ネガヒさまの村01

線路沿いにある桜並木を眺めながら、僕は列車に揺られていた。
この列車は黒露駅から電車を乗り継ぎに乗り継いだどこかへと走っていた。
どうしてそこまで不明瞭なのかといえば、それは僕の目の前に座っている人が僕を連れ出したことが原因だからだ。

「……夏乃さん、未だに僕はどこへ連れ去られていくのかが、まったくもって理解できないんですが?」

柊木夏乃。
彼女のことは名前くらいしか知らない。年齢は……恐らく僕より少し上くらいだろうか? メールアドレスをいつの間に交換したのか知らないけれど、この夏休みという大事な期間を見計らってメールを送ってきたのは、彼女だった。

『少年、今週の週末は空いているか?』

僕は黒露市の外れにある朱矢中学校を卒業し、その後中学校のみんなと一緒に高校へ進学した。お世辞にも偏差値の高い学校とは呼べなかったけれど、ほかのみんなと共に勉強ができることを考えると、それは考えることもなかった。
高校卒業後、僕は東京の大学へと進学した。進学したのは民俗学を専攻できる大学だ。
どこから聞いたのか、大学に進学したとき夏乃さんが会いに来てくれた。

「少年が大学へ進学したと聞いたからな」

三年ぶりに会った夏乃さんはまったく変わっておらず、女性らしい――というよりもかっこいい女性だった。
その時はあまり話すこともなかった。僕も大学が始まり忙しくなってしまったから。

――そして、今に至る。

列車は電車ではなくディーゼル駆動である。北関東の私鉄は時折こういうのだけれど、僕はあまりにも久しぶりに乗ったような気がした。どうしてだろうか。

「……そういえば朱矢に戻ったことは?」
「僕が大学に進学してからここ一年、戻ったことはないですね」

そう。
僕はもう大学二年生に進級していたのだ。

「……まあ、そんなことはどうだっていい。この列車は朱矢にはいかないし、もちろん黒露にもいかない。あの中学校のメンバーと会うこともないさ」
「なら、どうして僕を呼び出したんですか」
「ん? ああ……それはな」

夏乃さんは僕の質問に漸くこたえてくれた。しかし、それは口による回答ではなく、何かの紙を渡すという、行動による回答だった。
それは新聞記事のようだった。そして、そこにはこう書かれていた。

『祈れば必ず願いが叶う、結目村とは?』
「結び……目」
「ゆいめ、って言う。結目村だ。願いが叶うらしい。それも、百パーセント」

その言葉を聞いて、僕は新聞記事を読み解いていく。
その新聞記事は一週間前の大手新聞の地方欄のものだった。どうりでいつも新聞を欠かさず読んでいる僕が、まったく見たことのない記事だったわけだ。そして、そこにはこうも書かれていた。
曰く、結目村には『ネガヒ様』という願いを必ず叶えてくれる幸福のカミサマがいるということ。
曰く、結目村には『ネガヒ様』のための神殿が設けられているのだということ。
曰く、結目村には『ネガヒ様』がやってきてからというものの幸福が舞い降りてきているのだということ。

「……なんかデタラメ書いているみたいですね」
「君がいうことかね。君は民俗学を学んでいるんだろう?」
「それでもこんなのは見ませんよ」

そう言って僕は新聞記事を夏乃さんに返却した。
夏乃さんはそれをポケットに仕舞って、

「まあ、眉唾モノに思うのも解る。私だって解っていないからな。……そして、今回はそれを解明しに行くのが私の目的だ」
「僕が来たのは?」
「女一人でこんな僻地までいけというのか?」

女一人って。
夏乃さんは柔道でも黒帯を持っているらしいから、腕前はあるというのに。

『まもなく、結目でございます』

後部車両の方からアナウンスが聞こえてきた。
どうやらまもなく目的となっている結目村最寄り駅らしい。

「ここで降りるぞ、少年。準備はいいか」
「……準備も何も、問題ないですよ」
「ならばよし」

そして僕たちは立ち上がってドアの方へと向かった。

◇◇◇

結目駅に降り立った僕たちは、一先ず辺りを見渡すこととした。
先ず、何も無い。

「……何もないな。自販機くらいあるものかと思ったが……」

そう。
それすらないのだ。

「とりあえずタクシーだけでもあるかと思っていたが……それすらもないとは」

夏乃さんはそうぶつくさ言うけれど、それを嫌がっている様子もない。
結局こういう状況を楽しんでいるということなのだろう。

「しょうがない。歩こう。そう遠い場所にあるわけでもない」

夏乃さんはそういう結論を出したようだけれど、少しは僕の話くらい聞いて欲しいものだったりする。
だけれど、まあ。
そんなことは夏乃さんに言っても無駄なのだろう。

◇◇◇

結目村に辿りついたのは、それから一時間経ってからだ。そのあいだなにをしていたって? 簡単なこと、ずっと歩いていたんだ。

「……もう遠かった……。絶対に歩かないから……」
「そんなことより、宿泊先でも探しましょうよ。またこの疲れのまま一時間かけて帰るのは正直いやですよ」

それくらいの山道だった。

「それくらい解っているわよ。それにもう、宿泊先は決めているし」

こんな辺鄙なところに、宿泊先などあるのだろうか。
僕はそう言おうと思ったが、

「あらそう? だったら野宿でいいわよ。そのほうが気分が楽だしね。なんなら毛布も貸してあげましょうか? 私毛布系で寝るのには慣れていないからね」

……なんて言い出しそうで、直ぐにそれを言うのをやめた。

「まあそんなことはさておき、宿泊先はどちらです?」
「ここよ」

僕の質問をよそに、夏乃さんは持っていたスマートフォンを指替わりにある場所を指した。
古い木板で達筆にこう書かれていた。

――木遊荘。

古い洋館である。

「ここに宿泊する、って?」
「ええそうよ」

夏乃さんは踵を返し、

「何か不満でも?」

いや、それを言うといっぱいあるんですけれど……と言おうと思ったけれど、言わないでおく。
何も無い、という意志表示のために首を横に振った。