第十二話(5)

 

シュルツさんとの待ち合わせ場所は南門と呼ばれる場所だった。

そこから向かうことで、メタモルフォーズの巣へと一番近付くことが出来るのだという。実際には、それにプラスして馬車やトラックが出しやすい状況にあるらしいのだけれど。

「お待たせしました」

声が聞こえて、僕たちはそちらを向いた。

そこに居たのはシュルツさんと……小さい竜だった。いや、ただの竜じゃない。その竜が馬車を引いている。

驚いている様子の僕たちを見たシュルツさんは首を傾げていたが、少ししてその正体を理解する。

「ああ、もしかして、あれですか? 竜馬車を見たことがない?」

「竜馬車……。そういう名前なのですか、これは」

「ええ。正確にはミニマムドラゴンを使うことで馬車とは違うこととしていますけれど。スピードは馬車の数倍も出ます。ですが、うまく扱わないと馬車の中がごちゃ混ぜになってしまうことから操縦が難しいといわれていますけれどね」

そう言ってシュルツさんは竜の身体をぽんぽんと叩いた。けれど、竜はすっかりシュルツさんに懐いているようで、何もすることなくただシュルツさんのほうを見つめていた。

そしてシュルツさんは後ろにある馬車を指さした。

「準備ができているようならば、後ろの馬車に乗り込んで。僕はもう出発の準備はできているから、君たちに合わせるよ」

その言葉を聞いて僕たちも大きく頷くと、そのまま後ろの馬車へと乗り込んだ。

「それじゃ、出発するよ!」

竜に乗ったシュルツさんは、優しく竜に語り掛ける。

「さあ、出発だ」

それを合図として、竜は起き上がる。竜の大きさはなかなかある。跪いていたから正確なサイズが解らなかった、ということもあるけれどこう見ると圧巻だ。

そうして竜と、連結している僕たちを乗せた馬車はゆっくりとエノシアスタの町を後にするのだった。

 

◇◇◇

 

竜馬車の乗り心地は事前に言われていた状態と比べると、とても心地よいものだった。もっとガタガタ揺れるものかと思っていたけれど、これなら普通の馬車と変わりないような気がする。

内装はかなり豪華な様子になっていて、椅子もふかふかになっている。このまま眠ってしまいそうだったが、それが『しまいそう』で済んでしまうのには理由があった。

理由は単純明快。どうやらあまりにも仕事が無かったためか、竜馬車の中身がシュルツさんの私物がたくさん詰められている状況だった。まあ、それでも十分広さは確保されているので別に問題が無いといえば無いのだけれど。

「……しかしまあ、やっぱり馬車を契約して正解だったね。徒歩よりかは早いスピードであることは間違いないし」

ルーシーの言葉に頷く僕。

確かにそれはその通りだった。車窓から見える景色はかなりスピードが速く流れている。確かにトラックと比べればそのスピードも大したものではないのかもしれないけれど、それでも徒歩で向かうよりかはマシだ。

「それにしても、このペースなら日が暮れないうちに到着しそうだな」

「そうだったらいいんだけどね。夜ならちょうど侵入も出来そうだし」

こくり、と僕は頷いた。

実際、もし研究施設が存在するならばその監視体制も厳重になっていることだと思う。何せ、メタモルフォーズの巣によってカモフラージュしているのだから。もしそうじゃなかったとしても太陽が出ているうちよりかは沈んでいたほうがメタモルフォーズに見つかりにくい。ならば沈んだ後の時間がどちらにせよ都合がいいということだ。

「それにしても……」

レイナは僕たちの会話の後に続いた。

うん? 何か気になることでもあっただろうか。

「この大きな武器……何だと思う?」

それは僕たちの背凭れの後ろにあるスペースに入りきらないほど大きな銃だった。ガトリングみたいにも見えるけれど、しかしその大きさはとても一人では抱えることが出来ないように見える。

いったい誰の持っている武器だろうか、なんて考えるのは野暮なことだろう。どう考えても九割九分はシュルツさんの武器だ。しかし、シュルツさんがそれくらい大きな武器を活用する時期があったのだろうか?

まあ、でも、行商はいろいろな危険を躱しながら目的地へと無事に到着することを目的としている。何も無ければいいのだけれど、何かあったときに武器が無ければ対抗出来ない。だからそのようなものがあるのだろう。多分。

「だからといって質問するわけにもいかないしなあ……」

そんな質問をしたところで護身用と答えられるのがオチだと思う。

だから僕は質問することもなく、そのままにしておいた。きっと、それを思っているのは僕だけではないと思う。三人ともそう思っているだけで、ただそれ以上議論を発展させないだけ。

そう考えるのが当然。

そう考えておくのが必然。

きっとそれ以上考えたところで袋小路に迷い込んでしまう話になってしまうことだと思うから、誰もそう言い出さないだけだと思うけれど。

斯くして。

僕たちは一つの秘密を共有したまま向かうことになる。

メタモルフォーズの巣にはいったい何が隠されているのか。

そしてメアリーは、僕たちの予想通りメタモルフォーズの巣に隠された研究施設に居るのだろうか。

そんな思いを乗せたまま、竜馬車は進んでいく。

 

◇◇◇

 

「君には別の場所へ行ってもらうこととなった」

朝、単刀直入にバルト・イルファが私にそう言った。

一体全体何があったのか私には解らなかったけれど、きっとそれを質問したところで答えてはくれないのだろうな。

「……怖いから睨み付けないでおくれよ。いいかい? 僕たちだってやることがある。そしてそのためにも別の拠点へと向かう必要がある、ということだ。君には場所を教えておこうか」

一歩私に近付いて、さらにバルト・イルファの話は続く。

「スノーフォグの北にあるチャール島、そこには『邪教』としてオリジナルフォーズを祀る神殿がある。そこへ向かうことになるだろう。なに、そう難しい話じゃない。そして、ここを捨てるつもりはない。ここは研究施設だからね。君をこのままこの場所に放っておくわけにもいかないということだ」

「……別にこのままでいいじゃない。どうして場所を変える必要があるのかしら?」

漸く。

漸く私はその言葉を口にすることができた。

しかし、バルト・イルファはそれにこたえることはなかった。

そしてバルト・イルファは――そのまま姿を消した。

 

 

それからバルト・イルファがやってきたのは、少ししてからのことだった。私が持っていた荷物をそのままバルト・イルファは持っていたので、てっきり返してくれるものかとおもったがそんなことは無く、私にここから出ろと言ってきた。

従わなければ何が起きるか解ったものではない――そう思った私は、それに従うこととした。

「少々急になってしまい申し訳ないが、今から出発する。なに、簡単だ。魔術を行使していけば一瞬で行くことができる」

「だったら急ぐ必要は無いんじゃない?」

廊下を歩きながら、私はバルト・イルファに問いかけた。

「……だから言っただろう。急になってしまったが、と。急にならざるを得ないことが起きてしまった、ということだ。それくらい少しは理解したらどうだ?」

その言葉を聞いて少々苛ついたことは確かだけれど、それを口にするほどでも無い。そう思った私はそのままバルト・イルファに従うこととした。場所が解らない以上、ここでバルト・イルファに抗ったとしても簡単に逃げることは出来ないだろう。陸続きならまだしも、ここが絶海の孤島という可能性だって十分に有り得るわけなのだから。

それに、魔術を行使して移動することもそれを考慮してのことだろう。陸路ないし海路で移動するとなると仮に目や耳を塞いだとしてもそれ以外の方法で察しがつく可能性がある。そう判断して魔術で瞬間的に移動させ、究極的に外へ出させないという結論に至ったに違いない。

結局、色々な案を脳内でぐるぐるシミュレートしてみたけれど、そのどれもが実行不可能であることを理解して、今はバルト・イルファに従うしか無い。そう考えるしか無かった。もしフルたちが今ここに向かっているとするならば、完全に行き違いになってしまうのだけれど。

「……どうかしたかな?」

ふと前を向くとバルト・イルファが踵を返して立ち止まっていた。どうやら私の様子を気にしていたらしい。バルト・イルファが私のことを? そう考えると、一笑に付してしまうこともあるけれど(そもそもバルト・イルファがそんなことをするとは考えられなかった)、しかしそれ以上のことを私は言うことはなかった。

そして、バルト・イルファもそれ以上のことを語ることなく、そのまま踵を返すと歩き始めた。

 

◇◇◇

 

竜馬車がメタモルフォーズの巣に到着するまで、それから半日ほど経過していた。

あまりにも乗り心地がよかったので眠りについていたけれど、

「おい、到着したぞ。……ってか、どこがゴールになるのか明確に教えてもらっていないわけだけれど」

シュルツさんの言葉を聞いて、僕たちは目を覚ました。僕たち、と説明したのは単純明快。簡単に言えばルーシーもレイナも眠っていたということだ。彼らも乗り心地が良かったから眠りについたのだろう――そうに違いない。

そんな根拠もない机上の空論を考えながら、僕は窓から外を眺めた。

見ると景色は想像通りの岩山が広がっており、見るからに何か出てきてもおかしくなかった。

「……なあ、どうしたんだ? 今からどこへ向かうのか教えてくれてもいいと思うのだけれど。メタモルフォーズの巣といってもきちんとした場所は判明していないわけであるし」

「あ、ああ。そうだったっけ。まあ、そんなに遠くない場所だったはず。……確か粘土細工のような無機質な塔があったはずだけれど」

「その塔だったら、そこにあるよ?」

シュルツさんが後ろを指さす。

すると確かに、その通りだった。目と鼻の先の距離に粘土細工のような塔があった。

塔の根元は岩山になっており、洞窟が広がっているように見える。そしてその洞窟は――。

「メタモルフォーズが見張っている、と……」

「まあ、明らかに怪しいわな。けれど、あれを掻い潜っていけるほど戦力はこちらにないぞ」

言ったのはルーシーだった。

それについても首肯。

「……首肯するのはかまわないけれど、フル、何かアイデアでもあるのかい? 無いのならば、あまり無策で飛び込むわけにもいかないと思うけれど」

「それくらい解っているさ」

状況は把握している。

そして、どうすべきかも理解している。

けれど、それをどう対処すべきか――一番具体的で、一番重要なポイントが浮かんでこない。由々しき事態ではあるけれど、事態の緊急性を知っているけれど、けれどそれが浮かび上がってこない。

「……聞かせてもらったけれど、君たちは友達を探しているのだろう?」

シュルツさんの声を聴いたのは、ちょうどその時だった。

顔を上げると、シュルツさんは笑みを浮かべていた。

「はっきり言って、君たちは昔の僕と同じだ。未来に希望を見ていたころの僕と同じだ。そして、彼女を失う前の僕と――」

そうして。

シュルツさんは竜馬車に入っていたモノを手に取った。

それはガトリングだった。――けれど、正確に言えば銃の要素もあり、槍の要素も見えた。遠距離型武器と近距離型武器のいいとこ取り、とでもいえばいいだろうか。いずれにせよ、その武器が今まで見たことのないタイプであることは容易に理解できたことなのだけれど。

「今ここで諦めたら何もかも終わってしまうぞ、少年」

ガトリングから延びるネックストラップを首にかけて、頷く。

そうして、シュルツさんはスイッチを入れた。

 

 

「今ここで諦めたら何もかも終わってしまうぞ、少年」

――そんなかっこいいことを言ってみたけれど、結局僕にはこれしか選択肢が無かった。

結局、僕にはこれしか無いんだ。

自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着かせる。

僕もかつては彼らみたいに旅をしていた――けれど、それは失敗してしまった。彼女を失ってしまってから、僕はずっと悲観に暮れていた。彼女のために、将来を考えようと思っていた。その矢先だったのに。

それを変えてしまったのは、メタモルフォーズだった。

「……結局、お前たちが何もかも変えてしまった」

ぽつり。

ほんとうに誰にも聞こえないくらいの小さな声で、僕は呟いた。

メタモルフォーズ。

どこからか、いつからか、何度人間が駆除しても姿を見せるその存在は、この世界が人間に与えた試練と言っていた人もいた。

でも僕はそんなものくだらないと思っていた。

試練だというのならば、こんな辛い試練僕は受けるなど一言も言っちゃいない。

神様は非常に残酷だ。

残酷で、非情で、絶望しか与えない。

そんな神様は、信じる価値など無い。

僕はずっと、そう思っていた。

逃げ続けていたばかりの僕に、もう一度メタモルフォーズを倒すチャンスを与えてくれた。

それはきっと神様と、あの少年たちに感謝しなければならないだろう。

僕はあのとき死んだ人間だ。いや、死ぬべき人間だった。

けれど生き残った。今もしぶとく生きていた。

そして、僕の目の前には昔の僕と同じように――今を生きている少年たちがいた。

ならばその少年たちのために、最後の命を使うのも悪くない。

そう思って、僕はその銃の引き金をゆっくりと引いた。

 

◇◇◇

 

シュルツさんが撃った弾丸は、メタモルフォーズに命中した。

でも、それだけだった。

その弾丸一発だけでメタモルフォーズの勢いが止まるはずはなく、メタモルフォーズはなおも動きを止めない。

このままだとシュルツさんは――!

「シュルツさん――!」

「いいんだ、君たちは前に進め! まだ失いたくないものが、あるというのならば!」

そうして。

シュルツさんは――僕たちの目の前で、メタモルフォーズの足に踏みつぶされる。

呆気なかった。

一瞬だった。

それを冷静に見ることの出来た僕たちは――もしかしたら、異端だったのかもしれない。

僕たちは、前に歩み続けないといけない。

「……フル。行こう」

そして、最後のひと押しを、ルーシーが言ってくれた。

ほんとうに呆気なく、ほんとうに悲しい気持ちもあった。

けれど、僕たちは前に進むしかなかった。

メアリーを助けるために、前に進むしかなかった。

 

◇◇◇

 

私は魔方陣の中にいた。

魔方陣は私がラドーム学院から出発したときと同じもの。つまり転移魔方陣、ということ。転移するためにも魔法が必要というのは厄介な世の中ではある。もうちょっとうまくできる方法は無いものかな。ほら、例えば、スノーフォグには科学一辺倒の都市があるくらいだし、その都市が何か開発していることは無いのだろうか。……まあ、無いのだろうね。もしそれが開発されていたとしても、それはきっとスノーフォグにしか流通しないだろうし、秘密裡にリリースされているだろう。

「……準備もできたところだし、もういつでも君を別の場所に飛ばすことができる。ほんとうはあのお方に会わせてからのほうがいいと思うのだけれどね……。まあ、あのお方も暇じゃない。だからここでいったん、先に君には移動してもらうという話だ。まあ、いずれ会えることだろう。君とあのお方は、そういう運命にある」

長ったらしい言葉だったけれど、うまく実感が沸かないのは事実。だって『あのお方』というのが誰だか解らないし、そもそもの話をすれば、私はその人のことを知る必要もない。運命とか信じていない、というところもポイントだけれどね。

それはそれとして。

この魔方陣にされるがままになっているわけだけれど、私だって少しはどうやって脱出すべきかを考えている。けれど、はっきり言ってこのままではフルたちとの合流は愚か脱出するのも難しいと考えている。だって、ここがスノーフォグなのか、ハイダルクなのか、はたまたレガドールなのか解らない、まったく未知の場所に居るのだから。せめてそれだけでも解ればまだ対策も立てられそうなものだけれど、しかしそれはバルト・イルファが許してくれるとは思えない。窓も無ければ図書室にも場所を示す蔵書も無かった。そうとなれば、この場所を教えてくれる手がかりなんて一つも無いわけで。

「失礼します」

魔方陣の部屋に私とバルト・イルファ以外の人間が入ってきたのはその時だった。扉は閉まっていたはずだったけれど、ノックをすることなく入ってきた。

ふつうはノックくらいするんじゃないかな、とかそんなことを思っていたけれど、

「……ノックをするのが常識だと習わなかったかな?」

その気持ちはバルト・イルファも同様に抱いていたようで、入ってきた男にそう問いかけた。

しかし男は軽く頭を下げただけで、話を続けた。

「申し訳ありません。しかし、しかしながら……侵入者が入った模様でして」

「侵入者、だと? ふむ、しかし入口にはメタモルフォーズが居たはずでは?」

「メタモルフォーズは侵入者のうち一名を捕食しています。ですが、残りの二名が……」

「もしかして、フルとルーシーが!?」

私のその言葉を聞いてバルト・イルファは静かに舌打ちをする。まさか私もこんなに早くフルたちがやってくるとは思っていなかったけれど、それはバルト・イルファも同じだったようで、

「急いで転移をさせる。……今、ここで君を彼に引き渡すわけにはいかない。こうなったら意地でも君を大急ぎで転移させる」

そう言ってバルト・イルファは目を瞑った。

刹那、私の視界が徐々に緑色に染まっていく。

バルト・イルファはそこまでして私とフルを再会させたくないのだろうか。でも、どうして? なぜ? そんな疑問が頭を過るけれど、けっして今の状態がいいことではない。それは火を見るよりも明らかだ。

「そうして、世界は消えていく。粛清へと歩みを止めない。それが一番だ。ベストだといってもいい」

「あなたはいったい……何のためにこんなことをするつもり?」

私は、最後にバルト・イルファに問いかけた。

バルト・イルファは笑みを浮かべて――言った。

「僕をこんな運命に仕立て上げた、神様の作ったレールを破壊するため、かな」

その言葉を最後に――私の意識は途絶えた。