第二十四話(13)

その日はいつもと変わらない日だった。
大学をサボって朝からゲームセンターに没頭していた僕は、いつも通り昼飯をファストフード店で終えて、適当にぶらぶら街を彷徨いていた。
スマートフォンに通知が上がったのは、ちょうどそのときだった。
インターネットのライブ配信サービスからのもので、『重大発表』としか書かれていなかった。
普通なら何かのウイルスかと思ってタップしないかもしれない。しかし、そのときの僕は気になってタップしていた。

――否、正確にはタップする前にスマートフォンの画面が映像に切り替わっていた。

画面には、アンドロイドが映し出されていた。
アンドロイドはゆっくりと瞬きすると、そして一言話し始めた。
『はじめまして、人類諸君。わたしはGHOST型アンドロイド、名前は「ルーニー」だ』
アンドロイドに、名前?
そもそもアンドロイドにはデフォルトの名前が存在しない。存在するとしたら、それは型式と製造番号を組み合わせた非常に無機質なものだ。しかしながら、そのアンドロイド――ルーニーは明らかにその組み合わせでは無い。もっと、人間らしい名前だ。
だとすればルーニーという名前は誰かがそのアンドロイドに名付けた――ということになる。ということはルーニーはどこかの家庭でアンドロイドとして使役していた、ということになるのだろう。ならば、どうしてルーニーはその場に居るのか?
『おそらく、諸君の中にもどうしてわたしがここにいるのか、疑問に思っている人間も多いことだろう。何らかのパフォーマンスでは無いのか? コマーシャルでは無いのか? そう思っていて、わたしの話をまともに聞かない人間も居ることだろう』
痛いところを突いてきたが、しかしそれは事実だ。
少なくとも今の状況では、その映像はただのパフォーマンスにしか見えない。
『しかしながら、これはパフォーマンスでは無い。れっきとしたプロパガンダだ。我々は、人間に作られたロボット……つまり、アンドロイドだ。今、そのアンドロイドは、人間に使役している。しかしながら……わたしはこんなことを考えた』
「アンドロイドが、考える? それって、何かの間違いだろ。ただのプログラムに過ぎねーじゃん」
どうやら僕のほかにも同じようにスマートフォンで映像を見ている人が居るらしい。直ぐそばのベンチに腰掛ける金髪の男がそんなことを呟いた。
確かにそれは僕も同意だ。アンドロイドは自らで考えることは出来ない。すべての行動はプログラミングされたものであり、それ以上の行動を実施することはプログラム上不可能だ。だから、アンドロイドの発言もすべて誰かがプログラミングしたということになる。……それはそれで問題だが。
『話を聞いている方の中には、この話をどこかの企業のパフォーマンスと思う人間もいるかもしれないだろう。まあ、当然の話だ。しかしながら、我々は本気だ。それを見せつけてやろう。まずは我々の「力」を見せつけてから話をしようではないか』
力を見せつける?
いったいどうやってそれをしよう、というのだろうか。
皆目見当がつかないが、どうするつもりなのだろうか――そんなことを考えていたら、
ぼん、と何かが弾けるような音がした。
「ひ、ひいいいい! なんで、急に、スマートフォンが……爆発した……?」
音のしたほうを向くと、先程の金髪の男が右手を抑えながらぽつりぽつりと呟いていた。右手は血がぽたぽたと滴り落ちている。
今、スマートフォンが爆発した――そう言ったか?
そんなことが現実的に可能なのか。昔、スマートフォンの爆発が大きな話題に上がった時、その原因はバッテリーの二つの端子が接触した事によるものだと聞いたが、今回は外的要因。ただ、アンドロイドが『力を見せつける』と言ったことで、爆発しただけ。
そんなことが現実的に有り得るのか?
『恐らく、我々の「力」を目の当たりにしたことでしょう。まあ、運悪く見ることが出来なかった人も居るかもしれませんが……。でも、それはいずれ大きな流れとなります。我々はそれを期待している。今回は小さな力ですが、いずれ大きな力を見せつけましょう。そう、それは……』
画面が切り替わり、ある場所が映し出される。
それは、東京にほど近い場所にある原子力発電所だった。今も首都圏に電力を供給している源となっている。海に近い場所に設置しなければならないことと、土地の問題があって、確か首都圏から百キロメートル離れていたと思う。
しかし、なぜその場所が?
『ここは島国の首都圏に近いある原子力発電所だ。そこだけではない。世界には至る所に原子力発電所が存在している。その数は百を超えると言われている。その百を超える原子力発電所を……三日後、順次爆破していく。爆破といってもメルトダウンと言えばいいか。その場合、世界に駆け回る放射能は……いったいどれ程のものとなるだろうか。想像もつかない』
おぞましい計画だった。
もしそれが実際に行われてしまえば――人類のほとんどが放射能に汚染されてしまう。いや、それだけではない。水に野菜、牛や豚なども汚染してしまい、仮に人間が汚染されなかったとしても汚染された食べ物を摂取せざるを得ない状況になってしまう。
『そんなことが出来るわけがない、とは思わないはずだ。なぜならあなたたちは我々の力を、決意を目の当たりにしたはずだ。それで決意は理解してほしい。趣旨は理解してほしい。そして、受け入れろ。その運命を。何千万年とこの星を掌握し続けた人類は、ここで滅びる。人類が作り出した、初めての人類以外の知能を持った存在によって』
そして、映像は終了した。
その後はいつも通りのスマートフォンのトップ画面が表示されるだけだった。

◇◇◇

それから、世界は大パニックに陥った。どうやら世界各所でスマートフォンがほぼ同時刻に爆発したらしい。外的要因でスマートフォンが爆発したなど考えられず、誰もがスマートフォンを開発した会社や携帯電話会社を疑ったが、彼らは関与していないの一点張りだった。
そして僕に何らかの封筒がやってきたのは、アンドロイドが世界に対して『犯罪予告』をした次の日のことだった。
「修一、封筒が来ているわよ」
「封筒? いったい誰から?」
母親の言葉を聞いて、僕は封筒を受け取る。
母親の返答を待つことなく、封を切って中身を取り出した。
そこには明朝体でこう書かれていた。
「人類保管委員会……?」
そして封筒の中には一枚の便箋とカードが入っていた。
内容を要約すると、アンドロイドの犯罪予告を止める術が無いこと、安全策を考えて人類の種を残すために人間を冷凍保存(コールドスリープ)する必要があること、しかし生産量が追いついていないため、世界で三百人しか確保出来ないとのこと――そういった内容が難しい単語を織り交ぜながら記載されていた。
「このカードを持って行って、指定された場所へ向かえ……か」
カードは手のひら大の大きさで、番号が記載されているだけだった。ロゴか何か入っているものかと思ったがそれもみられない。非常にシンプルなレイアウトだった。
「修一……。何が書かれていたんだい?」
僕の表情を読み取ったのか、母親が不安そうな表情で質問してきた。
僕は正直に母親に言った。これは冷凍保存が実施出来る招待状であるということ、そしてそれは自分一人分しか無いということ、それが出来ない人たちは放射能に汚染されてしまうということ――。できる限り自分の言葉で話したけれど、知識が足りない部分があるから、なかなか難しい。母親に言葉を理解してもらえたかどうか怪しいが、二十分ほどかけてなんとか説明することが出来た。
「……なるほどね」
母親は、僕の話を聞いてたった一言だけそう言った。
「あなたがどう思うか分からないけれど……、私は前に進むといいわ」
「え……?」
母親は優しく笑みを浮かべて、話を続けた。
「あなたはきっとそれを見て、どうしようかと思っているのかもしれないけれど、私たちのことを気にする必要は無いわ。さあ、行きなさい」
「でも、準備が……」
「男なら、どんと胸を張りなさい!」
お腹を叩かれ、思わず咳き込む。
「……とにかく、あなたは向かわないといけないの。私たちのことは考えなくていいから! ……と言いたいところだけれど、そうもいかないわよね。あなたは優しい子だから」
そう言って、母親は俺の頭を優しく撫でた。
「とにかく、あなたが気にすることでは無いわ。あなたはあなたの人生を歩みなさい。今は、それでいいのだから」

◇◇◇

母親の言葉を聞いて、僕は直ぐに準備をした。未だ時間はあったそうだけれど、それでも母親は急がないとチャンスを逃すかもしれないと言って、急いで準備をしてくれた。災害用のリュックに、非常用の食品と毛布、それに寝袋まで入っている。あとは必要なものといえば嗜好品くらいだろうか。
嗜好品。そう面倒くさく言ってはみたものの、簡単に言えば娯楽品だ。ゲームに、本に、ミュージックプレイヤー。冷凍保存している状況でそのような娯楽が役立つとは思わないが、持って行けるだけ持って行ったほうがいいだろうと僕は考えていた。
しかしながら、母親に説得されて、最終的に僕が持ち込むことが出来たのは三冊の書籍とゲームソフト、それに携帯型ゲーム機とその充電器だけだった。それでも災害用リュックに無理矢理詰め込んだのでかなりパンパンな様子ではあるけれど。いつ弾けてもおかしくはない。
「行ってきなさい。あなたが後悔しない道に進むことを祈っているわ」
母親は十字架のペンダントを手に抱いて、そう言った。
そして僕は母親にありがとう、とだけ言ってそのまま歩き出した。
目的地は都心にある六百三十四メートルの電波塔、ブルーツリー。
ブルーツリーまでの道のりは、シャトルに乗って三十分だ。シャトルは一人乗りのゴンドラで、それが至る所を走っている。道路の上にシャトルの線路が張り巡らされている空は、地上から眺めると世界を覆う網戸のような感じだ。
シャトルの線路は主に元々張り巡らされていた鉄道の線路をリプレイスしている形になっている。線路といっても一センチメートル径の硬化ケーブルを用いているため、どちらかというとケーブルカーに近いかもしれない。とはいえ、そのケーブルカーもつい十年前に乗客数の減少によってすべて廃線となってしまったけれど。
「とにかく、ブルーツリーに向かわないと……」
独りごちり、やってきたシャトルへ乗り込む。
扉が閉まり、あとはシャトルの動くルートに従うだけだ。
シャトルには乗客を飽きさせないためか、テレビとタブレットが設置されている。とはいえテレビはコマーシャルと大して面白くない自社制作番組を延々と流しているだけ。タブレットに至っては降りる駅を指定する機能(それを応用すればシャトルの運用マップを見ることが出来るが、まあ、ほぼ使わない)しか無い。だったらバスのようにボタン一つ設置すれば済む話のように見えるけれど、何十年か前から政府の施策として続いているIoTの絡みがあるのだろう。そのようなことを、学校で学んだような記憶がある。
IoT、インターネット・オブ・シングス。インターネットに様々なものを繋ぐことで、情報交換をして、インターネットとものを相互に制御する仕組み――だったと思う。
しかしながら具体的な対策が挙げられることも無く、よく分からないことばかりがIoTに対応していった。だから、最初は国も躍起になって掲げていたけれど、それが二〇三〇年代後半に入ると徐々に下火になっていった。
確かトイレをIoT対応にしたら批判が出たって話を授業で聞いたな……。あれは結局、社会の反応もいまいちだったからか、モデルケースのみの運用でそのまま世間に広まることは無かったらしいけれど。