第二十四話(2)

なんとなく想像はついていた。

あの世界が――実はもともとの世界の時系列そのものではないか、ということについて。

しかしながら、その考えは時期尚早であると思っていたし、あまり考えたくもなかった。

つまり、あの世界で死んだ人間が、少しでも歴史と変わってしまっただけで、のちの歴史にどれほどの影響をもたらすのか解ったものではなかったからだ。

運が良ければ、二千年後の未来に――オリジナルフォーズが存在しない未来だって有り得るかもしれない。

ただし、それは理想論だ。可能性の上であって確定的事項ではない。場合によってはもっと酷い未来が待っているかもしれない。

「それと、もう一つ」

ガラムドは右手の人差し指を立てて、話を続ける。

まだ何か隠していることがあるのか。

「さっきボクは『リセット』と言いましたが、その行為はあまり望ましいものではありません。なぜなら知識は残りますが、また同じ結論に至る可能性が高い。それに無限に出来るわけでもありませんからね……。残念ながら、神とは言えどもそう簡単に世界を操ることなど出来ないのですから。そうですね……、精々三回が限度でしょうか。確かあなたの世界ではこのような言葉がありましたよね? 『仏の顔も三度まで』、でしたか。ボクは神様であって仏ではないけれど、その意味に当てはまるとは思わないかい?」

その言葉はそもそもことわざだし、何でガラムドがそれを知っているのかという疑問も浮かんでくるが、それについては今考える必要もないだろう。

いずれにせよ、僕はあの世界での身の振り方をもう一度考える必要があるようだった。

あの世界が元の世界へと繋がる歴史の始まりであるとするならば、やはり慎重に動く必要がある。僕の一挙動がその後の未来に大きく影響を及ぼす危険性があるのだから。

「……現状を整理しよう」

ガラムドは再度僕に向けて言った。

「そうしてもらえると、有難い」

僕の言葉に、ガラムドは笑みを浮かべて頷いた。

一つ溜息を吐いたのち、ガラムドはゆっくりと話を始めた。

「ボクが話したことはたった三つ。一つ、あの世界はシミュレーションするために作り上げた仮想の世界ではなく、実際に存在している世界であるということ。つまりあの世界がそのまま何千年か時が流れれば、再びオリジナルフォーズが目覚める世界……、とどのつまり、あなたがやってきた世界になります。二つ目、あの世界での|任務達成(ミッション・コンプリート)条件は『偉大なる戦いの完成』。とどのつまり、たくさんの人が死ぬことになります。しかしながら……、歴史を修正してはなりません。場合によってはボクがこの場に留まれなくなること、あなたがこの世界からもあの世界からも消滅する可能性もあります。歴史の修正とは、それ程大変だということは理解してください。そして最後に……失敗することは問題ありませんが、それも三度まで。以上です」

「端的にまとめてもらってどうも。……けれど、はっきり言わせてもらうが、手詰まりな気がしてならない。一体全体どうやってその結末まで導けばいい?」

「攻略方法を簡単に教えるとでも?」

ごもっともな発言だった。

ガラムドは見えない椅子に腰かけて、僕に目線を合わせたまま、

「いずれにせよ、あなたはこの試練に挑むしか無いのですよ。あなた、解っていますか? 結果として、これから何が導かれるのか。あなたは試練をクリアしないと、あの世界を救うことは出来ない。はっきり言わせてもらいますが、ボクとしては別にどうだっていいんですよ? 最悪、あの世界は『失敗作』として消してしまって構わない」

失敗作。

それを聞いて僕はふつふつと怒りが沸き上がる。

今までずっと生きてきた世界を、失敗作と罵られそのまま削除されてしまう。それはプログラマーが自分の作成したプログラムを無能として削除するのと同じように。

神と人間とはかくもここまで思考概念すら変わってしまうものなのか。

それを思い知らされた。

だからといって、ここで引き下がるわけにはいかない。ガラムドにはガラムドなりの考えがあるかもしれないが人間代表の僕にとっても僕なりの考えがある。

「……試練をクリアすることで、ほんとうに力を授けてくれるんだよな?」

「あたりまえでしょう。それで約束を反故にするならば、ボクは邪神か悪魔か、そのいずれかですよ。……まあ、それについてあなたが疑うことについては致し方ないことかもしれませんけれど」

軽々しくガラムドは言った。

まるでそのようなことなど最初から気にしていないかのように。

「……まあ、そこまで言うなら『証拠』を見せてあげてもいいのではないでしょうか」

ブウン、と虫が耳元で飛んでいるような、そんな音が聞こえた。

気がつけば僕とガラムドしか居なかったその空間に、一つの異物が混入していた。

それは一本の剣だった。

「シルフェの剣……。本来ならばその時間軸には存在しないはずの|物質(オーパーツ)です。実際のところ、それが呼び出されるのはそれから数百年後になりますがね。まあ、ボクがエルフの王様に渡すことになるのですから、実際のところは遠回りに渡していたのをストレートに渡すことになるのでしょうが」

「……何をいったい……? それに、このシルフェの剣は……」

その剣は、確かにシルフェの剣だった。

柄の部分に林檎――正確には知恵の木の実のモチーフが象られており、その刀身はとても輝いていた。

いや、しかしながら。

どこかそのシルフェの剣には、何か力がこみあげてくるような、そんな感じがあった。

ガラムドの話は続く。

「あなたはそのシルフェの剣を持ってあの世界に戻りなさい。ああ、一応言っておきますが、あの世界というのは元の世界でも2025年の世界でもありませんよ。あなたが『風間修一』という人間に憑依して偉大なる戦いを生きていく世界。あの世界に今からまたあなたは戻ることになります。しかしながら、あなたがそこまで言ってくるのですから……、一応言っておきますがこれは私の温情ですよ? 力が解き放たれたシルフェの剣を貸し出しましょう。それを使えば、メタモルフォーズとも戦えるはずです。風間修一は魔法が使えませんから魔法を戦闘に用いることこそ出来ませんが……、使えなかったにしてもそのシルフェの剣さえあれば戦うことは可能でしょう。それほどの力を秘めているのですよ、あのシルフェの剣は」

「それは……シルフェの剣、その完全体の試し切りをしてこい、ということか?」

精一杯の皮肉をガラムドに告げる。

するとガラムドはニヒルな笑みを浮かべたのち――ゆっくりと頷いた。

「そう思ってもらって構いませんよ。……さて、もう夜が明けます。ボクがアドバイス出来るのもここまでですね。あとはあなた自身の力で偉大なる戦いを生き延びてください。そして、歴史を修正することなく、忠実に実際の歴史で起きたことを再現してください。……再現というよりも操作する、と言ったほうが正しいかもしれませんね?」

そうして、ガラムドの声がゆっくりと遠くなっていき――僕の意識はそこから引きはがされるのだった。

 

◇◇◇

 

「おはよう! お父さん、いい朝だね!」

……気づけば、僕のお腹の上にガラムド――いいや、違った。似ているだけで名前は違う。一花が僕に笑みを浮かべていた。

いい朝、というニュアンスから感じ取るに、恐らく朝になって朝食が完成したから僕を起こしに来たという感じだろう。

顔だけゆっくりと起こして、僕は一花に視線を送り――そして笑みを浮かべた。

「おはよう、一花」

僕の言葉を聞くと、前歯を見せるほどにっかりと笑ってそのまま僕のお腹から飛び降りた。

子供というのはかくも素早いものだと思う。……この肉体に入っているからあまり考えなかったけれど、僕自身も大人ではなく実際は子供である点には変わりないのだけれど。

それはそれとして、このままぼうっとした頭で思考を重ねるのはあまり宜しくない。それは僕も理解していた。

ならばどうすればいいか。そんなことはもうとっくに決まっていた。

ゆっくりと起き上がり、リビングルームへと向かう。美味しい匂いが徐々にその濃さを増していくので、あまり家の構造を知らずとも何とかなる。人間の本能というのは案外末恐ろしいものだと思う。

リビングルームに着くと直ぐにテーブルに秋穗と一花が座っていた。

「お父さん、おそーい!」

一花がそう頬を膨らませながら、フォークを握っていた。どうやら僕が来るのを待っていたらしい。

それは申し訳なかった、そう思いながら椅子に腰かける。

「それはすまなかったね。……さて、それじゃ朝ごはんといこうか」

「ああ、そうだった。あなた」

秋穗が僕に声をかけた。

「うん?」

僕は朝食のかぼちゃスープをスプーンで掬っていた、ちょうどその時に声をかけられたので、そのまま顔だけを上げていた。

「……木隠さんが呼んでいたよ。何でも言いたいことがあるんだって」

「言いたいこと?」

木隠――あの少女がいったい何の用事があるというのだろうか。

実際のところ、少女とは呼べないほど高齢であるということは知っているのだけれど。

まあ、とにかく一度会ってみないと話にならない――そう思った僕はただゆっくりと頷くだけだった。

 

◇◇◇

 

朝食を食べ終えて、片づけをしたところで僕は町に繰り出していた。

理由は単純明快。朝、秋穗に言われた通り、木隠のもとへと向かう為だった。

木隠の住んでいる場所は集落の外れにある木造の建物だった。二階建ての建物は一階がバーになっている。

扉を開けると、薄暗い部屋の中でカウンターを拭いている女性と目が合った。

「……まだ営業時間じゃないよ。それとも、そんなことも解らないのかね?」

「木隠さんに呼び出されたのですが」

溜息を吐いて、僕は女性に言った。

女性はそれを聞いて嫌々、といった表情で首を傾げると小さく溜息を吐いた。

「……木隠なら、店の奥に居るよ。地下室へと降りる階段を降りてその突き当りだ」

そう言って女性は面倒くさそうにカウンターの扉を開けた。

どうも、と一言言って頭を下げる僕はそのままカウンターを抜けて店の奥へと向かった。

店の奥も暗い部屋と通路が続いていたが、それほど入り組んでいる構造では無かった。まあ、どうやら風間修一の知識に木隠の部屋へのルートが残っているということは何度かここに入ったことがあるということなのだろう。それほど心を許している存在、ということなのだろうか。

そして地下室の階段を降りて、漸く木隠の部屋へと到着した。

「失礼します」

ノックをしたのち、僕は扉を開けた。

扉の向こうに広がっていたのは、畳の部屋だった。

「……おう、風間修一か。待っていたぞ、さあ入ってくるがいい」

靴を脱いで畳の上に立つ。

何というか畳に立つのはとても久しぶりな感じがする。あの世界にやってきて一年余り、実際には眠っていた期間を含めれば十年以上になるわけだけれど、畳の上に立つ機会は殆ど無かった。

それにしてもまさか異世界で畳の上に立つことが出来るとは思いもしなかった。

「……さあ、もっと近く寄ってきなさい。まあ、彼奴らに情報が流出するとは到底思えないが」

「彼奴ら? いったい誰がその情報を得ようと?」

何だかきな臭くなってきたぞ。

そんなことを思いながら、僕は木隠の話を聞くために近くに向かった。

木隠は卓袱台にあった湯呑をもって、それを傾けた。

そうして一息吐いたのち、木隠は話を始めた。

「長い話をすることになると思うから、はっきりと結論から言っていきましょうか。……近々、この世界を滅ぼすほどの大災厄が起きるでしょう。あなたにはそれを守るべく、リーダーを務めていただきたいのです」

言葉の意味が理解できなかった。

いったいどうして木隠はその『戦争』が起きることについて理解できていたのか。それと、どうして僕をリーダーに任命したのか。その二つがどうしても気になってしまって仕方なかった。出来ることならさっさとその疑問を消化してしまいたかった。

しかしながら、僕の質問をするタイミングを奪ってもなおさらに話は続けられていく。

「……はっきり言って、疑問を浮かべていることでしょう。なぜあなたが、そしてなぜそんなことが解るのか。まあ、もしかしたら後者についてはそこまで気になっていないかもしれぬの。なぜなら、私はかつて『神』と呼ばれた存在。今は使徒と名前を変えてしまっているが……世界の仕組みそのものについては人間以上に理解しているつもりだよ」

「いや、そう言われてもさっぱり話が理解できないし、呑み込めないのですが」

「だから、言っているだろう」

すっくと立ちあがる木隠。

僕はそのまま正座をしている形で、その木隠を見上げる形になっている。

木隠はさらに話を続ける。

「あなたは、あなた自身があまり抱いていないかもしれませんが、力を持っているのですよ。その力がどういう力であれ……、あなたはこの世界を守る必要がある。それは『使徒』全員の話し合いで決定した事項だよ。おぬしには拒否権はあるが、しかしながらそのあとはどうなるか……残念ながら」

首を振って、木隠は言った。

とどのつまり、今のうちに素直に首を縦に振っておけば強硬手段に出ることは無い、と。

「……何というか、汚いやり方ですね。それって提案というよりも脅迫じゃないですか?」

「受け取り方はどうだっていいのだよ、この際。はっきり言わせてもらおうか。昔は、神の言うことはだいたい信じていた人々が多かった。それはなぜか? 我々神が人々を安寧へ導いていたからだよ。正しい方向へと導いていたからだ。しかし、人間が勝手にくだらないことをやってのけた。それはまあ、言わずとも解るだろう? 人間がいったい何をしてしまったのか、そしてどうしてこのような世界になってしまったのか」

はっきり言って、解らなかった。

偉大なる戦い以前の歴史は確か教科書でも曖昧にしか書かれていなくて、その理由が文献が殆ど残っていないから――だったはずだ。それでいてあの教科書は今になっていろいろと情報がアップデートされているから少し古い教科書だと言っていた。だったらそんなものを学生に買わせるのではない(僕ははじめ知らなかったがラドーム学院の教科書は全員購入するスタイルだった)、と言いたかったが、それは今言わないでおこう。

「……おぬしが悪いことでは無い。ただ、人間がしでかしたことであることは間違いない。それによって、神の中でも議論がなされた。それは、どういう議論であるかこの話の流れで察しが付くだろう?」

「――人間をこのまま、神の監視に置くべきかどうか、ですか?」

その言葉に木隠はゆっくりと頷く。

「その通り。しかしながらそれにはある問題も絡んでいる。我々がこの世界に存在し続けられるのは、神として人間が信仰しているから。人間が神を信仰しなければ、その神は存在し続けられなくなる。それが神話であり、それがルールとなっている」

「……でも、あなたは今目の前に居るじゃないですか」

「それは我々が『使徒』という新たなジャンルで生きることを望んだからだ。神は人々の信仰が無ければこの世界に顕在することはできない。ならばどうすればいいか? 選択肢としては二つ存在していた。一つ、この世界を捨てもともとの神が住む世界……我々はそれを『神界』と呼んでいるがね、そこに移り住むことだった。しかしながら私のようなハグレモノはそこに住むことすら許されん。日ノ本に住んでいたのならば、あの神の名前は知っているだろう?」

そして、木隠は一息おいてその名前を言った。

「――『アマテラス』。人間も我々もそう呼んだ。日ノ本創始の神として言われている。正確には高天原を治めた神だったな。そしてその高天原を取り囲むように神界は存在する。そのアマテラスに認められなければ、その神はハグレモノとなる。言ってしまえば追放者の烙印を押されたようなものだ。そうなったらあの世界には行けない。となれば、どうすればいいか? 簡単だ。もう一つの方法を試すほか無かった」

「もう一つの方法……それはいったい何だっていうんですか?」

僕の問いに、木隠は笑みを浮かべて――軈て答えた。

「神の地位を捨て、この世界に永住すること。神の存在意義が消失し、代わりに別の存在意義が誕生する。神だったころに得ていた特殊な力はすべて消えてしまうことは無いが、殆ど抜け落ちてしまうと言っていいだろう。なぜなら、神は人間に信仰されて存在することが出来る。そして、その力というのも人間に信仰されることで得られるものばかりだ。その信仰を失ってしまえば、もともと持っていた力しか使うことが出来ない。……そうやって世界各地のハグレモノどうしが集まったのを、我々は新たにこう呼んだ。『使徒』、と」