第十話

 

僕たちは馬車を乗り継ぎ、ハイダルク最北端の港町、バイタスへ到着した。

エルファスやリーガル城の城下町と比べるとその喧騒は少なく、静かな、ゆったりとした雰囲気が流れていた。

もう夕方になっていたので、スノーフォグへの船は既に終了していた。もともと急ぐ旅ではないと考えていたので、無理に急ぐことなく明日の朝スノーフォグへ向かうことで僕たちの意見は集結することとなった。

今回僕たちが泊まることとなった宿は埠頭近くの小綺麗な宿。下宿と酒場を兼ねている、人気のあるお店だ。二人部屋が二つも空いているとは考えていなかったが、意外にもスムーズにとることが出来た。

一階のレストランで僕たちは夕食をとることになった。

「はい、今日のメニュー」

そう言って女性――女性にしては屈強な身体だし、顎鬚も生えているが、それについてはあまり言及しないほうがいいだろう――は四人分のおかずとライス、スープをお盆に乗せて持ってきた。

おかずは鳥の丸焼きにソースをかけたようなシンプルな料理となっている。周りには野菜が盛り付けられている。なかなかシンプルな盛り付けとなっているけれど、とても美味しそうだ。

「いただきます」

両手を合わせて、頭を下げる。

どうやらそういう形式的なものは異世界でも特に変わらないようだった。それはそれで嬉しいし、むしろ好都合であった。

そうしてフォークを手に取ると、鶏肉のスライスを刺し、それを口に入れた。

すぐに口の中に塩気が広がる。その塩気はライスを進ませるにはちょうどいい味付け。ずっと今日馬車を乗り継いできて、とても疲れている僕たちにとってはちょうどいい塩気と言ってもいいだろう。汗をかいていて、塩分を欲しているというのもあるだろうけれど。

「美味しい……!」

「そう言ってくれると、作った甲斐があるというものだよ。はい、これサービス」

そう言って女性はもう一つお皿を持ってきた。

そのお皿には刺身が乗っていた。

「刺身……。こんな量の刺身をサービスで、いいんですか?」

訊ねたのはメアリーだった。

女性は首を振って、

「ああ、ああ。いいんだよ。そんな畏まらなくて。うちはそんな固い雰囲気じゃなくていい。アットホームな雰囲気を目指しているからね。だから普段通り話してくれればいいし、これはあんたたちがとっても美味しそうに食事をしていたから、それについての礼と思ってくれればいいよ」

そうして女性は厨房のほうへと向かっていった。

刺身の内容を改めて確認すると、色とりどりの魚の切り身が入っていて、とても美味しそうだった。

刺身と言えば、醤油だ。しかし、疑問となるのはここが異世界であるということ。ならばこの世界では醤油の代わりに何をつけるのだろうか……。

そんなことを考えていたら、メアリーが小皿に黒い液体を注いだ。テーブルの脇に置かれていた小瓶から注いだものだった。

小瓶にはこう書かれたシールが貼られていた。

マキヤソース。

この世界の人間はこれを使っているのか――僕はそう思って、メアリーからマキヤソース入りの小瓶を受け取った。マキヤソースを小皿に注いで、今度はルーシーに手渡す。

小皿に満たされた黒い液体。それは何も言われなければ醤油のそれと等しかった。

箸を手に取って、刺身をとる。そうしてマキヤソースにつける。すると脂が浮いた。けっこう脂が乗っている魚なのかもしれない。

そして僕はそれを口に入れた。

「……美味い」

やっぱり、それは僕が知っている醤油そのものだった。やっぱり、醤油の生産技術は異世界でも共通なのだろうか。

そして僕たちは、夕食へと戻っていく。

そのどれもが美味しく、とても満足できるものだった。

そして、夕食後。僕たちは部屋へと戻るべく、廊下を歩いていた。

「ところでスノーフォグとメタモルフォーズって、何か関連性があるのかな?」

ルーシーがふいに問いかけた。

「今のところ関連性は無いと思うけれど……しいて言うならば、祈祷師が国王をつとめていることかしら。祈祷師はガラムドの子孫だし、何か詳しいことを知っているのかもしれない」

「祈祷師……か」

「まあ、難しいことを考えるのはよしましょう」

言ったのはレイナだった。

「どうせスノーフォグには明日向かうのでしょう? だったら、難しいことは考えないで、また明日考えたほうがいいじゃない。私はいつもそういう感じで生きてきたし」

……難しいこと、か。

そう言われてみると、今日はとても疲れていた。

僕は大きな欠伸をして、そう思った。

「それじゃ、詳しいことはスノーフォグに向かう船の中で考えることにしましょう。それでもまだ遅くないから」

メアリーの提案を受け入れて、僕たちは眠りにつくことにした。

そう結論付けたところで、ちょうど僕たちの部屋――右側が女性陣で、左側が男性陣の部屋に到着した。

向かい合って、僕たちは言った。

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ、また明日」

そうして僕たちは、それぞれの部屋へと入っていった。

 

 

「……熱い」

僕は深夜、熱さで目を覚ました。

目を開けると、カーテンの向こうが赤く照っていた。

……もう朝か?

しかし、朝の光にしてはとても赤すぎる。それに、まだルーシーは寝息を立てている。

ならば、何だというのか?

カーテンを開けた僕の目に広がったのは――燃え盛るバイタスの区々だった。

「ルーシー、起きろ! 大変だ、町が燃えている!」

僕はそれを見て、大急ぎで、慌ててルーシーを起こした。

ルーシーは当然すぐに起きることは無かったけれど、強引に何度も揺り起こした。

ルーシーが起きたのはそれから数十秒後のこと。とても気分が悪そうに見えたが、そんなことはどうだっていい。あとで謝罪すればどうとでもなる。

問題は現状の把握。そして、どうすればいいかという解決策の考察だ。

「……ううん、どうしたんだよ。フル、そんなに慌てて」

「慌てている場合なんだよ! いいから、急いで目を覚ましてくれ。話はそれからだ!」

何度も叩き起こして、ようやくルーシーは起き上がった。そして少しして、窓から見える光景を見て――目を丸くした。

「おい、これっていったいどういうことだよ……!」

「だから言っただろう!! この状況、いったいどういうことか……取り敢えず、メアリーとレイナだ。彼女たちが無事かどうか、確認しないと!」

そうして僕たちは大急ぎで着替えると、メアリーたちが居る向かいの部屋へと向かった。

向かいの部屋の扉をノックして、扉を開ける。緊急事態だったので乱暴になってしまったが、この際仕方がない。

扉を開けるとそこに広がっていたのは――炎だった。

「……また、少しだけ遅かったね」

一人の男が溜息を吐いて、僕にそう言った。

メアリーとレイナの姿は無く、代わりに一人の男が立っている状態になっていた。

「メアリーと……レイナは?」

「それを君に伝えるメリットがあるとでも?」

「メリット、だと……!」

一歩踏み出したのはルーシーだった。

ルーシーはそのままその男に向かって走り出すのではないかと一瞬考えたが、彼もかれなりに考えているのだろう、その場で立ち止まった。

炎のように燃える髪を持つ男だった。赤いシャツに赤いズボン、それを際立たせる白いネクタイを着用した男は大人びた格好こそしているが、その表情は僕と同じかそれよりも若いように見える。

男は笑みを浮かべる。

「君が……予言の勇者だね。ああ、何で知っているのか、ということは言わないでいいから。僕には僕なりの情報網があるということだよ。それについては語ることはしなくていいよね」

「さっきからべらべらと……。いいから、メアリーを、レイナを、返せ!」

僕は男に対して、剣を向ける。

しかし男はそれでも表情を変えることは無かった。

「それは噂のシルフェの剣、だね。けれど、それで勝てると思っているのかな? 解っていないようだから教えておくけれど、僕はこの町を火の海にしたのだよ。それだけで僕の実力は理解してくれるかな? あと、こちらには人質が居る。それだけで、それを聞いただけで、君たちにとって相当不利な状況であることは充分理解できると思うのだけれど?」

それは彼の言う通りだった。

僕は未だ数日程しか魔法、剣戟の技術を持たない。それだけでも圧倒的不利な状況だというのに、この町を火の海にするほどの魔法を放っておいて、未だ余裕を見せているということは、実力を隠しているということだ。あれほどの魔法を放っておいて、未だ?

そう考えると、僕は前に出ることが出来なかった。

「そうそう。それが最善の選択だよね。そんな君にはリワード(ごほうび)をあげないとね。僕たちが所属している組織、その名前は魔法科学組織『シグナル』。リーガルを襲った彼女は、しょせんシグナルの一端にもかなわない。そりゃ、命令こそはしているけれどね、彼女もまた、シグナルの手足に過ぎなかったのさ」

そして、男は窓に足をかける。

忘れ物をしたかのように振り返って、男は言った。

「ああ、そうだった。忘れていたよ。僕の名前はバルト・イルファ。見た目とこの町を灯の海にしたことで理解できると思うけれど……炎の魔法を使う魔術師さ。また会った時には、成長を期待しているよ、予言の勇者君」

そして、今度こそバルト・イルファは外に飛び出していった。

どんな魔法を使ったのか――バルト・イルファの姿はすぐに見えなくなってしまった。

 

◇◇◇

 

「予言の勇者が来訪し、この世界を救うべく行動を開始した」

バルト・イルファは自らの魔法で燃え盛る町を駈けながらつぶやく。

「軈て、彼はこの世界を救うことだろう。……それが彼にとって最善の選択であるかどうかは、定かでないが」

たん! と跳躍して、五階建てほどの高い建物から飛び降りる。

地上に到着するも、魔法で衝撃を少なくしたためか、特に彼にダメージは見られない。

「……いずれにせよ、彼が望んだことだ。今度の世界がどうなるか、楽しみにしているよ。フル・ヤタクミ」

その笑顔はとても楽しそうだった。

まるでこれから起きるシナリオを、すべて理解しているかのように。