第二十四話(21)

 

会議室には、三名の人間が集められていた。僕たちを含めると、六名と言ったところか。いずれも屈強な人間ばかり……かと思っていたがそうではなく、中には秋穂と同じ女性の姿も見受けられた。いったいどういう基準で集められたのだろうか――なんてことを思っていたが。
「お待たせいたしました、皆さん。なんとか集まったので、これから会議を始めたいと思います」
ストライガーの言葉を聞いて、全員がゆっくりと、ただ静かに頷いた。
それを見た僕たちはストライガーから順に用意された椅子へ腰掛けた。
そして全員が椅子に腰掛けたところでストライガーが話を始めようとした――その矢先だった。
「おい、ストライガーさんよお。どうして、そこに居るちび助も会議を見る役割に立っているのか。教えて貰いたいものだね。さすがに今回の戦争には参加しないのだろう?」
そう言ったのは、一番右端。見るからに屈強な格好をした筋骨隆々の男だった。RPGだったら鍛冶か武器防具屋を営んでいそうな風貌だが、そんなことは無いのだろう。たぶん、きっと。
男の言葉は想定の範囲内だったのだろう。僕よりも、一花よりも早く、ストライガーが口を開けた。
「彼女も紛れもない戦闘要員です。そして、今度の戦いで一番注目すべきポジションに立つと言っても過言では無いでしょう。ですから、彼女にも参加して貰いました」
「重要なポジション? このちび助が?」
「ちび助と言わないでください。彼女には風間一花という名前があるのですよ」
ストライガーはそう言って、強い目つきで男を睨み付けた。
「……別に良いけれどよ、俺たち以外の人間はそれを聞いて了承するかね? この時点で批判が出てきているんだ。場合によっては大多数の人間が……」
「あら。さっきから話を聞いていれば、まるで私たちまでその意見に反対しているかのような言い草ですこと」
そこに口を挟んできたのは、真ん中に腰掛けていた女性だった。チャイナドレスを身につけた女性は、足を重ねているようだが、それでも見えてしまうほどのスリットが入っていった。かなりきわどい服装だといえるだろう。何がきわどいかは言わないでおくが。
女性は柔和な笑みを浮かべて、さらに話を続ける。
「主語を大きくして相手を叩くことは良くないことですよ。なにせ、自分が小さく見える。もしその屈強な筋肉がこけおどしと思わせたいならば話は別ですが……」
どうやら彼女はかなり毒舌家のようだ。
聞いているだけでいつその男性の堪忍袋の緒が切れるかヒヤヒヤしてしまう。
女性の話は続く。
「まあ、私も否定こそしませんが気にはなりますね。いったい全体、どうしてその子供を戦線に入れようとしているのですか。それに、風間という名字からして、父親はあなた」
僕を指差して女性は言った。
それについては間違いない。僕は頷く。
「ならば、だとすれば、どうしてこれを止めようとしないのですか。普通の親ならば、こんなことはひどいことだと思うはず。自分の娘を、戦場へ送り届ける? それも、自分も向かう場所で、戦争がどんなものか知らないくせに。それを娘にも押しつける、と。それともそれをはねのけるほどの能力があるならば、話は別ですが」
「もちろんありますよ。聞いてください」
待ってました、と言わんばかりに女性の言葉に答えるストライガー。
「彼女は、神に選ばれた素質を持つ存在ですよ。それはキガクレノミコト……ああっと、あなたたちには木隠と言えば良いですか。ともかく、その存在に認められた存在です。それ即ち、聖女と言っても過言ではありません」
聖女、か。
それにしても一花――いや、もうガラムドと言ってもいいかもしれないが、彼女は神になる前からかなり『奇跡』という名前を冠していたのだな、と思った。いずれにせよ、ガラムドが神になるのはこの『偉大なる戦い』の戦果によるものだろうけれど、今はただの少女だ。
一人の少女に、戦場を経験させるほどこの国はまだ疲弊していない。
きっと国民の殆どはそう思っているに違いないはずだった。
だからこそ、僕の目の前に居る三人の人間はそう思っている、はずだと思っていたが――。
「……神の加護とでも言った感じかね。まあ、使徒の連中が言ったならそれなりの力は持っているということなのだろうな」
言ったのは、筋骨隆々の男だった。案外、男は神という存在を信じているようだった。
そして、それに続けて言ったのはその隣に居る女性。
「まあ、ストライガーがそう言うなら……私たちもそれに従うしか無いようね。別に問題は無いけれど。足手まといにならなければ、それで」
「まあまあ、二人とも。そこまで言う必要は無いでしょう」
そう言ったのは、白い帽子をかぶった女性だった。
つば広の帽子をかぶり、白いワンピースを身にまとった女性は、戦場というよりも花畑や海岸を歩くような清楚なイメージが見受けられた。
「……結局、戦場を制するのは力。あなたたち二人はそう思っているのでしょう? ならばそれで良いではありませんの」
「お前は回復術士(ヒーラー)だから、そういうことを言えるのだろうが……」
「何ですか? 回復術士だから、何か言ってはいけないことでも?」
「そういうことを言っている場合では無いでしょう!」
三人があわや喧嘩を始めるのでは無いか、と思ったタイミングだった。
声を出したのは、紛れもなく、ストライガーだった。
ストライガーの声を聞いて三人は一同に言葉を噤む。
それを確認したところで、彼女は深い溜息を吐き、
「これではこの先が思いやられるというもの。あなたたちはこれからこの世界を救うべく、あの化物……オリジナルフォーズと戦わなくてはならないのですよ。それを理解していますか?」
「ストライガーさんよ、オリジナルフォーズとは言うがな……。どうやって俺たちが立ち向かえば良いんだよ。問題はそこだろ」
それを聞いた僕は首を傾げる。
なぜそんなことを言ったんだ? ここに居る三人は、オリジナルフォーズを倒すために集められたわけでは無いのか?
「確かにそうですね。問題はそこです。あなたたちも知らないこと……それはオリジナルフォーズはどうやって倒すことが出来るのか? 有効な攻撃手段は存在するのか、ということについて……」
ストライガーは立ち上がり、僕たち五人を見つめながら、
「はっきり言って、オリジナルフォーズには弱点はありません」
そう言い放った。
それは希望を持っていた戦士たちにとって、その希望が打ち砕かれたような――そんな状態でもあった。
「そ、それはどういうことよ! だったら、手当たり次第攻撃しろ、と……。そう言いたいわけ?」
チャイナドレスの女性は立ち上がりテーブルを叩く。
慌てる気持ちも分かる。きっと、この三人はオリジナルフォーズに対してあまり情報を開示されていないのだろう。ただこの三人は『強い相手と戦う』としか知らされていないのだろう。
しかし、僕は違う。
オリジナルフォーズの恐怖を知っている。
弱点が無いことを知っている。
その先の未来も知っている。
だからこそ――今の絶望的状況も、どうしようもならないことも分かっていたからこそ、その情報を聞いても冷静でいられたのかもしれない。
ストライガーはチャイナドレスの女性の言葉を制するように、
「リーナ、残念ながらその通りです。グランズ、あなたも落ち着いて。でも……これは変わりようのない事実です。オリジナルフォーズには弱点が存在しません。ですから、有効な攻撃手段が存在しない。ですから、私たちに出来ることは、ただ一つしかありません。倒せないならば……弱体化させて封印させるまで。オリジナルフォーズを封印させることの出来る、現時点でのワイルドカードがあるとすれば? 少しは話を聞く気にもなれたのではないですか?」
「冗談だろ、ほんとうにそんなことを言っているのか」
グランズと呼ばれた男は、完全に諦めモードに入っていた。
何というか、その筋肉は見世物だったのか。そんなことを言ってしまいたくなるが、それを言うと話がこれまで以上にこんがらがるため言わないでおく。
ストライガーはグランズの言葉に続ける。
「私が冗談を言うような人間だとお思いですか?」
「いいや、そんなことは思っていない。だが、だがな……、ちょっと想定外なことが続いただけだ。それで? 聞かせて貰おうじゃ無いか、そのワイルドカードってなんだ?」
「そうよ、私も気になるわ」
グランズの言葉に会わせるように、リーナは言った。
一人、つば広の帽子をかぶった女性は何も答えないまま、ただストライガーを見つめるだけだった。
そして、その期待に応えるようにストライガーは告げる。
「……オリジナルフォーズを封印するための力。それは、彼女が――風間一花が使えます。祈りの力、私はそう言っていますが、その力を使うことでオリジナルフォーズを封印することの出来る力……『奇跡』を起こすことが出来る。私はそう考えているのですよ」
「……奇跡?」
グランズから発せられた言葉は、ストライガーの言葉を信じきれていない、懐疑的なものだった。
やはり、いくら使徒であるストライガーの言葉であっても『奇跡』という単語自体には引っかかるか。まあ、それは当然のことかもしれない。奇跡という単語自体、意味として滅多に起きないことという意味が付与されている。ならば、ストライガーの発言は奇跡を故意に作り出そうということだ。
ストライガーの話は続く。
「きっと私の言葉を聞いて、意味が分からないと思っているのでしょうが、そう思っていただいて構いません。けれど、問題は幾つかあります。その中でも一番なのは……いかにして彼女は奇跡を生み出すのか? ということについてです」
もっとも根幹であり、誰もが気になることを唐突にぶっ込んできた。ストライガー、お前はいったい何を考えているんだ……!
と、一人勝手に緊迫していると、リーナが声をかけた。
「……奇跡を信じるとでも言うのかしら? 仮にもあなたたちはこの国の神と呼ばれる存在だったはず。そんなあなたたちなら、奇跡を作り出すことも容易なはず」
「奇跡を作り出すことも容易……ですか。だったらいいですねえ、だったら」
しかしリーナの言葉にストライガーは臆することなく、ただ呟いただけだった。
それを聞いたリーナは普段と違うと思ったのだろうか、或いはこれは不味い状態だと思ったのだろうか、いずれにせよ、彼女は慌ててその場を取り成した。
「あ、いや! 確かに奇跡を作り出すのは容易とは言ったが、あなたたち自身の存在を否定したつもりはないわよ。それによってあなたたちがどうなるか、それは私たちにも充分理解出来ていることだもの」
持ちつ持たれつ。
まさにその言葉がぴったりといった関係だろうか。
いずれにせよ、この世界においての神と人間の存在及び関係性は理解出来ていないのだけれど、まあ、まだ知らなくていいのかもしれない。知り過ぎるのも良くないし、知らな過ぎるのも良くないけれど、
「……さてと。随分と話が逸れてしまいましたが、話はまだ序盤もいいところです。これからをどうすればよいのか? それについて、話し合わねばなりません。最悪…….我々の末路も占う必要もありましょうから」
末路。
縁起でも無い言葉――とも思えるかもしれないが、今の僕たちにとってその言葉は現実めいた言葉といってもいいだろう。
いずれにせよ、それを理解していた人間がどれほどいただろうか、ということになるのだろうけれど。まあ、間違っている解釈をしている人間は、きっとこの場にはいないだろう。
「……とにかく、この戦争をどうするか、だろう? けれど、さっきストライガー、あんたが言った通り、オリジナルフォーズには弱点が無いんだろ? だったら、こちらから攻撃を与えることなんて出来ない。いや、正確には大量の攻撃をずっと与え続けるしか無い。体力ゲージが可視化でもされてりゃ楽かもしれないが、そんな甘くは無い。いったいどうやって切り抜けるつもりだ?」
「……そりゃあ、決まっていますよ」
そう言って、ストライガーは一花を指差した。
「だから、話を戻す……そう言ったはずでは?」
「何を言っているんだ。まさか、ほんとうに……」
「ええ。その通りですよ。彼女の祈りの力は本物です。それを証明する術ははっきり言ってありませんが……、でも、我々の上位の存在がその力を与えてくださった。それはこの戦争の唯一の打開策と言ってもいいのではないでしょうか?」
その言葉を言って、果たして信じてもらえるのだろうか。
そんなことを考えたが、それは杞憂であると直ぐに感じることになるのだった。
「……まあ、ストライガーはそう言うと聞かないからな。それに、あなたたち使徒に今まで導いていただいた実績もある。そこを俺たちも信じたほうがいいのだろうよ」
「そうですね。確かに、それは一理あります。何だ、筋肉馬鹿かと思っていましたが、案外考えが回るのですね。まあ、伊達にこの会議には呼ばれていませんか」
グランズとリーナはあっさりと和解してしまった。
それはストライガーの作戦に同意したためか?
それはストライガーの地位に逆らえなかったからか?
いいや、それはどちらでも無いだろう。
確定事項は少ないが、今はっきりとしていることで持論を展開していけば、二人ともストライガーに色々と『借り』があるということだ。
だから、その借りを返すために――多少無茶な作戦であっても了承しよう、という考えなのだろう。二人の考えはそう考えていけば、至極納得がいく。
だが、問題は三人目だった。
三人目――リーナの左隣に座っている白いワンピースの女性は、ただこの状況を見つめるだけだった。静観している、とでも言えば良いだろうか。そんな状態だ。だから、僕はひどく不安になっていた。実際、この三人と僕たちは共闘するわけであって、三人の意見は少なくとも合致していなければならないだろう。
では、今、この状態は?
二人は少なくともストライガーの作戦に同意してくれそうだ。しかしながら、三人目の女性――そういえば名前はまだ聞いていなかったか――は、まだどうするか手を倦ねているようにも見える。
それははっきり言ってどっちつかずの状態だし、不安な状態といえるだろう。
「……一つ、よろしいでしょうか」
そんなことを考えていたら、案の定、彼女が質問をしてきた。
「……何でしょうか、メリッサ」
メリッサ。そういう名前なのか。覚えておこう。きっと何かの機会で彼女に出会うこともあるだろう――なんてことは余談だ。あまり考えないほうが良いかもしれないが、しかして名前を覚えておくことは大事なのでそれは仕方ない事だと思う。
それはそれとして、メリッサは笑みを浮かべて、すっと指を差した。
その先にあったのは――僕?
「私はそんなことなんてどうだっていいのですよ。その子供が神の啓示を受けていようと、受けていなかろうと。それが戦争の解決に直結するかしないかは、いざやってみないと分からないのですから。けれど、問題はあなた。誰にも指摘されるまでもなく、誰からも言われるまでも無く、しかしながら自分から話に入ってこようとしないあなた。あなたはいったい何者?」
僕のことを、どうも気にかかっていたようだった。
そう思う彼女の気持ちも十分理解できる。致し方ない事だと思う。
だが、けれど。
結局の所、それは議題のすり替えに過ぎない。
物事の根本的な解決には至っていない。
それをメリッサも理解しているはずだ。けれど、理解していたとしても、それを前に進めることなんてそう簡単にできる話じゃない。
そしてそれもまた、メリッサは理解しているのだろう。
ならば、どうして、回りくどい話から始めたのか?
「……ねえ、あなた、話聞いているの?」
メリッサの言葉を聞いて、僕は我に返る。
けれど、メリッサの言葉に、僕はどう答えればいいのか分からなかった。
それはメリッサの言葉が分からなかったから?
違う。
それはメリッサの言葉を受け入れたくなかったから?
違う。
それはメリッサの言葉を聞いたところで、何も変わらないと察したから?
違う。
では――どうして?
「彼は今回の戦争において、キーパーソンとなる存在と言ってもいいでしょう」
僕の代わりに答えたのはストライガーだった。
ストライガーの言葉に、当然メリッサは首を傾げる。
まるで『そんなこと知ったことでは無い』と言わんばかりに。
「キーパーソン? まさか、この何も知らないような少年に、リーダーを頼むと?」
「ええ。間違っていますか?」
「ええ。大いに間違っているね。それでもやるというならば仕方ないけれど、少なくとも私はこいつをリーダーとは認めない。実力もあるかどうか分からない新参者に」
「おいおい、そんなことを言ったら誰がも新参になるだろう」
ところが、僕をフォローしてくれる存在が居た。
それは、グランズ。まさかそんなことが起きるとは思っていなかったので、どうやって乗り切るべきか考えていたのだが――。
「グランズ、貴様……この男の肩を持つと?」
「別にそういうつもりは無いさ」
期待していた気持ちをばっさりと切り捨てられてしまった。
では、どうして僕をかばったのだろうか。
「俺は傭兵上がりだからかもしれないが、上には従うというのが絶対のルールだ。だから、仮に上が何も知らねえ真っ白な人間だって構わない。それはこちらがルールを教えてやりゃあいいし、だからといって遊ぶことも出来ない。遊ぶ、というのは……簡単に言えば上のルールを無視する、ということだな。それをするとどうなるか、答えは簡単だ。飯が食えなくなる。そういう職業であればあるほど、猶更な」
彼がどういう職業だったのか、それは僕も知らなかった。
ストライガーは知っていたのかもしれないけれど(案外、それを考慮した上での人選だったかもしれないが)、いずれにせよ、僕はこの三人をこれからまとめられるだろうか。はっきり言って、とても不安だ。
「……あなたがそう言うならば、仕方ありませんね」
そして。
案外あっさりとメリッサも納得してしまった。何というか、もっと何かあるのではないだろうか――なんてことも考えたけれど、まあ、それはあまり掘り返さないほうがいいだろう。話がややこしくなると、非常に面倒だ。
「話がまとまったようですね。それじゃ、修一さん。お願いしますね」
ストライガーから強引にバトンを投げられてしまった。
と同時に、グランズたちの目線が僕へと移る。まいったな、注目されるのはあまり得意では無いのだけれど、ほんとうにストライガーも人が悪い……あ、でも彼女は神様に近い存在だったか? だから、人の常識が通用しない、とか。
そんなことを考えつつも、僕はどうにかこの状況を打破しようと思い、ゆっくりと立ち上がった。
「ええと……。はじめまして、でいいのかな。リーダーに任命された、風間修一と言います。名前だけでも覚えておいて……ください」
「そんな弱気でどうするんだよ! もっとしゃきっと話してくれよ」
僕の言葉に活を入れたのはグランズだった。
きっと彼が一番先に文句を言ってくるだろうと思っていたから、それについては若干予想できていた。
「……ええと、まあ、仕方ないと思ってください。僕だって、ずっと前からこの立場に立つことが決まっていたわけではありません。だからそれについてはほんとうに――」
「だから、認めろと? お前が不甲斐ないことで、このジャパニアの人間が全員死ぬ可能性だって十分考えられる。それほどにオリジナルフォーズは強敵だというのに?」
「まあまあ、そう言うことでもないでしょう。確かに彼は何も経験を持っていませんが……」「持っていないならば殊更、どうして彼をリーダーに選任した? きっと使徒の連中がそう決めたのだろうが、とはいっても認められないものは認められないということもあるのではないか? いいや、認めるというよりもなぜ彼にしたのかを教えてほしいのだが」
お前さっき傭兵は上が誰であろうと従うと言ったよな、あれは嘘だったのか。
なんてことを思ったけれど、それを言ったところで知らぬ存ぜぬと言われるところだろう。きっと。
「……もちろん、理由はあります。それは、彼が……」
刹那。
一つの大きな衝撃があった。
先ず始めに大きな横揺れ。次いで、縦揺れ。
地震かと思った。地割れかと思った。
「……これは、いったい!」
大急ぎで僕たちは外に出た。
すると――そこに広がっていたのは、悪夢のような光景。
異形が、僕たちの居る場所をめがけてゆっくりと動き始めていたのだ。
遠くに見えるその姿――それだけでもその異形の巨大さがはっきりと分かる。
そして、僕はその存在が何であるか知っていた。
「まさか……あれがオリジナルフォーズだというのか……!?」
最初に言葉を発したのはグランズだった。
「そうとしか考えられませんね。あの巨大な獣……。あれが神殿協会が生み出した化物だというのですか……! あれを、我々はどうやって倒さねばならないというのか」
次に言ったのはストライガーだった。
グランズがあまりの巨大さに慌てているような口ぶりだったのに対して、彼女は落ち着いている様子に見えた。おおよそある程度想像はついていたのかもしれない。
「いずれにせよ、やるしか無いのでしょう」
風が、吹き始めた。
最初はただの気候の変化かと思っていたが、少ししてそれは僕たちの周囲に吹いているものだと分かった。そして、同時にそれは自然のものではなく誰かが人工的に作り上げた風だ――そう結論づけることが出来た。
そしてその風の中心に居たのは、メリッサだった。
「風を……操る?」
「ふふ。不思議なものですね。ずっと私はこの力を恐れていた。使いたくなかった。いや、使うとみんなが恐れるから、使うのを自ずと拒むようになっていた、とでも言えば良いでしょうか。なぜ私はこんな力を持っていたのか、って思うくらいには、悲観していた時期もありましたね」
メリッサは両手で何かを作り出すような、仕草を見せていた。
そして両手の隙間から――小さい竜巻のようなものが蠢いているのが確認できる。
「それは……」
「あら、お伝えしなかったかしら? 私、魔術師の家系なのよ。式山メリッサ、それが私の名前。ま、別に覚えなくても良いし、覚えていても良いし。それはあなたの自由」
そして彼女の掌の中で大きくなった竜巻を、オリジナルフォーズめがけて投げつけた。
しかしながら、そんな攻撃でダメージを与えられるような存在では無いことは、僕はとっくに知っていた。それが二千年後の未来だということは、きっと誰も信じてくれないだろうけれど。
案の定、撃ち出された竜巻はオリジナルフォーズに届いたものの、そのままオリジナルフォーズの進撃を止めることまでは出来なかった。
「……まあ、こんなもので止められるとは思っていませんよ。力量の確認、そのために撃ち出したまでに過ぎません」
何も言っていないのに、メリッサは言い訳がましくそんなことを言った。
まあ、別にメリッサが魔術師の家系だろうと、そんなことはどうだっていい。寧ろ、二千年後の世界で魔術が発達している理由が納得できたくらいだ。
メリッサたちが魔術をこの戦争で使うことによって、自衛のために魔術を学びはじめ、やがて素質のある人間が多く出てきて、魔術がデファクトスタンダードになった。大方そういう感じなのかもしれない。
続いて攻撃準備に移ったのはリーナだった。
「ったく、魔術の家系というからどういうものかと思っていたけれど」
チャキ、と金属が擦り合ったような、そんな音がした。
リーナが持っていたのは散弾銃(ショットガン)だった。多数の弾丸を散開発射する銃――とでも言えば良いかもしれないが、具体的に本物を見たことは無かった。
だから、僕がそれを見たとき――いったいどこから持ち込んできたのか、疑問を抱いていた。当然かもしれない。実際、会議の場では彼女は散弾銃や、それが入るだろうケースを持ち歩いていなかった。もしかしたらどこかに仕舞っていたのかもしれないけれど。
「ねえ、リーダー。撃ってもいいかい?」
準備をしつつ、リーナは僕に問いかける。
「許可を僕に求める、と?」
「どういう経緯であれ、あんたがリーダーだ。だとすればあんたに許可を求めるのは当然のこと。戦場の状態によっては闇雲に攻撃したところで意味が無いことだって十分有り得ることだからね。……で、どうするんだい? あのオリジナルフォーズとやらに攻撃をしてもいいのかい?」
まるでメリッサが許可を求めずにそのまま特攻したから、失敗したのは当たり前だ――と言っているようだった。
そしてメリッサも何となくそれを理解しているのだろうか。僕とリーナのほうを見つめて恨めしそうに睨み付けている。睨み付けられたところで、何かが変わるわけではないのだけれど。
「……問題ない」
僕は、そう答えるしか無かった。
それしか選択肢が思い浮かばなかったからだ。
「……では、行くぞ」
そして彼女は構えていた銃を、オリジナルフォーズに撃ち放った。