プロローグ イントロダクション

どこまでも広がる無限の世界。
その大きさは東京二十三区に匹敵する程と言われており、発売前からゲームユーザーの期待を大きく膨らませていた。
体験版と称された体験会でプレイ出来るシナリオは、ゲーム全体の約一割にも満たないと言われ、さらにユーザーの期待は膨らむ一方だった。

仮想現実バーチャルリアリティ

二〇一六年以降、ゲームの一ジャンルとして確立したジャンルである。
オリジナルではないが、それを限りなく再現した環境をゲームの中に作り上げる。
その再現方法は、一言で言えば五感だ。嗅覚、視覚、聴覚、味覚、触覚――人間に備わっている五つの感覚を刺激させることで、あたかもそこに何かが存在しているように錯覚させる。それが仮想現実の仕組みだった。
目覚めの岬と呼ばれた場所から眺めた景色を、目に焼き付けているユーザーも少なくないだろう。そこから見える景色すべて、自分の力で行くことが出来る――それはユーザーにとって魅力的なことであって、仮想現実黎明期であったこの時期にして既に『革新的なゲームが開発された』とゲーム雑誌の最高評価を総なめにしていったのだから。
ゲームが販売され、多くの人々がプレイしていった。ゲームの名前の通り、無限に遊ぶことが出来るその世界は、理想郷とまで謳われる程だった。
そしてそのゲームは、こう呼ばれている。

無限の理想郷 ( インフィニティ・ディストピア) 、と――。

東京二十三区ほどの大きさを実際にゲーム空間に体現するには、いくつかの要素がネックとなっていた。
例えばメモリ。携帯ゲーム機でも家庭用ゲーム機でも、その中に『世界』を作り上げることは出来たが、その大きさはとても限られていた。
十年前に発売された『オープンワールド』を謳うゲームでも、世界の広さは僅か三十平方キロメートルに過ぎず、ゲームハードの技術力的にもそこが限界であると考えられていた。
二〇一六年、ゲームメーカーの第一線を走る大手メーカーがインフィニティ・ディストピアを発表するまでは。
インフィニティ・ディストピアが発表される前からも、各社はオープンワールド――ひいては仮想現実をゲームの中に実現しようと画策していた。
しかし、ネックとなっていたゲームハードの限界と、スマートフォンの台頭、それにゲームメーカーのソフト生産力の限界がゲームメーカーを逼迫していた。
当時ゲームハードは仮想現実に進んでいたが、対応出来るメーカーが少ないこと、技術力の限界――一言で言い切ってしまえばそこまでだが、応用出来るパターンが少ないことがあり、そのゲームハードは世間に浸透することは無かった。
そんな中、インフィニティ・ディストピアは発表された。
大手メーカーがゲームハードとともに発表したそのゲームは、宣伝映像(プロモーシヨンビデオ)から既にユーザーの心を擽っていた。
歩く。登る。駆ける。切り開く。
それはまるで、人間が太古の時代に経験していたことそのものだった。
一言で言えば、自給自足。
そんな自然あふれる世界が、ゲームの中に広がっていた。
ゲームハードはドックとゲームディスプレイ、コントローラーにそれに仮想現実対応ゲームをプレイするためのヘッドマウント型のスコープが同梱されていた。ドックとゲームディスプレイ、それにコントローラーだけならば三万円程度、それにヘッドマウントスコープは六千円程度という破格の値段設定。それを聞いた人々はソーシャルネットワーキングサービスを主に話題を繰り広げていった。
「赤字設定じゃないのか」「これは売れない」「面白そうだけど、値段的に不安」といった不安の声も少なくなかった。
しかしその中でも、より現実に近い仮想現実――それが一部のゲームユーザーの胸を高鳴らせていた。
そして発売日。ユーザーはその衝撃的なプロローグに心を奪われ――、そして世界の広大さや行為の幅広さなど、そのゲームの自由度に惹かれていくのだった。

 

◇◇◇

 

そして俺、金田昭人 (かねだあきと) もその一人だった。

「……ついに、この時が来た」

目の前にある黒い手のひら大のドック、そこに収納されているゲームディスプレイ、そしてドックの前に置かれている物は、紛れもないヘッドマウントスコープ。
本当は俺も発売日に購入したかった。しかし、ゲームメーカーが供給した量に対して需要があまりに多すぎたためか、予約は電気量販店やオンラインショップを含めすべて瞬殺。結果的に俺がこのゲームハードを手に入れることが出来たのは発売日から二週間後のことだった。
既に多くのユーザーがインフィニティ・ディストピアでプレイしているはずだ。現に友人で良きゲーム仲間の篠ノ井和志は運の良いことに予約に成功して、発売日からインフィニティ・ディストピアをプレイしているらしい。学友だから毎日学校で会うのだが、そのたびにあのゲームは良いぞと言いまくる。俺が予約失敗したことを知っているくせに、だ。
まあ、そんな劣等感を覚えていたのも今日が最後だ。
これからは全力で追いつかねばならない。ログイン時間をできる限り増やして、それ良いの趣味の時間を削減していけばなんとかなるはずだ。あいつがどこまで進んでいるのかは知らないが(ネタバレになるから一切話は聞いていない)、まあ、二週間程度どうにかしてその差を埋め直してやらねばならない。少なくとも知識の差を埋めるくらいには。
そうして俺はヘッドマウントスコープを頭に付けて、ベッドに横になり――スタートボタンを押した。
瞬間、俺の視界は暗転した。

 

◇◇◇

 

暗黒の視界に一つのウインドウが浮かび上がる。

『名前を設定してください』

名前?
それにしても、この空間はどういうことなのだろう。普通にイントロダクションとかチュートリアルとか、あるものではないのだろうか。特に姿は決められないのか? 別に姿に拘っているつもりは無いけれど。キャラメイキングはこういったゲームの醍醐味にも近い。

「名前は……ゴールド、で」

いつも名前は名字から捩っていく。何のひねりも無いが、本名をそのまま付けるよりかはマシだ。

『ゴールド でよろしいですか?』

再度確認のウインドウが表示される。それにしても音声は無しか。体験版をプレイしたことはあるけれど、こんなシーンは無かったな。そういえば。
そんなことを考えながら、俺は「オーケー」と小さく呟いた。