第二十四話(7)

ところは変わって、白亜な雰囲気の神殿に一人の男が立っていた。

「……世界は変わろうとしている」

白いローブを羽織り、フードを被った女性にも男性にも似た存在は、そう呟いた。

「変わろうとしている、ですか」

その存在の前に立っている、一人の女性は告げる。

レイシャリオと呼ばれる女性は若くして神殿協会の枢機卿に成り上がった存在である。白い修道服を身に纏い、口も白い布で覆っていた。

レイシャリオはその存在を崇敬していた。というより、神殿協会の上層部に立っている人間は全員その存在を崇敬していることになる。

なぜそうなるかといえば――答えは単純明快。

それは、彼女が『預言』の能力を持ち合わせているからだ。

そもそも、オール・アイは人間であるかどうかも怪しい。何せもう何万年も生きていて、その記憶を完璧な状態で記憶しているというのだ。まさに神の奇跡だろう。科学的に見れば、そんなことは有り得ないからである。

だが、これが誰にも疑われることなく神殿協会の『預言者』としていられるのには、理由がある。

オール・アイはこの後三千年の歴史を予見している。しかもそれが全て的中しているのだ。

神殿協会はもとは世界を救った神ドグの御言葉によって活動をしていくものであったが、それを名目に今やオール・アイを中心としたカルト宗教へと徐々に変化を遂げているのだった。

勿論、それを不快に思う人間もいる。従来の教えを守る、所謂『古参派』だ。しかし、古参派は最終的にはオール・アイ率いる新参派によって討伐されてしまった。

結果として、神殿協会の大多数が新参派、その残りは古参派だが、それを公表出来ずに新参派を名乗っている人間のみが残った。そして――レイシャリオは後者だった。

「オール・アイ様。結局のところ、これから我々は何をすればよろしいのでしょうか?」

「オリジナルフォーズ、そいつを目覚めさせる」

端的に、オール・アイは告げた。

オリジナルフォーズ。

それは神殿協会が『聖地』を調査している際に発見した未知の生命体だった。

神殿協会の調査により明らかとなったのは、その生命体はもともと既知の生命体だったということ。そしてその生命体は遠い昔に強い放射能を浴びてDNAから大きく作り替えられてしまった――簡単に言えば、環境にうまく同調していったということだった。

そしてオリジナルフォーズはその生命体の中から実験を重ねて生み出された生命体であった。放射能を浴びたことにより変化したDNAは、強い肉体を生み出した。敢えて言えば、一人で行動を考えるほどの頭脳を持ち合わせていないことが問題といえば問題だったが、聞き分けのある頭脳は持ち合わせており、そして、それは神殿協会にとっては都合の良いことだった。

神殿協会はオリジナルフォーズを聖地から発掘されたものとして、神の使いとして信仰することとした。結果的にその神の使いは、正確に言えば人間の罪を洗い流すための『贖罪』を果たすためのパーツであるという考えが神殿協会内に広まることとなった。

そしてその考えが広まる未来は――オール・アイの想像通りであった。

「レイシャリオ。あなたに教えてあげなければならない未来があります」

「何でございましょうか」

唐突に言われた『預言』について、レイシャリオは何を言われるのか――と心の中で湧き上がっていた。

しかしながら、なるべくそれを見せずに、冷静を保っているように見せなければならない。なぜならオール・アイは古参派の人間だ。それを感づかれてしまっては今後の仕事に影響しかねない。それを彼女は理解していたからだ。

だからこそ、レイシャリオはオール・アイと話すときは慎重に話さねばならないと――そう思っていた。

「これから先の未来の話です。なに、別に気にすることではありませんよ。きっと、いや、確実にあなたの生きている間にその未来は実現されることはないでしょう。すべて、その出来事を見たいのであれば不老不死になるしか方法はありませんから」

「……ならばなぜその事実を私に?」

「あなたにはそれを知る義務がある」

オール・アイはレイシャリオに告げる。

ずっとレイシャリオに対して背中を向ける形で話していたオール・アイだったが、ここでようやく踵を返し、彼女と向き合う形になった。

「あなたにはそれを知り、それを理解し、そのうえでこれからの行動を実施しなければならない」

「……それも、預言の一種でしょうか?」

「その通り」

オール・アイは告げる。

対してレイシャリオは何も反応しなかった。いや、正確には心の中では反応していたのかもしれないが、それをオール・アイに見せるわけにはいかなかった。それは彼女の矜持にもかかわる内容だった。

オール・アイは持っていた杖を天に高く掲げ、空を見上げる。とはいえ、この神殿は空が開かれていないから、オール・アイが見ているのはただの天井に過ぎないのだが。

「この世界は何度も変革を迎えることとなる。そして、現に何度か変革を迎えた。……今、その変革の時が再び訪れようとしている。そして、その役割をレイシャリオ、あなたに担ってほしい。それは私の預言の一つにもある。そうしなければ、これからの未来はきちんと進まないだろう」

「未来を……ですか」

レイシャリオはオール・アイを見つめる。

今の発言はレイシャリオにとって耳を疑う発言だった。しかしながら、オール・アイが嘘を吐くようにも思えない。となると、やはり真実の発言となるのだろう。

オール・アイの話はなおも続く。

「そう。あなたに未来を託す……言い方だけは聞こえがいいかもしれませんが、実際にはあなたは私の手となり足となり動いていただきたいのですよ。……この言葉を、どこまで理解してもらえるかどうかそれはあなたに託されていますが」

「オール・アイ……。あなたはいったい何をお考えに……?」

「さあ、どうでしょうね?」

オール・アイはただ微笑むだけだった。

それを見て不気味に思ったレイシャリオだったが――例にもれずそれもまた表情に出すことは無かった。

 

 

レイシャリオは一人神殿を歩いていた。

オール・アイはレイシャリオとの会話を終えた後、『祈祷』に入るために別れることとなった。オール・アイは祈祷を実施する際、特定の部屋で実施する必要があり、その間は誰一人として入ることを許されない。そして先程、二人が会話していた部屋こそ、オール・アイが祈祷の際に使用する部屋だった。

「……あのお方はいったい何を考えているのだろうか」

レイシャリオはひとりごちる。一応どこで誰が聞いているか解らないから、最低限の言葉遣いは気にしているが、それでもオール・アイへの不信感は消えることは無い。

とはいえオール・アイを嫌っている人間は神殿協会内部に少ないわけではない。

それにレイシャリオほどの立場を持った人間であれば――彼女に逆らうことの出来る人間も多くはない。枢機卿という立場に居る人間は彼女を含めて三人。その三人がそれぞれ中立の立場をとって指揮をしているからこそ、神殿協会は今の立ち位置まで進むことが出来たと言われているためだ。

だから、本来であれば――枢機卿の立場に立っているレイシャリオが堂々とオール・アイへの不信感を発言してはいけないのだが、そんなこと今の彼女には関係なかったし、それはある意味どうでもいいことでもあった。

オール・アイという突然姿を現して、神殿協会をわがものにした存在。それが彼女にとってどうしても許せなかった。

いかにしてオール・アイを失脚させるか――最近の彼女にとってそれがもっとも重要なトピックスとなっていた。

「オール・アイの考えをこのまま浸透させ続けるわけにもいかない……。ともなれば、問題はどうやってオール・アイを引き摺り落とすか、だが……」

レイシャリオの考えは、そう簡単に言えることだが、対照的にそれを行動に示そうとしても簡単なことではない。

しかしながら、そんな簡単なことでは無いと解っているからこそ、レイシャリオはどうにかしてその作戦を実行したかった。

すべては自身の手で――神殿協会を掌握するために。

そのためにも表向きにはオール・アイの命令に従っている形にしておく必要があった。そうでなければあらぬ疑いをかけられかねない。ただでさえ権力争いが酷くなりつつある上層部を上手く生き残るためには、そういう『信頼』が絶対敵に必要だった。

「レイシャリオ様」

声が聞こえた。

そこに居たのは、その風景にまさに合致しているような恰好だった。百人がその恰好を見ればそう答えるはずだった。

シスター。

白を基調にした修道着に青いマントのようなものを身に着けている少女は、レイシャリオよりも僅かに幼く見える。ナース帽のような帽子には十字架をかたどった神殿協会のマークがしるされている。

「ティリア。あなた、どうしてこちらに?」

カツン、とティリアが履いているブーツが音を立てる。

「……別に大した問題じゃないっすよ。ただ、一つ問題があると思ったもんですから」

ティリアは直属の上司であるレイシャリオを前に、崩した口調でそう言った。

というよりも、それが彼女のポテンシャルと言ってもいいだろう。実際問題、彼女は相手がどんなに偉い人間でもそのような特有な喋り方をする。それは別に彼女の世代で流行っている喋り方ではなくて、彼女特有の崩した喋り方なのだった。

ティリアの話は続く。

「どうやら、敵さんは感づいてるらしいっすよ。私たちがあの国に何をするか、ということについて」

「ティリア。私たちがすることではない。あれはオール・アイの命令よ」

「でも実行するのは私たち部隊っすよ?」

「それはそうですが……」

「いずれにせよ、私たちはあの命令をこなすつもりはないっすよ? いくら、オール・アイが……神様から得た御言葉だからといって。あの御言葉が本当にドグ様の言葉かどうかも定かでは無いし」

「それは、あなたも知っているでしょう。オール・アイの言葉はずっと正しいものでした。預言と言ってもいいでしょう。あの言葉をいかに打ち負かすか、それが私たちに出来ることです。でも、それも難しい話ですね。オール・アイは今までの預言の正確さにより得た信頼と力を使って……オリジナルフォーズという神の使いを使おうとしている。それは、由々しき事態です。それはあなたにだって理解できる話でしょう?」

「それは……」

ティリアはそれ以上、何も言えなかった。

レイシャリオの言葉は常に正論だった。正論というよりも真実をオブラートに包むことなく突き付けている、と言えばいいだろう。そもそもレイシャリオには多くの部下が居るが、オール・アイがやってきてから大半の部下をオール・アイに奪われてしまった。残っているのは、古くから彼女に仕える部下だけとなってしまっている。

ティリア・ハートビートもその一人であり、レイシャリオが枢機卿になる前から彼女に仕えている。

その理由として、レイシャリオに恩返ししたいから、とのことだが――その真実は彼女たちしか解らない。

「とにかく、あなたが何を考えているか解らないけれど、今は従うしかない。チャンスを待つしかない。それはあなたにだって解っていることだと思ったけれど? それとも、あなたはそこまでまだ到達していないと?」