第十六話後編

 

ライトス山は銀山と呼ばれている。だから登山道とかルートとかしっかりしていなくて、結構面倒な道程になることを覚悟していた。

しかしいざライトス山に到着してみると、銀の採掘現場付近は流石に関係者以外立ち入り禁止にはなっていたものの、それ以外は普通に一般人も出入りが出来るようになっているらしい。

「……というか、これってただの観光地よね……」

メアリーの独り言にも僕はおもわず頷いた。何故なら僕もまた同じ考えを抱いていたからだった。正直言ってしまえば、もう少し質素なイメージがあったからだ。だが、いざライトス山に到着してみると登山ルートの説明があったりお土産屋があったりコテージまである。人も疎らとは決して言い難い程の人数が居り、場所を間違えてしまったかと思ってしまった程だった。

「仕方がないでしょう。あなたたちも見た通り、この国にはあまり観光資源がありません。本来ならこのような銀山は危険性を鑑みて立ち入り禁止にしてしまうのが筋ですが、有用な観光資源が出てこない以上ここを観光地とするほかないのですよ。それに、ほら」

一緒に案内役としてついてきていたルズナは非常に面倒くさそうな素振りで上を指差す。

その方向を見ると、山の上の方に建物があるのが解った。

「あれは真教会の修道院です。それと同時に本部も兼ねています。ここにはガラムドの魂が眠っているとも言われていますからね……。彼女が遺した痕跡も多いことから、彼女を崇拝する人間は年に最低一回この地を訪れて祈りを捧げていますよ」

「……それも立派な収入源になっている、ってことですか」

「まあ、そういうことになりますかね。その代りに国は真教会を正式な宗教として認め、活動の合理性をも認めていますから。ウィンウィンな関係なんじゃないですか。僕はそこまで詳しく知りませんが……おっと、そろそろ着きますよ」

それってつまり、金の代りに宗教を許容しているということになるのだろうか。政治と宗教がズブズブに嵌っている世界、ということになるのだろうけれど。

とまあ、そんなことを考えるのは今の時点では時間の無駄だ。とにかく今はやるべきことをやらないといけない。

「ここが入り口になる。本来ならば入ることは出来ないのだが……、私が持っているこのパスを利用することで入ることが許される」

扉の前に立つ屈強な男にパスを見せるルズナ。

すると彼の言った通り男は道を開けた。そしてそのまま僕たちは中に入っていく。

中は詰所のようになっていた。しかしながら誰も居ない。もっと言うならば住んでいるような形跡も見られない。恐らくはかつて採掘をしていた頃はここで多くの人が寝泊まりをしていたのだろう。ただ今は人が居たという形跡を残すのみとなっているのだが。

「ここから先は私はついていくことは出来ない」

その言葉を聞いて、僕たちは一斉に振り返った。

「言ったはずだろう? 私は道案内しかすることが出来ない、と。そして今、私の役目は終わったということだよ。地図は渡しただろう? その通りに進めば辿り着く。それからどうなるのかは……残念ながら誰にも解らない」

それってつまり僕たちに投げっぱなしにする、ということじゃないか。ちょっとした打ち切り漫画よりひどいぞそれ。

まあ、僕たちにそれを否定する権利なんてないのかもしれないけれど。

はてさて。

僕たちは今ライトス山の坑道を歩いている。坑道は最近人が使っていないから荒れ果てているかもしれない、と言っていたルズナの予想を大きく裏切る形となっていた。

一言で言えば、整備された坑道だった、ということ。

しかしながら、それは僕たちにとってラッキーだった。別にマゾ体質なんて無いし。

「……あ! もしかして、あれがその……」

ルーシーが指さした、その先には大きな石があった。それも他の壁はどこか灰色みたくなっているのにその石は何も混ざっていない、真っ白だった。

「確かに、他のものと比べれば『異質』よねえ……」

メアリーはペタペタとそれを触りながら言う。対して僕と言ったら、ただそれが気になってはいたけれど、実際に手出しすることは出来なかった。

どこか違和感があったんだと思う。ただ、見知らぬものを毒などのステータス異常に陥る可能性があるものだと勝手に割り振っていただけだったのかもしれない。

まあ、それは僕の勝手な推測だったわけだけれど。

『フル・ヤタクミ……、聞こえますか……』

声が聞こえたのは、ちょうどその時だった。ルーシーやメアリーの表情を見てみたが特に変わった様子は見られない。つまり、これは僕にしか聞こえない声……ということになる。

『フル・ヤタクミ。あなたはその石が気になっているのでしょう。……前に進むならば、その石に触れなさい』

「石に……触る?」

「ほら、フル。調査していないのは君だけだぞ。見た目であーだこーだと議論を重ねたいのも解るし、それも立派な思考の一つだ。だが、実際に触ってみることで何か違った考えが見えてくるかもしれないだろ?」

ルーシーの言葉と、僕の言葉はちょうど同じタイミングで発せられた。同じ波長が打ち消しあうだとか、その流れは理解出来ないけれど、それでも同時に話してしまったため、お互いに話を聞いていなかった。

「……いま、フル、何か言った? もし案があるなら先に言っていいよ」

「なんでも無いよ。ルーシーこそ、何を言ったんだ? もし現状を打開できる方法があるというのならば教えて欲しいかな」

「……解ったよ、フル。このままじゃ話が進まない。だからまずは僕が話すことにしよう。君はさっきから色々と見つめながら色々と考えているわけだけれど、それよりも実際に触ってみた方がいいのではないかな、と思ったまでだ」

「うん、成る程ね。……偶然かもしれないけれど、僕もそう思っていたよ。メタモルフォーズや、そうじゃなくても何かの生き物の可能性をどうしても捨て切れなかったから、無防備に近付くことが出来なかった」

「それなら大丈夫だよ。メアリーに、僕、それにレイナも触っているんだ。そしてその三人が危機感を抱いていない。いや、全く訳が解らないという意味では危機感を抱くべきなのだろうけれど……。いずれにせよ、安全は確保されている。だから、何の問題も無いよ」

ルーシーの言葉を聞いて、僕は少しだけ安心することが出来た。

そして僕はその石の前に近付いて……その石に触れた。

石がほのかに光り出したのは、ちょうどその時だった。

まるで主人を待ち焦がれていたかのように。

まるで認証が一致したかのように。

そして光は止まらない。そのまま石はゆっくりと窪んでいく。その形は紛れもなく何かを差せるような穴だった。それはまるで、

「……鍵穴?」

メアリーが一つの解答を示した。

そしてその解答は、少なくとも僕たちの中では共通認識として存在していたのか、ゆっくりと僕たちは頷いた。

鍵。

何か鍵を持っていただろうか。そんなことを考えながら、ふと思い出したことがあった。

「フル、その首飾り……」

どうやらメアリーもそれを思い出していたようだった。

まだ僕たちがラドーム学院に居たころ、トライヤムチェン族の長老からもらった小さな鍵があった。いつか使う時がやってくるはずだから、大事に取っておくこと。そんなことを言われたので、絶対に失くさないように首飾りにしていたのだった。

「もしかして……トライヤムチェン族の長老はこうなることを知っていた、ということ?」

「それは解らないよ、ルーシー。けれど、僕たちが持っている鍵はそれだけだ。そうだろう? だからまずは、やってみないと解らない。ほんとうにこれがその鍵穴に差すべきものであるのか、ということについて」

「……どういうことか解らないが、気になっているのならば試してみたほうがいいのではないか?」

シュルツさんの言葉に僕は頷く。

そしてさらに話は続いた。

「失敗してもいい。転げ落ちてもいい。けれど、何もやらないのは何もならない。それは私にも言える話ではあるけれど……、いや、そんなことはどうでも良かったね。とにかく、まずはやってみないと、何も始まらないよ」

「そう……ですね」

結局、何かアクションを起こさない限り、何も始まることは無い。その結果が良い方向に進むか悪い方向に進むかは、今考える話ではないということだ。

確かにそうかもしれない。

だからこそ、僕もまた悩んでいた。

殆どの人間は結果を仮定してから行動に移す。そしてそれは、僕も同じ考えを持っていた。

だからこそ、シュルツさんは僕に助言をしたのだ。何でもかんでもやってみないと何も始まらない、と。

「……いい?」

僕は、再確認する。

僕の行動で不利益を被る可能性だって考えられる。それは僕がやることではなくて、僕以外の誰かになる可能性だって十二分に考えられた。

だからこそ、僕だけの意思でその鍵を開けることは出来ない。

「何言っているんだよ、フル。その鍵は君がもらったものだ。今この状況を打開できるかもしれない唯一の策を、君が持っていた。もちろん、ほんとうに打開できるかどうかは解らないけれど……、それでも、君の考えに僕たちが異を唱えることは出来ないよ」

ルーシーの言葉を聞いて、僕は彼の顔を見上げた。

彼は笑っていた。まったくの屈託の無い、晴れやかな笑顔だった。

「フル、それは私も同じよ。私だって、あなたの意見に賛成」

「私も!」

「……当然、私もですよ。フル」

「みんな……」

僕の意見に、誰一人として反対する人間なんて居なかった。

そして、僕はそのまま持っていた鍵を……ゆっくりと鍵穴に差し込んだ。

 

◇◇◇

 

そして視界が。

白で塗りつぶされた。

 

◇◇◇

 

目を開けると、そこには何もなかった。

いや、それは間違いかもしれない。正確に言えば、白一色の世界が広がっていた。地平線が溶け込んで、いったい今どちらが上なのだろうか、と解らなくなってしまうほどだった。あいにく重力は通常に働くため、その違和感ののち、上下を判別することが出来たといえる。

振り返ると、メアリーたちが居た。どうやら彼女たちも無事だったとはいえ、この謎の空間に入り込んでしまった様だった。

そして再度前に向く。

そこには何も無かったはずだった。

けれど、確かにそこには小さな円柱が立っていた。

円柱の上には開かれたままで本が置かれていた。

不思議な本で、触ることも躊躇ってしまう程だったけれど、気付けば僕は一歩進んでいた。

『フル・ヤタクミ。その本を手に取りなさい。それにより、あなたはさらに大きな力を身につけるはずです』

「さらに大きな……力?」

「フル、どうしたのさ。独り言なんか言っちゃって」

「うん……、いや、何か頭に直接声が聞こえて……」

「もしかして、ライトが?」

ルーシーは振り返る。

背後に居たライト(普段は力を使いすぎないように姿を隠しているわけだが、今は半透明のような感じになっていて、目を凝らすと見ることが出来る)が首を傾げて、

「いえ、今の私は念話を使っていませんよ。それに今は主人たち以外いません。そのような状況で使うはずが……」

「おかしいな……。でも確かに聞こえたんだよ。この本を読むと力が手に入る、って」

「気のせいじゃないのか?」

「うーん、でも確かに聞こえたんだよなあ……」

声に従うまでもなく、ここまで来ていると僅かではあるもののその本に興味が湧いてきていた。本は読めない言語で書かれていたわけだけれど、それでも興味が消えることは無かった。

そして僕は、その本を手に取った。

同時に、僕はその場にうずくまった。

 

◇◇◇

 

「ふ、フル!」

ルーシーはフルの異変に気付いて、彼に近付いた。

うずくまったあとの彼は頭をずっと抑えていた。痛い、痛いと呻き声を上げていた。

それでもなお、片方の手は本を離すことは無かった。

「くそっ、まさかこの本は呪いか何かか! 解ってさえいればフルに持たせることは無かったのに!」

ルーシーはその本を呪いの類が書かれたものだと断定してそれをフルから外そうと試みる。

しかしがっちりと嵌っていて、外せそうには無かった。

「……何で……? 何で、外すことが出来ないんだよ‼」

ルーシーはただ、苦しむ彼の姿を見守ることしか出来なかった。

「聞いたことがあります。この本……もしかしたら、『ガラムドの書』かもしれません」

そう言ったのはライトだった。ライトの言葉を聞いて、あるワードに引っかかったルーシーは踵を返す。

「今、ガラムドと言ったかい?」

「ええ。ガラムドが自ら記した魔導書、しかもそれは唯一の魔導書とも言われています。それが、ガラムドの書。全部で五十の魔法が記載されていて、それはすべて詠唱のみで実行出来ますが、はっきり言って魔法の範疇を超えていると言っても過言ではないスケールだと言われています」

「ガラムドの書……。どうしてそのようなものが、こんなところに……?」

「危険なものを自ら晒すわけにはいかなかったのでしょう」

静かに言ったのはやはりライトであった。

「……危険なもの?」

「ガラムドの書に収録されている魔法はスケールから違って普段の魔術とは大きく異なります。それに詠唱のみで発動できることから、魔術ではあく魔法に分類されることでしょう。しかしながら、ガラムドの書に記載されている魔法はいずれも消費エネルギーが膨大であるということと、それを詠唱出来る人間が今までいなかったと言われており、幻の書物として言われています」

「……ライト、それをどこで?」

「詰所に置かれていた書物を読みました。この地方の伝説について、でしたか」

いつの間にそのような本を読んでいたのか――とルーシーやメアリーは思ったが、それよりも問題はフルだった。漸く頭の痛みが治まったのか、立ち上がっていた。

「フル、大丈夫か――」

「……うん、大丈夫だ。頭の痛みも引いてきた。ごめんね、心配かけてしまって。たぶん、大丈夫だから」

「……あら、まさかもう辿り着いちゃったわけ?」

声が聞こえた。

その声は彼らもよく聞いたことのある声だった。

踵を返し、その相手を見つめる。

そこに立っていたのは――ロマ・イルファだった。

 

◇◇◇

 

どうしてこんな調子の悪いタイミングで出てくるのか。そう言ったところで状況が好転するわけでもないので、ただの言い訳にしか過ぎないのかもしれないけれど。

ロマ・イルファは長い髪をかき上げて、僕たちに目線を寄せる。

「……まさか、こんなに早く魔導書を手に入れるとは思いもしなかったわ。それにしても、魔導書を手に入れないようにする、というのがリュージュ様の考えだったはず。どうしてこのようなことに……」

僕の手元には、もう魔導書と呼ばれているそれは無かった。

手放したわけでもないけれど、いったいどこに消えてしまったのだろうか?

僕の様子を見ていたロマ・イルファが舌打ちをして、言った。

「何を探しているのか知らないけれど、ガラムドの書は知識の具現化として存在しているものになる。だからそれを理解してしまえば知識として吸収されることになるから、ガラムドの書は具現化されなくなる。……マズイ、そいつは非常にマズイんですよ」

「マズイ? 別に僕たちにとってはどうだっていい。むしろ有利になったと言ってもいいだろう。お前たちがどうなろうと、こちらにとっては知ったことではない」

「まあ、そういうのが普通だろうね。……致し方ない、リュージュ様に報告することにしましょうか」

そう言って、何も言うことなく、踵を返して立ち去って行った。

逃げていくのであれば僕たちとしては何も言いようがない。それどころか言わないでいたほうがいいだろう。今の僕たちの実力からして、まだロマ・イルファを倒すことについては少々不安が残るからだ。

はてさて。

ロマ・イルファがやってきたときはどうなるかと思ったけれど、ただの様子見だったということで少し安心した。これで戦闘になったとすればどうあがいてもロマ・イルファに理がある。今の場所が坑道ではないとはいえ、閉鎖空間であることは間違いない。ということはいろいろな魔術を使う可能性が考えられると言っても過言ではない。バルト・イルファが炎ときたので、ロマ・イルファは水だろうか……。

そんなことよりも。

とにかくこの場所から出るしかないだろう。実際問題、この場所はどういう空間なのか、はっきり言って解らない。けれど、脱出しない限りは先に進めない。

「いったいどうすれば……」

僕はゆっくりと前に進み、出口を捜索し始める。

『……みなさん』

脳内にまた声が響いた。

だけれど、その声は先ほど魔導書を手に取る前に聞こえたそれとは違っていた。

しかも今度はルーシーとメアリー、それにレイナとシュルツさんにまで聞こえているようで、それぞれ反応を示していた。

「なあ、フル。今、声が聞こえたよな。フィアノの村の、あの時のように……!」

「ああ、聞こえたよ。そしてその声は……脳内から」

『今、私はあなたたちに聞こえるようにお伝えしています。私は、あなたたちをある場所にお連れしたい。そのために声を掛けました』

「その場所……とは?」

メアリーの問いに、少しだけ間をあけてその声は言った。

『樹に触れたものは、真の力を得ることが出来る……人間たちの中では伝説といわれている、「知恵の木」です』