第二十四話(19)

 

二日後。

その日は突然やってきた。

確か昼下がりのティータイム。僕たちは家でのんびりと過ごしていた、とても平和な時間だった。

この平和な時間がいつまでも続けばいいのに――そんなことを思いながら、僕は空を眺めていた。

はじめの違和感は、太陽だった。

この世界には太陽が一つしか無い、はずだった。

にもかかわらず、空には太陽が二つあった。否、そのうちの一つはもう一つと比べればあまりにも小さく、太陽というよりも一つの隕石のような――。

そして――そんな悠長に構えている場合では無かったことは、僕たちは直ぐに思い知らされることとなる。

「風間修一は居るか!?」

「何かありましたか! ストライガーさん。ってか、ストライガーさんが来るということは……」

「そう、あれはオリジナルフォーズよ! まさか連中、こんなにも早く投入してくるなんて……。はっきり言って、想定外だわ」

「オリジナルフォーズ……! そんな馬鹿な、どうしてそんなにも早くジャパニアに辿り着けたんだ……!」

「きっと、私たちの想像以上に物事が進んでいた……、そういうことになるでしょうね。とどのつまり、私たちの予定ではまだ復活する予定のなかったオリジナルフォーズは、どうやらとっくに復活していて、二日の間にジャパニアに到達した……ということになるのでしょうね」

「ね、ねえ……? 話が理解できないのだけれど……、オリジナルフォーズっていったい」

見ると、話がまったく理解出来ない様子の秋穂がキョロキョロと辺りを見渡していた。

僕は結局秋穂に事実を言い出すことが出来なかったのだ。

最大の失敗とも言えるだろうその事例を、僕はどう贖罪すべきかと思っていた。

伝えることをせず、問題を先送りしていたのだから、すべて僕の責任だ。

しかしながらそれは秋穂を危険な目に合わせたくなかったから、それに尽きる。ほんとうは一花もそうしておきたかったが、あの創造神の気まぐれによって、それも出来なくなってしまった。はっきり言ってすべてが台無しになってしまった、ということだ。

だから、今の僕に出来ること。

それは彼女を救うこと。

どうにかして――秋穂を助けないといけない。

「ごめん、秋穂。黙っていて」

「……何か、やりたいことがあるんでしょう? ううん、どちらかと言うと、やらないといけないこと……になるのかな」

「それくらい、分かっているよ。けれど、あなたが何をしたいか……今の私には分からない。それだけは確か。でも、それがあなたのやるべき道なのでしょう。だとしたら、その道を突き進めば良い。あなたが生きたい道を進めば良い。それについていくのが、私の役目なのだから」

「秋穂……」

僕は、ようやくそこで気づかされた。

僕が思っている以上に、僕はたくさんの人から信頼されているのだということ。そして、たくさんの人に恩を受けていること。

ならば、それは返さないといけない。やり遂げなくてはいけない。やらなければいけない。

「そうだよ、お父さん」

後押しするように言ったのは一花だった。

「お父さんがどういうことをしないといけないのかは分からないけれど、でも、このままだとたくさんの人が死んじゃうんでしょ? それだけは食い止めないといけない。それはお父さんだって分かっていると思うの」

「それは僕だって……」

分かっている。知っている。理解している。

だからこそ、僕は。

例え押し付けられたようなことであったとしても、精一杯やり遂げなくてはならないと思っているのだから。

「じゃあ、次に何をするかは……もう分かっていることなんじゃない?」

秋穂の言葉は、次の僕の行動を指し示すには充分だった。

そして、僕はその言葉にゆっくりと頷いた。

 

◇◇◇

 

「秋穂はどこに逃げるんだ?」

僕は出かける準備をしつつ、同じくどこかに出かける準備をする秋穂に訊ねる。

秋穂は手を止めること無く、

「そんなことを言っている暇があったら、あなたの準備をして。あなたのやるべきことをして。私のことはどうでもいいから」

「どうでもいいから、って……。そんなこと、出来るわけ無いだろ」

「でも、そうしないと私もあなたもこの世界の人たちも助けることは出来ないわよ」

その通りだった。

そして、僕は秋穂の言葉に対して何も言い返すことは出来なかった。

異世界でも男は女の尻に敷かれるものなのかもしれない――そんなことを言うと、やけに批判する人が出てくるので、あまり強く言わないほうがいいのかもしれないけれど。

「……いずれにせよ、僕は行かないといけない。けれど、それ以上に僕は君が大切だと思っている。だから、君が逃げないと、僕は安心して戦えない」

「そんな甘いことを言っているんじゃないよ。……でも、それくらい大切に思ってくれてるって聞くと、何か嬉しいな」

「こら、そこ。いちゃいちゃしている暇があったら、お互いの準備を進めなさい。……それと、風間修一。ちょっといいかしら」

ストライガーが声を掛けて、僕を呼び出す。

秋穂は何があったのかと僕を見つめていたが、大丈夫だよとだけ言ってストライガーについていった。

少しだけ秋穂から距離を取った場所で、ストライガーは立ち止まる。

僕はそのまま立ち止まって、ストライガーと向かい合う形になる。

「……あなた、このままどうするつもり?」

「どうするつもり、って……どういうことだ」

「だから、世界を救いたいか否か、という話」

「それは……」

当然だ、とはっきり言えないのが失敗だった。

「当然、そこは救いたいと言っていただきたかったところなのだけれど……。そうも言えなかった、というのは何か後ろめたいことがあるのかしら?」

「後ろめたいこと? あるわけないだろ、そんなこと」

「だったらなぜ即答出来なかった?」

「それは、」

言い返せないから、後ろめたいことがあると確定されるのか?

それは間違いだ。そんなの間違っている。

「……まあ、あなたがどう考えているかは分からないけれど、私たちにとってはあなたはこの世界の最後の希望と言っても過言では無い。いや、寧ろ確定的事実と言ってもいい。でも、あなたはそれを自覚していない。ならば、どうすればいい?」

「どうすれば、いいって」

僕に何を求めているんだ。

僕に何を期待しているんだ。

僕はただの人間だ。ただ、剣に、神に、選ばれただけの――ただの人間だ。超能力もないし、ポテンシャルも無い。一般的な人間であって、普遍的な人間だ。 そんな僕に、何を求めているのか?

そんな僕に、いったい何を期待しているのか?

僕は分からない。分かりたくないわけじゃない。けれど分かるはずがない。

だって僕には――才能が無い。

 

「……はあ、とにかく、話がまとまりませんから、さっさと話を進めましょう。いずれにせよ、あなたは剣に選ばれた。勇者ですよ。たとえあなたにその自覚が無いとしても、あなたには勇者として世界の人々へ道を切り開いて貰わなければなりません。そういう運命なのです」

「運命?」

「そう。あなたは運命なんて信じませんか? ……なんて言葉は野暮ですね。いずれにせよ、あなたはこの先運命という言葉をきっと嫌という程聞くことになるのでしょうから。いくら人間だからといっても、わたしも『使徒』という人智を越えた存在の端くれでしたからね。それぐらい、理解できますよ」

使徒。

確かその存在は、ジャパニアでは神に等しい存在だったはずだ。なぜそれを知っているかと言えば、それは風間修一の知識から得たまでに過ぎないのだが。

「そうね。まあ、人間は運命をあまり信じないのかもしれませんね。かつては、運命や奇跡を信じた人間も多くいましたが、それも今や酔狂。結局は、この世界を人間だけで作り上げたと思い上がっているだけに過ぎないのですよ」

「そんなことを言ったら、あなたも人間ですよね?」

「ええ。私も人間、あなたも人間。けれどお互いにその存在からは一歩離れた存在である、そう認識しているはずよ。あなたも、わたしも」

「一緒にされちゃ困るな。あなたは確かに神の立場に近いのかもしれないが、いくら剣に選ばれたところで、僕はただの人間だ。……やっぱり、あなたと同格に考えられるのも、何かの間違いだと思うけれど」

言ったところで話の流れは変わらないだろう。でも、言ったか言わないか……そこに意義があると思う。

たとえ間違った解釈であったにせよ、発言することで自分の意思をはっきりと相手に伝えることが出来る。それは間違いではない。一つの明確な手段だった。

「まあ、あなたが何を言おうとしたって、世界は何も変わりませんよ。それこそ、世界の意思が働いているのですから」

「また、世界の意思か」

僕は思わず口に出してしまっていた。

ムーンリットという存在から幾度と無く耳にした『世界の意思』。

その言葉を、まさかストライガーからも聞くとは思っていなかった。なんだ、この言葉、流行っているのか? そんなシニカルめいた発言すらしたくなるほどのデジャビュだった。

「……何か聞いたことがあるようね。だったら話も早いんじゃない? いくらあなたが抗おうと、世界の意思には抗えない。あなたは、それを知っているはず」

世界の意思。

まさかその言葉をまた聞くことになるとは思っていなかった。 しかしながら、その言葉はムーンリットから聞いたものとは若干ながらニュアンスが違っているようにも感じられた。

「でも、それは間違っている」

「間違っている? いいえ、それはあなたの思想よ。あなたの思考が間違っている、というだけの話。或いは、逃げているだけ……とも言えるかもしれないわね」

淡々と、ストライガーは言った。

けれど僕は間違っていないと思った。

間違っていないと思ったから、ストライガーに抗った。

「ま、別にいいか。あなたがどういう考えだとしても、たとえ神を信じていないにしても、あなたはこのまま世界を救うために尽力しないといけない。それはあなたにだって、理解できていることの話なのだから」

「ねえねえ、いったい何の話をしているの?」

ストライガーと僕の話に割り入ってきたのは、一花だった。

一花は僕の表情を伺いながら、首を傾げる。

「一花。だめだろ。ここは大人の話をしているんだ。今は、僕とストライガーさんで、ね。だから一花は出かける準備をしないと――」

「出かける準備出来たよ。ついて行くから、私」

「……は?」

一花の発言は僕とストライガーにとって、想定外の発言だった。

いったい一花は何を言っているのか――そんな思考を処理すら出来なかった。

「ねえ、あなた。いったい何を言っているの? どこかに遊びに行くわけでは無いのよ?」

「知っているわよ、戦争でしょう?」

ストライガーの言葉に臆すること無く、一花ははっきりと言い放った。

一花が戦争のことを前々から知っていることは、ストライガーにも教えていない。というか、前々から知っているというよりも僕が教えた、というほうが表現的に正しいのだろうけれど。

「戦争のことを知っていて……、それでもあなたは一緒に行こうというの?」

こくり。

一花は頷いた。

「なら、どうして?」

「どうして……って。何か、私にも出来ることがあると思ったから」

「それは、誰かに命じられて?」

ストライガーはここで何となく『何か』を理解したのだろう。

徐々に、子供の戯言とは思わずにその真因を探る質問に変えてきた。

「うん。何か言葉を聞いて……。為すべきことを行え、って」

「為すべきこと……。やはり、あなた。『声』を聞いたのね」

声。

その一言を聞いて、一花はゆっくりと頷く。

そしてそれを見て、ストライガーは深い溜息を吐いて、僕のほうを向いた。

「……声を聞いたことを、なぜあなたはお伝えしなかったのですか?」

その声のトーンはいつもと変わらないようで、どこか末恐ろしさも感じられる。

「伝えなかったことに、何かデメリットがあるんですか?」

「無いわけではありません。しかし……、声を聞いたならば話は別。もっとやることが出来る。今までの考えだったら、ただの白兵戦となったわけですが……。でも、それはある意味チャンスと言えるかもしれませんね」

「チャンス?」

急に方向転換し始めたので、いったい何を言い出したのかと思っていたが――。

「分からないのですか? ならばお伝えしましょうか。あなた、神からの言葉を……なんと聞きましたか?」

「え……?」

ストライガーから急に話を振られたため(もっとも、ずっと話に加わっていたため『急に』というのは間違っているだろうが)、一花はストライガーの言葉を聞き返そうとしていた。

けれど、ストライガーは言い返すことなどせず、ただじっと一花を睨み付けていた。

その光景はまさに、蛇に睨まれた蛙。

怯えている一花の様子を見て、何もしないことなんて出来るわけが無かった。

「……ストライガー、もうそれ以上やめたらどうだ。一花が怯えているだろう?」

「あなたは口出ししないでください、風間修一。今は彼女と話をしているのです」

「しかし……!」

「しかし、ではありません!」

ぴしゃり、と一喝されてしまった。

たじろぐ自分。一花のほうを見ると、僕とストライガーのほうを交互に見ている。

明らかに困惑している様子だった。

はっきり良って、この状況は好ましくない。子供にとって、一番信頼しているであろう存在である親に頼ることの出来ない状況――それは子供から見れば崖から突き落とされたライオンのようなものだと思って良いだろう。まあ、あれは親心で突き落としたものだから若干違う考えなのかもしれないけれど。

それはそれとして、少なくとも今は一花にこんな姿を見せるわけには行かない。

一花の前では、頼れるような存在でなければ――!

「ねえ、話してくれないかしら?」

ストライガーはとっくに僕から目線をそらしていて、一花にロックオンしていた。

一花は僕を見つめていた。ほんとうは助けてあげたい。けれど、ストライガーに一喝されてしまった以上、そう簡単に手出しを出来ない。

僕は――弱い人間だ。

そう実感せざるを得ない、そんな状態だった。

一花は、なおもじっと僕を見つめていたが、やがてストライガーに視線を移し、ゆっくりと口を開いた。

「……分かりました。話します。声は、空からの声は、こう言いました。私に授けられた『祈りの力』を使って、世界を救え。為すべきことのために、その力を使え……と」

ぽつり、ぽつり、と。

ゆっくりと一花は言葉を紡いだ。

それを聞いた時は安堵した気持ちと同時に、ストライガーへの怒りも募っていた。

そこまでして、世界の意思を確認したかったのだろうか?

一花の意思は気にしないで、一花の意思は無視して、世界の意思を確認しなければならなかったのだろうか。

ストライガーは一花の話を聞いて、数回頷くと、

「成る程ね。ということは、あなたの力を使えばオリジナルフォーズを鎮める……いいや、或いは完全に消滅させることも叶うかもしれない」

「おい。何を言っているんだ……?」

僕は、嫌な予感がしていた。

嫌な予感、というよりも胸騒ぎ。

僕はこの戦いの顛末を知っている。ラドーム学院で習ったから、ある程度は教科書に掲載されていたから。

確かこの戦いの結末は――、ガラムドがオリジナルフォーズを封印させて終わらせたはずだ。

ならば、一花はやはり、ガラムドということになるのか?

「……簡単な話ですよ」

ストライガーの言葉を聞いて我に返る。

「祈りの力。それによって、仮にオリジナルフォーズの力を無効化出来るならば……、それを使ってみる価値はある。そうでなければ、そんなことを世界の意思として認めないはずですから」

「でも、それは……。ストライガー、君はそれを信じるのか?」

「何をですか?」

ストライガーは質問を質問で返すのが得意らしい。

はっきり言ってご勘弁願いたいタイプだが、そんな好き嫌いを言っている場合でも無い。

そしてストライガーは矢継ぎ早に言葉を口に出した。

「あなたは信じていないんですか?」

「…………は?」

「だから、あなたは、彼女の言葉を信じていないんですか? 親であるあなたが、娘である彼女の言葉を信じていないのか、と。そう言っているのですよ」

「そんなこと、あるはずが……」

あるはずがない。

なぜなら一花は僕の娘だからだ。

正確には、僕ではなく風間修一の娘にあたるわけだが。

「理由は分かりきっているじゃないですか。とどのつまり、そういうことですよ。あなたが信じる。そして私はあなたと、彼女を信じたわけです。そこに言葉の齟齬はありません。認識の乖離はありません。そうでしょう?」

それを聞いて、しばらく僕は呆然としていた。

しかし、言葉を理解した後は何か反応しないといけないと思ったが――それよりも先に、思わず笑みが零れた。

「何がおかしいのですか」

「いや。ストライガー、君も案外人間っぽい感情を抱いているんだな、と。そう再認識しただけだ」

「当たり前です。私は人間ですよ?」

そういうことを言っているんじゃない。

ただ、さっきまでのやりとりが機械的なものだったから――実はロボットなんじゃないか、なんてことを考えていただけの話だ。

まあ、それについてはストライガーには言っていないし、言わなくても良いことだと思うけれど。