「十五グラムの感情」試読版

 

 

メタモルフォーズ。

巨大な異形として知られていて、正確に言えばその名前が知れ渡るようになったのは津最近のこと。その大きさと姿ばかり先行して名前だけ知れ渡ることは無かった、ということだ。

メタモルフォーズが現れたことで、困ったことが生まれた。

メタモルフォーズは人間を襲うようになった。メタモルフォーズは人間を敵として認識しており、そうしてメタモルフォーズは――人間を食らう。

ならば、こちらだって対策を練らねばならない。

各国はメタモルフォーズに対する手段として、様々な対策を講じた。兵器を開発するとか、専用のチームを形成して駆除させるとか。

けれど、どれも失敗に終わった。

兵器を開発するほどの技術力も無ければ、結果として、もともとならず者ばかりだった『戦争屋』が国の下につくなんてことが考えられるはずがなかった。

そうして、ガラムド暦二〇二〇年。

国は直属の駆除チーム結成を諦め、メタモルフォーズ駆除条約を宣言。これはメタモルフォーズを倒し、その証拠を国に提出することで報奨金を認めるものだった。

そして、それから三年後――現在。

ここから物語は始まる。

 

 

 

港町バイタス。

ハイダルクの北部に位置するその港町にある小さなバーに、一人の少女が座っていた。

一丁のマシンガンを向かいの席に傾けている少女は、固いパンを頬張っていた。

「……嬢ちゃん、いつもここに来ているけれど、いったい何の仕事をしているんだい?」

少女の背後に、一人の男が立っていた。酒瓶を右手に持つ男は顔が紅潮しており、明らかに酔っているように見えた。

「……、」

しかし、少女は答えない。

痺れを切らした男は無理矢理に少女を振り返らせようと肩を掴もうとした。

その時だった。

少女はいつしか向かいの席に傾けていたマシンガンを男の顔に当てていた。

「……!」

男はマシンガンの銃口を見つめながら、何も言えなかった。

対して、少女は表情を変えることなく、呟く。

「何か言ったか?」

「……い、いや、何も言ってねえよ。悪かったな」

男はバツが悪そうな表情をして、そのまま酒場のどこかへと消えていった。

少女はそのまま固いパンを頬張っていたが、食べ終えると直ぐにぴったりのお金を置いて、そのまま姿を消した。

「おい、あのガキ。いったい何者だ?」

「何だ、知らないのか? あいつ、腕利きの戦争屋だぞ。……正確に言えば、あの銃を使ってメタモルフォーズにぶっ放すらしい。なんというか、ガキのくせにかなり精神がいかれちまっているんじゃないか、って話もあがっているくらいだ」

「……へえ、そいつは初めて知ったな」

男はカップに入った酒を一気飲みし、

「それにしても、あのガキから戦争屋やらないといけねえくらい、この世界は治安が悪くなっちまったってことかねえ?」

「……ま、それは俺たちのあずかり知らぬところ、ってわけだよ」

そうして、酒場の会話はそのまま終了した。

酒のつまみにならないと判断したら、すぐに別の話に入る。

それが、酒飲みの鉄則だ。

 

 

 

さて。

ここで話を再び少女に戻すことにしよう。少女は荒野の街を進んで、その街から離れようと出口へ向かっていた。出口といっても、小さい門だった。街自体が完全に柵で囲まれているわけではないから、容易に通り抜けることが出来るわけだが――。

「ねえ」

そこで、彼女は声をかけられた。

声質からして、少年の声だろうか。しかし彼女はそれについて確認することなく、立ち止まるだけに過ぎなかった。

「……どうしたのかしら。私に何か御用?」

「用が無かったら、話しかけたりなどしないよ」

少年は深い溜息を吐いて、話を続ける。

「君、戦争屋って聞いたけれど……ほんとう?」

「ええ。それがどうかしたかしら?」

「じゃあさ、ついていってもいいかな」

少年の提案は唐突なものだった。

そしてその提案にあっさり了承するほど、彼女も余裕が無いわけでは無かった。

あくまでも表情を変えることなく、冷静に――彼女は質問をする。

「……いったい、どういうこと? 仮に私があなたに同行を許可したところで、何のメリットがあるというの?」

「メタモルフォーズの巣を教える」

それを聞いた少女は目を丸くする。

その言葉――嘘を吐いているようにも見えない。ならばほんとうに知っているのだろうか。知っているならば、それがもしほんとうならば、その言葉に従うべきだと彼女は思っていた。

しかし、同時に彼女の中に違和感を覚えていた。

なぜその少年は彼女が戦争屋であることを知っていて、なぜメタモルフォーズの巣を教える代わりについていっていいかと言ったか。

「……まあ、いいか」

今はそんなことよりもメタモルフォーズの巣を見つけるほうがいい。そう思った彼女は――少年に抱いていた疑念よりも、そちらを優先することとした。

「でも、過酷な旅だよ。それくらい解っているよね?」

「そんなこと、百も承知だ」

少年は胸に手を当てて、そう言った。

別にそこまで誇れることでは無いけれど――彼女はそう思いながら踵を返し、そのまま歩き出すのだった。

 


お詫び

本作を2/12頒布予定の第1巻に収録予定でした、が、スケジュールの都合で中止とさせていただきます。
突然の仕様変更申し訳ございません。代わりに別の掌編を収録予定となります。