第二十四話(6)

 

「くくっ。ははは! 勇者サマがどうやら試練にもう一度立ち向かおうと決意したようだよ!」

ハートの女王はソファに腰掛けてテレビを眺めていた。

そしてテレビに映し出されている映像がとても面白かったのか、腹を抱えて笑っていた。

「……彼は何も知らないのだから、何も言わないであげましょう。……まあ、気付くまで時間の問題ですが」

そう言ったのはジャバウォックだった。ジャバウォックは触手をうねらせながら、映像を眺めていた。

「しかし、このまま勇者に試練を行わせるつもりですか?」

質問を投げかけたのは、ハンプティ・ダンプティだった。

ハンプティ・ダンプティの言葉は、ほかのシリーズの言葉が直ぐに答えられるものでは無かった。

最初に声を出したのはハートの女王だった。

「勇者の試練は継続させますよ。だって、そうじゃないと、急に試練を終わらせてしまったらばれてしまうでしょう?」

そう言って、ハートの女王は足元にあった石のようなものを蹴り上げた。

いや、それは正確には石では無く――ガラムドの死体だった。石と思われていたものは、ガラムドの頭だった。

既に彼女は死んでしまっていて、たとえ頭を蹴り上げても反応はない。

「……殺しちゃったけれど、どうしましょうか。処理。さすがにこの部屋に放置しておくのは、ちょっと不味いわよねえ。とくに臭いがきつくなるだろうし。腐るのが面倒なのよね。人から神になった存在は、死んでしまうと人に戻ってしまうから、特殊能力も何もかも無くなってしまうのよ」

「だとすれば、今は神の地位に居るのは?」

ジャバウォックの問いに、ハートの女王は首を横に振った。

「今、神に立っているのは誰も居ない。私たちが神を殺してしまったからね。……神殺し、ということよ」

「神殺し……ですか」

ハートの女王の言葉に、ジャバウォックはそう答えて小さく俯いた。

「どうした、ジャバウォック。何か考えているように思えるが? もしかして、私の考えるプランに反対だったか? だとすれば、もう遅いぞ。ガラムドはもう殺してしまったからな。ガラムドを殺してしまった以上、この世界に神という存在が居なくなってしまった以上、新たに神を擁立しなければならない。それがこの世界の、いや、世界そのものの仕組みと言ってもいいだろう。……しかし、私たちはそれをする気は無い。たとえ、世界がこのまま混沌を極めていこうとも」

「世界が混沌を極めようとも、ですか……。あなたらしくない発言ですね。まあ、あの神様がろくなことをしなかったから、その反動かもしれませんが」

「反動? いいや、違いますね。反動というよりは反旗を翻したと言ってもいいでしょう。私たちはずっとあの神に従ってきました。それは神が実際にあの世界へアクションを起こすことが出来ないからです。そのように決められてしまっているから。実働部隊は我々なのに、彼女はただ命令を下すだけ。そうしてこの世界はどうなりましたか? あんな風に、破滅の限りを尽くしてしまったではありませんか。さっさとオリジナルフォーズを殲滅させればよかったものを、変な優しさを見せてしまったからこのざまですよ」

「でも、オリジナルフォーズは神ですら抑圧するのが精いっぱいだったのですよね」

ハートの女王の言葉に、ハンプティ・ダンプティは苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。

「そう。問題はそれだった」

「ハンプティ・ダンプティ、」

ジャバウォックの制止を聞くことなく、話を続ける。

「あの存在、オリジナルフォーズこそがイレギュラーだった。どうしてあの存在が生まれてしまった? この世界で最強と呼ばれる存在だった神ですら操れない不確定要素が、どうして誕生することとなってしまったのか。そもそも、なぜそれを残したままガラムドは神になったのか?」

「それはやはりあのお方が考えていることなのでは?」

答えたのは、ジャバウォックだった。

あのお方。

それはシリーズを作り、ガラムドを神に任命した存在だった。

神管。

神の管理をしているから、神管。いかにもなネーミングではあるが、その神管がこの世界に干渉することは先ず有り得ない。

「もし、干渉してくるとするならば……、神が死んでしまったとき」

「それって、今じゃないですか。いったいどうするつもりですか?」

ジャバウォックの言葉に、ハートの女王は頷く。

「問題ない。その場合もきちんと考えている。考えてみれば解る話だ。なぜ、ガラムドの死体をこの空間に残しているか? それは簡単なこと。ガラムドが死んでいないと工作するためだからだ。案外、神管もルーズでねえ。それを知ったときはルールの改善をするべきではないかと考えたが、今思えばとても有難いことだよ。とどのつまり、この空間に神という存在が居ればいい。しかし、神は死んでいる。ならば、どうすればいいか。簡単なことだよ」

「あー、……もったいぶらずに教えてくれないか?」

「解っているよ、ハンプティ・ダンプティ。だがね、君たちも気付いていることだよ。目の前のモニターは、どうして点き続けているのか、ということについて疑問を浮かべるはずだ」

そう言ってハートの女王は目の前にあるモニターを指さした。

モニターは今もフルの様子を映し出している。まるでフルの周りを小型カメラが飛び回っているかのように。

「……え?」

「モニターから様々な人間を監視すること。そして、その中で『一番重要である存在を監視し続けること』。それが神の役割だった。そして今それに該当する存在は紛れもなく予言の勇者たるフル・ヤタクミ。そして、このモニターは神が死んだ後もフル・ヤタクミを監視し続けている。……意味が理解できるか?」

「あのね、もったいぶらずに――」

再度、ハンプティ・ダンプティは言った。

「この部屋は、神が居ると未だに認識し続けているということだよ。そして神が居ると認識しているからこそ、神管にばれることもない。だから、私たちは未だにこの空間に居続けることが出来る。……どうかしら、いやでも意味が理解できたと思うけれど?」

 

◇◇◇

 

修行が終わったころには、すっかり夕方になっていた。

「今日の修行はここまでとしましょうか」

哀歌の言葉を聞いて、俺は大きく頷いた。額にはお互い汗が浮かんでいて、息を立てている。それについてはお互いに疲れるまで修行を続けた、ということになるだろう。

哀歌は僕にタオルを差し出してくる。それを見て、僕は有難くそれを受け取った。

「それにしても、最初はダメだと思いましたが……、一日である程度こなれて来るとは。やはり、最初に言っていた真剣を使っていたことは強ち嘘では無いのかもしれませんね」

真剣を使っていた、と言ってもその戦いは魔術や錬金術によってサポートされていたから、その実力自体はそれらによって底上げされていただけに過ぎない。対して今の時代ではまだ魔術や錬金術がそれほど発達しておらず、おそらく戦闘に流用できるほどの技術もないのだろう。

ともなれば、役立つものは己の剣しかなかった。

「……僕もまさかここまで動けるとは思ってもいなかった。とはいえ、実際のところ、これからどうしていけばいいのかも……なんとなく解ったような気がする」

「あら、そうですか? なら、とても喜ばしいことですね。私も、あなたがかなり筋があると思いますよ。時間があればさらに成長できると思いますから」

「それだが、どうやら時間も無くなってしまったようだぞ」

そう言ってきたのは、少年だった。

少年は哀歌の後ろに立っていた。しかしながら、哀歌よりも身長が低いから声を出すまでそこにいるとは思わなかったが。

少年の話は続く。

「どうやら、いよいよ近いうちに敵も動き始めるらしい。どうやら敵はお前たち『旧時代の人間』をこの国が独占している事実が気に入らないようだな。……そんなことをしているつもりは毛頭無く、我々はただ保護しているだけなのだが」

「国?」

どうやらこの世界も未来同様いくつかの国に分かれているらしい。

となると、あの世界よりも広い世界が広がっている――ということになるのか?

「そう、国だ。しかもこの国よりも広い国ばかりが存在している、それがこの世界だ」

その言いぐさは、まるで僕が別の世界からやってきた存在だということを知っているようにも思えた。

しかし、そんなことはあり得ないはずだった。なぜなら今はフル・ヤタクミではなく風間修一として行動をしている。それに風間修一の記憶を保持しているし、なるべく風間修一であるように行動をしているから、気づかれることなどないはず――だった。

少年は不敵な笑みを浮かべて、さらに話を続ける。

「いずれにせよ、この世界はかりそめの世界だ。かつて存在した世界が、いかに再生できるか……。まさかこれほどまで時間がかかるとは思いもしなかった。その間我々は、僅かに残った人類を何とか見守り続けてきた。そうして我々と人間の関係性は生まれた。崇敬ではなく、共存の道を歩み始めた」

「崇敬ではなく……共存?」

「古い仕組みは徐々に淘汰されていくということだよ。それがたとえ、神と呼ばれる存在であったとしても」

少年は歩き始める。

それは彼が知っていることを、少しづつ思い返しているようにも思えた。

「世界は変わろうとしている。変わり始めようとしている。それは、私たちのような存在を淘汰していくことだろう。しかし、それに逆らうことなどしない。逆らうことは愚かなことだ。それをするならば、私たちは死を選ぶ。……もっとも、人間は生き続けるほうがいいだろうけれど」

「ねえ……、いったい何を言っているの」

ついに哀歌も突っ込みを入れたくなったらしい。少年の言葉に哀歌は割り入るように話を始める。

しかしながら、それに気にすることなく、少年は踵を返した。

「私の名前は、水神。大神道会の『欠番』を務めているよ。……欠番とは簡単に言えば、神という存在のリーダーということになる。神という名前ではなく、私たちの組織では人間から『使徒』と呼ばれているがね」

使徒。欠番。

何だかよく解らない単語のオンパレードで頭が痛くなってくる。何かうまく解釈してくれるものはないだろうか。例えば聞いた単語を自動的に知っている単語に翻訳してくれるとか。無いか。

水神の話は続く。

「私たちは常々この国……ジャパニアについて考えていた。この国は古くからの遺物が多く残る歴史の長い国家だ。それ以外の国、例えばグラディアやプログライトに比べればその歴史の差は只者ではない。しかしながら、戦力を考えると……この国には戦力があまりにも足りない。きっとあっという間に殲滅させられてしまうことだろう」

「どうして……世界が変わろうとしているのですか?」

僕はそれが気になって――水神に質問する。水神は一笑に付して、話を続ける。

「簡単なこと。とどのつまり、彼奴らはこの国をゼロにしてしまいたいのだよ。彼奴らの言葉を流用するならば……『空白化』ということだ。そしてそのために、私たちを、昔からあった彼らが信仰する神以外の神である使徒を滅ぼすために、ジャパニアという国もろとも空白化を実施する。それが彼奴ら……『神殿協会』の望みだ」