第二十四話(8)

「そんなことは……ないっす。私はずっと、レイシャリオ様に救われた恩を返そうと……」

「それは、解っています」

レイシャリオはティリアに一歩近づくと、そのまま彼女の頭を優しく撫でた。

一瞬ティリアはレイシャリオに何をされたのか解らなかったが、その行為自体に気付くと、ただ何も言わずに目を瞑った。

「あなたはずっと、私のために頑張ってくれました。それを辞めろとは咎めません。ですが、あなたは頑張り過ぎていて……いつかあなた自身危険な目に合わないか不安で仕方が無いのですよ」

「それは、大丈夫です。なぜなら私は――」

「レイシャリオ様のためなら命をなげうつこともできる――ですか?」

「――!」

結果的に言葉を先に言われてしまった形になって、ティリアは目を丸くする。

レイシャリオは深い溜息を吐き、話を続ける。

「いったい、どれくらいあなたと共にいると思っているのですか。それくらい、解り切っていた話ですよ」

「じゃあ……」

「でも、あなたのプライドがどうであろうと、私はそれを許しません。いえ、許したくありません」

レイシャリオは強くティリアを抱き締める。

それを、レイシャリオの温かみを感じながら、ティリアは顔を上げる。

レイシャリオは目を細め、彼女もまたティリアの顔を見つめていた。

「私は、あなたに死んでほしくは有りません。いえ、あなただけではない。私のことを思うことはほんとうに有難いと思っています。ですが、しかしながら、そんなことを思っているならばなおさら、私のために死ぬなんてことは言ってほしくないのです。……解っていただけますか?」

レイシャリオは博愛精神を持っていることで知られている。それは神殿協会の人間ならば周知の事実だった。

そしてその事実はただの噂などではなく――そのままの意味だった。彼女は、博愛精神に満ち溢れており、たとえそれが神殿協会の教えに反してしまうことであろうとしても、人を殺めることは間違っていると発言するような女性だった。

そして彼女の考えを信じる、或いは賛同する人間は少なくない。枢機卿は皆その賛同者として勢力を保持しているが、レイシャリオの勢力はその勢力の中でも一番で、そのままであれば神殿協会で一番力を持っている勢力とも言われていた。

しかし、そこでオール・アイが突然姿を現した。

オール・アイはレイシャリオの敵対するミティカ枢機卿の勢力に入っていた。正確に言えば、ミティカがバックアップをしており、枢機卿の勢力はさらにそのミティカのバックアップをしている状況だった。

とどのつまり、ミティカ枢機卿の勢力は今オール・アイの勢力そのものと化していた。

そして、オール・アイの力を知った他枢機卿の勢力も、オール・アイの勢力に合流し――今やオール・アイの勢力が神殿協会で一番の勢力となっている、ということだった。

「勢力争いでたくさんの人間が争い、そして死んでいきました。その戦争は、私と別の枢機卿、或いはオール・アイとの代理戦争となっていました。それは即ち、私が彼らに戦争を仕向けたのと同じこと。私はその亡くなっていった人間を弔いながらも……この争いが無くなってほしい。もうこの争いで死人は出したくない、そう思っています。それはあなたも知っていることでしたね?」

「え、ええ……。レイシャリオ様が定期的に私たちに話すことじゃないっすか。でも、それが?」

「それが、あなたたち……つまり、私を信じて今までついてきた人たちにも適用している、ということです。つまり、もう私のために死んでほしくない。それがたとえ、あなたたちの信念のために死ぬことであったとしても……」

レイシャリオはそこまで言ってようやくティリアから身体を離した。

レイシャリオは今にも泣きだしそうだったが、そこは枢機卿だ。このような表舞台では必ず弱みを見せることは無い。それは意識してなのか、無意識なのかは別として。

ティリアはレイシャリオを見つめて、一瞬だけ視線を離して、少しだけ考え事をして、そしてもう一度彼女と向き合うために視線を元に戻した。

「ティリア……。あなたも、私のために死ぬと言ってしまうの? もう、私のために死んでいく人は見ていたくない。それはもう、あなただって十分に理解していることでしょう……」

「それは……理解しているっす。理解しているからこそ、私は」

「レイシャリオ殿、今よろしいかな?」

レイシャリオの背後に、気が付けば一人の男性が立っていた。

フェリックス・アウラジオ枢機卿。

レイシャリオと同じく枢機卿の地位に立ち、そして、建前上はオール・アイの派閥に属しているが、彼自身の立ち位置としてはオール・アイの考えも見極めたうえでついていくか決定したいと言っている――いわゆる中立派だった。

それと同時に神殿協会の枢機卿では一番古くからその地位に立っている存在であり、実に三十年以上枢機卿の地位に立っている。齢にして七十を超えているはずだったが、その影響力は未だ強い。

「……どうなさいましたか、フェリックス枢機卿。あなたほどの存在がどうして私に?」

「自らを謙遜するものではないぞ、私と君は同じ枢機卿の地位。いわば対等の地位と呼べるのだからな」

「それは確かにそうですが……。しかしながら、あなたと私とではキャリアの差が違います。ですから、そこはやはり年功序列といった態度で……」

「ほっほ。相変わらず、頭が堅い考えを持っているようだ。レイシャリオ殿」

フェリックスは話を続ける。

「そもそも、レイシャリオ殿は考えたことが無いのかね? あのオリジナルフォーズについて」

「オリジナルフォーズについて……?」

フェリックスはレイシャリオに、彼女が考えていたことより想定外のことを話したため、首を傾げた。

そしてそれはフェリックスもそういう反応をすると想像していたのか、ゆっくりと頷いた。

「……何、知らないことも無理はあるまい。あのオリジナルフォーズは、星の力を蓄えている存在なのだから」

「星の力?」

その発言はレイシャリオにとって初耳だった。

いや、それだけではない。なぜフェリックスがそのことを知っているのか、ということについてとても気になっていた。

それがたとえ嘘かほんとうかを見極められなかったとしても。

「……この星が得た知識、それを蓄えたものはやがてエネルギーへと姿を変えた。それはレイシャリオ殿もご存知でしょう」

「ええ。確か、その名前は、かつてこの世界に人が生まれた際に『楽園』なる場所に生っていたものから、その名が取られた……と」

「そう。知恵の木の実、あれが生まれたことで、我々の罪は始まった。あの木の実を食べてしまったことにより、人は知恵をつけ、そして楽園から追放された――」

「それがいったい何だというのですか……。フェリックス枢機卿。あなたは、いったい何をお考えに……」

「ただの老人の戯言、そう思ってもらっても構わない。しかし、これは必ず起きることだ」

そう前置きして、フェリックスは話を続ける。

フェリックスは目を細めて、やがてゆっくりと話を始めた。

「……この世界は何度目かの滅亡を迎えた。しかしながら、それでも人間は生き延びた。それは我々のような存在が、旧時代の人類が帰ってくるまでの間、この星を管理する必要があると言われていた。それはあくまでも通説、あるいはドグ様の御言葉に過ぎないが……、その御言葉によれば我々はあくまでもその間の存在と言われているだけに過ぎない。いつか種は滅ばなければならないが、それは誰に滅ぼされるものでもなく、自らの傲りや環境の変化により自然的に滅んでいったものが殆どだ。しかしながら、人類は何度も滅ぼされつつ、我々のような存在を残してきた。……この言葉の意味が解るかね?」

「まったく……まったくもって意味が解りませんよ、フェリックス枢機卿。あなたはいったい何を……」

深い溜息を吐き、フェリックスは目を瞑る。

どうやらそれに関しては、レイシャリオに対して一家言おいていたようだった。

「……やれやれ。君なら解ると思っていたが、私の目ももうだいぶ耄碌してしまったようだな。まあ、それはそれでいい。いずれ君にも解るはずだ。オリジナルフォーズは何のために作られて、何のために働いていくのかということを」

そうして、フェリックスは立ち去っていく。

ゆっくりと、ゆっくりと、その姿をレイシャリオに焼き付けるようにも見えた。

フェリックスが廊下の角を曲がって見えなくなったのを見計らって、ティリアが声をかける。彼女はずっと会話には参加しなかったが、レイシャリオの隣で彼女たちの会話を聞いていたのだ。

「……レイシャリオ様、あの発言ですが、どうお思いっすか?」

「どう、とは?」

「あの発言、かなり含みを持たせた発言ばっかりっすけど……。気になるっちゃ気になるっすよね……」

それを聞いたレイシャリオはティリアのほうを向いて、首を傾げる。

「やっぱり、あなたも気になった?」

「ええ。あれを聞いて、気にならないほうがおかしいっすよ。だって、あの発言を聞いた限りだとまるでオリジナルフォーズが世界を滅ぼすというよりも人類そのものを滅ぼすかのような……。まあ、それはオール・アイが言っていた預言とやらとイコールっすよね?」

「まあ、そうなるわね……」

そこについては、レイシャリオも同意見だった。

フェリックスの発言は、どうやら今から起きることを傍観するべきだという感じに伝わった。もしそのまま傍観すれば、オリジナルフォーズの威力が想像通りであれば、この世界の人類は大半が滅んでしまうだろう。それをただ、見守っていろ――フェリックスの言葉、その真意は解らないが、それは今の彼女には出来ないことだった。

「……オリジナルフォーズは浄化の光を放つ、と言われているわ」

唐突に。

レイシャリオは何かを思い出したかのように、ティリアに告げた。

その言葉の意味をいまいち理解できなかった彼女はレイシャリオに対して反芻する。

「浄化の光……っすか?」

浄化の光。

それはオール・アイが言っていたオリジナルフォーズの機能だった。

オリジナルフォーズが使うことの出来る一機能『浄化の光』は、それにより多数の人間を葬ることが出来る。オリジナルフォーズは高温の熱源を体内に保持しており、そこから生み出された熱エネルギーを光線として吐き出す。それが浄化の光だった。

「浄化の光を使われてしまえば、きっと多くの人間が死ぬことでしょう。しかしながら、それも神の意志だとするならば……、私はそれでも問題ないだろうと思っていました。なぜなら、審判の時がやってきたと認識出来るのでしょうから。多数の信者はそう思うことでしょう」

「審判の時……。でも、あれは教典に描かれている伝説上の出来事に過ぎないんじゃ……」

「でも、現実に審判の時は起きようとしている」

レイシャリオはティリアの言葉に上書きするように、少しだけ声を大きくして言った。

レイシャリオの表情は硬い。それほど、彼女にとって『浄化の光』を重要なものであると位置づけているのだろう。

浄化の光が発動することにより、人々の考えは真っ二つに割れることだろう。一つは浄化の光によって人々は天国へと導かれ幸福な道が切り開かれるであろう、そう発言する人もいるかもしれない。それは神殿協会の経典に書かれている内容だから、それを発言する人間は大衆の中の大半を占めることだろう。

しかしながら、浄化の光を理不尽と思う人間も少なくないだろう。それが信徒であろうがなかろうが、突然神からの裁きを受けて全員が全員それに従うほど隷従な存在でも無かった。

だから少なくとも何割かの人間は浄化の光に隷従することなく、反旗を翻すことだろう――それがレイシャリオの危惧していることだった。

「レイシャリオ様?」

「……うん? どうかしたかな、ティリア」

「いま、レイシャリオ様、とても恐ろしい顔をしていました。何か、とんでもないことを考えているのではないかと思いました……」

「そんなことはありませんよ」

レイシャリオは噓を吐いていた。

彼女の中にあった思い――それは到底ティリアにも話すことのできない内容だったことだろう。そしてそれは、誰にも話すことはしない。何かあったときは、彼女が墓場まで持ち込もうと考えていた。

なぜならば、その話をすればきっと誰もがその意見に反対するからだ――レイシャリオはそう考えていた。

「まあ、別に何でもない話ですよ。しいて言うならばこれからオール・アイの話をいかに丸め込んでいくか。はっきり言ってそこが重要な話となってきますからね。あなたにもバリバリ働いてもらわなければなりません。準備はできていますか?」

「はい! ティリア・ハートビート、この命をレイシャリオ様に助けていただいてから、この命をすべてレイシャリオ様のために使うのだと決めております!」

そうしてレイシャリオとティリアは廊下を歩き始める。

レイシャリオとフェリックス。お互いの思いを抱えながら、神殿協会は前へ進み続ける。

その先に何が見えているのか――それはお互いにしか解らない話だった。