第二十四話(18)

 

問題は山積みだった。

そして、その問題を如何に解決していくかを考えるために、家に帰る足取りはとても重たかった。
「……まずは一花に『あの力』が宿っているのかどうか、それを確認しないといけないな」
恐らく、その力が彼女に宿っていたら彼女は紛れもなくあの存在へと昇華することとなるだろう。
ガラムド。
この世界の神的立ち位置に居る存在で、僕にこの試練を受けるよう指示した存在でもある。
「もし、彼女がガラムドだと言うならば……、僕は、風間修一は、ガラムドの親ということになる」
別にそれは間違った認識では無いと思う。
確かに色々な宗教の神も、普通の人間から生まれていたような気がするし、それについては認識の違いという一言で片付けられるだろう。
だが、ほんとうにそうなのだろうか?
ほんとうにそれで片付けてしまっていいのだろうか。
「……やはり、色々と確認しないといけないな」
結局、まずは現状を把握しなければ何も始まらない。だから僕は、一花に会いに、家に帰るのだった。
家に帰ると、一花が玄関に立って僕を出迎えてくれていた。いつも通りの彼女の笑顔に、僕はほっと胸を撫で下ろす。
「お父さん、おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」
一花の笑顔に、僕も笑顔で返す。
「あなた、もうご飯できているわよ。食べる?」
奥から秋穂が出てくる。タオルで手を拭きつつ出てきたところを見ると、何か洗い物をしていたのだろうか。
僕は秋穂の言葉に頷いて、靴を脱ぎ、リビングへと向かうのだった。
夕食の時間はあっという間に流れていった。会話はしたけれど、取り留めのないものばかり。当然ながら今日あったことについて質問も受けたけど、今はそれをはっきりと言い出せなかった。
それは紛れもなく自分の中で、悩んでいたからだった。しこりがあるからだった。暗い部分があったからだった。
「……あなた、どうしたの。顔色が悪いように見えるけれど。あまり、美味しくなかった?」
時折秋穂にそんなことを言われてしまう始末だ。僕はそんなことはない、いつも通り美味しい料理だと言って秋穂の機嫌を取りなした。とりあえず、いつも通りの自分を見せていかねばならない、そう思っていたから。
今の僕に出来ること。
それは家族を不安にさせないこと。
それしか考えられなかった。ただ、そうなるともともと僕が居た世界の家族も、きっと不安な毎日を送っているに違いない。時間と空間が違う場所に居るわけだけれど、いつになったら戻ることが出来るのだろうか?
最近思うのは、この世界を救ったところで、僕は元の世界に戻ることが出来るのだろうか、という話だ。実際問題、ガラムドがそれを遵守してくれるとはあまり思えない。というよりも無理だと思う。
「……そう? なら、いいけど。てっきり私は、今日のお出かけで何かあったのかな、って思っちゃった」
なぜ女性はここまで勘が鋭いのだろうか。確かに、確かにその通りだ。だがここで、今度戦争が起きて、自分はその戦線のトップになったと伝えたところでどれくらい信じてもらえるだろうか。
いや、或いは信じてもらっても実感が湧かないかもしれない。また、或いは僕にその職を降りるように言いだすかもしれない。別にあなたじゃなくていいと言ってくるかもしれない。
僕はそこまで言われても仕方ない、そう思っていた。
とにかく僕は、無言を貫いた。今後その話がメジャーな話になってしまうとはいえ、まだ心の整理が出来ていないことも事実だ。時間を遅らせることは、はっきり言って最適解とはいえないことだろうけれど、とはいえ、今の僕にはそれしか出来なかった。
夕食の味ははっきり言って覚えていない。食べたような感じがしなかった、というよりも美味しく味わえるような精神じゃなかった、というほうが正しい説明になるかもしれない。
夕食後は適当に時間をつぶし、タイミングを見計らって寝室へと向かった。その間いろいろと話すことはあったけれど、正直それも覚えていない。今後何かあった時にそれについて再確認と喧嘩の火種になることは間違いないだろう。
いずれにせよ、過ぎたことはもう仕方がない。そう思ってしまったほうがいい。そういうわけで僕は今眠くもないのにベッドで横になっていた、というわけだ。
天井を眺めつつ、僕は今日起きた出来事を整理していく。とはいっても、いくら整理したところで何か新しいものが見えてくるとは思えないけれど。まあ、やらないよりはマシだ。
「お父さん」
……と長いモノローグに浸るタイミングで、僕を呼ぶ声が聞こえた。
僕をお父さんと呼ぶのは、たった一人しか居ない。
「……一花、どうしたんだ?」
一花が部屋の前に立っていた。
彼女はただゆっくりと僕を見つめていた。眠れない、という単純な理由で来たわけではなさそうだ。第一、それが理由だとすれば行くのは母親である秋穂の寝室になるだろうから。
一花はずっと僕を見つめていて、僕も一花を見つめていた。そんな奇妙な空間での沈黙が僅かの時間続いた。
「お父さん、入ってもいい?」
先に沈黙を破ったのは一花だった。はっきり言ってそちらから沈黙を破ってくれるのはとても有り難い話だった。色々な問題があるとはいえ、彼女から話を切り出してくれるのは自然な出来事だし、そちらのほうが話を聞き出しやすい。
そんな私情はさておき、一花の言葉に僕はゆっくりと頷いた。別にそれを断る理由なんて無かったからだ。とはいっても、一花の話したいことは何かはっきりしない以上、力になれるかははっきりとしないわけだが。
「一花、どうかしたのか? 眠れないのか?」
僕が一花に質問したのは、一花が僕の隣に腰掛けてしばらくしてのことだった。彼女が僕の側に来るまではよかったのだが、そこからが問題だった。案外簡単に話し始めてくれるものかと思っていたが、話してくれなかった。子供というのはひどく自己中心的な人間だったんだな、と風間修一の中の自分は考えるのだった。
「あのね、今日、夢を見たの」
ゆっくりと、しかしはっきりと、言葉を細切りにしながら、一花は僕に教えてくれた。
「夢?」
こくり、と一花は頷く。
夢だけなら、まだ子供にありがちな微笑ましいエピソードとして片付けることが出来るだろう。とどのつまり、話を流すことだって出来る。
しかし、違った。
そんなもので片付けられるほど、一花の悩みは単純なものでは無かった。
「あのね。私がいつものように勉強をしていると、空から声が聞こえたの」
「声?」
気付けば僕は一花の言葉の反芻しかしていなかった。
しかしながら、それは仕方ないことだと認識してほしい。一花の疑問をただの疑問として適当に放置してしまうことは誰だって出来るかもしれないが、それは僕がムーンリットとの会話を交わしていなかったら、の話。ムーンリットからあの話を聞いてしまっている以上、一花の夢の話を無下にすることは出来ない。
一花の話は続く。
「……その声は、私にこう言ったの。あなたは神に選ばれた存在だから、人のために為すべきことをやりなさい、って」
やるべきこと。
それはいったいどういうことなのだろうか――なんてことは野暮だ。ムーンリットの言葉を借りるならば、一花に備わった力は――祈りの力だろう。
祈ることにより神の力を借りて、『奇跡』を起こすことが出来る。
普通に考えればその力は有り得ない力だろう。その力が許容された時点で、それは奇跡なのだから。
「為すべきこと、って何だか分かるのか?」
それを聞いて、一花は何度も首を横に振る。
ということは一花は何をすればいいのか分からないのに、ただその声から『為すべきことをやれ』と言われたから何かを成し遂げようとしているわけだ。
その意思だけは評価するが、しかしながら、誰かも分からないその声にあっさり従うのはいただけない。まあ、どうせムーンリットか彼女に関連する存在なのだろうが、一花はムーンリットの存在を知る由も無い。だったら、これ以上あまり言わないほうがいいだろうし、考えないほうがいいだろう。きっとそれが、お互いのためだ。
「……でも、何となく分かるの。為すべきことなのかどうかは分からないけれど、何となく……」
「何となく?」
「うん。それがほんとうに正しいことなのかは分からないけれど……」
「いいよ、別に。正しいことなんて、誰にも分からない」
僕の言葉は適当な発言だったかもしれない。
「……何か大きな力が、ここにやってくる」
しかし、彼女の発言は的を射ていた。
「世界はどうなるのか、それは分からない。けれど、その大きな力によって、私たちの日常が脅かされてしまう……。だから私たちは、それに立ち向かわないと」
すぐに僕は、一花の発言はあることを意味しているのだと理解した。
預言。
それもある程度的確で、誰もが疑わないようなこと。
不安を煽る発言であることは間違いないが、しかしながら、人は必要以上に不安に煽られなければ、何もやらない。となると、一花の発言は恐怖で人を統治すること、そのことと繋がってしまうことだろう。
しかし、きっと本人はそんなことを気にしてなどいない。気にしていたら一花が先に滅入ってしまうだろう。
とにかく、問題にするのは一花ではない。彼女が聞いたその声と、実際に備わった『力』だろう。声の正体はムーンリットだとして、まさかほんとうに力が備わっているとは思いもしなかった。
祈祷をトリガーとして、神の力を発揮する。
それは即ち二千年後のこの世界で権力を振り翳している祈祷師という存在そのものだった。
「……一花、話を聞いてくれ」
もうこれ以上隠し通すことは出来ないだろう。
僕はそう確信して、一花に話を始めた。
「実は一花が話したこと、それは真実だ。正確に言えば、これから起きることになる。それを夢で見たということは……、一花の見たその夢は予知夢だ」
「予知……夢?」
僕は頷く。
少女に話をする。それは即ち、理解してもらうために言葉をある程度噛み砕いて説明しなければならないということだ。はっきり言って、そう簡単に出来るものではない。だが、やらねばならないのも事実だった。
ではどちらを取れば良いかーー結果はもう、分かりきっていた。
「一花、落ち着いて聞いてくれ。その大きな力と……僕たちは戦わなくてはいけないんだ」
「戦う?」
分からないことではない、僕はそう思っていた。
だからその言葉も反芻しただけで、ただ事実の再確認程度の内容だと認識していた。
「そう。つまり、戦争だ。これから僕たちはその大きな力……オリジナルフォーズというのだが、それと戦争を始めることとなる。誰が勝つかなんて分からない。けれど、少なくとも今までの平穏な日々はやってこないと思う。それだけは……残念ながら、確実だ」
僕はその後、ゆっくりと彼女に真実を告げていった。
それについては今までの繰り返しになるから直接モノローグという形で語ることは無いと思うけれど、実際の所、それは言いたくなかったことではあった。できる限り隠し通したかったことだったが、もうこれ以上隠しきれない。僕はそう思っていた。
「……それで、お父さんはどうするの?」
すべての事実を聞いて、先ず一花が言ったのはその言葉だった。
僕は何をすれば良いのか。確かにそれは一花の言うとおりだった。僕はムーンリットから――キガクレノミコトから――ストライガーから――色々な存在から話を聞いていた。そして、それはすべて『受け入れる』形にほかならなかった。
それは自分の意思を尊重している話では無い。そう言われてみればその通りだし、それをずっと受け入れていた自分も間違ったことである、それは理解していた。
けれど、それをどうすればいいのか――僕は考えてなどいなかった。受け入れて入ればいい、という考えは間違っていた。
「僕は、そうだね……。どうしようか」
「お父さんが決めればいいんじゃない?」
「僕が?」
一花の言葉は、はっきりと僕に聞こえた。
短く、しかし的確なその言葉はしっかりと届いた。
「そう。だって、お父さんがその役割を担っているんでしょう? だったら、それをするかしないかはお父さんが決めるべきだと思うの! もちろん、やるやらないもそれぞれだと思うし」
「でも、それだと……。世界が滅んでしまうだろう?」
僕の質問を聞いてもなお、一花は表情を崩さない。
「世界が滅んでしまうからといって、お父さんがすべてやらないといけない理由にはならないでしょう?」
「それは……」
確かにその通りだった。
ただ僕は、そう言われたから、そう指定されたから、ただやっているだけに過ぎない。
「お父さんのやりたい道をすすめばいいじゃない。たとえそれが世界から非難されることであろうとも。私は、お父さんの味方だよ」
「お父さんの……味方、か」
一花の言葉は、一点の曇りも無く輝いていた。
だからこそ僕はその言葉に眩しく感じていたのかもしれない。
「だったら、僕は猶更それを受け入れないといけないな……」
「お父さん。それって、つまり……」
一花の言葉を聞いて、僕はゆっくりと頷く。
「受けるよ、この話。僕に世界を救えるかどうか分からないけれど……、それでも、やれるだけのことはやっておきたいと思うから」