第二十四話(15)

そして、『僕』の意識は再び会議場へと戻された。
「……思い出したようですね?」
キガクレノミコトが、悪戯めいた笑みを浮かべて僕に問いかける。
「すべてというわけでは無いけれど、思い出しました。……もしかして、あのロボットの企みは成功した、ということですか」
「ロボットの企みというよりは、オール・アイの考えのもと……と言ったほうが正しいかもしれませんね」
キガクレノミコトは深い溜息を吐いたのち、
「オール・アイはそのプロジェクトを実行し……、正確に言えば教唆し、そしてその通り実行したことで、世界は壊滅的被害を受けました。けれど、それもすべてリセットのため。神託を受け、世界を滅ぼした。そして、人間の数を減らした。人間の数を減らしただけでは無く、冷凍保存された人類が住みやすい環境にするために、敢えて残しておいた人間もいたわけですが」
「敢えて、残しておいた?」
「浄化ですよ。すべては」
「浄化?」
「世界を一度リセットする。しかし、それをしてしまうと環境を滅ぼしてしまうことになりますね。それは、あなたにも理解出来ていることかと思いますが、つまりはそういうことですよ。環境を滅ぼしたあとは、それを再生しなければなりません。しかし、それを超常的力でやってしまうと、意味が無い。では、どうすれば良いか? 答えは分かりきっていることでしょう。……この世界をやり直すために、人間の力でゆっくりと環境を再生させる。その時間が、おおよそ一万年と言われています」
一万年。
それは途方もつかない時間だ。僕が居たあの世界も、あの時代も、たかが二千年程度だったはず。その五倍と考えると、環境の再生も簡単なことでは無い――ということなのだろう。
「感心してもらっては困るのですよ。問題は、それではありません。確かに人類は、愚かな存在かもしれません。しかし、我々のように人間とともに生きてきた神も少なからず存在しています。……オール・アイはその中でも、過激派といった感じでしょうね」
「過激派、ですか」
「そう。そして、その目論見を食い止めていくのが私たち。どこまでやれるかは分かりませんが。なにせ、あのオール・アイは人心掌握が上手すぎる」
「やろうとすれば、出来るのでは無いですか?」
「だからといって、やるわけにはまいりません」
出来ることは出来るのか。
そんなことをふと口に出してしまいそうになったが、すんでの所で止まった。
「……ヒトが関わる問題であるならばまだしも、この問題は我々神のカテゴリて留めておかねばなりません。おわかりですか?」
神と神の問題に、人間を介在させるわけにはいかない。
そういった気合いが見えてくるようにも思えた。
「この世界を管理しているのも作成しているのも、神ですよ。ただ、この世界に住んでいる動物の意思を聞くことなく世界全体に関することを決めてしまって良いのでしょうか。責任を取るのは、我々だけで良い」
「……しかし、この戦いは人間も参加することになるんですよね?」
さっき、この勢力を指揮してほしい、と言ったのは嘘になるのだろうか。
「ええ。それについては申し訳ないと思っています。我々は最後まで、人間が参加しないように考えておりました。けれど、オール・アイはそれを許さない。意地でも、元々の世界の人間を、この戦争で殺そうと考えている。たとえムーンリットの考えに反しようとも、それは許されません」
「じゃあ、どうすれば……」
「簡単ですよ」
キガクレノミコトははっきりと言い放った。
そして、キガクレノミコトはどこからか一振りの剣を取り出した。
林檎の形がグリップに象られているその剣には、横の部分に『By Silver-Feather』と書かれている。
「銀の……翼?」
「正確には、羽毛ですね。銀には退魔の力を持っています。そして、使う人間のパフォーマンスが最大となるように、羽毛のように軽く出来ている。それが、シルバー・フェザー。弓と杖も作成を考えていますが、それだと長い名前になるのですよね。人間は名前にこだわるといいますから、どんな名前にしたほうがいいでしょう?」
うふふ、と笑みを浮かべつつキガクレノミコトは言った。
こんな一大事と思える状態で、名前のことを考えるというのはなんとも呑気な考えだと思う。
しかし、名前か。シルバー・フェザー。……シルバー、フェザー……、シル、フェ……。
「もしかして……」
そこで僕は何かを思い出した。
もしかして、この剣は……。
「何か、いい名前が浮かびましたか!」
キガクレノミコトは僕の呟きを聞いて、直ぐさま反応した。
参ったな、出来れば聞かれたくなかったけれど……。でも、この状況から逃れるには、うまく答えるしか無いのかもしれない。
そう思って、僕ははっきりと答えた。
「……名前を省略しただけなんですけれど、シルフェの剣、というのはどうでしょうか」
シルフェの剣。
それは、僕があの世界にやってきてエルフの隠れ里で手に入れた伝説の剣。
確かガラムドがエルフに託したものだったと思ったけれど、まさかこれがずっと昔から残されていたものだとは思いもしなかった。まあ、そもそも神様が残したものだから二千年以上昔に作られていてもおかしくはないか。
「シルフェの剣、ですか。いいですね、良い名前です。やはりあなたにお願いして良かった。あなたにお願いしていれば、きっといい名前が付けられるだろうと前々から考えていたのですよ。ですから、あなたにはこれを差し上げましょう」
鞘に収められた一振りの剣を、キガクレノミコトは丁寧に僕に差し出した。
その剣は、僕が初めてその剣を見た時と比べて、雰囲気が違っているように見えた。どんな雰囲気だったかというのは具体的にはっきりとは言い切れないけれど、見た感じただの剣にしか見えなかった。
では、あの世界で見た剣はどうだったかというと――どこか聖なる雰囲気を放っているように見えた。
「……この剣は、今は普通の剣です。当然と言えば当然のことかもしれません。ですが、これを如何に力を加えていくか。簡単なことです」
キガクレノミコトは刀身にそっと手を当てる。
いったい何をしでかすのかと思っていたが、キガクレノミコトが先に答えてくれた。
「これから、この剣に力を込めていきます」
「力を、込める……。それで、どうなるのですか? もしかして、次元を超えることが出来るとか……」
「そこまで甘いものではありませんね」
ばっさりと言われてしまった。
「次元を超えることが出来れば、さっさと私たちは力を剣に注入しているでしょうね。しかしながら、それなりに力を持つことになるでしょう。神の力……、その意味をあなたはいつか気付くことになります」
回りくどい話し方だったので、僕はキガクレノミコトに質問をしたかった。
しかしキガクレノミコトはその隙を与えない。
「この力は英雄の力と言っても過言ではないでしょう。なにせ、私たち神の力を注ぎ込むことになるでしょうから。ああ、もちろん剣だけではありませんよ? 同じような作り方で杖と弓も作っていますから、そちらにも同じように力を注ぎ込んでいきます」
「注ぎ込むことはいいんですけれど……」
「どうかいたしましたか」
キガクレノミコトは首を傾げる。
僕がずっと気になっていたことは、たった一つ。
「……力を注ぎ込むことによって、あなた方はどうなるんですか」
具体的には、今ここに居る『使徒』と呼ばれている存在はどうなってしまうのか。力を注ぎ込むことで消えてしまうのだろうか。
その質問に対して、キガクレノミコトははっきりと答えた。
「きっとあなたも想像出来ているのでは無いですか。力を注ぎ込むということは、私たちの生命力……正確に言えばこの世界に顕在していくために必要な力をすべて使い果たすということになります。ですから、剣・弓・杖に力を注ぎ込めば、それは即ち、私たちがこの世界に存在出来なくなる、ということになります」
「とはいっても、ストライガーは元々人間だったから、彼女は残るのかな?」
言ったのは欠番だった。
「そうなりますね。恐らく私は、神になっていた力を失うだけで、ただの人間になるだけかと思いますよ。いずれにせよ、この場に居ることは出来ないでしょうが」
「……いずれにせよ、消えてしまうということですよね?」
「ええ、そうですが?」
表情を変えること無く、キガクレノミコトは問いかけた。
僕の質問について、どうしてそのような質問をしているのか――と思っているようだった。
そしてそれは、消えて無くなってしまうことに疑問を抱いていないようにも思えた。
「……さっきから思ったのですが、もしかして私たちが消えることに、不安を思っているのですか。慈しみを思っているのですか。だとすれば、それは愚問ですよ。なぜなら私たちは少なくとも一万年以上この世界で過ごしています。人間とともに、生きてきました。長く居すぎたのですよ、この世界に。ですから、最後はこの世界に住む人間を助けるために、力を使いたいと思っているのです。どうか、その思いを……分かってはいただけないでしょうか」
「それは、皆さん決心している、ということですよね」
「当然」
短く答えた。
その目線は、じっと僕を捉えていた。表情は百戦錬磨の戦をくぐり抜けた兵士のようだった。既に覚悟を決めたような表情だった。
「受け入れて、いただけないでしょうか。この戦で、リーダーとして、勝ち抜くことを」
再度、キガクレノミコトは問いかける。
その目線がとても痛い。出来れば少し時間がほしいと思ったけれど、そうも行かない状況なのだろう。オリジナルフォーズが目覚める、それを携えて敵がやってくる、しかしいつやってくるかは定かでは無い。それを考えると、急いで対策を取らねばならない。
だったら、リーダーを決める段階で話がゴチャゴチャになっているのは、はっきり言って話にならない。
それに、この世界を救うために僕は元々の世界からやってきているんだ。
それを考えていたら、気がつけば僕はシルフェの剣をキガクレノミコトから受け取っていた。