第十八話前編

 

ハイダルク。

僅かな期間しか離れていないような感じに見えたけれど、いざ向かってみると随分と久しぶりな感じがしてならない。まあ、それについては別にどうだっていいのかもしれないけれど、ついにリュージュと直接対決するとなるとそれなりに緊張してしまうものだ。

ルーシーを見てみると、武者震いをしていた。興奮しているのかもしれない。メアリー以外の僕たちは一度リュージュを目の当たりにしている。会話もしている。だからこそ、リュージュという存在がどれほどに大きい存在であるかは理解していた。

「……何か、寂しいね」

レイナとシュルツさんは、レガドールで分かれることとなった。

だからこの広い船で僕たち三人だけ、ということになっている。

どうして分かれてしまったかと言えば、それは僕から言ったことになるのだけれど、結局のところ、僕たちがリュージュを倒すために行動している。そういう目的をもって行動しているのだ。

しかしながら、シュルツさんとレイナはそれぞれ別の目的があったために、僕たちと坑道していた。

そして、その目的はこのレガドールで達成出来てしまった。

二人はこれからも付いていくという言葉を僕たちに言ってくれたけれど、これ以上僕たちの我儘に振り回されてはいけない。そう思って僕たち三人で決めた結果だった。

……はずだったのだけれど。

「……なあ、レイナ。どうして君はここに居るんだい?」

厨房の奥にある倉庫。その奥の箱にレイナは隠れていた。どうやら資材の搬入に合わせてうまく紛れ込んだらしい。資材の搬入をした人も言ってくれればいいのに、レイナの口車にうまく載せられたようだ。

それはどうだっていい。問題は、

「どうしてここに居るか、ですって? 簡単よ。私も一緒に世界を救いたい。そう思ったから。シュルツさんなら、居ないわよ。確か『僕はここでやることがある』って言っていたけれど、何がしたいのかしら? まあ、たぶんシュルツさんもシュルツさんでフルたちに力添えしようと何か策を考えていると思うけれど」

「そうじゃなくて……!」

僕が言いたいのはそうじゃない。

助けてくれる。尽力してくれる。はっきり言ってそれはとても有難い。

しかしながら、問題はそうでは無かった。どうしてついてこなくていい、と言ったのについてきたのか、それが問題だった。

「言いたいこともあると思うけれど、はっきり言ってあれでついてこない人間が居るというのがおかしな話だとは思わないかしら? だって私たちはあなたたちとずっと旅をしてきた。いわば旅の仲間だった。けれど、急に『これからは僕たちの戦いだから』ですって? そんなこと、許容できるとでも思っているの。それとも、私とシュルツさんは仲間ではないと言いたいわけ?」

レイナは怒っているようだった。

しかしながら、彼女の言い分ももっともだった。実際問題、彼女のことを見捨てたわけではない。むしろ、これからの戦いで傷ついてほしくないと思ったからこそ、そう言っただけだった。気遣いに近い発言だった、と言ってもいい。

しかしながらその発言は彼女には通らなかった。うまく伝わらなかったどころか、突き放されたと思われてしまった、ということだ。別にそういうことを思ったわけでは無かったのだけれど、そう言われてしまうとつらい。

「……フル。もう仕方ないんじゃないかな」

僕に助け船を出したのはメアリーだった。

メアリーは背中に両手を回して、

「この船に乗ってきた、ということは彼女にもそれなりの考えがあったからだと思うよ。そうでしょう、レイナ? あなただって矜持がある。その矜持を守るために、フルが僕たちの戦いだと宣言しても付いていこうと思った。だからあなたは今ここに居る。そうでは無くて」

「……やっぱり、メアリーは頭がいいよね。隠し通せないよ」

そう言ってレイナは照れくさかったのか、頭を掻きながら笑みを浮かべた。

「そんなことは無いよ。……ねえ、フル。レイナはここまでしてついてきてくれた。それを鑑みてはどうかな。別に引き返してもいいかもしれない。けれど、時間が無いこともまた事実でしょう? だったら正直なところ、もう選択肢としては一つしか無いのかな、って」

メアリーは僕を後押しするように、そう言った。

そして、ルーシーも同意するように頷いていた。

僕はそれを見て、大きくゆっくりと頷いた。

「……うん、そうだね。レイナ、ここまでして、僕たちについてきてくれてありがとう。僕は君のことを仲間じゃないなんて思ったことは無いよ。もし、出来るなら……、これからの戦いもついてきてくれるかい?」

その言葉に、レイナは大きく頷いた。

「あ、見えてきたよ……!」

その返答と同時にメアリーは言った。

それを聞いて僕たちはメアリーの居るほうへと向かう。

メアリーが居たところからは、あるものが見えていた。

リーガル城。ハイダルクの中心にある、立派な城だった。

その城が、燃えていた。

「なんてことだ……!」

リーガル城が燃えている、その姿が僕たちの前に、疑いようのない事実として、襲い掛かった。

船を降りて、リーガル城の城下町に僕たちは到着していた。そこに向かうまで、急いで様子を確認したくて小走りになっていたけれど、それでも町の状態が変わることなんて無かった。

「……どうして、こんなことに……」

そこに広がっていたのは、一言で言えば惨状が広がっていた。

燃える瓦礫、呻き声を上げながら歩く人たち、瓦礫に埋もれている身体を何とか引っ張り出そうと泣きながら力を込めている子供の姿。

そのどれもが、この惨状の様子をより恐ろしいものへと昇華させていた。

「なぜこんなことに……」

「おやおやあ、予言の勇者様の登場かな。それにしても随分と遅かったようだねえ、ロマ?」

「ええ、そうですわね。お兄様。まったく、予言の勇者はいったいどこで油を売っていたのでしょうか?」

声が二つ、聞こえた。

踵を返し、そちらを振り向く。

そこに立っていたのは僕たちの予想通り――バルト・イルファとロマ・イルファが経っていた。

「まさかお前たちがこれを……」

「さあ、どうでしょう? けれど、はっきり言わせてもらうよ。君たちがもう少し早く来ていればこの惨状も実現しなかったのではないかな?」

「何を……!」

歯を食いしばってそう言ったけれど、少し視点を変えてみればそうなのかもしれない。

一般の人間から見れば自分たちを助けてくれるはずの予言の勇者はなぜ現れないのか、となる。そして今やってきたとしても、どうして今頃やってきたのか、もう少し早くやってこられなかったのか、と批判を受けるのは火を見るよりも明らかだ。

「何を言っているのよ! あなたたちが炎や水の魔法でこんなことをしなければ……この町はこんな風にならなかった! フルがどうこうじゃない、あなたたちが燃やしたのが悪いんじゃない!」

そう言ったのはメアリーだった。同時に負のスパイラルに陥りかけていた思考が引き戻される。

「フル、しっかりして。あなたを精神攻撃でどうにかしようとしているみたいだけれど、絶対に屈してはいけないわ。あなたは強い。そしてあなたは絶対に遅くなったわけじゃない! もっと言うならば、遅くなった原因を作ったのは……紛れもない、あいつらなのだから!」

それを聞いたバルト・イルファは舌打ちする。どうやら彼らもあまり余裕が無いようだった。もしかしたら『計画』とやらの終わりが差し迫っているのかもしれない。

だとすれば好都合だ。余裕が無いタイミングを狙えばこの状態でも何とかなるかも……。

「何とかなる、と思ったのですか?」

冷たい口調でそう告げたのはロマ・イルファだった。

「お兄様も。余裕が無い、時間が無いのは解りますけれど、戦闘で気を抜いてはいけないのではないのですか。お兄様らしくありません。あの予言の勇者に誑かされたのが原因でしょうけれど……、でも、それはリュージュ様から見れば言い訳にしか見えません。先ずは、何とかしなければなりません」

「あ、ああ……。そうだったね。ありがとう、ロマ。君のおかげで何とかなった」

「いえいえ。私はお兄様のために存在しているのです。お兄様が居なければ、私は……」

「どうする、この状況……」

メアリーに問いかける。

イルファ兄妹がこちらに目線を向けていないうちに、こっそりと作戦会議を開始する。

いくら何でも加護を全員受けている状態だからと言って、イルファ兄妹を二人とも倒せるとは考えられない。ならばうまく二人を分割させればいいのだろうが……、それでもどう上手く分割出来るかが難しい。

「今は逃げるか? ……でも、いつかは倒さないといけない相手であることも間違いない。となると……」

「逃げるつもりかい?」

声が聞こえた。

油断していた――! そう思った次の瞬間には、僕たちの目の前に炎が迫っていた。

しかしながら急いでシルフェの剣を引き抜いて一閃。するとシールドが目の前に広げられて、炎の攻撃を遮った。

「ふん。……やっぱり予言の勇者だけはあるね。簡単にシールドで弾いてくる。はっきり言って、怨めしいなあ。もう少しうまくいくとは思ったけれど、まさかここまで君たちと戦いが縺れ込むことになるとは思いもしなかったからね」

バルト・イルファは愉悦にも似た笑みを浮かべつつ、再び炎の魔法を放つ準備をし始める。

守るばかりじゃだめだ。こっちも攻撃をしないと!

そう思って僕は、頭の中にある魔導書の中から魔法を一つ――選択した。

「ミーシュ・クライト!!」

詠唱。

同時に、地面が大きく割れてバルト・イルファのほうにその地割れが広がっていく。

「ふん。地割れで僕を飲み込もうという作戦かな。それに……詠唱ということは、それはガラムドの書にあった魔法、ということか……」

バルト・イルファは何かぶつぶつと呟いていたけれど、地割れの音に掻き消されてしまって何も聞こえなかった。

そしてその地割れはそのまま――イルファ兄妹がいた地面を分断した。

イルファ兄妹の足場を破壊したとしても、それでも勝ったとは思えなかった。やはりイルファ兄妹はそれ程に強い存在であるということ。そして、イルファ兄妹の気配がまだ色濃く残っていたからだった。

「……簡単に僕たちを殺せると思ったら大間違いだよ、予言の勇者。まあ、もしかしたら弱い君たちならばそんな想像をしたのかもしれないけれど」

想像通り――バルト・イルファは僕たちの目の前に姿を見せた。地割れによって土煙が立ち上がり、少しの間ではあったけれど、イルファ兄妹が居た場所は隠れてしまっていた。

バルト・イルファは律儀にも土煙が消えるまで何も行動しなかった。いや、正確に言えばそれが利口な考えなのかもしれない。土煙で視界が充分に確保されていない状態で攻撃をしたとしても当たるとは思えないし、敵の罠が仕掛けられている可能性も考えられる。

ロマ・イルファはバルト・イルファの隣で笑みを浮かべ、

「お兄様。だとすればお笑い種ですわ。予言の勇者はそこまで何も考えられないなんて!」

ロマ・イルファが僕を煽り出す。

兄妹、ほんとうによく似ている。それでいて、二人とも強い。はっきり言ってどちらかを離しておかないと倒すことは難しいだろう。二人の連係プレイがどういうものかはっきりとしない以上、その辺りはきちんと対策しないといけないだろう。

「……今度は、こっちから行くぞ!」

バルト・イルファが跳躍する。

その跳躍は軽く僕たちの頭を飛び越えてしまう程の高さだった。

そしてバルト・イルファは僕たちの頭上から、炎魔法を撃ち放った。

しかしそんな攻撃で倒れる僕たちではない。簡単に剣を一振りしてしまえばバリアを張ることができる。少なくともバルト・イルファの攻撃はそれで遮蔽することが出来るようだ。

問題はこちらからどのように攻撃すればいいか、ということ。守り続けることも間違いではないのだけれど、攻撃をするのも難しい現状ではこの戦闘を終えることもままならない。はっきり言って、このままではバルト・イルファが押し勝つ状況が見えてきても何らおかしくない。

ならばどうすればいいか、という話になるわけだけれど、結局そんなものは決まっていた。

攻撃できない場所ならば、相手をそこまでおびき出せばいい。

「メアリー、今だ!」

僕はメアリーに声をかける。メアリーはすでに準備が完了しており、その言葉に大きく頷いた。

メアリーは水の砲撃を開始する。とはいえ、錬金術は魔術のようにそのまま無から有を生み出すことは出来ない。

しかしながら、錬金術はその媒体さえ作り出してしまえばそれに則したものを作り出す放つことができる。メアリーが錬金術で作り出したものも、その水を生み出すに値する媒体であった。

巨大なポンプ。

メアリーが錬金術で作り出したのは、それだった。

そしてそのポンプは勢いよく水を出していく。

バルト・イルファに命中したその水は、彼が放った炎すらも飲み込んでいった。

「やった! これなら……」

「これなら、何だって?」

ぞわり。

僕たちの背筋に、寒気が走った。

今、バルト・イルファの声がした? そして、バルト・イルファは何と言った?

「……まさか、秘策がこれだっただとか、そういうことはないよね。幾ら何でも弱すぎるよ、秘策が。さあ、さっさと終わりにしてしまおうか、予言の勇者」

バルト・イルファは無事だった。

水が消えてしまったとしても、そんなもの受けなかったかのように毅然とした態度でその場に立っていた。浮かんでいるのだから、実際には立っていたではなく浮かんでいたのほうが表現としては正しいのかもしれないが。

そして、バルト・イルファは再び炎を作り出す。

その炎は手に収まりきらない程に大きくなっていく。炎はゆっくりとその手を離れて、最終的に彼の頭上に鎮座するほどまで大きくなっていく。

そして、その炎は、彼の身体の倍近くまで膨れ上がった。

絶望。

その一言が似合う状況とは、まさにこのことだったのかもしれない。

そして、バルト・イルファは呟く。

「――死ぬがいい、予言の勇者。もう少し骨のある戦いが出来ると思っていたのだけれど、残念だったね」

バルト・イルファは炎を僕たちに向けて投げた。

流石に今回は間に合わない。剣を一振りしてバリアを出そうたって、それがその炎を耐え得る強度かどうかも定かではない。だからといってそのバリアを超えるバリアを作り出せるかといわれると無理だった。

「――バリアード!」

声が聞こえた。

刹那、僕たちの周りにさらに堅固なバリアが出現した。さっき僕が剣を一振りしたことで生み出したバリアは薄膜のようなものだったが、こちらはガラスのように一部屈折しているようにも見える。

「……何とか間に合ったようね、フル、ルーシー、メアリー」

そして、僕たちは振り返る。

背後に立っていたのは僕たちもよく知る人物だった。

「サリー先生……!」

そう。

サリー先生が黄金に輝く果実――知恵の木の実をお手玉よろしく手でぽんぽんと投げながらそこに立っていた。

「サリー・シノキス。逃げ足が速かったからここにはやってこないものだと思っていたよ」

地面に着地したバルト・イルファはそう言って、ニヒルな笑みを浮かべる。

それを見た僕はサリー先生に問いかける。

「逃げ足が速い、って……。そんなことは無いですよ、ね? バルト・イルファの言っていることは真っ赤なウソ、ですよね」

「そうだぞ、バルト・イルファ! 何を根拠にそんなことを言っているんだ。サリー先生は立派な、僕たちの先生だ!」

それを聞いたバルト・イルファは舌なめずり一つ。

「ふうん……。だったら別にそれでもいいけれど。それにしても、少々間違いを孕んでいるように見えるけれどねえ……、そこにいるサリー・シノキスは何も言わないようだけれど、どうやらそれを隠したいのかな。サリー・シノキス。君はずっと逃げ続けていたじゃないか。十年前のあの時も、そして、この前のラドーム学院が僕たちに襲撃された時も」

「ラドーム学院が……襲撃?」

僕たちはそれを聞いて目を丸くした。

対して、サリー先生は僕たちから目をそむけるように、バルト・イルファに目線を向ける。

「バルト・イルファ、戦力を分散させようとしてもそうはいかないわよ……!」

「はてさて、どうかな? そう思っていても、君のかわいい生徒はどう思っているのだろうね?」

「……それはっ……!」

「サリー先生、本当なのですか?」

言ったのは、ルーシーだった。

僕は何も言えなかった。そして、メアリーも同じだった。メアリーもまた俯いたまま、何も言えなかった。

サリー先生はルーシーの表情を見て答えるしか無かったのか――小さく頷いたのち、

「ええ、そのとおりよ。フル、メアリー、ルーシー。バルト・イルファのいう通り、ラドーム学院は彼らに襲撃されて敵の軍門に落ちました。いや、正確にはそうではないわね。落ちたのは間違いないけれど、彼らは誰一人として生かすことはしなかった。そこに居た全員が、殺された。生き残ったのは……私だけ」

「そんな……。ラドーム学院が滅ぼされたっていうんですか! 先生たちもみな……」

「ええ。そして、私は逃げた。惨めかもしれないけれど、私は生き延びた」

「戦うこともせず、逃げ続けたのだよ」

バルト・イルファは話を続けた。

もう耳を塞ぎたかったけれど、恐らくそんなことは彼には関係なかったことだろう。

「サリー・シノキスはいつも逃げていた……。彼女は弱い人間だったからね。知っているかどうかは知らないけれど、彼女はかつてある組織に所属していた。僕たちの組織、魔法科学組織『シグナル』に……」

それを聞いた僕たちは、驚きを隠すことは出来なかった。

対して、サリー先生はずっと俯いたままだ。

「彼女はある研究をしていた。人が触れてはならない、禁忌の術。その名前は……『分解錬金術』。ふつう、何かを構成することが主たる術になっているのだけれど、分解錬金術は名前の通り、分解することを目的とした術だ。そんなことは人間には出来ない。まあ、錬金術自体若干触れているところがあるかもしれないけれど……、はっきり言って分解のほうがずば抜けているだろう。人間を、その構成要素一つ一つに分解できる錬金術、それを簡単に放つことが出来るとしたら?」

「……それを?」

「ええ。私が研究していた。あの頃は……、正直言って自分でも何をしているのか解らなかった。ただ自分の興味の延長線上に、支援をしてくれるところがあったから、そこで協力していただけ。あの頃は、まさかそんなことになるとは思いもしなかったけれどね……」

サリー先生は落ち着いた様子で、僕たちに語り掛ける。

バルト・イルファはそれをニヒルな笑みで見つめていた。

「……別に騙そうとか嘘を吐こうとか、そんなつもりは無かったのよ? ただ、私は、ずっと……神様に逆らっていたことを、謝罪し続けていた。色々とあって……シグナルを逃げ出した。そして私は、ラドーム校長の斡旋があってラドーム学院に入ることになったのよ」

「結論として……、サリー・シノキスは結局逃げ続けた人生だったということだよ。弱虫だ。君たちがずっと慕っていた先生は」

「違う、違うわ!」

「サリー先生は……弱虫なんかじゃない」

サリー先生の声をかき消すように、僕は声を出した。

バルト・イルファは首を傾げて、深い溜息。

「予言の勇者よ。信じたくない気持ちは解らないでもない。けれど、これは真実だ。紛れもない真実だよ。それを受け入れたくない気持ちも充分に理解できる。だけれど、信じることも大事ではないかな?」

「違う……。僕は、僕たちはとっくにそれを受け入れているよ。信じているよ。けれど、そんなことじゃない。僕たちが見ていたサリー先生は、決して弱虫じゃない。決して臆病じゃない! 優しくて、とても強い、いつも僕たちの味方をしていたサリー先生だ!!」

「ふん……。何を言い出すかと思いきや、結局精神論に過ぎないじゃないか。サリー・シノキスは二度もその場から逃げ出した。それは紛れもない事実だ。信じたくないと思うのは自由だけれど、真実を受け入れることも大事だとは思わないかい?」

「お兄様。たぶん、何を言っても無駄です。彼らは真実を受け入れることはないでしょう。叩き潰すしかありません。もともとの予定通りに」

「うーん、仕方ないかあ。とにかく、倒さないと何もかも進まないからね。それは紛れもない事実だし、リュージュ様もそういっていた。けれど、最後のトリガーは予言の勇者が引く必要がある。そういわれているのだから」

僕が、トリガー?

リュージュが行おうとしている目的と、僕が世界を救うということ。それは同義だということなのだろうか? ――いや、そんなことは有り得ないし、考えたくない。

バルト・イルファの話を遮るように、サリー先生は言った。

「ヤタクミ。あなたは知っているかどうか解らないけれど、リュージュの計画、その第一段階はコンピュータ『アリス』によるマインド・コントロールのはずです」

それを聞いたバルト・イルファの表情が一変するのを僕たちは見逃さなかった。

そして、バルト・イルファは苦悶の表情を浮かべ、大声を上げる。

「なぜ、それを知っている!」

「校長はどうやら昔からリュージュに被疑をかけていたようだった。……まあ、その証拠が見つからなかったから断片的なものでしか無かったらしいのだけれど。そして、最終的にリュージュがあるオーパーツを所有していることが明らかとなった。オーパーツ、とは言っても結局のところそれは旧時代に開発されたものなのだけれど」

「コンピュータ『アリス』……それはいったい何だというのですか?」

メアリーの質問に、サリー先生は首を傾げた。

そのような質問が来ることは想定内だったと思うのだが、サリー先生はそれでも首を傾げていた。

「……ごめんなさい。その質問ならば、来るのは想定していたけれど、それに対する回答は出来ない。正確に言えばその質問に対してあなたたちを満足させられるような回答を持ち合わせていない、というのが正しいかもしれないわね……」

首を振り、サリー先生はそのまま地面を見つめる。

しかしすぐに顔を上げると、僕たち四人の表情をそれぞれ見つめた。

「いずれにせよ、あなたたちが次にすべきことはたった一つ。『アリス』を止めること。それがどのようなものであるかははっきりとしていないけれど……、それでも、それが出来るのはあなたたちだけ。なぜならあなたたちは世界を救う勇者なのですから」

そしてサリー先生は僕たちの背中をばん、と叩いた。

とても痛かったけれど、それは一つの『勇気』をもらった気分になった。

だから僕たちは、大急ぎで走っていく。

アリスを止めるために。

そして何よりも――リュージュを止めるために。

「逃がすと思っているのか!」

バルト・イルファ、ロマ・イルファが背後から僕たちを追いかけようとする。

しかし、

「バードゲイジ!」

サリー先生がイルファ兄妹を鳥かごのような空間に閉じ込めた。

「……あなたたちの相手は私がじっくりとしてあげる」

踵を返し、僕たちに手を振ったサリー先生は、

「行きなさい! 私のことは、どうだっていいから!」

そう、言った。

そして僕たちは振り返ることなく――アリスの手がかりを探すべく、瓦礫と化した街の中へと走っていくのだった。