははじめましょうか」
神父の一人に説明を終えたオール・アイは、議事堂のテラスに立っていた。
そこから見える景色には、公園が広がっている。
そしてその公園には、至る所に人間がいて、彼らは皆オール・アイの御言葉を聞くべく待っていた。
オール・アイの御言葉。
それは神の言葉だった。
そしてそれは一般市民にも知れ渡っている事実だと言えるだろう。
だから彼らはオール・アイの御言葉を聞くために、仕事中であろうとも、授業中であろうとも、やってきているのだ。
これから――オール・アイが何を彼らに告げるかも、分からないはずなのに。
仮に分かっていたところでそれに背くことは考えられなかった。
オール・アイの計画は既にそこまで進んでいる。
オール・アイ自身、そう思っていたからだ。
「……皆様、お集まりいただきありがとうございます」
先ずは普通の挨拶から。
「今から私がお話しするのは、いつも通り、神の御言葉となります。普段ならば、枢機卿がお伝えすることになるのでしょうが……、今回は彼らではなく私自らが話をいたします」
それを聞いてざわつく群衆。
当然だろう。普段話をしているのは、オール・アイが言った通り枢機卿の面々だ。だからオール・アイを見たことの無い人間が殆どだ。だからいったい誰なのだろうか、なんてことを思っていたが――それを聞いて彼女がオール・アイであるということを確信したと言えるだろう。
さらに彼女の話は続く。
「私の話は、そう長いものではありません。ですが、とても重要なお話です。ですから枢機卿へ伝えるのでは無く、私の口から直接お話しさせていただこうと……、そう思っているのです。何をお伝えするか? それは簡単な話、神の御言葉。崇高なる神、ドグ様の御言葉です」
ドグの言葉など、もう聞こえるものではない。
いや、正確に言えば、ドグという神は存在しなかった。
この世界の神はすべて創造神たるムーンリットだけとなっており、あとはすべて机上の空論で存在しているだけに過ぎない。要するに、ドグという神も誰か気が触れた人間があるとき言い放った想像上の存在に過ぎず、結局の所その名前を借りているだけに過ぎない。
想像から生み出された存在が、数十万人もの信者を生み出しているのだから、人間の世界とはかくも面白いものだと、オール・アイは思っていた。
今のオール・アイにとってみればそれはとても都合の良い存在だとしか認識していないのかもしれないが。
「……審判の時が、ついにやってきました。私たちは、神の居る場所……『神界』へと向かうことが許されたのです」
そうして、オール・アイは言葉を紡ぎはじめた。
終末計画、その始動を合図する第一段階。
神殿協会から、その計画は始まっていく。
「審判の時、ってまさか……」
先程以上に騒ぎ立てる群衆。そう思うのも仕方ないものだろう。
審判の時。それは神殿協会の教典にも記されている、最終の時。
人間は生まれたときから、神の世界――神界に暮らしていた。しかしながら、神界に暮らしていた人間はあるときこの世界へと追放された。
それが『現罪』であり、人間が永遠に背負う罪であった。
しかしながら、その罪が許されるタイミングがたった一度だけ存在していた。
それは、この世界の――人間達が生きてる世界の消失。
人間が神界から追放され、そして追放された後の世界も消失するというのならば、その罪を許す機会を与えようでは無いか、ということだった。
それが、教典に記されている『審判の時』だった。
「……我々は審判の時まで生き抜くことが出来ました。そしてそのタイミングこそ、私たちが人間ではなく別の存在へと……神となる瞬間といえるのでは無いでしょうか」
ざわつく群衆。もうその騒ぎを収めることは出来ないだろう。
群衆の一人が、大きく声を出した。
「じゃあ、我々はどうやってドグ様の御座へと向かうことが出来るのですか!」
オール・アイはその言葉を待ってました、と言わんばかりに一笑に付す。
一拍おいて、オール・アイは言い放った。
「それは単純な話です。この世界で使っている身体から自らの魂を解き放つこと。それはこの世界での『死』を意味します。死は恐ろしいことでしょうか? いいえ、そんなことは有り得ません。死は新しい世界への移動を意味します。この世界から、別の世界へと向かうために……我々は今!」
オール・アイは両手を掲げ――ゆっくりと、しかしながらはっきりと言い切った。
「この世界から、自らの魂を解放するのです!」

 

オール・アイの言葉を聞いた直後、さすがに人々は沈黙した。
とはいえ、オール・アイの言葉を疑う人間はただ一人として居なかった。
人々は皆、審判の時を待ちかねていたのだから。
だから、次に人々がとった行動は――歓喜の声だった。
地鳴りを引き起こすほどの歓声だった。
「ついに我々は救われるのですね!」
「我々は、この汚れた世界から旅立つ時がやってきたというのだ!」
それを見たオール・アイは、詠唱を開始する。
その詠唱は、プログラムの最初の行動。
その詠唱は、長い目で見ればこの世界の為になること。
「……さあ、皆さん。一緒に死んで、神になりましょう」
そして、彼らは気付かなかった。
彼らの上空には、巨大な火球が浮かんでいるということに。
彼らはそれに気付くこと無く――そのまま火球に飲み込まれていった。
「ううう!」「助けて!」「いいや、このまま居るといいんだ」「神になる!」「ドグ様の場所へ行ける!」「この世界から消えることが出来る」「審判の時を迎えることが出来るなんて、幸せだ……!」
そんな怨嗟にも似た声が響き、やがて火球は消えた。
火球は骨すらも燃やし尽くし、そこには焦げ跡のみが残るのみだった。
「……一先ず、これで第一段階が終わったという感じかな?」
アインの言葉にオール・アイは頷く。
そしてその焦げ跡を流し、その場を後にした。

 

それからは、あまりにも簡単で単純な出来事だった。
火球は幾つも生み出され、議事堂はあっという間に火の海と化した。そして人々は逃げ果せると思ったのか周囲にちりぢりになるが、それをオール・アイが許すはずも無かった。。
「簡単に、神から逃れることができると思っていたのですか? だとすれば滑稽ですねえ、滑稽、無粋、あるいは欺瞞とでも言えば良いですか。結局のところ、あなたたちは審判の時を待っていたのでしょう? それを受け入れると教典に書いてあったじゃないですか。とどのつまり、その意味は――」
オール・アイはすらすらと、まるで呪文を詠唱するかのごとく話した。
目の前に居る人間たちはただ怯えるだけで、きっと話など理解できていないだろう。
だが、そんなことはオール・アイには関係ない。
「……怯えることで、祈りを、命を、救って貰おうと? だとすればそれは滑稽ですねえ! いやはや、ほんとうに面白い。ずっと隠し通していたからこれを隠さずに急に表にさらけ出したときの皆の驚きよう! ほんとう、何度経験してもこの恍惚感は誰にも味わうことは出来ないでしょう」
「騙していたのね……!」
やがて、名も無き市民の一人がオール・アイの言葉に反抗した。
しかし、オール・アイはそれを知らぬ風で首を傾げ、
「だとすれば、どうだと? わたしはきちんと能力を示しただけ。そうしたら、勝手にあなたたちが神の力だと崇め奉っただけ。ただ、それだけの話ではありませんか。……つまり、あなたたちは私を信じた時点で、ゲームオーバー。それにただ気付かなかっただけですよ。ま、そのおかげで私はプログラムを実行することが出来ましたがね」
「プログラム……?」
「教えて欲しいですか?」
オール・アイの目の前に居る女性は、気がつけばオール・アイに対する恐怖よりもその探究心が勝ってしまったのか、警戒を解きつつ話を続けた。
それにオール・アイは気付いていたのか気付かなかったのか、敢えて話を続けた。
「……この世界には、人間があまりにも増えすぎてしまったのですよ。だから、それをどうにかするべく私は、神の御言葉をいただいたということ」
「どういうこと……?」
「いつかきっと、私のやることを止めようとする人間がその力を身につけることでしょう。しかし、それはただのプログラムに過ぎない。人間が正しく生命を使うために、私たちはその管理をしているだけに過ぎないのだから。やがて、それを間違っていると思う人間が現れたところで、それは人間のエゴイズムにすぎない。人間は、誰にその生命を作られたのか。それをとっくに忘れてしまった、ということですよ」
エゴイズム。
人間の生命。
オール・アイはそう言って、難しい言葉で女性を捲し立てた。
当然ながら、女性はその言葉の意味を理解できやしない。
けれど、オール・アイにはそんなこと関係なかった。
たとえ理解出来ようが出来まいが、女性が知りたいと言っている事実には素直に答えてあげようとしていた。ただそれだけのことなのだから。
「……いったい、何を言いたいの。あなたたちは……何がしたいの……!」
「人間が、正しい道を進めるか否か。ただそれだけの話」
オール・アイはそれしか言わなかった。
そのあとは踵を返して、議事堂を後にするだけだった。
一人生き残った女性はそのまま呆然とした様子で、オール・アイを見送っていく。