第二十四話(17)

「オリジナルフォーズによる恩恵はかなり我々にも与えられていました。そもそも、ドグ様がここを聖地としたのも、オリジナルフォーズを見つけたからでしょう。ここには不思議なエネルギーが満ちている。そしてそれは、我々にも使う権利を与えられている。それをドグ様は神の力と認識した。それが……一般市民に語られることのない、神殿協会の始まり」
歩き始めるレイシャリオを見て、ティリアも慌てて歩き始める。
オリジナルフォーズは確かに眠っているようだった。しかしながら、生き物特有の息をする動作も見られないし、あまりに静か過ぎる。ほんとうに生きているのかどうか疑ってしまう程だった。
ティリアは歩きながらもオリジナルフォーズの挙動を見つめていたが、
「ティリア。そう監視しつつ歩いていても、オリジナルフォーズは動き出すことはありませんよ。安心なさい。それよりも、ほら……。ここにあるものを見るといいわ」
レイシャリオに宥められ、ティリアは再び前を向いた。
そこに広がっていたのは――無数の機械だった。動くのかどうか定かではない程、ボロボロになっていたそれは、計器類からキーボード、椅子や鍵付棚まで整備されていた。
まるでそこに一つの研究施設があったような、そんな場所が広がっていた。
「……これは?」
「これは研究施設、と言われている場所。なぜ、そう曖昧にしたかといえば、それがほんとうにそうであるかはっきりしていないからです」
レイシャリオは机に置かれていた古い本を持ち上げた。
埃を払い、それをティリアに差し出す。
「この本を、見てみれば分かる話ですよ」
本?
ティリアはそう思いつつ、レイシャリオから本を受け取る。
本はハードカバーの体裁となっており、簡単に読み解ける程の薄さには見えなかった。しかしながら、レイシャリオが渡したからには見なければいけないだろう――ティリアはきっとそう思ったに違いない。
レイシャリオはティリアがそれを受け取ったのを見て、踵を返す。
「それはこの研究施設の日誌……。この施設で何があったかを記しているものです。その中身を知っている人間は枢機卿以上の存在と、オール・アイのみ。しかしながら、案外それは誰もが知るべき情報であると私は考えている。だから、先ずはあなたに開示しようと思う。このオリジナルフォーズが、どういう生き物であるか……」
それから、レイシャリオはティリアに、彼女が知っている『オリジナルフォーズについて』話し始めた。
「オリジナルフォーズは、かつて別の生き物として存在していた。寿命があり、傷を負えば死ぬ。そういう存在だった。だが、オリジナルフォーズは違う。元々の生き物から、ある進化を経て、永遠にも似た命を手に入れた化物となった」
「神の力を得た生き物、という話じゃなかったんすか……?」
「あれはただの間違いですよ。神の力なんて信じた方が負けです。枢機卿である私がそれを言うのは間違いではあるかもしれませんが、いずれにせよ、真実を教えてあげなければならない。それが私にとっての懸案でした」
「……懸案、ですか」
レイシャリオは俯いていた。
彼女はずっと苦悩していた、ということでもあった。とどのつまり、神の力だと揶揄されていたオリジナルフォーズが、神の力では無いと判断すると言うこと――それは即ち、神など居ない、ということに繋がってしまうのでは無いか、ということでもあった。
彼女はそうではないと思いながらも、オリジナルフォーズの扱いについてはどうすべきか考えていた。
オリジナルフォーズとは、どういう存在なのか。
神の力でないとすれば、人間の力であるとすれば?
それを否定することも、肯定することも今の彼女には出来ない。
神を信じるイコールその組織への存在意義と化している彼女にとってみれば、簡単に神を否定することもどうかと思うが。
「……レイシャリオ様は、神様はいないって考えているんすか……?」
「……、」
レイシャリオは何も言わなかった。
いや、言わなかった――というよりかは言えずにいた、といったほうが正しいのかもしれない。
彼女は未だ葛藤している。そしてそれはティリアも知ることは無い。いいや、知らなかった。知るはずが無かった。なぜならずっと彼女はティリアにそのことを隠していたのだから。隠していたことを、何となく知ることは出来たとしても、完全に理解することは不可能だ。
となれば、ティリアの取る行動は一つ。
「別に、誰もレイシャリオ様を咎める人は居ないっすよ」
ティリアは優しく語りかける。
レイシャリオは、その言葉に思わず頭を上げた。
見ると、ティリアが優しく微笑んでいた。
ティリアはさらに話を続ける。
「レイシャリオ様がどれ程の悩みを抱えていたのかは、はっきり言って分からないっすけれど……、それでも、一緒に悩みを抱えてあげることは出来ます。考えることは出来ます。悩みを聞くことは出来ます。だから、落ち込まないでください。一人で抱え込まないでください。レイシャリオ様が悲しむことは、私にとっても辛いことっすから」
「……ティリア、あなた」
レイシャリオは言葉をゆっくりと紡ぐことしか出来なかった。
レイシャリオの言葉を聞いて、漸く我に返ったティリアは顔を真っ赤にさせながら、
「あああああああ! ええと、すいません! 私、レイシャリオ様の護衛なのに、そんな上から目線で言ってしまって! ええと、別に、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「いい、いいの……。ティリア。ありがとう。私、あなたのおかげで、少し楽になった」
涙を拭ったところで、レイシャリオは前を向いた。
「問題を一つ提起しましょうか」
「問題?」
「オリジナルフォーズを復活させるには、どうすればいいか」
単純な問題だった。
しかしながら、解決するには難しい問題でもあった。
「……オリジナルフォーズを復活させることで、この世界は大変なことになってしまうのでは? だから、レイシャリオ様はオール・アイの命令に背こうと」
「いいや、そんなことは考えていないよ。問題は、オール・アイの傀儡になりたくないだけ。それに、この世界に何がもたらされるか、ってそれは簡単なこと。ただの大量破壊。それだけ」
「レイシャリオ様は、それを分かっていてオリジナルフォーズを復活させようと?」
はあ、と深い溜息を吐くレイシャリオ。
「だから言っているではありませんか、ティリア。私はそれで困っているのですよ。オール・アイの傀儡に成り下がりたくない。しかし、チャンスは今では無い。しかしながら、その通りにオリジナルフォーズを復活させてしまえば大量破壊と虐殺は免れない。ジレンマ、とでも言えば良いでしょうか、私はずっとそれを考えながらあの階段を降りて……、やっとここに辿り着いたわけです。しかし、それだけの短い時間では、何も考えつかなかったわけですが」
「オリジナルフォーズを復活させるには、どうすればいいっすか?」
ティリアの言葉に小さく頷くレイシャリオ。
そして彼女はポケットから小さな鍵を取り出した。
「この鍵を、あの機械に差し込めばシステムが起動する……そう言われています。正確に言えば、オール・アイからそう言われただけなので、私は懐疑的ではありますが。ほんとうにそんな単純なプロセスでオリジナルフォーズが復活するのだろうか、と」
「オリジナルフォーズは復活しない、と考えているんすか?」
「いいや、そういうことでは無いわ。けれど……、間違っていることも考えている」
「間違っていること?」
ティリアはレイシャリオの発言を反芻する。
「そう。オリジナルフォーズを復活させること、それが世界にとって正しいこと? 私はそう思わない。だから、私はオリジナルフォーズを復活させるわけにはいかない。それをすることで、どれくらいの人間が死んでしまうか……簡単に見当がつくからね」
「そう言うと思っていましたよ、レイシャリオ枢機卿」
銃声が一発、虚空の空間に響き渡る。
そしてその銃弾は真っ直ぐにレイシャリオの心臓を貫いていた。
「レイシャリオ様……!」
「おやおや、やっぱりあなたも居ましたか。ティリア・ハートビート。いずれにせよ、あなたも殺すつもりではありましたが。何せ、あなたはレイシャリオ殿の忠実な下僕。きっと、私の勢力に加担しようなんて思いはしないでしょうからね」
そこに立っていたのは、フェリックス枢機卿だった。
フェリックスは右手に拳銃を構えていた。音源と、銃弾はそこから放たれたものであると即座にティリアは理解した。
ティリアは錫杖を構え、睨み付ける。
「……睨み付けたところで、現実は変わらぬよ。ティリア・ハートビート」
「どうして、レイシャリオ様を!」
錫杖を構えたまま、臨戦態勢のまま、ティリアは詰問する。
対してフェリックスは冷静を保ったまま、
「邪魔だからだよ」
はっきりと、たった一言で言い放った。
その言葉はティリアの堰を壊すには十分だった。
刹那、ティリアはフェリックスめがけて走り出す。構えていた錫杖は杖というよりも槍のような形状になっているため、長いリーチと突撃に特化している。それはティリアの元々の得意分野であると言っても過言では無いし、現に彼女が錫杖をカスタマイズしているのは、彼女自身からレイシャリオに提言していて、その了承を得ているからだ。
ティリアの集中力は、レイシャリオだけではなくほかの勢力の人間からも目を見張るものがある。
そして、集中力を一番使いこなせる武器といえば――槍だろう。剣より長いリーチを誇り、一対一であれば相手の攻撃範囲よりも広い範囲を取ることが出来る。もちろん、弓のほうが攻撃範囲は広いかもしれないが、集中力と一瞬の隙を見張る力があるならば、弓ではなく槍にしたほうが失敗するリスクは少ない。
だからこそ、ティリアには絶対的自信があった。たとえ拳銃を持っていたとしても、自分の力さえあれば槍で敵うはずだ――そう考えていた。
しかしながら、その見立ては完全に失敗だった。
「……君は近代武器を完全に見誤っていた」
フェリックスはそう言って、引き金を引いた。
そしてその銃弾はティリアの腹部を貫いた。
「……そんな」
勢いは完全に停止し、そのまま崩れ落ちるティリア。
ティリアの身体から、血が溢れ出して止まらない。
熱い。熱い。熱い。熱い。
身体から血が溢れ出して止まらない。どうすればいい? どうすればこの痛みから逃れられる?
「ああ、あ、あああ……!」
「ふむ。どうやら銃弾による痛みは経験が薄いように見える。或いは、一度も経験をしたことは無かったかな? なにせ、この時代では珍しいものだからね。戦争に関する技術はある一点集中型になってしまったから、それ以外の技術があまり発展することが無くなってしまった。希有な技術と言ってもいいだろう。そして、その一つが私の持っている拳銃、というわけだ」
「……拳銃。そんなものが、この世界にあるというの……」
「無いわけは無いだろう。事実は小説よりも奇なり、とは言った物だよ。いずれにせよ、君がその未来を見ることはもう出来ないだろうけれどね」
フェリックスはティリアの頭部に銃口を突きつけて、笑みを零した。
「君は素晴らしいシスターだったよ。忠誠心も厚く、力も強かった。きっといつかは彼女のように枢機卿になることも、もしかしたら出来たかもしれない。ただし、君は唯一の失敗をしてしまった。何だと思うかね? ……ああ、もう何も言えない状態か。ならば教えてあげよう。君の唯一の失敗、それはレイシャリオの勢力についたことだよ。彼女は若く、強者につくことを知らない。それがレイシャリオの失敗であり、君の失敗だ」
「貴様は……、神のことを信じていない、蛮族だ」
ティリアはやっとの様子でそう言った。
「神など居ないよ、この世界には。現実に存在している物だけを私は信じている。神は居ないが、オール・アイのあの能力、あれは才能という枠をとっくに飛び越えている。もはや、彼女こそが神という存在と言っても過言では無い。存在しない神よりも、存在する預言者。それが、世界の意思だ」
「外道が……! 神の裁きが下るぞ……!」
「だから言っただろう。…………神など居ない、と」
そして、フェリックスは引き金をゆっくりと引いた。

◇◇◇

フェリックスは小さな鍵を見つめながら、笑みを浮かべていた。
すっかり動かなくなってしまったティリアとレイシャリオの身体を一瞥したのち、
「……神を信じることは悪いことでは無い。だが、君たちは神を信じすぎた。社会というものを少しは知っておかねば、この世界で生きていくことは出来ないのだよ。……しかしまあ、レイシャリオのカリスマ性は良かったものであったかもしれないがね」
少なくともフェリックスはレイシャリオを評価していた。
一番に、枢機卿でありながらもあの若さで出世出来たことだ。あの年齢で枢機卿になれたことは、正直な話神殿協会でも異例なことであると言われていたためでもあるが、それを認める程の才能があった――だから、一昔前の神殿協会ならば彼女を殺すことは勿体ないと判断されていたことだろう。
それくらいの才能だった。
けれど、今は違う。
オール・アイの預言に魅力を感じた上層部は、レイシャリオの存在に否定を示すようになった。
もともとレイシャリオはオール・アイの預言に懐疑的であることは、ほかの枢機卿も薄々感じていたため、このような結果となった。
「まあ、神を信じるのは人の勝手だがね、結局神など存在しないのだよ。存在するように見せかけている。もしくは、神が居るけれどその存在はほんとうに崇高な存在であると見せかけている。神は気紛れな存在だからね、私たち人間を救うために活動などするはずがない。ボランティア精神の強い神ならばまだ別の話だろうがね」
そう言って、フェリックスは小さな鍵を機械に差し込んだ。
同時に、機械のモニターに電源が入り、ある文字が表示される。
「……さあ、始まりの時だ。この戦いが終わった後、最後に残るのは我々か、それともあの旧人類か。オール・アイは旧人類が世界を再生するなどと預言していたが……、そんなものは終わってしまえば良い話だ。我々がこの世界を守っていた理由は、旧人類の大地を整えるため? そんな馬鹿な。そんなくだらない話が現実に起きて良いはずが無い。絶対に、あの預言が通ってはいけない」
オール・アイの預言は、今まですべて真実と化した。
ならば今回の預言も紛れもなく真実になるはず――誰もがそう信じて疑わなかった。
「……でも、私は信じない」
起動ウインドウが表示されて、タイマーがゼロになる。
モニターの向こうに広がっている異形――オリジナルフォーズはこの後直ぐに目を覚ますといわれている。
それによって引き起こされる戦い。それにより何がもたらされ、何を失うのか――、今は誰も分からないことだ。
だからこそ。
「……さあ、目覚めろ。オリジナルフォーズ。世界を破壊し尽くせ、そして、旧人類を根絶やしにしろ!!」
すべては、自らの欲望のために。
彼はオール・アイの預言に逆らうために、オリジナルフォーズを利用しようと考えていた。
オリジナルフォーズが起動を開始する。目を開け、その大きな身体をゆっくりと動かし始める。
破壊の権化。
世界を再生するための存在。
オリジナルフォーズが、オール・アイの預言通り、ついに動き始めた。

◇◇◇

その巨大な咆哮はジャパニアの茶屋でも聞こえていた。
「……ついに、来たようですね」
ストライガーは慎重な面持ちでそう言った。
覚悟はしていた。けれど、いざ始まるとなると、やはり恐怖が僕の心を支配していた。
当然かもしれない。今までの『予言の勇者』としての戦い方そのものもあったけれど、今回はそれ以上に、自分の行動がイコール世界の命運に直結する。しかも今まで戦ってくれたメアリーとルーシーは居ない。僕と、ストライガー、それに普通の人々だけだ。一般市民は戦闘能力は皆無と言っても過言では無いだろうから、その人たち全員が参加できるのは無理な話だ。
となると、完全な負け戦。
しかしながら、歴史上ではオリジナルフォーズの封印に成功したはずだった。
ならばどうやって封印に成功したのか? 簡単な道筋だし、僕はその歴史を知っていた。
ガラムドが僕にしてほしいこと。それはこの戦いの再現であり、人類の勝利だ。
つまりはガラムドの誕生、そしてオリジナルフォーズの封印。それが僕の役割。
でも、どうやってガラムドはその力を宿したのか?
普通にガラムドはただの少女だったはずだったが――。
「教えてあげましょうか」
声が聞こえた。
僕はそれを振り返る。そこに立っていたのは、一人の少女だった。少女は青い髪をしていて、小さなルービックキューブを持っていた。
「あなたは……いったい?」
少女は不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷く。
「そうでしたね。あなたは何も知らないんでしたね。何せ世界のルールが違う世界から来ているのですから。まあ、そうでなかったとしても私のことを知る人間はほとんどいませんかね。そもそも住む世界が違うのですから」
回りくどい言い方だが、要は私とあなたは違う――ということを言いたいのだろう。
はっきり言って腹立たしいほどこの上ない。
「怒っているのですか? まあ、そう思うのも致し方ありませんね。先ずは自己紹介から行きましょうか。私の名前は……ムーンリット。この世界を創りし神。神の中でも頂点に立つ……創造神と呼ばれている存在です」
ムーンリットは無垢な笑顔でそう言い放った。
まるで子供のようなその笑顔に、僕はあっけらかんとした表情を取ることしか出来ないのだった。
「ムーンリット……。貴様、確か、この世界をどうにかしようとしていたはずじゃ!」
僕は貰ったばかりのシルフェの剣を構え、臨戦態勢を取った。
僕にとって、今のムーンリットは敵か味方かはっきりしていない。しかしながら、キガクレノミコトの発言から察するに、今回の状態は創造神の気紛れによるものだ――そう言っていた。
ならば、創造神にその気紛れを無くしてもらえればいいのではないだろうか? 簡単なことではあるが、案外想像はつかないことだった。けれど、ほんとうにそれで何とかなるのか――それは疑問であり愚問だった。
しかし、創造神はそれを聞いて一笑に付した。
「世界をどうにかしようと? 私が? それは大きな間違いだ。確かに私は創造神だ。どんなことだってやってのけることが出来るだろう。でも、それは私の価値観の問題だ。考えてみたことは無いか? 私がつまらないと言っただけで世界を滅ぼすことは、確かに簡単にできることだろう。それはスイッチを一つ押すだけでいい。いや、それは表現の問題だから、実際にはもっと違う話にはなるが……、いずれにせよそれくらい簡単なことだ。でも、私の気持ちの問題で世界を滅ぼすことは間違っている。さすがの私も、それくらい弁えているつもりだ」
「ならば、どうしてこのような結果になっているんですか。もし、あなたが何もしていないというならば、世界は……」
「二つ、可能性がある」
ムーンリットは人差し指と中指を立てて言った。
「一つは、私の気紛れ。まあ、そう言ってもらっても仕方ない事実はある。しかし、私はやりたくないことはやらない。だって後々面倒なことになるから」
「もう一つは……?」
「話を急かすな、嫌われるぞ?」
「余計なお世話だ」
ムーンリットと話をしてみて思ったが、何というか人間くさい考えの持ち主だと思う。キガクレノミコトが言っていたことを総合すると、創造神ムーンリットは何を考えているか分からない、もっと超越的存在だと認識していたが、これを見ると――。
「何か、考えているようだけれど。私が頭のおかしい存在だと認識していたかしら?」
頭がおかしいということは思っていない。
しかしながら、どうしてもそういう風に捉えてしまうのだ。人間というのは『思い込み』を一度発動させてしまうと、簡単に戻すことはできない。犯人の嫌疑がなかなか外れないことと同じものだと言っていいだろう。
「……まあ、それは別に掘り下げる必要も無いでしょう。問題は、ここから。もう一つの可能性、それは……『神の箱庭を乗っ取ろうとする輩がいる』ということ」
「箱庭を乗っ取る?」
「そもそも、神の箱庭には世界を操作するすべての操作基盤が置かれている。その操作基盤を管理しているのが私だが……、神は別に他にも居る。それがお目付役とも言われる立ち位置にいる存在だ。その名前を、『元代神』。箱庭の管理は出来ないけれど、創造神に何があった場合その意見を提言することが出来る立ち位置にある。簡単に言ってしまえば、唯一の抑止力とも言える存在。まあ、私は彼と対立することは無いけれど、対立した時代もあったらしいわよ。いつかは分からないけれど」
「創造神は他にも居るのか?」
「まさか」
ムーンリットは鼻で笑った。
「そんなことあるわけないでしょう。一つの次元時間軸に創造神は一柱だけ。ただし、この次元時間軸は繰り返しの歴史でね。始まりから滅亡までの一つの次元時間軸が終わったら、再び宇宙の大爆発が起きる。人間の世界ではビッグバンという話かしら。確か。ただし過去の次元時間軸の歴史は一つのデータとして残っているのよ。そして箱庭にいる存在は誰しも閲覧をすることが出来る。そうして過去に起きたことは繰り返さないようにする。そういう目的もあるわけよ」
「それじゃ、過去に箱庭を乗っ取ろうとした存在がいた、と?」
「そう。そして今もそうなりつつある。あいつは強硬手段を執って、私の思考を停止させた。いかにも簡単で、いかにも酷なやり方で……ね」

◇◇◇

箱庭にて、一人の男は笑みを浮かべていた。
ムーンリットは今や箱庭の操作基盤を動かすことは出来ない。ルービックキューブも数少ない操作基盤の一つではあるが、あれ程度では出来ることも限られている。それに操作基盤のマスターから監視することも容易に可能であるため、ムーンリットが精神的に死んだことが嘘であることも容易に理解できた。
「ムーンリット……。やはり、君は僕を騙していたのだね。まあ、何となく想像出来ていたことではあるけれど」
操作基盤は白と黒の縦長の盤が幾つも組み合わさっている状態となっていた。足下にもペダルが数個置かれており、それも操作基盤の一つとして存在していた。
「……まあ、僕の計画通りに進んでいるから、別に問題ないのだけれどね。ムーンリットはそれで問題ないと認識しているのだろうけれど、まさかそれも僕の想像通りだって思わなかったのかな?」
そうして、男は椅子に腰掛けると、楽器を演奏するように操作基盤の板を指で押していく。
モニターには様々な場所が映し出されるようになり、それを見て男は操作基盤からモニターに視線を移した。
「さて、ムーンリット。君の抵抗を見せてもらうよ? どこまで君が抗えるのか、楽しみだね。まあ、それも僕の考える計画のレール上の話に過ぎないけれどね!」

◇◇◇

「……つまり、箱庭を操っているのはその、」
「元代神、ね」
ムーンリットの言葉に僕は頷いた。
とどのつまり、ムーンリットと一緒に箱庭には別の存在が居る。そしてその存在が箱庭を乗っ取ろうとしている――と。
「最後については憶測に過ぎないけれど、まあ、確実でしょうね」
「心を読むのを、辞めてもらって良いですか?」
「いいじゃない。別に。減る物でもないし」
「……いや、そういう問題じゃ無いですよね?」
「話を戻しましょうか。いずれにせよ、あなたはこれから世界を救う。では、どうすれば良いか? 簡単なことですよ。私がちょっと世界を弄ってやればいい。ただ、それだけの話。人はそれを『奇跡』と呼びますがね」
奇跡。
人の力を超越したもの、と言ってもいいだろう。それを成し遂げることは先ず人間の領域では不可能だが、それが神や自然になされたものであれば可能性はゼロでは無い。しかし、果報は寝て待てという話では無いが――それを待っているくらいなら確実に出来る方法を探したほうがいいだろう。
いずれにせよ、奇跡というものはそう簡単に起きる物では無い。仮にそんなものがあったとしたら、それは奇跡ではなく、別の何かになるだろう。
しかし目の前に居るその存在――神は奇跡を起こすと言っている。奇跡を簡単に起こすことができるのも、神ならでは、ということなのかもしれない。
ムーンリットの話は続く。
「……おーい? 大丈夫かい? 話はまだ終わっていないのだけれど。急にフリーズしたり、或いは自分のモノローグに浸らないでくれないか? 話が終わってから勝手に一人でやってくれるなら構わないけれど、その段階でされると話がいちいち切れることになるから面倒だから」
「いや、大丈夫だ。問題ない。……ところで、奇跡はどうやって起こす?」
「簡単なことですよ。私が命じればあっという間にできあがります。簡単な話です」
「……いや、だから、どうするんですか?」
「あなたの娘に神の力を宿します」
簡単なことだった。
あまりにも簡単なことではあったけれど、それによってどうなるというのだろうか。
「神の力……と言っても、唐突に何を言い出すかと思われるかもしれませんが、簡単に言ってしまえば、その力は『祈り』の力ですよ」
「祈りの力……?」
「英雄と呼ばれる存在には、いくつかの条件があります。一つは、英雄と語られる人間性。もう一つは、その能力。能力がたぐいまれなるものであればあるほど、英雄と呼ばれる価値は上がるでしょう。あなただってそうですよ。いつかは英雄と呼ばれる時代がやってくるかもしれませんね。それこそ、今のあなたの行動は、英雄譚そのものですよ」
英雄譚。
英雄。
いずれにせよ、英雄は英雄たる所以が必要――ということなのだろう。
「英雄には特殊な力が無くてはなりません。あなたの持つ、シルフェの剣もそうです。それは、オリジナルフォーズに対する数少ない手段。そしてそれを持っているあなたもまた英雄の一人となり得る」
「シルフェの剣……」
僕はじっとシルフェの剣を見つめる。
確か、妖精からこれを受け取ったときも言っていた。これは伝説の剣である、と。しかし、まさか自分がその剣が出来る場面を目の当たりにするとは思いもしなかった。
これもガラムドの想定の範囲内なのだろうか? だとすれば、何というか、気紛れの極致だと言っても良い行動だな。
「祈りの力、その話に戻しましょうか」
ムーンリットは語り出す。
「祈りの力とは簡単です。ただ祈っていれば良いだけの話。……言い方は悪いですね。簡単に言ってしまったので、端折ってしまいましたから。端折らずに説明したほうがいいですよね?」
「そりゃ、当然ですよ。教えてください」
「ううん、説明するのはあまり得意では無いのですが……」
得意じゃない、って。
それはそれで困るんだけどな。出来ればきちんと分かるように説明してもらえると今後の行動に制約がかからなくて済む。
「……祈りをすることで、奇跡のスイッチとする。祈りをすれば、それは確実に神に届き、奇跡が起きると思い込ませる……とでも言えば良いでしょうか。人心掌握するためには、それが一番簡単な手順ですからね。先ずは自分の力を示し、頭を垂れさせる。そうすれば主従関係が成立しますから」
「詐欺師と同じやり方じゃないか」
思わず呆れてそんなことを言ってしまった。
だが、それも予想通りと思っていたのか――ムーンリットの表情は変わらない。
「詐欺師、ですか。そう言われてもおかしくはないでしょうね。けれど、それは間違っている行動ではありませんよ。仮にその奇跡がかりそめのものであったとしても……、人はそれを信じて疑わない。あなたもそうでしょう?」
ムーンリットは不敵な笑みを零す。
しかし、ムーンリットの発言は真実なのだろうか? それ以前の問題を、僕は考えていた。
ムーンリットの発言をそのまま受け取るならば、ガラムドはこれによって力を手に入れるということになるのだろうか。ガラムド――今は一花という名前だが、きっと彼女が紛れもなくガラムドへと昇華するのだろうか。
だとすれば、それは彼女に酷なことではないのか。突然何も知らない子供に、神の力を分け与えること。他の人間とは違う能力を手に入れること。そして他の人間とは違う地位につくこと――。その苦労は計り知れない。
「でも、彼女にはその素質がある」
ムーンリットはそんな僕の思考を遮るように、話し始めた。
矢継ぎ早に、僕の意見など聞きたくないと言わんばかりに、さらに言葉を覆い被せていく。
「彼女は巫女になれる。巫女、祈りの力を持った存在。そして神との対話を可能とする存在。その存在になることが出来る、その素質を持っている。あの一花という少女には」
「何を言っているんだ、彼女はまだ子供だぞ? そんな状態で出来るはずが……」
「世界を救う立場に立つのは、子供だろうが老人だろうが、男だろうが女だろうが関係ない。世界を救うべき立場に立てるか否か? という判断だけで言えば、それは本人のさじ加減によるかもしれないけれど、それでも、才能は付与されるもの。仮に本人が嫌がったとしてもそんなことは知ったことでは無い。私が才能を与えれば、それは才能を持つ若者となる」
「つまり、才能のある若者とやらを作り出す、と……!」
「面白い試みだろう?」
試み――ムーンリットはそう言っているが、僕から見ればそれはただの気紛れに過ぎない。結局の所、ムーンリットは何を考えているのかはさっぱり分からない。
だが言動からある程度推測することは可能だ。
「……結局の話、何度あなたに言ったところでムダだろうから、これだけは説明しておきましょうか」
長々と前置きをして、ムーンリットは話を始めた。
「人間がどうこう言ったところで、『世界の意思』には逆らえない。それは私だってそうだ。世界の意思には従うしかない。たとえそこで一つの種族がほろびようとも」
その選択は、大いに間違っていた。
否、間違っている話だからこそ、ムーンリットは僕に話をしたのかもしれない。
その選択は世界の意思となる。
その選択は大きな意思の合意となる。
その選択は上位世界からの忠告となる。
結果的にその選択は、たとえ世界の誰もが間違っているとしても遂行されなければならない。
ムーンリットは、僕にそう語りかけているようにも見えた。
「ムーンリット……、お前はいったい何がしたいんだ?」
「世界の意思、その遂行のため」
「世界の意思とは何だ?」
「何だろうねえ。いずれにせよ、人間が触れていいものではないと思うよ。私のような一端の神でも知らないことはあるんだ。人間が知っていい事実なんてこれっぽっちも無いはずだ」
「ならばなぜ僕に『世界の意思』を伝えた?」
ムーンリットは僕の問いに失笑する。
「伝えるに値する存在だったからさ。あなたがどういう存在であれ、私はそうすべきだと思った。たとえそれが世界の意思では無いとしても」
つまり今の会話は、ムーンリットの独断?
ますます話が見えてこない。いったいムーンリットはどうして僕にその事実を伝えたのか? もしかして、何かしてほしかったのか? 神ではなく、ただの人間にしかできないことを。
「勘違いしないほうがいい。これは私の好意だ」
ムーンリットは僕の思考を遮るように話を始めた。
そして、矢継ぎ早に言葉を紡ぎ始めていく。
「とどのつまり……これはただの気まぐれだ。気まぐれによるものだ。たとえ何か成し遂げる可能性があったにしても、それは気まぐれ。重く受け止めなくていい」
「重く受け止めなくていい……ね。それはどうだか。その考えは人それぞれにも思えるが? いずれにせよ、その考えは間違っている。どう考えても誰かに正義を押し付けるなんて、間違っている!」
「じゃあ、どうするつもりだ?」
ムーンリットは両手を広げて、僕に問いかけた。
「今の状況を鑑みて、お前はどうするつもりだ? オリジナルフォーズは、みるみるうちにこのジャパニアに向かっているぞ。そして、そこに到着してから繰り広げられるのは、一方的な虐殺だ。……当然だよな、世界最強の存在だ。それも、その理由は、対抗策が無いからという如何にも単純な理由に過ぎない。そのまま進めば人類は滅び……やがてこの惑星は死の惑星と化す。まあ、いずれにせよ、それ自体も世界の意思と嘯くことになるのだろうがな。だが、今お前の目の前に居るのは誰だ? この世界の創造主だ。そして、その創造主が神の力を一人の少女に与えようと言っている。こんな好機をみすみす逃すつもりか? もう一つ追加してやるが、デメリットなど存在しないぞ。寿命の消失をデメリットとして捉えるならば、また別の話だが」
「寿命の消失?」
さらっと流したが、とても重要な事実を話したような気がする。
「……寿命の消失とは簡単なことですよ。ってか、神の力を与えるというのはイコール、神になるって話ですね。ということは、寿命はほぼ無限になるということ。そして、それはこの世界での目的を達成すれば、神の世界へと向かうということ。それにより、永遠に生き長らえることが出来る。ま、神になるんですからそれくらいのメリットはあって当然でしょう?」
「ちょっと待ってくれ。いったいぜんたい訳がわからない。どうしてそんな大事な話を放置していた?」
「大事な話でしたか。あら、私にとっては普通の話かと思っていましたが」
どうやら神様と人間の間には常識に関して、埋めたくても埋めるのが難しいくらいの差があるようだ。僕はそれを、身を以て実感した。
ムーンリットと僕の見つめ合いは、暫くの間続けられた。お互いにお互いが話をするタイミングを窺っていた、と言えばそれまでだが、しかしそれは間違っていなかった。
ムーンリットという存在を見極めるための、絶好のチャンスだと認識していた僕は、如何にムーンリットから情報を聞き出そうかと躍起になっていた。だから必死にムーンリットの発言にしがみついていたのかもしれない。
「……あなたの決断は、世界の運命を左右する」
ムーンリットは僕の不安を増長させたかったのか、さらに話を続けた。
「確かに簡単に決められる話では無いでしょう。けれど、それを如何に良い方向へ持っていくか……というのも求められます。今のあなたには、全人類の生命がかかっている。そう言っても過言では無いのですから」
「脅迫か、それは」
「さあ、どうでしょう?」
不敵な笑みを零して、ムーンリットは答えた。
「ただ、あなたには選択肢などないように思えますがねえ? どう足掻いても、答えは一つだと思いますよ。それがあなたの思考にそぐわないものであったとしても。それは世界の意思となるのですから」
「……貴様、最悪な神だな。僕は絶対に、お前を神とは認めない」
僕はその選択をするしか無かった。
その選択をするしか、ほかに方法が無かった。
ムーンリットもそれに気付いていたのかもしれない。気付かれたくなかったのは確かだったが、こうなってしまっては仕方がないことだと思う。
「神とは認めてもらわなくても構わないよ。……とは、言えなくなっていることも事実かな。私たち神は、人々の信仰の上に成り立っている。とどのつまり、信仰が無くなるということは、我々がこの世界に存在出来なくなると言っても過言ではない。この言葉の意味が理解出来るかな?」
「……いい加減にしろ」
「あらあら、怒っているのかな? でもあまり気にしないほうがいいと思うよ。あなたは世界を救う勇者になる。私は世界の意思を遂行する。win-winの関係になるわよね。ほんとうにありがたい話になると思うのよ?」
「だが……」
ムーンリットの言うことも間違っていない、と思う。だが、やはりどこか振り回されている感じがするのも否めない。
「さあ、選びなさい。風間修一。あなたの判断で世界はどうなるか……それはあなたにも分かりきっている話のはずですよ?」
ムーンリットは手を差し出す。
ムーンリットは僕がその選択をするってことを確信しているのだろう。勝者の余裕、というやつだ。いずれにせよ、ムーンリットは心ぐらい読めているのかもしれないが、それはそれとして認識するしかない。
「……ムーンリット、お前は」
「さあ、選択なさい。あなたはどういう道を選ぶかはあなたの勝手だけど、あなたの選択によって世界がどうなるか……それを理解してから決心しなさい」
「分かった」
決断するのはもっと早かったけれど、それを言葉に出すまではかなり時間がかかった。
「……神の力を、彼女に与えてくれ」
ムーンリットは小さく笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いた。
一つの動き、その全てが腹立たしかった。
もしそれが神とやらの行動で無いとするならば、多分言葉よりも拳が出るところだった。
ムーンリットは目を瞑り、何か呟き始める。詠唱か何かの類だろうか。いずれにせよ、僕には理解出来ない言語であることは間違いないだろう。
ムーンリットの詠唱はそう時間がかからなかった。多分一分くらいの感覚だったと思う。
「……ありがとう。これで、この世界は救われることでしょう。一つの大きなブレイクスルーを終えることが出来ました。まあ、これからどうなるかはあなたたち人間が決める話になりますが」
「人間が決める? それは元からの話じゃないのか?」
「それは人間が考えているだけの話。実際には私たち神や、世界の意思に通ずる存在だけのこと。まあ、あなたたちはそう考えたいのかもしれないのけれど。世界の代表は人間と思っていたら大間違い。結局あなたたちも世界の意思には逆らえない」
「ブレイクスルー……、その次は何が起きると言うんだ?」
「それはお伝え出来ませんね」
あっさりと拒否されてしまった。
「……じゃあ、結局人間はそれに従うだけ……?」
「ええ。そうなりますよ? それについては致し方ないと思いますよ。というか、それを受け入れるしかありませんねえ。ま、それは仕方ないですよ。自然の摂理、というものです」
「……やはり、お前とは相容れない」
「相容れなくて、結構。……さて、私としては、やることは終わったのでそろそろおさらばと行きましょうか。それじゃ、頼みましたよ。風間修一、世界を救う創世の勇者よ。あなたが世界を救うこと、それは世界の意思です」
そして、ムーンリットは姿を消した。
初めて出会ったが、ほんとうに勝手な神様だ――そんなことを、僕は思うのだった。
「……おい!」
僕が現実に揺り戻されたのは、ストライガーの声だった。ストライガーは呆れたような苛立っているような、そんな表情だった。いずれにせよ、淡白な反応をしている僕に対しての反応だったのだろう。
ストライガーの方を向いて、首を傾げた。
「どうか……したか?」
「それはこっちの台詞だ」
ストライガーは深い溜息を吐いて、
「今は何の話をしていたか、きっと分かっていないだろうから、最初から説明してやる。オリジナルフォーズという勢力をいかにして無効化するか。それについて対策を話し合っていたのに、当の本人がそうなってしまっては、これからが大変だな」
「それは言い過ぎじゃない? 急に言われて、頭が混乱しているのよ、きっと」
そう言ったのは茶屋の店主だった。はっきり言ってその救い手はとても有り難かった。実際、話を聞いていなかった――ということになってしまうのだから。
ストライガーは二対一になって自分の立場が悪くなったことに気付いたのか、咳払いを一つして、カウンターに置かれた水を飲み干した。
「……それじゃあ、これからの作戦について、話し合うことにしましょうか」
ストライガーはそう言うと、作戦について語り始めた。
作戦についての談義は世間話も交えながらだったため、簡単に自分の中で整理すると、とんでもなくシンプルな作戦だった。
一言で説明するならば、相手を迎え入れる。
やってきたオリジナルフォーズをジャパニアで迎え撃って、そのまま撃退する。非常に単純な作戦だとは思うけれど、問題はそれを現実に実行出来るか、ということだ。やっぱりそこは一番の問題だと思うし、そこは何とかしないといけないだろう。
ストライガー曰く、戦いに参加するのはほとんどが男性、しかも十八歳以上と限られている。理由は、女性と子供は非力であり、さらに守るべき存在であるということだった。成る程、確かにそれは間違っちゃいないだろう。
「では、こちらの戦力はどれくらいなんだ?」
僕はストライガーに質問を投げかけた。
ストライガーは溜息を吐いて、
「言いましたよね。ジャパニアの戦力は、どれほど掻き集めても一万人くらいだ、と。なので、最大戦力がそれくらいと言っていいでしょう」
一万人。
ジャパニアの最大戦力――とどのつまり、言い換えればそれはその人数が兵力と言ってもいいだろう。ろくに兵器がないのに、一万人しか使えない? 負け戦と言っても過言ではないように思えるが、それは間違っちゃいないのだろうか。
ストライガーの話は続く。
「……人数ははっきり言って多くはありません。けれど、それは致し方ないことなのです。どうかご理解いただきたい。ジャパニアに居る人間の中で、戦争への賛同とその準備をしていただけているのはその人数だけ、となるのですから」
「ということは、それよりももっと多くの人間が参加する可能性があった、と?」
なるべくなら怪我する可能性のある人員は必要最小限にしたほうがいいだろう。しかしながら、問題はオリジナルフォーズの戦力だ。たとえ一万人の戦力が居るとして、技術力は低い。
となると、オリジナルフォーズに対抗するためには出来る限り人を集めておく必要がある、ということになる。さっきの話と矛盾するが、オリジナルフォーズの戦力が未知数であることを考慮すると、仕方ない。
「まあ、あなたが心配するのも致し方ないでしょう。実際、あなたにこの話をするまで、何度も交渉を重ねていました。けれど、失敗に失敗を重ねて、結局その人数に落ち着きました」
「もともとはどれくらいですか?」
「一万三千五百人、端数はもっとありますけど」
つまり三千五百人が不参加ということか。まあ、総数からのその人数は多いほうだろうし、全然問題はないだろう。寧ろストライガーは功労賞を与えてもいい気がする。
ストライガーは立ち上がり、僕の方を向いた。
「とりあえず、あなたには今回の戦いを勝利に導いてもらわなくてはなりません。そうしなければ、人類に勝利はありませんから」
そしてストライガーはそのまま立ち去っていった。