第十四話(4)

 

僕たちは、タイソン・アルバとの船と別れた。

徐々に、タイソン・アルバの船が小さくなっていく。乗組員の人たちも、どんどん小さくなっていった。どうやら彼の言った通り、ほんとうに優しい人ばかりなのかもしれない。

「なあ、フル。ほんとうにこれを受け取って良かったのか?」

ルーシーは僕が持っている知恵の木の実を指さして、言った。

「まだ言っているのか、ルーシー? 別に僕は問題ないと思うよ。いや、正確に言えば問題ないわけじゃないけれど、このまま後ろ向きに物事を考えていちゃダメってこと。前向きに考えないと。僕たちはこの世界を、救わないといけないのだから」

「そう……かもな」

ルーシーはあっさりと納得してくれた。

「ところで、メアリーはどこへ向かったのかしら?」

レイナは僕の目の前にあったコンパスを覗き見る。

タイソン・アルバからもらったもう一つの品。金色に輝くコンパス。普通に考えると富豪が持つ嗜好品のように見えるが、彼曰く、探し物を見つけるためのコンパスなのだという。

だから、僕はその言葉を信じて、メアリーを探した。

するとそのコンパスは北西の方角を指した。

「……北西だ」

「北西。オーケイ、それじゃ向かおうじゃないか。メアリーを助けに!」

そうしてルーシーは舵を取ると、船を北西へ向けていくのだった。

チャール島が――僕たちの視界がそれを捉えるまで、そう時間はかからなかった。

 

◇◇◇

 

「良かったのですか」

「何がだね」

そのころ、タイソン・アルバの海賊船では、部下の一人とタイソン・アルバが話をしていた。

タイソン・アルバは部下の言葉を背中で受けて、踵を返した。

「予言の勇者に最後の一つを差し出して。確かにあれが一つあればリュージュを油断させることも出来ましょう。しかし、あれは我々の切り札だったはず。それを差し出すことで、我々には打つ手なしということになってしまいます。もしこの状況でリュージュの手先がやってくるようだったら……」

「それは、その時に考えるしかあるまい。神が我々の生きる時間がそこまでと定めたならば、それに従うまで、だ」

「しかし……!」

焦る部下を他所に、タイソン・アルバはその言葉を手で制した。

「積もる話もあるが、一先ずここまでとしよう。……なぜなら、」

彼の背後には、一人の少年が立っていた。

燃えるような赤い髪に、赤いシャツ。そしてその赤を引き立てるような白い肌。

バルト・イルファが、タイソン・アルバの背後に立っていた。

それを確認するように背後を見つめて、タイソン・アルバは言った。

「――上客がやってきたようだからな」

踵を返し、タイソン・アルバはバルト・イルファと対面する。

バルト・イルファは笑みを浮かべて、両手を広げた。まるで、自分には戦う意思が無いということを見せつけるかのように。

バルト・イルファは一歩近づき、

「お久しぶりです、タイソンさん。どれくらいぶりでしょうね? あなたが僕の調整役から離れて……ということになるので、もう五年近くになりますか? まさか、このような形で再会することになるとは……。いやはや。運命とは皮肉なものですね」

「バルト・イルファ……。私もまさか、このような状況で再会することになるとは、思いもしなかったよ。それに、これほどまでに時間がかかったのは、ただ手古摺っただけでは無いのだろう? 例えば、そう……。予言の勇者と私を邂逅させるために、それまで待機していた、とか」

それを聞いてバルト・イルファは目をぴくりと痙攣させた。

「……解っていましたか。さすがは、リュージュ様がお目を掛けていただけはある」

「舐めるなよ、メタモルフォーズと人間の合成獣が。私はお前をそのような戦闘兵器にするために開発したわけではないのだ。人間の進化の可能性に賭けていた……ただ、人間の進化、そのためだけに……!」

「舐めているのはお前のほうだよ、タイソン・アルバ」

バルト・イルファは今までと口調が変わった――冷淡な口調でタイソン・アルバに言い放った。

タイソン・アルバが驚いている様子を見せていると、バルト・イルファはそれに気付いて溜息を吐く。

「第一、僕が何を言っているか解っていない。もっと言うならば、なぜここにやってきたのか解っていない。タイソン・アルバ、お前は解っているつもりでその発言をしたのかもしれないが、リュージュ様はもともと人間の進化の可能性で僕たちを開発したんじゃない。いや、リュージュ様直々に開発したわけじゃないから、正確にはその命令をしただけではあるが。リュージュ様はもともと一つの結末に向けて、すべてそれのために物事を実行しているだけに過ぎない。僕たちを開発したり、メタモルフォーズの研究をしたり……」

「まさか……、そんな、まさか! そんなはずがあり得ない! リュージュが、もともと、人間の進化の可能性を考えずに……。では、もともとその得体のしれない計画を実行していた、ということなのか!?」

こくり、とバルト・イルファは頷いた。

それを聞いて、タイソン・アルバは信じられなかった。それは即ち、自分の研究がずっと裏切られていた――ということなのだから。

バルト・イルファの話は続く。

「リュージュ様は誰にもその計画を話したことはない。だが、僕たちの研究はもっと大きな計画によって実行されていたことは、僕たち自らが調べ上げて知ったよ。まあ、だからといって何も変わらない。リュージュ様に対する忠誠は変わることがない、ということさ」

「リュージュへの忠誠……。違う、それはきっと、プログラミングされたものに過ぎない! リュージュは自らの臣下に置くメタモルフォーズを開発する際、彼女の命令を聞くように、彼女の忠誠心を常に持つように思考をプログラミングしろ、というのがあった。だから、それによって……」

バルト・イルファはもう話を聞くのが面倒になったのか、頭を掻いた。

そうして、深い溜息を吐いて、バルト・イルファは言った。

「あんた、いろいろと煩いよ?」

バルト・イルファは右手に炎を作り上げた。ノーモーションで生み出す魔術は、彼自身が魔術の仕組みを理解していることと、それについての代償が存在していないと不可能だ。しかし、それが実行できているということは……、その二つが成し遂げられているということを意味していた。

それを見たタイソン・アルバは、もう逃げられないと悟った。

だからこそ、彼は言った。

「……こうやって邪魔者を消していく、というわけか。差し詰め、お前はリュージュにとっての邪魔者を消す暗殺部隊ということになる……わけか」

「何が言いたいのですか? 哀れみ? 憐み? それとも、悲しみ? もしその感情を抱いているのならば、無視していただいて構いませんよ。あなたにとって、それは関係のないことですし、そもそもあなたはその対象に殺されようとしているのですから」

「バルト・イルファ……!」

「一応、リュージュ様に言われていたので、最後に確認しておきましょうか」

バルト・イルファは右手に火球を構えたまま、タイソン・アルバに訊ねた。

「もし今、ここで『戻る』と言ってくれればあなたの命は保証しましょう。後ろにいる、正確に言えばこの船に乗っている研究員の方々の命ももちろん保証します。しかし、ノーというのであれば……」

「存在価値があるから、殺すのが惜しいということか。リュージュも切羽詰まっている、ということだな」

バルト・イルファは何も言わなかった。

「……図星か。ならば、答えは最初から決まっているよ」

タイソン・アルバは目を瞑り頷くと、バルト・イルファに向き直った。

「私はもうあの場所には戻らない。人間を危険に晒すような研究をわざわざやりに戻るほど、私も馬鹿な人間じゃない」

バルト・イルファはどこか遠くを見つめたような表情をして、頷く。

「……そうですか。それは非常に残念です。タイソンさんは非常に優秀な研究者であることから、戻る意思があるのならば丁重に扱うようリュージュ様からも言われていましたから……」

そうして。

バルト・イルファの持っていた火球が徐々にその大きさを増していく。

バルト・イルファの顔から、笑顔が消えて――彼は言った。

「ならば、あなたの逃亡生活もこれで終わりです。タイソン・アルバ。あなたがずっと過ごしてきたこの船と、あなたを信じてついてきた研究員とともに海の藻屑と消えなさい」

直後。

タイソン・アルバの乗っていた海賊船は、火球により真っ二つに分断された。

 

◇◇◇

 

チャール島に到着したのは夕方だった。スノーフォグ本土、ハイダルク島と比べると非常に小さい島であり、海岸線及び港の周りに建造物があることから、そこが島の中心なのだろう。

港にある橋に船を停泊させ、碇を下す。

「着いた。ここが……チャール島だ……!」

僕はそう言って、チャール島の大地に足を踏み入れた。

ルーシー、レイナ、シュルツさん、それぞれ荷物を持って同じように大地に降り立つ。

「それにしてもとても小さい町だね……。もしかして、ここがチャール島の中心街なのかな」

ルーシーの問いに、僕は答えることはできなかった。

それよりも町に広がる異様な気配が、とても気になっていた。

夕方なら、町に活気があってもおかしくない。それどころか、民家に明かりが灯っていない。

「どうして、人気が全く無いんだ……?」

チャール島の港町、フィアノにはただ風の吹く音だけが空しく聞こえるだけだった。