第十四話(2)

 

はてさて。

結局、その日僕たちはヤンバイト城の部屋にて眠ることとなった。食べ物も食堂にある料理を食べていい、ということだったので有り難くそちらを頂くことにした。そこについては国王の許可を貰っているので遠慮なく頂いたほうがいいだろう。もし何かイチャモンをつけてくる人間が居れば、そう発言して処理すればいい話だし。

しかし、生憎――というか結局、僕たちのことをとやかく言う人は居なかった。どうやら早くに根回しをしてくれたらしい。それはそれで大変有り難いことだと思う。

さて。

夕食は美味しいものだったかといわれると、はっきり言って普通だった。『普通』をどの段階で言えばいいのか……という話になってしまうかもしれないが、正確に言えば、だれも僕たちが居ることについて疑問を持たなかった。

「……味はそれほど、という感じなのかな」

プレートに乗せられているのは、それぞれ様々な種類の色をしたペーストだった。話によれば機械で作られているためか、そのような形式がここでは主流なのだという。栄養もしっかり管理されているので何ら問題はないらしい。

とはいえ。

「……食べた感じはしないけれどね」

ルーシーの言葉に、僕は一瞬頷くかどうか躊躇ったが、少しして僕はルーシーの言葉に同意するように頷くしか無かった。

確かにこれなら栄養はきちんと管理されているのだろう。けれど、『食べた』という感じが得られない。……何と言えばいいのだろうか、ええと、満足感? そういうものが獲得出来ない、とでも言えばいいのだろうか。いずれにせよ、僕たちはそれに不平不満を言うことはなかなか出来るものではなかった。

 

 

客室。

正確には、兵士詰所内部にある一室。

一応貸し切りとはしてくれたものの、部屋のスペースは四人で宿泊するには狭い。ベッドが二つしか無いということもあるが。

一応敷布団と掛布団は貸してくれたけれど、板張りの床にそれを敷くと腰が痛くなりそうだ。

いずれにせよ、寝ない限り明日はやってこない。

結局ベッドに寝るのは僕とレイナ、ルーシーとシュルツさんが布団で眠ることとなった。

本当は僕ではなくてシュルツさんが眠るべきだと思ったのだけれど、

「君が予言の勇者という地位にいることははっきり言って知らなかった。だからこそ、ここは君にその場所を譲るべきだと思うよ。それに、君が僕にここを譲ろうとしている一因は、年長者だからという単純な理由からなのだろう? もしそうであるならば、そんなことは気にしてもらわなくていい。君は予言の勇者なんだろ。だったら余計なことは考えないほうがいい」

……という、長い理由を述べたまま頑として動かなくなってしまったので仕方なくベッドに眠ることになった、ということだった。

「……ということで、眠ることになったわけですが」

床に布団を敷いてしまうともう歩くスペースがない。足の踏みどころがない、とでもいえばいいのだろうけれど、まさにその通り。結局、僕とレイナがベッドに腰かけ、ルーシーとシュルツさんが布団に座っている形になっていた。これだけ見るとお泊り会か何かか、と疑われてしまうかもしれないがそんなアットホームな雰囲気が流れていることもまた事実なのであんまり強く言えない。

「明日の予定を改めて、説明しておくことにしようかと思う。この場合、説明というよりも整理になるのかもしれないけれど。……ええと、明日は朝起きて書状をもってドックへ向かいます。そして、新しい船を手に入れる。だけれど、問題はそこから。そこからどうするか? そのタイソン・アルバを捕まえることは別に問題ないのだけれど、彼がどこへ向かってしまったのか? それは国王……ですら解らなかった」

「確かに。それは問題だよな。それは話を聞いていて思っていた。どこへ向かったのか、はっきりしていない。海に逃げた、とは言っていたがそれはあくまでも可能性にすぎない。その可能性が消えている可能性だって十分、いや、十二分に有り得るわけだし」

「そうだよね……。ルーシーもフルもそう思っているよね。私も実はそう思っていた。けれど、国内の土地をやみくもに探すよりかはそちらのほうがいいんじゃないかな、って思うのよ。それに、もし海に逃げたのならばドックの人に聞いてみるのもいいアイデアなんじゃない? ドック、あるいは港は海からやってきた人も多くいるはず。そういう人たちなら海の向こう、あるいは海で得た情報を教えてくれるかもしれないし」

シュルツさんは僕たちの言葉にただ無言で頷くだけだった。

というわけであっという間に結論が出た。

僕は溜息を吐くと、ゆっくりとベッドから立ち上がる。

「……それじゃ、満場一致ということで、明日朝ドックで船を受け取るとついでに、港やドックでタイソン・アルバの情報を収集する。そうして改めて海に出る。……それでいいかな?」

その言葉に、誰も言い返さなかった。

僕はそれを了承という意味で受け取ると、右手を掲げる。

「それじゃ、何だか寄り道のように見えるかもしれないけれど……、メアリーを助けるためにも、明日からがんばるぞ!」

その言葉に、僕たちは大きく頷くのだった。

 

◇◇◇

 

王の部屋。

……その単語を聞いてどういうイメージを思い浮かべることが出来るだろうか。

正確に言えば、その部屋は王といろんな人間が出会うことの出来る部屋ではなく、王のプライベートの部屋ということになる。だから、そこに入ることが出来る人間は数少ない。

改めて、王の部屋について質問しよう。

その単語を聞いて、どのようなイメージを抱くだろうか?

王の部屋はプライベートな空間だ。だから簡単にほかの人が入ることは許されない。だから、正確に言えば、王が認めた人間しか入ることを許されない。それ以外の人間が勝手に入ってしまっては、賊か何かと疑われてしまう可能性もある。

王の部屋に一人の男が跪いていた。

バルト・イルファ。

炎属性の魔術を得意とする魔術師。それがいま王の前で敬意を表している。

「……予言の勇者がやってきたわ。やはり実物は違うわね。ずっと透視魔法を通して見つめていたからかしら。心なしかもっと溢れるオーラが違う。はっきり言って、あのまま放っておいてはマズイわね。非常にマズイ」

「では、どうするつもりでしょうか? 僕とロマはあなた様の命令でいつでも動く準備が出来ていますが」

「予言の勇者についていきなさい。もちろん、気づかれない程度のスニーキングでね」

「……言われている意味が解りませんが?」

「タイソン・アルバは、私が今もっと必要としている人物。当然よね。知恵の木の実を抽出する装置を開発するのだから。けれど、彼を探すのも予言の勇者に手伝ってもらおうって話。もしも、彼らがそのままタイソン・アルバを捕まえてそのまま連れてきてくれればいいのだけれど、連れてこなかったら……」

「僕が確保してこい、ということだね?」

「その通り。だからこそ、あなたには頑張ってもらいたい。その意味が解るわね、バルト・イルファ。あなたに今から任務を与えるわ、今からタイソン・アルバを探して、先ずはあの研究を再開するか否か聞くこと。そうしてその解答によっては……」

「燃やしてしまって構わない、と?」

「ええ。もし帰らないというのであれば、非常に残念ではありますが……彼は必要ありません。さっさと殺してしまいなさい。私たちの目的と、彼の研究が外部に漏れないためにも」

「了解。それじゃ、僕も明日から本格的に行動する、ということでいいのかな? 予言の勇者一行はさすがに深夜に外出することはしないでしょ」

「当然。それくらいはしてもらわないとね。それに、仮に深夜に外出するようだったら兵士に理由を聞いてあまり深夜外出するメリットが無さそうなら朝に外出するように促すよう言っているからそれについては問題ないでしょう。……予言の勇者が人の言葉を単純に無視するような大馬鹿者じゃなければ、の話だけれど」

「……それについては問題ないでしょう。何回か予言の勇者と邂逅したことがありますが、どれも人の話に噛みついてきたことばかり。それがヤバイ状況であるにも関わらず、です。売り喧嘩に買い喧嘩とはよくいいますが、それを地で行く感じですよ。だから、彼は周りの仲間が止めなければどんどん自分が良いと思った方向にしか進まない。……あれはそう遠くないうちに自滅するタイプですよ」

「……随分と、予言の勇者のことを調査したのね」

「それは、もう」

バルト・イルファは立ち上がり、踵を返す。

「それでは、僕はこれで。眠って準備をしておかないと」

「眠る……。ああ、そうだった。あなたは眠らないといけないのよね。別に身体の仕組みとしてはしなくても問題ないのだけれど、それをしないと気分的に」

「そうですね、まあ、人間時代からの残った忌まわしき風習じゃないですか? 今の身体ではそんなことする必要はないって言いますけれど、何か寝ないとはっきりしないというか。気持ちがリセットしない、とでもいえばいいのでしょうかね?」

「人間はそういう無駄な構造が多いからね。ま、私もそういう人間の一人ではあるけれど」

そう言ってリュージュは立ち上がると、バルト・イルファの顔を見つめる。

バルト・イルファはなぜ自分が顔を見つめられているのかわからず、首を傾げる。

「……あの、何かありましたか?」

「いいや、何でもない。とにかく、明日からタイソン・アルバを追いかけること。いいわね?」

はい、と言ってバルト・イルファは部屋を出て行った。

部屋に残されたリュージュは枕元のランプを消してベッドに横になる。

天井を見つめながら、彼女は呟いた。

「……人間の機能がメタモルフォーズに受け継がれている。それは、彼とロマだけ。そもそも彼らの素体は人間だ。人間ベースで生まれたメタモルフォーズだから、人間の仕組みがそのまま残ってしまった、ということなのかしら……?」

メタモルフォーズベースで人間のDNAを組み込んだところでそのようにはならない。

元々の形が人間であるからこそ、バルト・イルファとロマ・イルファは人間の形で行動出来るのである。

「まあ、小難しい話はあとで適当に科学者に話しておけばいい。あいつらは適当に科学の話をすれば平気で食いついてくるからな……」

科学者に任せてしまえばいい。

問題は一つ。

彼女にとっての問題は、現状一つしかなかった。

「予言の勇者の脅威がどこまで広がるか……」

予言の勇者は仲間を集めて、これからどんどんその勢力を増していく。

それがいずれ、彼女の計画に立ち塞がるようになったとしたら?

そして、バルト・イルファ等彼女の戦力を削ぐような戦力をあちらも保持するようになっていたら?

「そしたら、かなり厄介よね……。確かに私の目的には、あの予言の勇者が必要。だからそのためにも、彼らをあの場所に連れて行かねばならない……。いたって、いたって自然な形で」

ならばどうすればいいのか。

一体全体、どのように行動を誘導していけばいいのか。

「一先ず、あのタイソン・アルバを探してから考えるしかないわね。いずれにせよ、こちらもそう簡単に手を出せないし……」

そうして。

予言の勇者一行とリュージュ。

それぞれの夜はそれぞれの思惑や考えを張り巡らせたまま、ゆっくりと過ぎていった。

 

◇◇◇

 

次の日。

僕たちはドックに居た。いつも通り、という様子でドックの人間はただ僕たちを見て通り過ぎていくだけだった。

ドック内にある売店に入り、カウンターへと向かう。

「いらっしゃい。……昨日来ていたガキどもか。一応言っておくが、冷やかしだけはやめておくれよ。船を買うだけの金が無いなら、最初から船を欲しいなんて思わないほうがいい。メインテナンスも面倒だからな」

店員が不貞腐れたような様子で僕に言った。どうやら船はあまり売れていないらしい。その鬱憤を僕にぶつけたいようだが、とはいっても、僕にぶつけられたところで何も物事が変化するわけではない。まあ、ストレス解消くらいにしか思っていないのだろう。はっきり言ってそれは悪循環の第一歩にしか過ぎないと思うけれど。

それはそれとして。

僕は書状を見せる。それは国王たるリュージュの書いた船を提供するよう求めている書状だ。許可状といってもいい。これを見せることで船が一艘手に入るという、大変便利な書状だ。

それを見た店員は目を丸くして書状と僕を交互に見ていく。

そして、ゆっくりと、恐る恐る呟いた。

「……あんた、この書状を一体どこで……? いや、それはどうだっていい。とにかく、船を一艘ということだよな。国王陛下のご命令ならば、最新鋭の船を差し上げねば! おおい、ちょっと来てくれ!」

そうして店員は裏へと消えていった。正確には裏の扉を開けて、外に出て行っただけだが。

……何か、想像以上に面倒なことになりそうだぞ。

そんなことを思った僕だったが、もう遅かった。

 

 

十分後。

「うへえ、あなたが船を所望している、と? しかも、国王陛下から直々に……ちょいと書状を見せていただいても……。ああ、成る程。これはすごい。素晴らしい。本物ですね。まぎれもない、本物です。きちんとした印も押されています。では、これはやはり、本物であると。へへえ、流石ですね。それにしても、どうしてそんな……。ふむふむ、おやあ! まさかあなたは予言の勇者様であると? 成る程、成る程。そのために、世界を救うためにここの船を使っていただけるとは! 国王陛下も、流石です」

……長い話をするのが好きそうな、恭しい笑みを浮かべた小太りの男が突然やってきて、僕たちに相槌をさせる暇も与えることなくずっと話をしていた。

ちなみに今の話の最中、相槌を入れようにも入れる暇が無い――というのはまさに文字通りの意味で、まるで何かを隠し通そうとしているくらいに間が無かった。

「とにかく、いずれにせよ、あなたたちに素晴らしい船を差し上げねば! そう、それは、最新鋭。世界のどこにもない、『錬金炉』によってエネルギーを転換させる技術を利用した、システム! これに名前を付けるなら……、いや、それは、いいでしょう。それは、所有者たるあなたたちが決めること。私たち、商人にとっては、どうだっていい話なのですから」

「錬金炉……って?」

そこで漸くルーシーが相槌、もとい質問をすることが出来た。

小太りの男はそれを聞いて大きく頷くと、踵を返す。

「あ、あのー……?」

「ここで説明するよりも、本物を見せたほうが、いいでしょう! あなたもそうは思いませんか? 確かに、説明することも立派な仕事です。ですが、見せながら説明することで、理解度が上がるはず! 現にこれから半永久的に利用されるのは、ほかではない、あなたたちなのですから!」

ああ、成る程。

そうならそうとはっきり最初から言ってくれればよかったのだが……、まあ、別につべこべ言う必要もないか。

そうして僕たちは船へと向かうべく、その小太りの男についていくのだった。

小太りの男が足を止めたのは、ちょうど船の目の前だった。

そこにあったのは大きな木造の船だった。はっきり言って四人で使うには大きすぎる。ただ、竜馬車は入ることが出来るのでそれについては問題なかった。

「この船は、設計から開発、そして完成まで、十年以上の歳月をかけています。ですから、我々の中でも自信作といっても、過言ではありません! ……さあ、中へお入りください」

それに従って、中へ入る。

甲板から階段を下りると、中央に巨大な機械が置かれていた。

「……これは?」

「これが、先程お伝えした、錬金炉になります。海水を取り出して、それを真水に分解します。そうして炉の中にある錬成陣……それにより酸素を作り上げます。一度、火をつけることでその火は消えることなく燃え続けます。そして、水は蒸気となりタービンを回して、エネルギーとなるのです。そうすることで、この船は、風が吹いていない凪の状態でも、動くことが出来るのです。どうですか、この船は」

つまり蒸気機関が搭載されている、ということか。

それにしてもこの世界の科学技術ってすごく発展しているように思える。まあ、もともと僕がいた世界に比べれば雲泥の差なのかもしれないが、魔術と錬金術が発達している時代であるというのに、これほどの科学技術を搭載した船を開発できる環境にあるということ、それについてはほんとうにこの世界の人たちが優秀なのだということが理解できる。

「船についての説明は、以上になります。何か質問はありますか?」

僕たちは何も言わなかった。

同時に、僕たちがこの船を選択した瞬間でもあった。