第十二話(6)

 

僕たちは施設の中に入っていた。

施設、と言ったのは簡単なこと。洞窟の入り口かと思っていたのだけれど、いざ中に入ってみたら広がったのは鉄板で出来た壁だった。いくら何でも鉄板が自然で出来たとは考えられない。ということは、この壁は人工の壁だということに、容易に説明が出来る。

問題はこの場所の全容だ。扉が開いていたから何とか中に入ることが出来たものの、あの塔も含めて岩山全体がこの施設であるとするならば、攻略するのは難しいかもしれない。

しかし、メアリーを救うためだ。どうこう言っていられる場合ではない。

「……メアリーを助けるためには、もうなりふり構っていられないんだ……!」

目の前で、シュルツさんを失った。

彼のためにも僕たちはメアリーを助けなくてはならない。必ず。

「しかし、フル。こんな広い場所を簡単に探すことなんて出来ないと思うのだけれど?」

「それはそうだけれど……。でも地図とか無いしなあ」

これがロールプレイングゲームとかならば、きっとどこかに地図が落ちているか、セレクトボタンとビーボタンを同時押しすると地図が表示されるはず。けれどここは現実。異世界ではあるけれど、現実ということには変わりない。

そういうことだから、現物の地図を探す必要があるということだ。

しかし、はっきり言ってこのような場所に地図がご丁寧に置いてあるとは思えない。となるとやはり自分の方向感覚を頼りに闇雲に進むしかない――そういうことになる。

「……とにかく、ルーシー。このままいくべきだとは思わないか?」

だから僕は、ルーシーにそう言った。

別にルーシーだけに言ったわけじゃない。確かにルーシーの名前しか言っていないけれど、レイナもその発言を聞いて同じように頷いていた。

とはいえ、この状態が好転するものではなかった。

この場所の構造が判明しない以上、何かあったときに逃げることが出来ない。あるいは作戦を立てるときに厄介なことになる――それが面倒なことだった。

その時だった。

ドシン。

何かが響く音が聞こえた。

「……なあ、フル」

「ああ、ルーシー」

聞こえたのは僕だけじゃなかったらしい。ルーシーもそう言ったので、僕は頷く。

そしてそれはレイナも一緒だった。

いったい、何の足音だったのだろうか? ……ここでなぜ僕が足音と明言したかというと、すぐにその影が見えたからだ。

「……なあ、あれ」

あれはどう見ても人間の影ではない。

もっと違う、大きな、獣……?

ずしん。びちゃり。

先ほどの足音に追加して、何か濡れているような音も聞こえる。

獣は濡れている……?

「いや、違う。獣じゃない……! あれはまさか……!」

「いひひ。そうさ、その通りだよ。あれはメタモルフォーズさ」

そこに居たのは、白髪頭の眼鏡をかけた男だった。不敵な笑みを浮かべていた男は、どこか不気味に見える。

「お前は何者だ……?」

「僕かい。僕の名前は……そうだねえ、自分の名前をそう何度も言うことは無いから、覚えてもらう必要も無いよ。ドクターとでも言ってくれればいいんじゃないかな。いひひ、でも会う機会はもう無いと思うけれどね」

そう言ってドクターと言った男は眼鏡をくい、と上げて、

「なぜなら君たちは僕の開発したメタモルフォーズに蹂躙されるのだから!!」

刹那、ドクターの背後には巨大な獣が登場した。

その獣は今まで僕たちが見てきたメタモルフォーズ――厳密に言えば、エルフの隠れ里で出会ったそれと同じような感じだったけれど――とほぼ同じ容姿をしていたけれど、その身体自体はゼリー状になっていた。プルプル振動している、とでも言えばいいだろうか。

「……まさか、それもメタモルフォーズだというのか……?」

「どうやら、メタモルフォーズがどういうものであるのか、君たちはまだ理解していないようだけれど。メタモルフォーズはどのような容姿でも問題ないんだよ。もともとのメタモルフォーズ……オリジナルフォーズからの遺伝子を取り込んでいれば。そして、そこから改良されていれば」

「オリジナルフォーズ……」

ということは、彼ら研究者はオリジナルフォーズの遺伝子をどこかで所有していて、それを自由勝手に研究・開発をすることによってメタモルフォーズを生み出している――ということになる。

「研究のためだけに……人々を不安に陥れている、ということか!」

「研究。そうだよ、メタモルフォーズは人間の進化性、その一つとして挙げられている。そして僕もそのように考えている、ということ。それによって何が生み出されるのかはあまり明確に考えていない科学者も大半だけれど……、けれどそんなことよりも、僕は人間の進化の可能性以上のことを考えている。それはきっと君たちに話しても解らないことだと思うけれどね。君たちがここに居る時点で、ただの社会科見学、ということにはならないだろうから。いひひ! それにしても、勇者という職業は面倒なことだねえ。自ら、危険なところに首を突っ込むのだから。少しは休憩したいとか、面倒だとか、考えたことは無いのかい? ……まあ、僕の言葉は戯言だから、別に気にすることもしないのかもしれないけれど」

そうして、ドクターと呼ばれた男は僕たちに向かってこう言い放った。

「さあ、このメタモルフォーズに勝てるかな?」

ドクターがそう言った刹那、メタモルフォーズは動き始める。どうやら僕たちを明確な敵と認識しているらしい。厄介なことだった。せめてその研究者も敵と認知していればよかったのだけれど、分別は良かったほうだった。

「感心している場合じゃないぞ、フル。どうするんだ、これから!!」

問題は山積みだった。

メタモルフォーズに追われている状況をどうにかしなくちゃいけない。

しかも今はメアリーが居ない……。つまり、僕とルーシー、それにレイナで何とかあのメタモルフォーズを退けないといけないわけだ。

「何を勘違いしているか知らないが……、このメタモルフォーズはただのメタモルフォーズではない! 行け!」

そう言った直後、メタモルフォーズは通路を覆い隠すほどの水を放出した。

ドクターは別の通路に逃げてしまったためか水を浴びることはなく、そのまま僕たちはメタモルフォーズから放たれた水をもろにかぶってしまった。

水は若干粘度があったが、無臭だった。簡単に言えば、砂糖水のような感じだった。

「げほっ、ごほっ……。いったいこれは何だっていうんだ……!」

そしてそれを見計らったかのように、ドクターは笑みを浮かべ、

「管理者権限で以下の命令を実行する! 命令コード001、対象はお前の水を被った三名!」

そう叫んだ。

ドクターの言葉を聞いて、それに反応するかのようにメタモルフォーズの頭部にあった赤い球体が光りだす。

「貴様、いったい何をした!」

「命令コード001は殺しの命令だよ、この場所の秘密を知ってもらっては困るのでね。まだ僕はここでいろいろと研究をしたいからねえ、いひひ!」

「そんな自分勝手なことを……!」

「ああ、そんなことを言っている場合かな? 君たち、別に気にしているのかそれともその身体を神に捧げるつもりなのかは知らないけれど……、どちらにせよ君たちには勝ち目が無いよ。一応言っておくけれど、このメタモルフォーズは水を操作することが出来る。君たちの体内に含まれている構成要素、その八割が水分と言われているのは周知の事実であると思うけれど……、それを操作されてしまったら、どうなるだろうねえ?」

ぞっとした。

背中に悪寒が走る――とはまさにこのことを言うのだろう。いずれにせよ、このままでは大変なことになる。先ずはそれをどうにかしないといけない。ああ、メアリーを探さないといけないのに、こんな厄介なことに巻き込まれてしまうなんて!

そこで僕はふと、何かに気付いた。

もしかして――ここの研究員は僕たちが入ってくることを最初から察知していた?

だとすれば話は早い。僕たちが予めそこから入ってくるように仕組んでおいて、そこにメタモルフォーズを待機させる。そういうことで確実に僕たちを排除する狙いがあったとすれば?

「すべてあの研究者の掌に踊らされている、とすれば……」

それは非常に厄介であり、かつ非常に面倒なことだった。

しかし、どうすればいいのか……。

「何してんだ、フル!」

そこで僕は我に返る。

メタモルフォーズが走り出したのだ。それを見ていて何も動じなかった僕を見ておかしいと思ったのだろう。ルーシーがすぐに声をかけて、肩を揺すった。

そして目の前に迫るメタモルフォーズを見て、踵を返した。

先ずは逃げて時間を稼ぐ必要がある。

そう思って僕たちは大急ぎで走り出した。

 

◇◇◇

 

バルト・イルファはモニタを見ていた。

そこに映し出されたのは、フルとルーシー、それにレイナが逃げている姿だった。

「……それにしても、あの時と比べると若干メンバーが増えているね。何の意味があるのか解らないけれど……、まあ、彼にも彼なりの考えがあるのかもしれないね。あの時も、確か結局それによって一つの結末を迎えたわけだし」

「どうするつもりかな? バルト・イルファ」

彼の背後には、フランツが立っていた。

声を聴いて、振り返るバルト・イルファ。

「……おや、フランツ。研究は休憩中かい?」

「侵入者と聞いて、安心して研究が出来るわけがないでしょう? しかもそれが予言の勇者というのであれば猶更です」

溜息を吐いて、モニタを見るフランツ。

フランツはモニタに映るフルとルーシーを見て、首を傾げる。

「それにしても、勇者は意外と若いのですね。ほんとうに、メアリーと変わらないくらい。簡単にメタモルフォーズどころか大人に殺されてしまいそうな子供ですけれど。ほんとうにこの子供が予言の勇者なのですかね?」

「気になるようであれば検証すればいいさ」

バルト・イルファは歌うように答えた。

「検証? そんなこと出来るとでもお思いですか。ただでさえ資金が枯渇してきそうであるというのに、そんなこと出来るわけがないでしょう。お上からの指示もまだ到達していないというのに……」

「結局、オリジナルフォーズそのものを起こすしかないわけだろ? 今までわざわざあの島に何度も遺伝子を手に入れるために肉片を回収してきたけれど、それにも限界がある。というかその処置自体暫定処置だった。暫定、というからには終わりが必ずある。そして、その後の対応が、オリジナルフォーズの覚醒……ということだ。そうだろう?」

フランツは苦虫を噛み潰したような顔をしてバルト・イルファを睨みつけた。

「君が何を知っているというのですか。所詮ただの研究結果の一つに過ぎないあなたが? 知ったような口で物事を語るのはやめたほうがいいですよ」

「果たして、そうかな。結構的を射ている発言だとは思うけれど」

「そう言っていられるのは外野の人間であると相場が決まっているのだよ。……いや、細かい話ではあるが、君は外野の人間は無いけれど、内野の詳しい事情を君は知らない。そういう人間がどうこう言おうとしたって、何も変わらないのが事実だし真実なのだよ」

「……そう回りくどい話をしても、結局意味は無いと思うけれどね?」

「意味があるか無いか、ではないよ」

フランツは頷いて、モニタに背を向ける。

「どこへ向かうつもりだ?」

「どこへ、と言ってもね。研究はまだ終わっていない。いや、そう簡単に終わっちゃいけないものだからね。先ずはそれをどうにかする必要がある。お上もそう言っているからね」

「だが、お上が言っていることってそう簡単にクリアできるものでもないだろう?」

フランツは出口に向かって歩きながら、笑みを浮かべた。

そして何も答えないまま、外へ出ていった。

バルト・イルファは溜息を吐いて、モニタに視線を移す。

「……結局、この世界をそう簡単に変えることなんて出来ない、ってことなんだろうな……」

バルト・イルファの呟きは、誰にも聞こえることなく、自然に消えていった。

 

◇◇◇

 

僕たちは何とか右や左に角を曲がり、少しずつ距離を稼いでいった。

そうしてようやくある場所へ逃げ込むことが出来た。

第四倉庫と書かれた名板を見て、僕は何か隠れられないか――と考えた。

しかし、その考えはすぐに捨てることになった。

「フル。やっぱり、あのメタモルフォーズは倒すしかないんじゃないか?」

ルーシーの言葉を聞いて、僕はその言葉を受け入れなくてはいけないと思った。

やはり、あのメタモルフォーズを倒さないといけないのか。しかし、どうやって? あのメタモルフォーズは全体的にゼリー状で、とてもじゃないが斬撃が通る相手とは思えない。となると剣や弓での攻撃は不可能と言ってもいいだろう。

では、魔法なら?

しかしながら僕たちは今までメアリーに助けられっぱなしである事実を考えると、それも難しい話だった。それに僕もルーシーも高度な魔法を知らない。だって予言の勇者という肩書きこそあるけれど、僕たちはただの学生だ。学生に出来る魔法なんてたかが知れている。

となると、このままでは手詰まりだ。

ならどうすればいいだろうか……。

一先ず、倒すとするならば使えそうなものはフルで活用していったほうがいい。そう考えて僕たちは倉庫の中を探してみるのだが、

「ねえ、フル。これっていったい何かな?」

ルーシーがあるものを指さした。

それを見て僕は首を傾げる。

そこにあったのはモーターがつけられた大きな機械だった。そしてその機械の隣には燃料が入っているとみられるドラム缶が多く置かれている。

「……これは発電機のようだね。きっともともとはどこかで電気を作っているのだろうけれど、緊急時のために置いているのだろうね。こういう施設だから電気が無いとやっていけないのだと思うよ。それに、これは……?」

燃料の入っているドラム缶から少し離して、幾つかの薬品が入っているドラム缶を見つける。

それにはラベルが貼られており、やはりここが何らかの研究施設であることを改めて認識することとなる。

「これは……水酸化ナトリウム? ということは……」

僕は学校で習った知識を思い出す。確か水酸化ナトリウムと電気……何か法則性があったはず。なんだ、思いだせ。思い出すんだ……!

そして、思い出した。

「これだ……!」

そして、ルーシーとレイナにそれを告げる。

「これなら、あのメタモルフォーズを倒すことが出来るかもしれない!」

「成る程……。でも、無茶じゃないか!? そんなこと、実際に出来るかどうか……」

「出来るかどうかを考えるんじゃない。出来ると思って考えないといけない。この作戦なら絶対にあのメタモルフォーズを倒すことが出来る。だから、何とか頑張るしかない」

「けどこのドラム缶をどうやってあそこまで!?」

「あら、ルーシー。何か忘れていないかしら」

そう言ったのはレイナだった。レイナはあるものをひらひらと僕たちに見せつけるように持っている。

それを見たルーシーは目を丸くして、「あ!」と何かを思い出したかのように驚いた。

「そうか、それを使えば確かに……!」

ルーシーも作戦を理解してくれたのを見て、僕は大きく頷いた。

「さあ、時間が無い。あとは作戦を実行するだけだ。急いであいつを倒して、メアリーを探さないと!」

その言葉にルーシーとレイナは大きく頷いた。

 

 

メタモルフォーズが倉庫の中に入ってきた。迷う様子もなく一目散に入ってきたところを見ると、やはり水による探索機能はまだ生きている、そして嘘ではないということになる。それにしても、ほんとうに厄介な機能だと思う。そのような機能を付けるということは、相手を確実に死に追いやるということも考えられているのだろう。

それはさておき。

「いいか。レイナ。チャンスはおそらく一回きりだ。これを逃すとメタモルフォーズを倒すことは出来ないだろう。……まあ、別にここだけがタイミングを逃すとマズイところかと言われると、そうでもないのだけれど」

「解っているわよ。それに、そちらもきちんとタイミングを守ってよね? 私がうまくいったとしても、ダメになる可能性があるのだから……」

それくらい、百も承知だった。

だからこそどうすればいいとかそういうことを考えていて、最終的に僕が入口で監視することになった――そういうわけだ。ただし、それは入口にある荷物の上に居る、ということになるので、正確にそうであるかは言えないかもしれないけれど。

「今だ、レイナ!」

そうして、メタモルフォーズがあるポイントに到着した。

レイナはその瞬間、ある薬剤が入ったドラム缶に転移魔方陣が描かれた紙を貼付した。

その転移先は――メタモルフォーズの頭上。

そしてドラム缶は重力に従うままに、床に落ちていき、メタモルフォーズに命中した。

いや、正確に言えばメタモルフォーズから少し外れた位置であったが、むしろそちらのほうが、都合が良かった。

薬剤を取り込んだメタモルフォーズだったが、それが何を意味しているのかメタモルフォーズ自身も理解していないようだった。

「ルーシー、今だ。スイッチを押せ!」

今度はルーシーにスイッチを押すよう言う。

そのスイッチとは――発電機のスイッチだった。

そしてルーシーは大きく頷くと、彼の手元にあった発電機のスイッチを入れた。

一瞬だった。

床に置いてあった端子から電気が放出され、メタモルフォーズに電気が流れる。

もし、メタモルフォーズの主成分がただの水であれば、ただ水に電気が流れるだけで終わってしまうだろう。

ただし、メタモルフォーズにある薬剤が溶け込んでいるとしたら?

水酸化ナトリウム。

水に溶かし、電気を流すことによって電気分解をすることが可能になる薬剤のことだ。水は水素と酸素に分解される、電気分解という現象。それは、大規模な電気を生み出すことの出来る発電機と、大量の水酸化ナトリウムが溶けたメタモルフォーズが加わることで急激な電気分解が可能となった、ということだ。

メタモルフォーズは苦しみながら、雄叫びをあげながら、徐々にその身体を小さくさせていく。

メタモルフォーズは相当大きい質量であったが、その全体が水素と酸素に分解されるまで、そう時間はかからなかった。

そして、最終的にメタモルフォーズの頭部にあった赤い球のみが残されて――地面に落下し、四散した。

「……倒した?」

ルーシーは発電機のスイッチを切ったことを確認してから、荷物の上から降りた。

そこに残されていたのは、何もなかった。水素と酸素は空気に溶け込んでしまい、最後に残された赤い球体もまた風に吹かれて消えてしまったのだから。

「どうやら、そのようだね。……それにしても、メタモルフォーズを何とか倒すことが出来た。これで何とかメアリーを探すことが出来る。いや、何とかなったね」

「まさか……ほんとうにあのメタモルフォーズを倒すことが出来るとは……!」

その声を聴いて、僕たちは入口のほうを向いた。

そこに立っていたのはドクターと呼ぶ男だった。

「ドクター……だったか。お前のメタモルフォーズは既に倒したぞ。もうこれ以上秘策があるとは思えないがな」

「ぐぬぬ……。解ったような口を聞きやがってっ! それくらい解っているというのに! ……ええい、解った。これ以上無駄に技術を使うわけにもいかないし、まだ我々には次のミッションが残されている。だからこそ……」

ドクターはポケットにある何かのボタンを――押した。

刹那、地面が揺れ始める。

立っていられないほどの、大きな揺れだった。

「お前、いったい何をした!?」

ルーシーがドクターに問いかける。

「何をした? 簡単なことだよ、証拠の隠滅だ。これ以上この場所を残していても我々シグナルのためにはならない。それどころか世間にメタモルフォーズの知識が広まってしまう。それだけは避けなくてはならない。避ける必要があるのだよ。いひひ! まあ、せいぜい死なないように逃げることだね」

それだけを言って。

ドクターは一目散に走っていった。

「おい、どうするんだ! メアリーを探さないといけないし、このままだと……!」

「それくらい解っている……! だが、今は逃げるしかない!」

ほんとうは僕だってこの状況からメアリーを探したかった。

けれど、今は逃げるしかなかった。潰されてしまうよりはマシだった。メアリーも無事であることを祈るしかなかった。

だから、出口へと向かう。

僕とレイナ、それにルーシーは先ほど入ってきたところへと――戻っていった。

メアリーが無事であるということを、ただただ祈りながら。

 

 

僕たちが外に出た、ちょうどのタイミングで研究施設の入り口が崩落していった。

「……間一髪、だったのか……?」

ルーシーの言葉に、僕は頷く。

まさかここまでギリギリだとは思いもしなかった。正直な話、もう少し余裕があるものかと思っていたからだ。

それにしても、この建物が破壊されてしまったということは――。

「また、メアリーの情報が手に入らなくなった、ということか……」

そう考えると、とても頭が痛い。ようやくメアリーについての手がかりを見つけ、おそらく捕まっているであろう場所まで到着した――にも関わらず、

「どうやら、敵のほうが一歩先を進んでいた、ということになるのだろうね……。かといって、メアリーはいったいどこへ行ったのだろう? まさかこの瓦礫の中に――」

「ルーシー!」

僕はルーシーの言葉を聞きたくなかった。

その可能性だって、十分に考えられる話ではあるけれど。

今はできる限り、考えたくなかった。

「フル、ルーシー! ……ちょっと、こっちに来て!」

声を聴いて、僕たちはそちらへと向かった。

僕とルーシーを呼んだのはレイナだった。レイナは瓦礫の中に何かを見つけたらしく、それで僕とルーシーを呼びつけたようだった。

レイナが見つけたのは杖だった。その杖は林檎のデザインがされており、僕もルーシーもよく見たことのある杖だった。

「これは、メアリーが持っていた……!」

そう。

メアリーが持っていた、シルフェの杖だった。

それがそこにあったということは、メアリーがここにいた証拠になる。

けれど、

「でも、メアリーがどこかに行ったという証拠にはならない」

ルーシーの言葉は的確だった。

確かにその通りであったし、逆にメアリーがここに埋まっているのではないか? という最悪の答えを考える可能性もあった。

「メアリー・ホープキンは生きているよ。君たちの想像通りね」

声が聞こえた。

それは、僕もルーシーもレイナも、聞いたことのあるやつの声だった。

「バルト・イルファ……!」

頭上には、バルト・イルファが浮かんでいた。いったいどのような魔術を行使したのか、僕には解らなかったけれど、そんなことよりもどうしてバルト・イルファがそれを僕たちに伝えたのか――それが妙に気になった。

バルト・イルファは僕を見つめて、言った。

「どうやら君たちは気になっているようだね。どうして僕がメアリー・ホープキンの居場所を知っているのか。そして、それをなぜ教える必要があるのか。確かにそう考えるのは当然かもしれない。けれど、それは君たちに絶望を与えるためだといってもいいだろう。君たちにはもっと苦しんでもらいたいからね」

「貴様……! バルト・イルファ、お前だけは、絶対に許さない!」

僕はバルト・イルファを睨み付けて、そう言った。

けれど空を飛ぶ敵に対しての攻撃手段を僕は持ち合わせていなかった。

「……まあ、せいぜい頑張るがいいさ。そうだね、ここまでやってきた君たちにはリワードを与える必要があるだろう」

指をはじいたバルト・イルファは踵を返して、最後にこう締めくくった。

「メアリー・ホープキンは邪教の教会にいるよ。そこがどこにあるかどうかは、まあいう必要も無いだろう。そこまで言うとヒントではなくなって、それはもはや解答を示すことになってしまうからね。だから、そこは自分で考えたまえ。寒い場所だから、急がないと凍えてしまうかもしれないよ?」

そうしてバルト・イルファは、今度こそ姿を消した。

 

◇◇◇

 

帰り道。

僕たちは行きと同じように竜馬車に乗り込んでいた。

では、操縦者はだれか?

「……まさか、シュルツさんが生きているなんて思いもしなかったですよ」

僕はその思ったままのことを、口にした。

「確かにね。まさか、メタモルフォーズの足に踏みつぶされたと思わせておいて、ただ隠れていただけなんて」

シュルツさんが竜馬車でコーヒーブレイクをしていたのを発見した時は、驚きというよりも呆れてしまったと言ったほうが正しかった。

なぜ僕たちにも嘘を吐いていたのか――まずそこが理解できなかったし、なぜそんなことをしていたのか、とても気になった。

しかしシュルツさん曰く、

「別にそれについて言う必要もないだろう? ……あと、敵をだますなら味方から、というくらいだし」

現に岩山の陰にはメタモルフォーズの死体が倒れていた。

どうやら研究施設の入り口にカメラがあることを見破ったシュルツさんは、敢えて一回自分が死んだように見せかけて、カメラの死角となっている場所でメタモルフォーズを倒したのだという。いったいなぜカメラの死角が解ったのか――それについては、あまり教えてくれなかったけれど。

「取り敢えず、次の目的地は決まったのかい?」

最後に、シュルツさんは、言った。

その言葉に僕たちは大きく頷いた。

そして僕たちは次の目的地へと向かう。

そのためには一度、エノシアスタへと戻る必要があったわけだけれど。

 

◇◇◇

 

「シュラス錬金術研究所が、崩壊しただと?」

スノーフォグ国軍大佐であるアドハムは部下からの報告を受けて、目を丸くしていた。

シュラス錬金術研究所を任せたはいいものの、まさかこうも簡単に破壊されるとは思いもしなかったからだ。

「それもこれも、ついこの間やってきたあのキメラのせいだ……!」

キメラ。

正確にはそうではないのだが、いずれにせよ彼にとってあまり理解していない分野のことだからそう説明するほうが正しいかもしれない。そのキメラはスノーフォグの王自らがそこへ向かわせたため、アドハムもそのキメラに従わざるを得なかった。

「まさかそこまで出し抜かれるとは思わなかった……」

「いかがなさいますか?」

部下の言葉に、アドハムは頷く。

「我々は我々で進めるしか無いということだよ」

窓から外を眺め、

「予言の勇者の抹殺。我々の計画はプランエーから、プランビーへ移行する。ほかの人間にもそう伝えておけ」

傅いた部下はそのまま部屋を後にした。

アドハムの思惑、そのやり取りは彼とその部下を除けば、空から眺める月くらいしか解らないことであった。