第十五話後編

「はたしてどうかな。兄さん……『一番目』は戦いを拒んだじゃないか。今はどこに行ったかも解らない。世界のどこかを旅しているかもしれないし、有り余った力を悲しく思って自分で自分を殺しているかもしれない。家族だってそういっていたじゃないか。だから、一番目は欠番だ、と」

「……、」

何だか一番目とか二番目とか面倒な話になってきた。ナンバリングがどうこう、という話でも無さそうだし、実際問題、今死闘を始めようとしている二人は、二人とも紛れもない兄妹であるということもまた事実だった。

でも、そうであっても。

二番目と三番目の間には、いつ戦いの火蓋が切られてもおかしくない……そんな緊張感が張り詰めていた。

「……ストップ、クラリス。はっきり言わせてもらうけれど、今日はそんなことをするためにここに来たわけじゃないだろう?」

「ああ、そうだったっけ。ごめんなさい、バルト・イルファ。ちょっと知り合いと出会うとどうも忘れてしまうのよね。リュージュには言わないでもらえる?」

「別に言う必要もないよ。だって、君はあくまでも僕のように直轄で居るわけではないのだから」

「あら、そう。リュージュも優しいのね」

「優しい、というか外様にはあまり言わないだけだよ。はっきり言って、対処をするのが面倒なのではないかな?」

ふうん、と言ってルチアは僕を一瞥する。

「……あんたが、予言の勇者? まあ、なんというかよわっちいね。私が普通に倒すことが出来そうだけれど。ねえ、バルト・イルファ。彼はほんとうに予言の勇者なのかしら?」

疑うのは結構だが、本人の目の前で言わないでほしい。

「うん。彼は紛れもない予言の勇者だ。リュージュ様の予言にも合っている」

「予言、ですか。まあ、別にいいのですけれど。その予言はどこまで的中するかも解らない。にもかかわらず、そう言うのもどうかと思いますけれど」

「それは君も一緒だぞ、クラリス。……おっと、話が長くなってしまったな。予言の勇者、君たちは組織のことを知りすぎた。知らなくていいことまで知りすぎてしまった。君は予言の勇者として世界を救う存在へと成長する。そのためには、早めに芽を摘んでおく必要がある。……ここまで言えば、僕が今から何をするのか解るだろう?」

一瞬のことだった。

バルト・イルファが右手から炎を生み出し、それを僕たちへ投げつけた。

「危ない!」

僕たちは何もできなかった。あまりにも早すぎて、反応が出来なかった――そう言ってもいい。

僕もどうにかしてその炎を避けようと思った。

だけれど、何も出来なかった。

「やられる……!」

そう思った、その時だった。

僕の手が、まるで何かに操られるように腰に差していたシルフェの剣に向かっていた。

そして剣を構えると、それを僕たちの前で一振りする。

すると僕たちの前に緑色の薄膜が生まれて、それがシールドとなり、炎を遮った。

しかし、それを見てバルト・イルファは笑みを浮かべていた。

「くくく……。さすがは予言の勇者! そうですよ、そうでないと! こんな簡単な攻撃に殺されてしまうようならば、予言の勇者としては名が折れるというものでしょう! ああ、楽しくなってきましたねえ!!」

そして、バルト・イルファは指をパチンと弾く。

すると、背後の扉が大きく音を立てて崩れ去り、そこから一頭のメタモルフォーズが入ってきた。

メタモルフォーズ――とは言ったが、実際には少年のように見えた。全身を白で覆いつくしたような少年はポケットに両手を突っ込み、ただ笑みを浮かべていた。ただ、人間が持っているような特有の生気が見られない。そこから、僕はメタモルフォーズであると判別しただけにすぎない。

「余所見をしている場合かああ!!??」

バルト・イルファは攻撃を開始する。さきほどと同じように、炎を生み出した。

しかし攻撃に対する処理が解っていればこちらのものだ。あのメタモルフォーズが攻撃してこないのが気になるが、そんなことはどうだっていい。今は目の前の攻撃に集中せねばならない。

そう思って、僕は先程と同じようにシルフェの剣を一振りした。

しかし、生み出されるはずの薄膜は生まれなかった。

「な、何で……! 何で、バリアが生まれないんだ!」

すんでのところで当たるか当たらないかのギリギリのところに炎は命中した。

もし、少しでもずれていたら僕の身体に火球が命中していたことだろう。そのとき、僕の身体はどうなっていたかは……出来ることならあまり考えたくない。

バルト・イルファはやっぱり、という感じで笑みを浮かべていた。

「……君は魔術について無知なところが多すぎるようだ。少し考えてみればこのメタモルフォーズが何を司るメタモルフォーズであるかどうか、解るというのに」

「……空気、かしら?」

即答したのはメアリーだった。

それを聞いたバルト・イルファは眉を顰める。

「原理は解らないけれど……、恐らくバルト・イルファと私たちの間に完成されるはずのバリアが完成されなかった。それは、魔術の原理である四大元素の法則を満たしていないから。そしてバリアを作るには空気の元素の加護を得る必要がある。たとえ、シルフェの剣であったとしても、その元素の加護無しではバリアを作ることは出来ない。……推測だけれど、そういうことかしら、バルト・イルファ」

「素晴らしい、素晴らしいよ。ご名答。まさにその通りだ」

バルト・イルファは拍手をしてメアリーを称えた。

「けれどね」

右手を掲げて、バルト・イルファは呟く。

「……そんなことが解ったとしても、その原理が解ったとしても、僕には勝てないよ!」

そして右手に火球を作り出し、それを僕たち目掛けて投げ出した。

「急いで、避けるわよ!!」

メアリーの言葉通り、僕たちは火球を避けることにした。シルフェの剣の加護が無い以上、こちらで守る術は一つしか無い。……避けるだけだ。避けるしか術が無いのならば、その方法をフル活用するしか、今の僕たちにはなかった。

逃げる――とは言っても、それほど広い空間ではないこともまた事実。こんな狭い空間でどうやって逃げ続けろというのだろうか。

どうやって?

どこまで?

いつまで?

僕の中に疑問が芽生え続ける。その疑問は解かれることなく、延々と続いていく。

「……バルト・イルファ。あいつはどうして無尽蔵に魔術を放つことが……」

呟くように、彼女は言った。

最初、どうして僕はそんなことを言ったのか理解できなかった。

けれど、少し遅れて……彼女の言っていた言葉の意味が少しずつ理解できてきた。

魔術を使うには、四大元素の力を使う必要がある。

火、水、土、空気。

それぞれの元素の力を借りることによって魔術を発動させる。裏を返せばその元素の力を借りない限り魔術を放つことは出来ない。それでいて、元素が存在しない場所ではその属性の魔術を使用出来ない性質と、魔術を行使することで元素が減ってしまうという性質を持っている。例えば乾燥してしまったところでは水属性の魔術を使いにくいし、それでも何回か無理して使っていればあっという間に枯渇してしまう。

だからこそ、バルト・イルファは無限に魔術を使えない。

別にバルト・イルファに限った話ではなく、だれもが魔術を無限に使うことは出来ない。それこそ、無限に元素を供給する環境が無い限り。

バルト・イルファの攻撃が止まったのは、ちょうどその時だった。

「……君たちはきっとこう考えていることだろう。『なぜ魔術を使い続けているのに、それが枯渇する可能性が出てこないのか』ということについて」

バルト・イルファは右手を彼の顔の前に突き上げた。

そして火球を生み出して、それを見つめる。

「……まあ、気になるのは当然のことだよね。僕も暇なことだし、教えてあげることにしようかな」

「そんなに自分の手を広げていいんですか、バルト・イルファ。いくら余裕綽々とはいえ、足元を掬われますよ」

「問題ないよ、クラリス。それに、僕が『言いたい』と言ったんだ。はっきり言ってきみには関係のないことだろう?」

クラリスとバルト・イルファは、やはりあまり仲が良くないようだった。

もしかしたら……その関係をうまく突けば、何とかなるか?

そんなことを思っていた、ちょうどその時だった。

『バルト・イルファ、もうそこまででいいわよ』

声が聞こえた。

奥から、誰かが出てきた。

メアリー以外の人間ならば、一度は見たことのある人物。

スノーフォグの国王、リュージュだった。

「リュージュ……!」

僕たちは直ぐに臨戦態勢をとる。

メアリーもどういう状況だったのかはっきりとしなかったようだったが、それでも少し遅れて臨戦態勢をとった。空気を読んだ、といえば聞こえがいいかもしれないが、状況を理解できていない中でそううまく取れるのは凄いことではないだろうか。

『……ほう、メアリー。やはりここに居たのか。いやまあ、別にどうでもいいことなのだけれど』

「……どうして、私のことを知っているの?」

メアリーは怪訝な表情を浮かべて、リュージュを睨み付けた。

リュージュにとってそんなことはどうでもよかったらしい。

リュージュは一瞥したのち、僕を見つめて、

『攻撃しようとしても無駄だよ。今の私はホログラムで再生している。正確に言えば、ここに私はいない。遠く離れた場所で私はこのホログラムを操作しているだけに過ぎないのだから。……まあ、操作は若干面倒ではあるが、わざわざ実地に出向く必要が無いのはメリットではあるかな』

ホログラム。

リュージュはそう言った。そんな科学技術が無いと実行出来ないようなものが、この世界で実現している――ということなのだろうか。だとすれば、この世界の文明レベルはほんとうに未知数だ。まあ、科学技術が世界中に流布されていないところを見た限りは若干低いのかもしれないけれど。その技術を世界中に広めただけで、世界の技術水準がどれ程進歩するか、それは考えただけでも恐ろしかった。

はてさて。

リュージュは再び僕たちを見つめると、笑みを浮かべて、話を続けた。

『バルト・イルファ。クラリス。我々はここから撤退することとしよう。別に、ここの基地なんてまったく必要ないのだから』

「しかし……いいのですか? 必要ないとはいえ、ここには多数のメタモルフォーズが……」

「バルト・イルファ。あなたも忘れてしまったの?」

言ったのは、リュージュではなくクラリス。

「リュージュが、メタモルフォーズを不必要とした。そのときは……計画が第三フェーズに進行している、その合図だと」

第三フェーズ。

その言葉を聞いてバルト・イルファは大きく頷いた。どうやら彼らの中でその言葉はある通称となっているらしい。

「それでは、いよいよ……!」

リュージュは頷く。

『ええ。我々が動くときです。ここまで来れば、あとは我々の番、と言ってもいいでしょう。わざわざ予言の勇者の追撃を受けることもありません。……ああ、それは嘘だったかもしれないわね。一通の招待状を出しておかないと』

「招待状、だと?」

リュージュは答えることなく、ただ一言だけ僕たちに投げ捨てた。

『私に会いたければ、そしてこの世界の真実を知りたければ、南国「レガドール」へ向かいなさい。相手にしてあげる』

そう言って、リュージュは指を弾く。

刹那、彼女たちの間に煙幕が生まれ――それを僕たちの手によって払う一瞬の間に、バルト・イルファやクラリスも含めて、姿を消してしまった。まさに、煙に巻かれたかのように。

同時に、けたたましいアラームが鳴り響いたのはちょうどその時だった。

「おい、これってまさか……不味いんじゃ……!」

「どう考えても不味いよ! とにかく、ここに居る人はフィアノの人たちだろうから……。おおい! 一先ず僕たちについてきてください、急いで外へ出ましょう! 慌てないで、ゆっくりと来てください!」

そうして、一先ず僕たちはフィアノの人々を助けるべく、神殿を後にするのだった。

 

◇◇◇

 

フィアノの町では大宴会が開かれていた。

その主役は僕たち。何でもフィアノの人たちを救ってくれたお礼がしたい、ということで酒や肉やの大盛り上がりとなっていた。当然ながら、僕は未成年なのでお酒は飲まない。早いうちにソフトドリンク(という概念がこの世界にあるのかは定かではないが)を確保して、適当に飯を食べて、という形を済ませていた。

そうして、いま僕は海を眺めていた。ワイワイ騒いでいる様子は、はっきり言って苦手だ。そう思ったから。

「フルう? どうしてこんなところにいるの?」

声が聞こえて、僕は振り返る。その声はメアリーだったからだ。

メアリーの顔は真っ赤に染まっていた。そして片手には透明な水のような液体が入っているグラス。

その状況を見て、僕は直ぐにメアリーが酩酊状態にあることを理解した。

「メアリー、酔っているんじゃない? 何というか、辞めたほうがいいと思うな。身体に悪いよ、飲みすぎると」

「えぇ? 私が酔っている、ですって? ヒック……、そんなことあるわけないじゃない!」

「いやいや……。どう見ても酔っているよ。まあ、あまり言わないほうがいいのかな……。うん、取り敢えず、水を飲んだほうがいいと思うけれど」

酒を飲んだことがないから解らないが、水を飲むと良いというのは聞いたことがある。

しかし、メアリーはそれを素知らぬ顔で無視して、

「そんなことより……フル、助けてくれて……ありがと」

「なに、そんなことはないよ。仲間として当然のことだから、さ」

「仲間……か」

風が吹き付ける。

その風はとても冷たくて、目を瞑ってしまうほどだった。

メアリーは僕のほうを向いて、言った。

「ねえ、フル」

「うん?」

僕が彼女のほうを向いた――ちょうどその時だった。

メアリーが、僕の唇にそっと口づけた。

一瞬の時間に思えたことだけれど、その時は永遠にも思えた。

メアリーの顔が少しずつ離れていく。

メアリーは、いつもの位置に戻ると、笑みを浮かべた。

「私……あなたのことが、好き」

メアリーは、僕に向かって――そう言った。

ずっと旅をしてきて、はじめてこの世界にやってきてであったメアリーという少女に、告白された。

僕は、それを聞いて、直ぐに答えることが出来なかった。

「僕は……」

「フル。あなたは私のことが好き? それとも嫌い……?」

「それは……」

僕はどう返せばいい?

彼女の言葉に、どう返すのがベターなんだろうか?

そんなことを思っていた、のだが……。

「フル、メアリー! 町の人たちが最後に挨拶して欲しい、って!」

走ってこちらに向かってきたルーシーがそんなことを言ったので、僕とメアリーはそちらを向いた。ルーシーもいつも以上に笑みを浮かべていて、いつも以上に顔が赤く染まっていたので、見るからに酔っているということが解った。

そうして、僕たちはそれに従って再び宴会の中心地へと向かった。

 

◇◇◇

 

次の日。

結局僕はメアリーに答えを言えないまま、フィアノの町を出ることとなった。

ルーシーとメアリー、それにシュルツさんは体調が悪いように見えた。恐らく二日酔いなのだろう。一切酒を飲まなかった僕にとってはどうでもいいことだけれど。因みに、それはレイナも同じだった。盗賊として過ごしていた彼女だったが、酒を飲むのは苦手のようだった。

「これで資材は全部ですね……。大量にあるかもしれませんが、私たちはこれでも足りないくらいです」

船にはフィアノの人たちがくれた大量の物資。別れを惜しむフィアノの人たちがせめてこれくらいは、という思いで戴いたものだがはっきり言って量が多過ぎる。まあ、有り余る程の物資があれば何とかなるかもしれないけれど。

そして、僕たちは船の碇を上げた。

フィアノからゆっくりと離れていく船。

僕たちの次の目的地――それは、南国レガドールだった。

 

◇◇◇

 

数日後。

レガドールの研究所にて、リュージュはとある研究員と話をしていた。

「……アイツをうまく扱えるようにはどれくらいかかる?」

「調整のことを考えると、一か月程かと……」

「一週間に短縮しろ。もう時間はない」

「ですが、それは……」

「私に発言を繰り返させるつもりか? もう時間はない、と言っている。予言の勇者はこれからレガドールへ向かう。チャール島からレガドールまでは最低でも一週間かかる。ということは少なくともそれまでには、動かせるようにしないといけないのだ」

「しかし、それでは調整が上手くいくかどうか……」

「ごだごだ言うな、もう時間がないのだ!」

そうして、会話は一方的に打ち切られ、リュージュは踵を返し、姿を消した。

 

◇◇◇

 

「もうすぐ着くよ!」

フィアノを出発して十日。

マストに登っていたルーシーが、甲板に居る僕たちにそう声をかけた。

そうして、僕たちの船は港へと入っていく。

港には大きな木の看板があり、こう書かれていた。

 

――南国レガドール一の港町、ラムガスへようこそ!