第二十四話(11)

大きな戦争。
それはきっと僕が知っていることで言えば――『偉大なる戦い』だろう。
偉大なる戦いをこれから追体験するということ。それがガラムドが僕に課した『試練』であるとするならば、きっとこの試練のクリア条件は『偉大なる戦いを勝利すること』。おそらく、シルフェの剣に関する重要なことがこの偉大なる戦いにちりばめられている――僕はそう思っていた。
キガクレノミコトはゆっくりと立ち上がり、僕のほうへと歩き始める。
「簡単な謎だった。人間は神の作り出した次元の壁を破壊できない。しかし、我々ならばそれを破壊できる。……ならば、どうすればよいか? この戦いを起こさないためにも、あるいは終結させるためにも、次元の壁を破壊しておかねばならない。この世界は、どうあるべきか。いや、管理している世界を、どうしていかねばならないのか」
「……話が見えてこないのですけれど」
それはずっと僕が考えていたことだった。キガクレノミコトが言っていることはずっと主観的考えであり、他人に伝えるために噛み砕いて話をしているものではない。なので当然思考はぐちゃぐちゃになってしまう。それこそ、プリンをスプーンでカラメルソースとプディングの層を混ぜたかのような感じだ。
有益な情報と無益な情報が判別することが出来ない。それは僕が知識を仕入れていないだけ。そう言われてしまえばもう何も言い返すことは出来ないのだけれど、それでも、知識を仕入れる暇も無かった今の状態を鑑みれば、多少は発言を噛み砕いてもらっても問題は無いはずだ。
けれど、きっとそれは受け入れてくれるようには思えない。
それはキガクレノミコトが自分と違う存在だから? 人間じゃ無いから?
それも確かにあるけれど、それ以上に彼女の存在が未だにミステリアスであるということ、そして、僕が未だにキガクレノミコトを信用していないこと――この二点を挙げることが出来る。
キガクレノミコトは優しい人――この場合は神とでも言えばいいだろうか――だ。だから彼女の発言をそのまま鵜呑みにしてもいいように思えるかもしれない。だが、それでもやはり彼女と出会った期間がそれほど長くないということ、あとはあまり接点が無いのに急に呼び出されたということ――それを考えると、不安が生まれても何ら不思議では無い。
「不安なのは、分かる。だが、少しは我々の気持ちも汲んではくれないだろうか」
言ったのは、キガクレノミコトでも欠番でも無かった。
口のあたりをスカーフで覆った少女だった。黒い髪は頭の後ろあたりで束ねており、ポニーテールのようにしている。この場所に居るのが異質なように見えるけれど、彼女はその場に馴染んでいた。
そうして僕が反応に困っていると、少女もそれを察したのかスカーフを外して僕のほうを見た。
「ごめんね。別に私たちも、あなたに気苦労を押しつけたくてそんなことを言っているわけじゃないんだ。だけれど、こうするしか無いってことはみんな気づいている。そして、きっとこの世界の人たちもそう気づかざるを得なくなる。それまでにリーダーを決めておかないといけない。それが私たちの役目」
「リーダー……?」
「そう。戦争の話はさっきキガクレノミコトがしたから置いといて……、簡単に言ってしまえば、戦争の代表者が必要なの。それは分かるでしょう? だって、戦争だって元を正せばグループワークみたいなものだからね。リーダーが居ないと何も始まらない。そのためにもリーダーを決めておかないといけない」
「つまり……、戦争を始めるに当たってこの国の代表者になれ、と……?」
「別に国単位の代表まで務めなくていいよ。……まあ、でも、この国は数年前に実権を失ったから、確かにそうなってしまうのかもしれないけれど」
「実権を失った?」
僕の問いに首をかしげる少女。
「あれ? 知っていると思ったけれど、あまり一般人には公表されていない事実だったのかな。だったら、教えてあげましょうか。それでも、時間に限りがあるから簡単に。この世界はもう少ししたら、戦争が起こります。それはあなたも知っていることでしょう。ですが、これからが本題。この世界にはもともとある宗教が流布されていました。その名前は『神殿協会』。創造神は一柱しか居ないのに、彼らも創造神を立てていて、それを信奉している。何というか、罰当たりな連中ですよ。まあ、彼らにも彼らなりの考えがあるのでしょうけれど、そんなことは関係ありません。我々の考えが正しく、彼らの考えが間違っている。それは、この世界の仕組みをよりよく知っているのが私たちだからです」
「ストライガー、話がズレているぞ」
「ああ、そうでした。ごめんなさいね、風間修一さん。どうも、話をしているとこんな風に脇道にそれてしまうのですよ。ああ、私の悪い癖ですね。直したいけど、なかなか直せない。……ええと、何の話でしたっけ?」
「戦争の話だったかと、思いますけれど。あと、神殿協会? という人たちの話だったかと」
「ああ!」
ストライガーは僕の話を聞いて、ぽんと手を叩いた。
「そうです。そうでした。……ええと、神殿協会はある計画を立てています。それは言ったかもしれませんが、世界をリセットする行為と同じです。そこはなぜか私たちが言っていたことと同じことになるのですよね。そこはどうしてそうなってしまうのか、まだ分からないのですけれど。そこはいつかはっきりさせないといけませんね。もしかしたら、彼らも名前は違うだけで、ほんとうに創造神(ムーンリツト)を信仰しているのかも?」
創造神。
簡単に言っているが、僕はその存在を今日の今日まで知らなかった。もしかして、元々居た世界でも創造神は居たのだろうか。だとすれば、あまりにも人間の間に浸透していないことだと思う。まあ、キガクレノミコトの言っていた言葉が真実だとするならば、人間がそれを知らないことは当然だ――そう言っていたけれど。
「創造神についての話は、今はすることではありませんね。取捨選択が大事ですから、簡単にしておかないといけません。そうでないとあなたが話を理解していただくことが出来ませんから」
「ほんとうにそう思っているのか、ストライガー?」
キガクレノミコトが笑いながら、茶々を入れた。
正直な話、僕もそう思っていた。ストライガーと呼ばれている女性は、ほんとうに僕へ話を理解させるために話をしているのだろうか? 正直疑問しか浮かんでこない。では何が分からない? と言われてしまうと言葉に詰まる。分からないことが多すぎて、何をどう質問すればいいのか分からない状態――ある種最悪の状態なのだから。
「それは申し訳ないことをしましたね。……我々はあまり人間と話す機会がないものですから、どうしても言葉が難解になりがちなのですよ。まあ、私も人間ではありますけれど」
「え?」
人間なのに、使徒になっているのか?
「そう思われても仕方ないですね。……なぜ、人間なのに神と同じ立ち位置に立っているのか。まあ、色々とあったのですよ。それについては機会があれば、いずれ」
「……そろそろ本題をしないと、不味いのでは無いかね」
「大丈夫ですよ、欠番。まあ、あなたが心配するのも無理はありませんね。……さて、神殿協会は世界をリセットする計画を立てています。正確に言えば、ある預言者がそう発言をしているだけに過ぎませんが。あなたは預言というものを信じていますか?」
「預言……ですか? ううん、まあ、信じてはいないですね。僕のいた世界が科学信仰だったからかもしれないですけれど」
「まあ、確かにそれはありますよね。でも、実際のところ難しいのですよ。ほんとうに、気紛れな神が言ったこともありますから。ただし大半の預言は偽物でした。……本物の預言しか発言しない、あの預言者が現れてから」
「その預言者の名前は……?」
「すべてを見通す目(オール・アイ)――そう呼ばれています」
オール・アイ。
名前を聞いただけでは男性か女性かははっきりとしてこないが、おそらくそれすらも超越しているのかもしれない。案外、そういった情報はあまり出さないほうがいいのかもしれないし。
ストライガーの話は続く。
「……オール・アイは神では無いか、そう考えられます。人間では無い。もっといえば、人間ではそのような百発百中の預言などすることが出来ない。神が超能力を与えたとしても、そこまで精度の高い預言など出来るはずが無いでしょう」
「神、だとすれば」
「はい?」
「どうしてオール・アイはそんなことをしているのでしょうか? 自らの力を誇示するためですか? 自らの力で、世界をねじ伏せたいから?」
「どうでしょうね」
僕の質問は、ストライガーにあっさりと流される。
ストライガーとしても気にはなっていたことだろうけれど、まだ自分の中ではっきりしていないから流された――そんな感じだろうか。
「いずれにせよ、この世界にとって良くない存在であることは確かです。そして、ある生物を使って世界をリセットしようとしていることも」
「ある生物?」
「神殿協会では、天より落ちてきた巨人の名前からネフィリムと呼ばれていますがね。我々は強大な力を持つ生き物として、そして、この世界の人類が元々呼んでいた名前からこう呼んでいます」
ストライガーは一旦呼吸を置いた。
「強大なる原生の力(オリジナルフォーズ)、と」
オリジナルフォーズ。
まさかここでそんな名前が出てくるとは思いもしなかった。
「オリジナルフォーズ……」
「オリジナルフォーズは、世界を破壊するために生まれたといっても過言では無いくらい、強い生き物です。破壊の権化、と言ってもいいでしょう。……まあ、元々前の世代の人類が暴走したツケから生まれたものですから、それが生み出したものに淘汰されるのは運命なのかもしれませんが」
「教えてください。オリジナルフォーズとは……いったい何者なのですか? あなたたちなら、人間が知らない情報を知っているのでは」
「知っていますよ」
案外あっさりとストライガーは答えた。
正直はぐらかされると思ったから、そこは少し驚きだ。
ストライガーはその言葉を放ってから、俯くと少し目を瞑った。
「しかし、難しいですね……。確かに、私たちのような存在しか知らないことはあります。けれど、どこまで話して良いものか……」
「別にいいのではないですか」
言ったのはまたもキガクレノミコトだった。キガクレノミコトは大きく伸びをして、ゆっくりとこちらを見つめた。
――まさかこちらの思惑に気付かれた?
そんなことを考えたが、キガクレノミコトは僕から視線を外して、ストライガーへと移した。
「別に話をしても減るものでは無いですし。教えてしまっても構わないのでは? それに、彼は旧世代の人間ですから、知らないといけないこともあるでしょうし」
キガクレノミコトが言うなら、と言ってストライガーは椅子に座り直した。
「……オリジナルフォーズは、元々この世界には存在してはならなかった。いや、正確に言えば誕生するはずが無かったものです」
「誕生するはずが……無かった?」
「核分裂、という言葉をご存知でしょうか」
核分裂。
確か、不安定な状態にある核がより軽い原子へと分裂する現象のことだった――と思う。
確か原子力発電って、それを使っているんだったか。
でも、それがいったいどうかしたのだろうか?
「核分裂のエネルギーは甚大なものです。私たちも、まさかあのようなものを人類が生み出すとは思いもしませんでした。あれはほんとうに偶然であって、そして、人間の叡智の結晶ともいえるかもしれませんね。……まあ、あれもまた神が与えた偶然に過ぎませんが」
ストライガーは両手を広げる。
「確か、それについてある人間がこんなことを言っていましたね。『この世界の事象はすべて神が与えた試練であり、それを乗り越えることで神に選ばれる』と。まあ、この説には色々とあって、元々神は救うべき人類を選んでいるとか、そんなことも言っていましたか。それについて聞いたことは?」
それを聞いて俺は首を横に振る。
ストライガーは当然だといった様子で小さく溜息を吐くと、
「まあ、そうでしょうね。でもこの説が広まったことで、結果的に人々の間に『資本主義』が広まることになりました。これも、神が考えたシナリオ通りだ……なんてことを言っていましたか。まあ、それは置いておきましょうか。ともかく、核分裂のエネルギーは甚大であり、それによって人類は様々なメリットを得ることが出来ました。もちろん、デメリットもありますよ? 核分裂のエネルギーは人類が簡単に操作することなんて出来ない……そんな大きなデメリットが」