第二十四話(12)

そしてストライガーは左手の人差し指を立てると、何かを僕のほうに向けて飛ばしてきた。その何かは見えなかったから、そこで言及することは出来なかったけれど。
そして僕の前に何かが到着する。それはよく見ると小さなルービックキューブのようなものだった。それが僕の前にふわふわと浮いていた。
「これは……?」
「まあ、見ているといい」
ストライガーはそれだけしか言わなかった。
仕方なくルービックキューブを眺めていると、それは急速なスピードで展開し始める。
そしてみるみるうちに、その空間は何倍にも拡張された。
空間には、巨大な(とは言っても元々の空間が両手の手のひら大ほどのサイズなので、そのスケールに対して、ではあるが)施設があった。
「これは」
「核分裂のエネルギーを利用した発電技術を開発した。あなたもそれについては知っているでしょうから省略するけれど、人類はそれを使おうとした。確かに僅かな核分裂で莫大なエネルギーを生み出す原子力発電は旨味が多い。だからそれを使うことは当然のことだったのかもしれないけれど」
「でも、問題があった」
ここまで話を聞いていれば、ある程度ピンと来る。
ストライガーは頷いて、
「ええ、ええ、そうなのですよ。核分裂は、莫大なエネルギーを生み出す。しかし、それ以上に人体に有害な物質――放射性物質が拡散される危険性がある。だから、それが起きないためにも、適切な隔壁を設けるなど様々な対策が必要でした」
「まさか……」
「その対策が失敗した。そういうことですよ。西暦二〇四七年、この土地にあった原子力発電施設が爆発した。それによって大気汚染、土壌汚染が進みました。……まあ、それもまた人類の操作によるものでしたが」
「どういうことだ? まさか、増えすぎた人類を減らすためとか、そんな思考じゃ……」
「まさか、一発であなたがその思考に辿り着くとは思いもしませんでしたよ」
ストライガーは目を丸くしつつ、そう言った。
「そうです。あなたの言うとおり、これは増えすぎた人類をいかに減らすか……そう考えた人類が決めた、最低で最悪なアイディアでした。世界の崩壊を生み出し、次に自分たちが住める世界が誕生するとも分からない。にも関わらず、彼らはそれを実行した。なぜか分かりますか?」
「……世界が復活するという確信があったから?」
「その通り。世界が復活するという確信的な『預言』。それが彼らを導いた」
「まさか、それもオール・アイが……?」
ストライガーは無言で頷いた後、ゆっくりと立ち上がり、こちらを見つめた。
「そう。オール・アイはそのとき既にアメリカと呼ばれる国に居た。それほどの預言を出す力があれば独自の宗教を作れば安泰だったかもしれない。けれど、オール・アイは違った。まるで自らが世界を操作出来ると思ったのでしょう。アメリカという国で、預言を材料に首領の信頼を勝ち取った。それによってアメリカは再び世界の警察と名乗るに等しい国家となった」
「アメリカがそんなことを……?」
「あなたはきっと、そんなことをしないと思うかもしれませんね。けれど、けれども、私たちは実際に歴史を見てきた。……おっと、正確には私を除いた使徒が、ということになりますか。私は新入りなので、この世界が出来てからの歴史しか知らないのですよ」
どうやら同じ『使徒』でも年功序列があるらしい。
正確に言えば、それは年の差と言った感じか。確かに、欠番という存在はほかに比べて地位が高いように見える。
「それはそれとして。オール・アイはいったい何を考えたと思いますか。その世界を、いかに掌握しようとしたか」
「いかに掌握しようとしたか?」
僕は質問を振られたので、その言葉を思わず反芻した。
そしてゆっくりと――その答えについて考え始める。
「簡単ですよ。人の数を減らしてから、洗脳してしまえばいい。正確に言えば、洗脳出来るようにコントロールする、といった感じでしょうか」
「人の数を減らす――まさか、」
僕は今、風間修一の身体で生きている。
そしてそれは、記憶も残っている形で、意識だけ僕の意識が残っている形だ。
とどのつまり、風間修一が経験していることも――あたかも僕が経験したような感じで記憶が残っている、ということになる。
そして、僕が何かを察したことは――ストライガーも気付いたようだった。
「気付いたようですね。そうです、あなたは一万人の人間とともに冷凍保存されてこの世界にやってきた。その理由は? その原因は? あなたの中に残っている、その記憶……辛い記憶かもしれませんが、思い出してみてください」
僕は――そう言われて、その通りに記憶を思い返してみる。
僕が、正確に言えば、風間修一が経験した記憶。
それは『西暦二〇四七年』の記憶――。

◇◇◇

西暦二〇四七年。
『生活補助型アンドロイド』の商用化が始まったことにより、人々の生活にアンドロイドが追加されていくようになった。
とはいえ、アンドロイドもロボットだ。必ずつきまとうのは、人間しか持ち得ていない『感情』や『愛情』などをどう賄うか――であった。アンドロイドは平坦な言い方をしてしまえばただの機械である。とどのつまり、ロボットに優しさは存在しない。仮に存在してもそれはプログラミングされた感情であり、アンドロイドには自我は存在しない、ということだ。
では、西暦二〇四七年は飛躍的に科学技術が発展しているのか?
否、断じて否。
科学の進歩は西暦二〇一七年に一度停止した。理由は色々と挙げられるが、一つの大きな理由は世界の警察とかつて謳われた国家の大統領が交代したことだ。
大統領――とどのつまり国のトップが変わると方針も大きく変更されることになる。
かくして、世界のためにということを念頭に置いていた方針はすべて転換されることになり、自国のことにすべてを置くこととなった。
当然と言えば当然かもしれないが、その国を信用しきっていた様々な国は大きく自国の地位が揺るがされる。
それは東洋の島国とて例外では無かった。その島国は経済の安定を考え、自国が得意とする科学技術をネタにその国家の従属と成り下がった。従属、というよりも植民地に近い扱いを望み、結果としてそれが認められた。
それにより、安定した科学技術の開発が出来るようになったが、その科学技術の供給先はほかならない『本国』だった。正確に言えば、新製品のデモンストレーションを島国で実施して、安定した運用が確認されれば本国へ展開される。その技術は決して強固な同盟関係を築く二国の外には出て行かない。それは二国の共同宣言からなる『約束事』だった。
西暦二〇二二年、東洋の島国と本国は『科学同盟国家』へ統合する。最終的に西暦二〇三七年までの僅か十五年で世界の七割ほどが一つの国家として統合されることとなり、本国の大統領がそのまま世界のトップを務めることとなる。
そしてそれから十年後。
アンドロイドが社会に浸透し始めたというタイミングで、風間修一の家にもアンドロイドが来ることになった。
Good HOuse-keeper aSissT――通称GHOST型アンドロイドは家事に特化したアンドロイドである。値段も数万円と安価なことから、一般家庭にも導入しやすくなっている――というのが販売会社の話だ。
GHOST型アンドロイドは基本女性型で製作されている。理由は家事をするのは女性が多いという固定観念と、母性を感じ取りやすいという理由からだ。
しかしながら――やはりアンドロイドはロボットだ。
となるとアンドロイドには『愛』が宿らないと考える層も少なからず居る、ということになる。
風間修一もその一人だった。
風間修一はアンドロイドが家に配備されることについて、非常に忌み嫌っていた。
別に彼だけの話ではない。世界情勢を鑑みると、実に十五パーセントの人間がアンドロイド配備に反対している意見だってデータとして残っている。
しかしながら、この世界は常に多数決の原理で成り立っていることを忘れてはならない。
結果的にいくら声を大にしたところで、多数決の原理で少数派と認められてしまっては通るものも通らない。それは自然の摂理であり、この世界の原理でもあった。
アンドロイドの配備に反対した彼は、それを行動で示した。彼は家を飛び出した。要するに家出だ。
しかしながら大学生の家出は、結局のところ経済力が無い時点で意味が無い。結果として半日ほどで戻らざるを得なくなった。そして、その家出がもたらした影響力も皆無だった。
アンドロイドが彼の家にやってきたのはそれから三日後のことだった。初期ロットの配備テストに当たったこともあり、その日はテレビの取材が入った。彼は大学に行っていたため、直接取材を受けたわけでは無いが、彼は強制的に話題の中心に引きずり出されることとなった。
帰宅すると、彼の想像通りアンドロイドが待ち構えていた。待ち構えていた、というよりも出迎えてくれた、という表現のほうが正しいのかもしれない。いずれにせよ、彼のヘイトは徐々に溜まっていった。
アンドロイドがやってきて一週間。インターネットのニュースにこんな見出しの記事が掲載された。
それは『GHOST型アンドロイドが家出』といった見出しのもので、内容を見ると文字通り家事をしていたGHOST型アンドロイドが急に家出してしまった、といった記事だった。
それを聞いて彼は不安に陥った。自分の家に居るアンドロイドも家出してしまう――身も蓋もない言い方をしてしまえば『暴走』してしまうのではないか、そう考えたのだ。
それをネタにして再度家族に抗議したが、それでも家族はアンドロイドを手放そうとはしなかった。それどころかアンドロイドを受け入れなかった修一を拒絶し始めたのだ。
そして家族の中から居場所を失った彼は――やがてアンドロイドそのものを恨むようになる。
そして――西暦二〇四七年十二月、事件が起きる。