第十四話(3)

 

海原を甲板から見つめていた。

この世界の海を見たのは、実に二回目になる。一回目は自分たちの船では無かったが、今回は自分たちの船。一回目と比べると少々余裕が生まれている感じになる。正確に言えば、今回の船だって自分自身で手に入れたものではなくリュージュの温情によって手に入れたものになるのだけれど。

「……どこへ向かうつもりだい?」

同じく甲板に立っていたルーシーが僕にそう問いかける。

「先ずはチャール島へ向かおうと思う。タイソン・アルバの足取りがはっきりとしないわけだし……、この広い海を闇雲に探すよりかはそちらのほうがいいんじゃないかな」

「確かにそうかもしれない。けれど、タイソン・アルバの話は無下にしても別に問題ないような気がするけれど……」

それを聞いて、僕は思わず振り返る。

約束を反故にするなんて、ルーシーらしくない発言だ。いったいどういう風の吹き回しなのだろうか?

ルーシーの話は続く。

「確かに人と交わした約束は守るべきだ。それに約束を交わした相手が国の王ならば、猶更ね。けれど、それ以上にやらないといけないことがあると思うんだよ。そうは思わないか? まあ、君は予言の勇者として世界を救うという目的があるから、小さいサブミッションをこなすことも大事なのかもしれないけれど……」

「それはそうだよ。やっぱり、世界を救うことは大事だ」

そうは言ってみたものの、やっぱり世界を救う――その大まかな流れはどうすればいいかはっきりとしていなかった。だってそもそも世界が壊れるような大きな問題に発展していないのだから。

そもそもこの世界はほんとうに壊れていくものなのだろうか。実際、メタモルフォーズによって徐々に世界が蝕まれていくのは解る。けれど、僕たちが旅をするほど重要なことなのだろうか、と考えると答えは出てこない。

「……世界を救うこと、か。フルは強いんだな。俺には全然出来ないよ、そんなこと」

「僕は――」

強くない、と言いたかった。

けれど、それは出来なかった。

ルーシーの期待を、裏切ることになってしまうと思ったから。

ルーシーに申し訳ない気持ちになってしまうから。

「おい、二人とも。そんなところで話している場合じゃないぞ!」

レイナの言葉を聞いて、僕たちは踵を返した。

そこに立っていたレイナは真っ直ぐと海の向こうを指さしていた。正確に言えば僕たちの船の進行方向でもあったわけだが。

「何が向かっている……?」

「マストに上って確認してみたけれど、あれはどうやら海賊船みたいだ! ……急がないと、このままだとぶつかってしまう!」

「ぶつかる……だって?! 相手は認識している、だろうな。だから、避けることは難しい……。となると、後、残された選択肢は」

戦うか、逃げるか。

そのいずれかしか残されていない、ということになる。

ともなれば、どうすればいいか。

「フル」

ルーシーが、僕の隣に立って、言った。

「……こういうとき、メアリーなら何て言うと思う?」

それを聞いて僕は頷いた。

「……きっと、メアリーならこう言っていただろうな。『戦おう』って」

剣を構えて、海賊船を見つめる。

それを見ていたレイナとシュルツさんは小さく溜息を吐いて、

「仕方ないわね……。私たちも準備することにしますか」

「戦いはあまり好きじゃないのだけれど……。まあ、仕方ないよね。避けられないというのであれば、猶更だ」

そうして僕たちは、それぞれの武器を構えて――海賊船を見据えた。

 

 

海賊船が僕たちの船にぴたりと並ぶように停止したと同時に、僕たちの船も停止した。

そして、僕たちは海賊船の甲板に居る戦闘員たちをまじまじと見つめる。

「……人、多くない?」

ルーシーの抱いた第一印象――それは人の多さだった。

海賊船の人員がどれくらいかははっきりしていなかったとはいえ、四人で捌ききれる量だと勝手に思い込んでいた。

しかし、海賊船の乗組員は少なくとも五十人は居るだろう。その全員がサーベルを片手にこちらの船を見つめていた。

「人が多すぎ……。あーっ、でも、やるっきゃない!!」

レイナが覚悟を決めて、乗り込んでくるであろう戦闘員を待ち構えた、ちょうどその時だった。

先頭に立っていた赤いマントの男が右手を掲げた。

海賊が被るような黒い帽子を被っていた男は、おそらく船長だろう。赤いマントの下には黒い白衣――言葉が矛盾しているようだが、正確に言えば研究者が着用するような白衣だ――を身に着けていた。

男は言った。

「一言だけ言っておこう。我々は戦闘をする気はない。……そちらの船の面々とお話しがしたいだけだ。君たちは、おそらく私の名前を知っているだろう?」

そう言ってニヒルな笑みを浮かべる。

そして、僕はその顔を見て――失礼なことにその男を指さし、こう言った。

「お前は……まさか、タイソン・アルバ……!」

そう。

そこに立っていたのは、リュージュから捜索を依頼された、行方不明の科学者――タイソン・アルバだった。

「ん? その様子だと、もうリュージュから私の話を聞いている、ということになるな。結構、結構。できることならそちらのほうが大変有り難かった。一度初めから話をするのは非常に面倒だからな」

「……あなたは、いったい何者なんですか。確か、知恵の木の実を作り出すものを生み出した、と……」

「正確に言えば、そいつは間違っている。私はいろいろなものを研究し、そして実際に生み出した。しかしながら、それは大いなるリュージュ様のためを思って、そして、世界のために作り出したものに過ぎない。あのころの私は……はっきり言っておかしかった。風変りだった、といってもいい。けれども、私は研究が楽しかった。大好きだった。それを、あの女に付け込まれたといってもいいだろうな……」

そう言って。

タイソン・アルバはゆっくりとこちらの船に乗り込んできた。

僕たちはタイソン・アルバが何を仕出かすのか解らず、戦闘態勢を取った。

それは相手も同じだった。タイソン・アルバ以外の乗組員も皆、同じように戦闘態勢に入る。

しかし、タイソン・アルバだけが冷静に、それでいて普通に、踊るように歩いていた。

「……何を考えている? タイソン・アルバ。僕はあなたのことは知らない。知らないからこそ、訳が分からない。一体全体、あなたは何を……」

「私から言わせてみれば、君たちのほうがおかしい考えを持っている、ということになるよ。予言の勇者一行、とでも言えばいいかな?」

「……それをどうして?」

「知らないわけがない。リュージュはずっとそれを望んでいた。ずっと、予言の勇者がこの世界にやってくることを欲していた」

「……つまり、リュージュはずっと」

「ああ、知っていたとも。知っていたからこそ、計画を実行に移すことを考えていた」

徐々に、タイソン・アルバが恐ろしくなってきた。

いや、実際には予言の勇者――つまり、ぼくのことだけれど――を何らかの計画に組み込もうと考えていたリュージュが恐ろしいのだが、それ以上に、タイソン・アルバが恐ろしい。どうして彼はそこまで事実を知っているのか、ということに驚いている。そこまでぺらぺらと語られてしまうと、ほんとうに彼の言っている言葉は正しい言葉なのかどうか解らなくなってしまう。

「タイソン・アルバ。あなたはいったい、何を知っている? そして、何をしようとしている?」

「私は何もしようとは思っていないさ。……ああ、いや、それは間違いだったね。正確に言えば、私は間違いを正そうとしている。ただ、そのためには力が必要だよ。だからこそ、それは間違いだったと思っている、その自分を正すことと等しい。私はいったい何をしていたのか、気づくまでにあまりにも時間がかかりすぎた」

「それは……」

「リュージュに従って行った研究は、最終的に人間を滅ぼす悪魔の研究だった、ということだ」

その言葉は、端的であったが全てを表していた。

リュージュが求めていたもの――その意味が漸く解ってきた。

タイソン・アルバの話は続く。

「……正確に言えば、ずっと私の研究は私のメリットがあるものしかしてこなかった。それは当然だ。それが研究者たる所以と言っても過言ではない。けれど、あの研究を始めたとき……私はもう、あの女王にはついていけないと思った。知恵の木の実は、この惑星の長い記憶をエネルギーにすることで、それを錬金術の素材としている。そして、それを人工的に作るとすれば、……はてさて、何が必要だったと思う?」

「まさか……!」

ルーシーの言葉に、タイソン・アルバは大きく頷いた。

「そこの君はもう解っているようだね。……そうだ、知恵の木の実は記憶エネルギー。つまりその記憶エネルギーを濃縮させたものが知恵の木の実。……人間の記憶エネルギー一人分ならばたいしたエネルギーではないかもしれないが、それが何十人と集まれば、どうなるか? あっという間に知恵の木の実の完成だ」

「人を殺した、というのか?!」

僕は思わずタイソン・アルバを睨み付けていた。けれど、そうなるのも当然だ。つまり、私利私欲のためにタイソン・アルバはたくさんの人間を犠牲にしたのだから。

タイソン・アルバは憂う目で僕たちを見つめた。

「……そう言う気持ちも解る。だが、激高せずに最後まで聞いてほしい。私は確かにそれを望んだかもしれない。だが、それを作り出していくうちに、私は何をしているのか……解らなくなってきた。老人も、少年も、青年も、子供も……私は容赦なく彼らの記憶を知恵の木の実という器に満たしていった。それによって、私の精神は……壊れた。そう、壊れてしまった」

「それで――リュージュから逃げた、ということか?」

こくり。タイソン・アルバはそうしっかりと頷いた。

タイソン・アルバの話を聞いているうちに、僕たちは共通の見解を示すようになった。

 

――リュージュは僕たちにとって、害のある存在ではないだろうか?

 

リュージュを害のある存在とは思っていなかった。別に百パーセントの善人であるとは到底思っていなかった。とはいえ、国を治める人間だからある程度の信用を置いていた。

しかし、今思えばそれが間違いなのかもしれない。

「リュージュはメタモルフォーズの研究をしていた。その指導者であったよ。正確に言えば、研究自体は研究者に任せて、彼女はその統括を行っていた……ということだ。私はその中で一研究員に過ぎなかったが……、その研究内容が高評価だったためか、かなりの確率でリュージュに途中経過を報告することが多かった」

「そこでリュージュに出会った、と」

再び、タイソン・アルバは頷いた。

「リュージュは、私の研究にかなり力を注いでいるようだった。シュラス錬金術研究所……今はどうなっているのか知らないが、あそこの所長がよく私に言っていたよ。メタモルフォーズの研究よりも、最近はそちらのほうに熱が入っている、と」

シュラス錬金術研究所といえば、この前入った場所だろう。メアリーをかくまっていたらしいが、僕たちがやってくる前にバルト・イルファが別の場所に護送したらしい。だから会うことは出来なかったのだが、最後に水を操るメタモルフォーズが出てきたのは覚えている。あいつはかなり強敵だった。レイナの機転が無ければ倒すことが出来なかったかもしれない。

ということは。

タイソン・アルバは別に悪い人間ではない――ということなのだろうか。確かに、話だけ聞いてみればタイソン・アルバは研究について自分の探求心を貫いてきただけであって、結局悪いことをしていたわけではない。むしろそれを命令したリュージュが悪い、という結論になるのだろうが。

「私の研究は長く続けられることとなった。潤沢な資金も入り、人を集めることもできるようになった。そうして、人はどんどん知恵の木の実になっていった。私はそれを毎日献上していった。それを目の前でリュージュは一口齧り、その味を確かめていた。……知恵の木の実に味があるのかは、食べたことのない人間には解らない話ではあるがね」

「……一つ質問なのだけれど、記憶エネルギーを失った人間はどうなる?」

「死ぬよ。記憶には色々な種類がある。記憶は行動を起こすと電気信号に変換され、脳のネットワーク内を縦横無尽に駆け巡る。そして最終的に長期的に記憶を保管する場所に記憶として保管される。そしてその容量は無限大といっても過言ではない。もちろん、星の記憶と比べれば微塵にも満たないがね。その記憶が一切失われた状態……それは即ち、赤ん坊と同じ状態になる。本来は生きていてもおかしくないのだが……、はっきり言って生きるのは不可能だと思うよ。だから、正確に言えば、死ぬのではない。『生きることが社会的に難しくなる』ということだ」

「新たに記憶を覚えることもできない、と?」

「簡単に言えば、記憶を覚えることと記憶を思い出すこと、この処理は有限だ。つまり回数を増やしていけば、それほど昔の記憶は思い出せなくなってしまう。記憶エネルギーの取り出しは通常の記憶を思い出すことよりも脳に負荷をかけてしまう。だから、記憶エネルギーを完全に吸い出されてしまったあとの脳は、記憶力がほぼ皆無と化してしまう。すぐに物事を忘れてしまうことや、メモを使わないと日常生活を送れなくなるほど。というか、自分が何者であるかすら解らないからね。まずはそこから覚えてもらう必要があるけれど」

タイソン・アルバはそこまで言って、会話を区切った。

僕たちとタイソン・アルバ、それにタイソン・アルバの船の乗組員たちの間で、静寂が広がる。

静寂を破ったのは、シュルツさんだった。

「……それで、今まで話を聞いてきたわけだけれど、一つ解らないことがある。タイソン・アルバ……だったかな。君はいったいどうしたい?」

「どうしたい、とは……どういうことだ?」

タイソン・アルバはシュルツさんのほうを見て言った。

睨み付けているように見えるが、敵意を抱いているのだろうか?

そんなことはないと思うが、シュルツさんもそれに負けじと同じように睨み付けるようにタイソン・アルバのほうを見て、

「つまり、簡単なことだ。タイソン・アルバ、あなたはずっと海で生活をしてきたのだろう? おそらく、リュージュから逃げるように。だけれど、彼らに話をしたということは、何らかの意味があったから。そして予言の勇者であるということを知っていたのならば、猶更だ」

「……そういうことか。確かにその通りだ」

タイソン・アルバは頷いて、僕のほうに向きなおすと、

「フル・ヤタクミ。リュージュを止めてくれないか」

唐突に話題が変わってしまい、僕はたじろいでしまった。

しかし、タイソン・アルバは今までの話を聞いていれば、リュージュは悪い奴だとしか言っておらず、助けてほしいなど一度も言ってはいなかった。いったい、どういう風の吹き回しなのだろうか?

しかしながら、タイソン・アルバの目は嘘を吐いているようには見えない。となるとやはり、ほんとうにリュージュを止めてほしいと思っている?

「信じてくれないかもしれない。だが、リュージュはきっと、何か考えがあって、それを行おうと思っているのだろう。それがどれほどの作戦の規模になるかは解らない。だが、そのために人間を……世界を危険に晒す必要なんて無い。それならば、何か別の方法があるはずだ。それを模索しないと、何も始まらない。そうではないか?」

「……つまり、あなたはリュージュは悪いことをしている一方、考えとしては悪いことをしていない、と?」

「そうは言っていない。ただ、殺すのはどうか、という話だ。戦うことは間違っていないだろう。なぜなら彼女は人道に反したことを行っているわけだから。けれども、そうだと言って、そのまま殺してしまうのはどうか、という話だ」

……タイソン・アルバはリュージュの味方でありたいのか、敵で居たいのか?

解らなくなってきたが、それを簡単に質問するわけにもいかない。

「だから、私はそのためにできることをする。まずはこれを君にあげよう」

そう言って、タイソン・アルバは知恵の木の実を差し出した。

けれど、それは人の記憶が詰め込まれたものだ。もっと言うなら、人の命がその一つ作ることによってどれくらい失われたのだろうか。それを考えると、素直にそれを受け取ることは出来なかった。

タイソン・アルバは僕が困っている様子を理解したのか、首を傾げて、そちらを見た。

「……もしかして躊躇しているのかね? ならば、それはあまり考えないほうがいい。これを開発した私が言うのも何だが……。この知恵の木の実にはまだ人間の生きたいという意思が込められている。どうか使ってはもらえないか? そうでないと、記憶エネルギーを吸われた人間が浮かばれない。あくまでも、これは勝手なエゴになるわけだが……」

命はまだ生きようとしている。

このような姿になっていたとしても。

まだ生きたいと願っている。

おそらく――もう元の姿に戻れないと知っていたとしても。

「……じゃあ、僕は、僕たちは、これをどう使えばいい?」

「おい、フル! この科学者(マッドサイエンティスト)のいうことを聞くのか?!」

ルーシーが僕とタイソン・アルバの会話に入ってくる。それにしても、本人の目の前でマッドサイエンティスト呼ばわりというのはどうかと思うが……。

それはそれとして。

タイソン・アルバは溜息を吐いて、頷く。

「それで、どうする? これを受け取るか、受け取らないか。これがどう作られたかはさておいて、知恵の木の実はこの世界において重要なアイテムだと思うが?」

「それは……」

知恵の木の実さえあれば、どれくらい戦闘が楽になるか。それは僕だって解っていた。けれど、やはりそれが生まれた由来がどうしても気になってしまう。人間の記憶エネルギーを濃縮することで作り上げた、人工の知恵の木の実。それを使うことは、命を蹂躙することにほかならないだろうか?

「知恵の木の実は重要なアイテム。それは解っている。けれど、それは人の命を使って生み出されたものなのだろう? だったらやっぱり受け取ることは出来ないと思うのだけれど、どう思う。フル? これはあくまでも僕の考えだ。だから、君が受け取るべきと言うのであれば、受け取って構わないと思うよ」

つまり。

ルーシーとしては別にどうだっていいが、どちらにせよ、人の命を使って生み出したものであることには変わりないということだ。

それは僕だって解っているし、理解している。けれど、知恵の木の実さえあれば大分戦略的に余裕が生まれる。

じゃあ、どうすればいいか。

一体全体、僕はどう選択すればいいか。

タイソン・アルバは話をつづけた。

「……私は君たちに、世界を救ってもらいたいと思っている。そして、その第一段階で手助けをしたい。これは私自身の贖罪だ。君たちにこれを使ってもらって、世界を救ってほしい。その一助になれば……私はそう思っているのだよ」

それは、勝手な言葉だった。自分勝手な言葉だった。

タイソン・アルバの、自分自身の贖罪という言葉を果たすための。

自分勝手な言い訳に過ぎない。

「……もう、その研究はしていないんだよな?」

僕はタイソン・アルバに訊ねる。

それは、ほんとうに贖罪の意志があるのか――その確認でもあった。

タイソン・アルバは間髪入れることなく、はっきりと言い放った。

「ああ。もうその研究はしていない。それに関する資料は破棄している。そして、これが人の記憶エネルギーを使って作り上げた最後の知恵の木の実だ。ああ、あと言わないでいたが、ここに居る乗組員は大半が私の研究を手伝ってくれた人たちだ。だから、彼らも私の味方ということになる」

「……それを聞いて、少しだけ安心した」

僕はそう言って、タイソン・アルバが持っていた知恵の木の実を受け取った。

「おい、フル。……いいのか、そいつを受け取って?」

「ああ。別に何の問題もない。……この世界を救うためにも、僕たちはこれを使うべきだ。そうじゃないと、この知恵の木の実に蓄えられてしまった命が無駄になってしまう」

「そう言ってくれて、とても嬉しいよ」

タイソン・アルバはポケットに入っていたコンパスを差し出した。

「……これは?」

「これは不思議なコンパスでね。探し物を見つけることが出来る。普通のコンパスは向いた方角を指すだろう? だが、これは違う。探したいものを、その思いを込めることでコンパスが方角を指すということだ。これも君に差し上げよう。……恐らく、何か探し物をしているのだろう?」

「なぜ、それを……」

「まあ、色々と解るということだよ」

タイソン・アルバはただそれしか言わず、踵を返した。

「……これから、どうするつもりだ?」

「これから、か。まあ、簡単なことだ。私たちにはもう居場所はない。ただ海を彷徨うだけだよ。港に到着して、食料を調達して、……一応海賊行為はしていない。そんなことをしてしまえば返り討ちにあうのがオチだ。だから我々は平和な行動しかしていない。これがいつまで続くかは解らないがね」