第二十四話(4)

 

「……消えた?」

それをいち早く感じ取ったのは、リュージュだった。

「どうなさいましたか、リュージュ様?」

リュージュの言葉を聞いて、ロマは訊ねる。

「今、何か大きな力が消失したような気がする……。バルト・イルファに、予言の勇者はまだ生きているはずよね?」

「ええ。そうだと思いますが。……あの神殿が出てきたという話も聞きませんから」

「じゃあ、まさか……」

リュージュはある名前を思い浮かべる。

しかしそれは有り得ないと直ぐにその可能性を否定した。

「リュージュ様、きっと疲れているのですよ。紅茶でもお出ししましょうか?」

ロマの言葉を聞いて、少しどうするか考えていたリュージュだったが、少ししてクールダウンが必要だと判断したのか、その言葉に大きく頷いた。

「そうね。クールダウンしましょうか。紅茶、出してもらえる?」

「はい!」

それを聞いたロマは笑顔になると、リュージュの部屋を後にするのだった。

 

◇◇◇

 

「――神が死んだね」

「え?」

その頃、ルーシーは自室で読書をしていた。読んでいる本はあまり関係ない。関係ないから、描写する必要もない。

なぜならルーシーは物思いに耽っていて、そう凝り固まっていた頭をリセットするために気分転換していただけに過ぎないのだから。

そうしてそんなリフレッシュタイムの最中、ハンターが突然頭の中で彼にそう囁いたのだった。

ルーシーは疑問を浮かべながらもハンターの言葉に返す。

「……ハンター。神が死んだ、とはどういうことだ?」

「言葉の通りだよ。神……あなたの世界では『ガラムド』と言ったかな。ガラムドが死んだ、ということだ。ああ、言っておくけれど、文字通りの『死』だよ」

「死……」

神に死が存在するのか。

ルーシーはそんなことを考えた。何よりも、神とは人間に崇敬されるべき対象だ。たとえ世界がこんな感じに荒廃していようとも、この世界は神が与えた試練そのものである――。そう語る人間も居るくらいだ。

ハンターは透明になっていたその姿をルーシーの目の前に見せた。場所的に彼女が出現しても問題ない場所だと思ったのだろう。

ハンターは踊りながら、話を続ける。

「そう。神様にも死は存在する。神だって全知全能の存在ではあるかもしれないけれど、寿命が無いわけではない。正確に言えば、寿命を引き延ばされているだけに過ぎないのだから。確か、神というのはその地位になった瞬間、もともとの地位からは『居なかったこと』にされてしまうのだったかしら。……そう考えれば、神も残酷な存在であると言えないかしら? まあ、私にとってみればどうだっていいことなのだけれど」

「……つまり、どういうことだ? 神は、またさらに上の地位が居る、と?」

「それが私たちシリーズを作り上げた存在、創造主と言ってもいいお方よ」

創造主。

簡単にそう言ったけれど、ルーシーにはそれが理解できなかった。

当然だろう。いきなりそんなことを言われて、信じられるほうがおかしいかもしれない。

しかし、そんなリスクがあったにも関わらず、ハンターはそう言った。

「……創造主とは、どういう存在なんだ? 名前の意味をそのまま受け取れば、万物を作り上げた存在……になると思うが」

「その通り。創造主は世界そのものを作り上げ、また世界が世界であるという位置づけをした存在であるともいえるでしょう。しかしながら、創造主は物事の創造に忙しく……またとても飽き性だ。だから管理するための存在を作り上げ、それをその世界に置いた。……それが我々『シリーズ』だよ」

「我々……ということは複数人居るということだよな?」

「数え方が『人』であるならば、な。我々の姿はとてもじゃないが、人の形からは程遠い存在だよ。だから我々が人間の前に姿を見せた時、崇敬する者も居れば敵と認識する存在も居る。考えはそれぞれあるからな。致し方ないことではあるが」

「……じゃあ、言わせてもらうが、どうしてお前が僕の前に姿を見せた? 見た感じ、崇敬出来る存在ではないが」

「はっきりと物事を言うねえ。まあ、嫌いじゃないけれど」

ハンターは踵を返し、ルーシーを見つめる。

ルーシーに鋭く刺さる視線を、どうにかルーシーも返そうと睨み返していた。それは自分が虚勢を張るためだったわけではないが、しかしながらここで視線を外してしまうと力の強さを示されてしまう。それは彼にとっては良くないことだった。

時計の音だけが、空間を支配していた。

ルーシーとハンター。お互いがお互いに考えることがあり思惑もあったことだろう。しかしながら、今はその駆け引きで硬直していた。次はどうすればいいか、相手はどう出てくるか。それについて考えを張り巡らせていた。

ここの駆け引きを失敗すれば、計画は失敗する。

それはハンターもルーシーも理解していたことだろう。理解していたことだったからこそ、それについて十分と自覚していたからこそ、次の手を出すことについて考えているのだろう。

「……君は、君たちは、いったい何が目的なんだ?」

話を先に切り出したのはルーシーだった。

ルーシーの問いに、さも当たり前のようにハンターは頷いた。

「簡単なことですよ。私たちは……飽きてしまったのよ。普通に世界を監視し続けることでは。そして、神様はああいう主義の人間だからね。あの力を使えばきっと世界を変えることなんて容易に出来るだろうし、今みたいに神の信仰が寂れることは無かったでしょう。今、あのリュージュといったふざけた祈祷師が居る宮殿には、大きな宮殿が建設されていたことでしょう。もちろん、そこに祀られているのはこの世界の神。神の力はそこまで影響を及ぼすのですよ。もちろん、うまく使わなければその身を、世界もろとも滅ぼすことになりかねませんが」

なんか長い夢を見ていた気がした。

目を開けると、まだ夜だった。なぜ夜と解ったかといえば、僕の部屋はベッドが窓際にあり、そこから月光が入ってくる。月光はとても明るく、時折眩いほどその明かりを放っている。まあ、正確に言えば月光は明かりを放っているのではなくて、太陽からの光を反射しているだけに過ぎないのだけれど、それについては今語るべきことでは無いことは確かだ。

思い出せないけれど、なんというか――。

「とても、悲しい夢――?」

僕の目からは、気が付けば涙が零れていた。

「お父さん……どうしたの?」

声を聴いてはっとそちらを見つめる。見ると、僕の隣には一花が座っている。

どうやら僕を起こしに来てくれたようだった。

「大丈夫だよ、一花」

悲しそうにしている彼女の頭を撫でて、僕は優しくそう言った。

「お父さん、くすぐったい……。あ、そうだ! お母さんがね、ごはんだよーって言っていたよ!」

そう言ってドタバタと足音を立てて部屋を出ていく一花。まったく、子供というのはパワフルだと思う。朝からああも全力で行動できるのはある意味子供の特権かもしれない。

「さて……、ご飯、だったか」

僕は起き上がり、一つ溜息を吐く。

一花が言っていたことを反芻して、僕は目を瞑る。

それは眠たいからということもあったけれど、一番に挙げられるポイントは自分の見た夢を確認したかったから――ということがあった。

その夢は、長い夢だったということしか思い出せない。

夢の内容は、忘れてはいけないような重要なことだった――それだけは覚えているのに。

「おとーさーん!」

一花の声が聞こえて我に返る。

このまま物思いに耽るのもいいことかもしれないが、先ずは朝食を食べることにしよう。脳に栄養をいきわたらせてから考えることだって、選択肢の中にあってもいいはずだ。

そう思って僕はベッドから離れて、そしてリビングへと向かうのだった。

 

◇◇◇

 

「あなた、今日はどうするつもり?」

食事を食べ終えたタイミングで秋穗が僕に声をかけた。

「……そうだね。今日は身体を鍛えに行こうかな。何というか、ずっと家にいると身体が鈍ってしまうからね」

「それもそうね。……なら、剣道場へ向かうのはどうかしら?」

「剣道場?」

「最近できたばかりらしいのよ。何でも昔使っていた場所を流用しているらしくて。だから、そこを使えば何とかなるのかなあ、って。私は行きたいとは思わないけれど……。今、鍛えたいというならそこへ向かえばいいのではないかな?」

「道場か……。成程、あまりそれは考えなかったな」

確かに道場ならば身体を鍛えられる。それに、今は身体が鈍っていることもまた事実。できることならば、ある程度取り戻しておく必要があるだろう。仮に、これから世界を大きく揺るがす戦いが始まるというのなら。

そうして僕は、秋穂に言われた道場へと向かうことにするのだった。

 

◇◇◇

 

思えばこうじっくりと町々を眺めるのは、初めてのことかもしれない。

初めて、と言ってもこの時代にきて外出をするのが二回目だから、別に珍しい珍しくないの問題で解決できるものでもないだろう。

道が舗装されておらず、悪路そのものであったが、それ以外の街並みはエルファスとあまり変わりないように見える。道に店を開いているお店も少なくなく、色とりどり……とは言えないが、ある程度の野菜を取り揃えている。

野菜の種類が少ないのは、単純にこの世界の情勢が関係しているらしい。

特にこの国ーージャパニアはどの国ともあまり仲良い関係を築いていない。理由は単純明快として、木隠との会話でも出たテーマなのだが、かつてこの国がネピリムというロボットを開発した際、その技術がすべて外国に持っていかれたことが原因であるといわれている。

そのため、あまり他国と関係を築きたくない、できれば必要最低限で構わないという考えを持った人間が多い。それは、この国で信仰されている『大神道会』という宗教団体が影響しているかもしれない。

木隠は語っていた。この国で|政(まつりごと)を牛耳っているのは、まぎれもなく大神道会であると。

大神道会は使徒というグループがすべてを決定しており、配下にいる人間はそれをただ実行するというトップダウン型の組織だといわれている。いわれている、というのは木隠からしかその情報を聞いていないから、その情報が真実であるかどうか確認をとっていないためだ。

大神道会がどういう組織であるのか―ー風間修一の知識であってもそれがどういう組織かという情報までは蓄積されていない。残念なことではあるが、彼が普通の一般人であることを考慮すれば致し方ないことなのだろう。

しかし、疑問は残る。

風間修一は、ほんとうにただの一般人なのだろうか、ということについてだった。

ただの一般人なら、使徒と呼ばれた木隠にわざわざ呼び出しをされるだろうか? いや、正確に言えば木隠は僕たちを管理する役割にあるそうだから、時折僕たちを全員集めてヒヤリングをするらしい。しかしそれはあくまでも全員集めて実施するだけに過ぎない。今回のように、一人だけ呼び出して個人どうしで話をすることは、本来ならば有り得ないことらしい。――確かそれは、話し合いが終わった後に木隠も言っていた。だから、話した内容は誰にも口外するな、といわれたくらいだった。

道場は、繁華街から少し離れたところにあった。古びた瓦屋根、所々割れている窓、木造で出来た建物は、何処かそういった師範よりも、まさしくそういった何かが出て来そうな気配すら感じさせる。

「……秋穂が言った道場って、ほんとうにここなのか?」

一抹の不安を覚えながらも、僕は中へ入って行く。門は完全に閉じられていなくて、正確に言えば、半開きのような状態になっていた。

「……お邪魔しますよっと」

何処か懐かしいフレーズをうまく使いこなしてみながら、僕は門を軽く押した。ぎい、という音と共に扉はゆっくりと開かれた。重々しい音が、扉の軽さと相反していたのは少々違和感を抱くものだったけれど、しかし、だからといって、前に進まない選択をするような理由にはなり得なかった。

さて。僕は中に入って辺りを見渡す。結局のところ、道場には誰も居ないように見えた。人間の気配がしなかった、ということもあったけれど。取り敢えず、先ずはそれを優先すべきだと思った。

「……とはいえ、手掛かりが無いしなあ……」

手掛かりが無い。

それは僕にとってどうしようもない事実だった。曲げようのない事実だった。変えようのない事実だった。

だからといって、何も手を打たないのかと言われるとそうではない。そんなことをしたら、前には進まない。

「じゃあ、どうすればいいか」

同時に、自分はどうしてここまで悩んでいるのか解らなくなってしまった。

やらねばいけないこと。やったほうがいいこと。その分別をつけること、それが大事なことは重々承知している。理解している。

とはいえ、かくも人間とは面倒な生き方をしているものだと思う。やはり、というか、人間は理性がある。知能がある。だからこそ、基準を設ける。基準を設けたことで分別をつける。分別をつけたら、さてこれはどういったものかと思案を巡らせる。巡らせた結果、さらに基準を満たしていることを自己判断で確認出来れば、そこで漸く『行動』に移ることが出来る。無論、ここまでのプロセスのうち一つでもエラーが返されればそこまでだ。自らの理性によって、それは抑制される。

では、こう考えてみるとしたらどうだろうか?

人の理性を取り除いた状態で、そのプロセスを行ったとき、人は何を基準にして、何を頼るのか? それはきっと何も基準に出来ない。正確に言えば、何も基準にしたくないはずだ。理性という枷が外れた以上、人間とは自由の塊と化してしまう。そこにわざわざ理性という枷を装着する意味など……何一つ無い。

「……何者だ」

首筋に冷たいものが押し当てられ、僕は我に返った。

低い声ではあったが、どこか優しい声ではあった。声域でいえばアルト寄りのソプラノといった感じだろうか。僕はそこまで声域には詳しく無いのだけれど、少なくともアルトと断定するには若干高いように思える。

「答える気は無いか。それは別に構わないが、お前の立場が悪くなるだけだ。……さっさと話した方が身の為だぞ?」

鋭く冷たい何かが、僕の肌に押し当てられる。同時にちくりと何かが刺さったような痛みを感じ、そこからぬるりと何か僕の肌に温かい液体が伝った。

そこまでで、僕は漸く突き立てられたものが包丁あるいは刀の類であることを理解した。

これ以上黙りを決め込んでいると、確かに女性の言った通り、もっと立場が悪くなるのは自明だ。だからどうにか状況を打開するためにも、僕はここで発言せねばならない。何よりも、自分自身の身の潔白を証明するために。

「ま、待ってくれ! 違う、違うんだ。何か勘違いしているようだけれど、僕は悪い人間じゃない!」

「悪人はみんなそう言って自らの罪から逃れるのよ」

そんなこと言ったら逃げ道が無いじゃん!

……あ、いや。逃げ道がどうこう言ったけど、僕は何もしていない。今までずっとここまで見てきた『君たち』なら解る話だろう?

と、そんなメタフィクション的な戯言はさておいて、目の前にあるインシデントについて解決せねばなるまい。

「……そんなこと言ったら、誰も彼も悪人になってしまうだろ。それとも、あなたの信仰は『疑わしきは罰する』とイカれた考えなのか?」

「そんなこと……! 私を侮辱して……! やはり貴様は罪人であり咎人であり囚人であることはこの剣で証明するほか無い!」

やばい、逆上させてしまった! まさか逆効果だったなんて……。ああ、でも、確かガラムドは言っていたか。一応『死んだら戻る』ことは出来るって。それを聞いているうちでは安心なのだろうか? うーん、やはりガラムドの話は解らない範疇ではあったとしても、聞いておくべきだったかもしれないな。

と、早すぎるリセットボタンを押そうとした、ちょうどその時だった。

「待たんか、哀歌!」

またも若々しい声が、道場の前に響き渡った。

正直、ただでさえキャラが濃い連中ばかりなのに、またキャラが濃そうな奴が現れそうだな……。僕はそんなことを思いながら、声は一体誰から発せられたものなのか、その在りかを探し始めた。

が、それは杞憂だった。

すぐに闇の奥、正確に言えば道場の門扉から誰かが開けて出てきたのだった。

その姿は着流しを着た少年だった。最初は背格好が少年ほどの老人かと思った(言動からして)が、しかしながら声質の若々しさからしてそれは否定出来る。となると、やはり目の前にいる人間はまぎれもない少年そのものだというのか……?

「どうした、若人。そのような素っ頓狂な表情をして」

僕からしてみればあなたも若人だけれど、そんなことを思いながらも話の腰を折りそうだったので言わないでおいた。

とにかく、僕は事情を話すことにした。あくまでも木隠からあった話は隠しておいて、のわけだけれど。それは隠しておいたほうが取り敢えずいいだろう。別に木隠が誰にも言うな、と言ったわけではなかったが、人々に不安を与えないほうがいい。

「……成程。確かにまあ、いろいろとあるのだな。強さを求めることは、悪いことでは無い。しかし、その力をどう使うか。それは吟味せねばならない」

少年はそう言って腕を組んだ。

やはり仕草と言動を見ると老人そのものではあるけれど、しかしながら、風貌は少年そのものだった。その対比がどうしても慣れない。

「では、大丈夫なのでしょうか。僕を……修行させていただいても」

「うむ。しかし、修行をさせるのは哀歌のほうだ」

そう言って、少年は哀歌――さっき長刀を僕に振りかざした女性のことだ――を指さした。

それを聞いた哀歌は少年のほうを向いて、

「それはどういうことですか」

「どうもこうもない。簡単に搔い摘んだわけだが、もう少し掻い摘んで話すべきだったか? ……つまり、私では彼の修行をさせてあげることができない。体の大きさ的問題も大きいがね。成長著しい哀歌がやったほうがいいと思うわけだよ。それに、人に教えることも修行の一環として考えれば悪いものではないぞ?」

「それは……そうかもしれませんが」

「うん? それに、君は逆らっているようだけれど。今回のことに関しては、別にデメリットがあるようには見えないけれど?」

「それは……」

これ以上話は聞きたくないといわんばかりに少年は踵を返し、家の中へと入っていった。

「ええと、君……名前は?」

「風間修一、です」

「風間修一。うむ、いい名前だ。……では、入ってきたまえ。ああ、そこで靴を脱いでくれよ。当然なことになるが、道場内は土足厳禁だ。同乗の中で待っていてくれ。哀歌、彼のために刀を用意してあげて」

「木刀で……いいのですよね?」

「君はここで殺人を犯すつもりか?」

そんな冗談の言い合いはさておき。

僕はそのまま少年にいわれたとおり、道場の中に足を踏み入れるのだった。