第十二話(4)

 

今日は朝から本を読んでいた。

なぜそんな自由なことができるかというと、あのフランツとやらが知識を得ることも大事だと言ってこの図書室に幽閉するよう部下に命じたかららしい。現にバルト・イルファが扉の前にある椅子に腰かけて何らかの本を読んでいるし。仕方がないので、私も何か情報を得るべく――本棚を見ていた。

けれど、本棚に入っていた本はどれも難しいばかりで、はっきり言って私が読めるようなものはこれといって無かった。

もうこのまま何も無いのかなあ、と思っていたけれど本棚の一番端にあるものを見つけた。やはりそれも表紙が掠れてしまって文字が読めなくなっているくらい古い本なのだと思うのだけれど、でもなぜかその本を開いてみたくなった。

今までのそれとは違って、表紙などから内容が掴めないからかもしれない。もしかしたらこの本にならば私が欲している情報が載っていると思ったのかもしれない。

「……これだ」

そう自分に言い聞かすように呟いて、それをもって椅子に腰かけた。

本を読み進めていく。その本は歴史書のように見えるが、メタモルフォーズの仕組みにも触れている。まさに今の私にとって一番重要な要素が詰め込まれているものだと思った。

一ページ捲る。そこには知恵の木の実のことについて、このように書かれていた。

『知恵の木の実』とは遠い昔、エデンにいたアダムとイブが蛇の誘惑に負け、食べてしまった果実のことを言う。それを食べてしまったことで、神は怒り、アダムとイブをエデンから追放してしまった。

なぜ神は怒り、アダムとイブを追放したのか?

神は『アダムとイブ』という人間が自分の地位に近づくのを恐れたのではないか?

そのように考えることもできる。

しかし、それは伝説上の産物である。

時は流れてガラムドが生まれ、そして空へ還った。

ガラムドの墓を守っていた男――ニーチェ・アドバリー、はガラムドの墓に樹が生えていることを見つけた。

その木の実は黄金に輝き、形は林檎のようだった。

その男は敬意を込めて、『知恵の木の実』と呼ぶのだった――。

 

「知恵の木の実、ねえ……」

私はそんなことを呟きながら読み進めていった。知恵の木の実は神ガラムドが生み出したものということで有名らしいけれど、こういう神話から裏付けされたということなのね。意外と原典を読んでみるのもなかなか面白いかも。というか、なぜこのタイミングでこれを面白いと思えたのかが面白いところではあるけれど。

まあ、それは戯言だけれど。

そんなことを言いたいがために私はこれを見ていたわけではない。さらに本を読み進めていけば、きっと私の知りたい情報が出てくることだろう。

そう思って、私はさらにその本を読み進めていった。

さらに読み進めていくとこのような記述を見つけた。偉大なる戦いのとき、ガラムドはある錬金術師に知恵の木の実を授けているのだという。そこでははっきりと知恵の木の実とは書かれていないものの、その説明文からして、その言い回しからして、私はそれが知恵の木の実であることを理解した。

しかし、知恵の木の実はその説明がいずれも事実であるとするならば、偉大なる戦い以前にも存在していたことになる。

それって何だか矛盾していないだろうか?

だって知恵の木の実が存在したのは、神が生み出したからと言われている。それがその通りであるとするならば、今の話題は完全に矛盾することとなる。どちらが正しいのだろうか? そう思ったとしても、この歴史書めいた古書にはどちらの説も記載されている。

「……だめだ。もっと何かあるはず……」

こう読み解いていくうちに、私は何かあることが気になった。

 

――この世界は、何か裏があるのではないだろうか?

 

もしかしたら、私たちこの世界に住む人間の殆どが知らないような、重大な事実が。

この世界にはあるのかもしれない。もし、そうであるとするならば、私はそれを突き止めたい。そしてそれを、その情報の断片を少しでも得るためにはこの蔵書は役立つ可能性がある――そう考えて私は古書の読み解きを再開した。

 

◇◇◇

 

グランドタワーの展望台に向かうにはエレベーターに乗る必要がある。正確に言えばエレベーターではなく昇降機と呼んでいたのだけれど、エレベーターの日本語訳が確かそれだったと記憶しているので、全然不思議な話ではない。

昇降機にはたくさんの人が載っていた。別に僕たちだけの話ではない。ここは連日多くの人が訪れる観光地のような場所なのだろう。そうかもしれないけれど、ここに住んでいる人もやってくるのだろうか? だって毎日のようにその姿を外から眺めているはずだから、そう何度も訪れることはないとは思うのだけれど。

それはどうでもいい。それについては僕が簡単に語るべきことではない。

飄々と。

淡々と。

黙々と。

それを僕が語る権利はないのかも知れないけれど。

昇降機を降りて、空間が広がる。目の前に広がるのは、広大な景色。ガラス張りになっているため、外の景色が一望できる。当然といえば当然かもしれないけれど、床は普通だ。壁がガラス張りとなっているだけ。僕の世界にあった、普通のタワーと同じような仕組み。

まあ、それについては予想通りだったと思う。

あと、これも予想通り。やっぱり外の景色を眺める人は居なかった。居なかった、とは言い過ぎかもしれないかな。実際には少しは見ている人も居る。けれど、実際に昇降機に乗ってきた人は展望台にあるレストランやちょっとした観光をしているだけに過ぎない。或いは楽しんでいるのは子供だけで大人は退屈そうに話をしているか本を読んでいるか……といった感じ。

正直、それだけ見ていると僕のいた世界と何ら変わりない。

「……わあ、いい景色だねえ」

レイナはそう言って、手すりに手をかけた。

確かに景色は良い。だが、広がっている景色は僕の想像通りの景色が広がっていたので、少し肩透かしを感じる。

そして、人もいない。

話を聞くこともできない。

はっきり言って、ここに来たことは失敗だったか?

「……あれ、フル、ルーシー。あれは何だ?」

レイナの言葉を聞いて、僕は踵を返した。僕だけじゃない。ルーシーもそうだ。ルーシーもその声を聴いてレイナに近づく。

レイナは僕たちが隣に立ったことを見計らって、それを指さす。

「ほら、あれ」

そこにあったのは岩山だった。ただの岩山という感じではない。粘土細工のような、ところどころ穴が開いている。

「……何だ、あれは?」

レイナが言った言葉をそのまま反芻する形で僕は言った。

「あれはメタモルフォーズの巣だよ」

声を聴いて、そちらを向く。

そこに立っていたのは眼鏡をかけたいかにもな一般市民だった。

一般市民の話は続く。

「……あれはかつてどこかの研究施設をメタモルフォーズが乗っ取った、と言われているよ。実際にどこまでほんとうなのかは解らないけれど。……この町の人間ならば常識だったと思うけれど、それを知らないところを見ると君たちは旅人かな?」

ニヒルな笑みを浮かべて、一般市民は眼鏡をくいと上げた。

僕は頷くと、一歩前に立った。

「はい。実は今日この町に来たばかりで……。機械がたくさんありますね。ほかの町とは違う。それにしても……あの巣は誰も対策しようとはしないのですか?」

「そんなことを僕に言われてもね」

肩を竦めて、話を続ける。

「ああ、でも、噂だけれど、あの巣をさっさと破壊しないのは裏の研究施設が未だ生きているからかもしれない……というのはあるよ。実際問題、あそこはメタモルフォーズの巣になっている。時たま、メタモルフォーズがここに攻めてくることもある。だが、根本的な対策には至っていない。それくらい科学技術が発展していてもおかしくないのに。だから、そういわれている。まあ、あくまでも噂の一つだから、本気で信じている人なんてそう居ないけれど」

噂。

噂、か。

人の噂も七十五日とは良く聞いたことのある話ではあるけれど、しかし存外噂というのはその日付以上に流通してしまうものだと思う。実際問題、それはよくある話だと思うし、間違っていないことだと思う。怖がることも面白がることも、興味が失せるタイミングまでずっとそのままでいると思うし、もしかしたらうまくずっと長く続けていられるかもしれない。広告的手法でも使えることだ。なぜ僕がそのようなことを知っているのかといえば、興味があることというよりも目についたものを片っ端から調べていたことがあったので、それで調べたからである。そのことの殆どは実際に役立つことは無かったけれど、まさかこのようなタイミングで、そこで調べた知識を思い出すことになるとは思いもしなかった。

知識を得ることに間違いなんて存在しない。だって、普通に考えてみて、知識を得ることで失敗した経験なんて無いからだ。それは僕が経験した、ただそれだけのことかもしれないけれど、それについては僕が保証する――なんて言ったとしてもそれはたったのこれっぽっちも認めてくれることはない。結局、ただの個人の自信なんてそのようなものだ。ただのハリボテと変わりない。

ハリボテと変わりないなら、結局そのハリボテをハリボテと思われないようにする。そういう風に思う人間だっているし、それを地で行く人間もいることもまた事実だと思う。現にこの世界に来ただけでもどれくらいの人間がそういう精神でやってきた人間が居るだろうか。数えたことも考えたこともないけれど、おそらくそれが世界の一般的な常識なのだと思う。

それが世界の普通で。

それが一般的な常識で。

僕にとってそれは普通じゃない、また何か違うことのように思えたけれど。

「でもそう思うことって間違いなんだろうな……」

「うん? 何かあった?」

「あ、いや。何でもないです。ありがとうございます」

貴重な情報を手に入れて、僕は頭を下げる。そうしてルーシーに声をかける。

「どうやら、行先はきまったようだぞ、ルーシー」

「……裏の研究施設がある、という噂のことか? まさかそれを全体的に信用するつもりなんじゃないだろうな?」

「それしか手段はないと思うよ。だって、現状の情報はそれしかない。だったら、そこに向かうしかないでしょう? 問題は、そこにどうやって向かうか、だけど……。やっぱり歩くしかないのかな」

「まあ、そうなるよな……。しかし、徒歩か。何かいい手段無いかなあ……」

僕とルーシーが頭を抱えていた、ちょうどその時だった。

「そういえば、さっき見たんだけど。この町、行商が多いよね。もしかしたら、それって使えない?」

そう言ったのはレイナだった。

行商? そんな情報、どこで入手したんだ。それにしても、その情報はほんとうに有り難い。

「行商……か。もし徒歩で行くならば、そちらのほうが問題ないといえば問題ない気はする。……なら、一度探してみる? それで良い条件の行商が見つかればいいけれど」

生憎今はそれなりの路銀を確保している。契約の時の値が若干張るものだったとしても、多少は何とかなると思う。

そう思って僕たちはタワーを降りて、行商のもとへと向かった。

 

 

行商通り。

実際には何か花の名前がついた名前らしいけれど、行商の家が多いためこのような名前がニックネームのような感じでつけられて、それが正式名称のようになっているらしい。

そして通りにはその名前を裏付けるように、馬車の車庫が多く面していた。

「しかし科学技術がここまで発展しているのに、まだ馬車が混在しているんだな……。もっと、何か無かったのかな。トラックとか」

確かに。

ラルースの人間でもトラックを使用しているのに、この行商通りの人間は殆ど馬車を使用している。まあ、全員が全員使用しているわけではないけれど、それでも馬車は未だ根強い。

「多分それって、この世界が未だ馬車のほうが主流だからじゃないか? だって、主流じゃないものを使い続けるわけにもいかないだろ。実際、同じスノーフォグですらこの町しか科学技術は発展していなくて、あとは横並びってくらいだし。だから、その横並びから突出していることを見られないためにも馬車を使っているとか。あとはメインテナンスの問題じゃないかな。何かあったとき別の町でも何とかなるじゃないか。ただトラックとか、この町特有の何かだったら別の町で故障した時も何か大変なことになるんだろうし」

「そうか……。まあ、確かに間違いではないだろうなあ。ま、別に馬車になろうが馬車以外になろうが問題ないよ。問題はメタモルフォーズの巣に進んで行ってくれる行商が居るかどうか、というだけ」

僕はシニカルに微笑むと、ルーシーもその通りだと頷いた。

実際問題、トラックだろうが何だろうがそこについてはどうだっていい。問題はメタモルフォーズの巣に僕たちがこれから向かう、ということだ。

メタモルフォーズの巣はこの世界の人間が考える危険地帯の一つだ。その場所だけじゃない、そこへ向かうまでの道のりも酷いものだと思う。果たしてそこに進んで向かってくれる人がいるだろうか? そう考えたときに、大分幅が狭くなってくると思う。

まあ、それよりも――実際にやってみないと解らない。

だから僕たちは行商を確保するために、行商通りにある店に向かうのだった。

 

 

まあ、そう簡単にうまくいくわけもなく。

そもそも僕たちの向かう場所がメタモルフォーズの巣。そうとも知ればそこまで生きたがる稀有な存在など当然いる筈もなく、結局のところ、交渉は難航していた。

そこまでははっきり言って予想の範疇。

問題はそれよりもスピードを優先すべきことだった。メアリーがどうなっているか解らない現状、大急ぎでバルト・イルファが向かったとされるシュラス錬金術研究所へと向かわねばならない。しかしながら、僕たちにはその場所を知る術は無かった。そうとなると、別のアプローチでシュラス錬金術研究所へと向かう必要がある。

現在において、唯一の情報はメタモルフォーズの巣があるという情報のみ。そしてそこへ向かうには徒歩では少し遠すぎる(必ずしも徒歩では行けない距離ではないけれど)。そうなると、やっぱり足は必要になってくる。そういうものだと思う。そうとなれば話は早い、ということで僕が主体となって契約をする必要が出てくるわけだ。

果たして、なんの契約か――なんてことは言わなくたっていいと思う。

馬車、或いはトラック。

正確に言えば足になるものがあればいいのだけれど、この世界において足と呼べるものはそれしか無い。実際、こういうものを使うとなると契約してお金を支払えばいい。別にお金さえ支払えば子供であろうが遠い場所であろうが対応してくれる――はずだった。それが上手くいかないのは僕たちが向かいたいその目的地が原因だろう。目的地はメタモルフォーズの巣、そんなところに行きたい子供を、果たして契約するといえ連れて行ってくれるだろうか? 良心の呵責があって連れて行こうとは思わないかもしれない。そもそも、実際そのように言われて断れたのが殆どなわけだけれど。

「……しかし、フル。これからどうする? このままだと何も解決することが無いまま時間だけ過ぎてしまうことになるが」

「それくらい解っているよ。……しかし、どうすればいいか」

ルーシーに指摘されなくてもそんなことは知っていた。

問題はそれをどう解決するか。その方法が思いついていなかった。それが一番の問題だったかもしれないけれど、とにかく見える範疇の問題を一つずつ解決していかないと、何も前には進まない。

「解っている……。だから、僕たちは作戦会議をするためにここにきているんだ。何か、考え付かないか、ルーシー。まあ、最悪歩いてもいいのだけれど、そうなると数日間の食料プラス眠るところを確保する必要がある。道中に何もないのが欠点だよな……。街道って、もっと普通ユースホステルみたいなものがあるんじゃないのか?」

「え、えーと、ユースホステル?」

「あ、ごめん。こっちの話。ルーシーには関係ないよ」

今、僕たちは作戦会議と昼食を同時に済ませるため、近所のレストランに居た。しかしながら、まったく意見が出ることなく、不毛な作戦会議となってしまっているのだけれど。

僕が食べているハンバーグも残り三分の一程度。さて、どうすればいいのやら……。

「ちょっとごめんよ。さっきから聞いていたのだけれど、行商を募集しているようだね?」

それを聞いて、僕はそちらを向いた。

隣のテーブルからの声だった。隣のテーブルでは、一人の商人が同じように食事をしているようだった。

「……そうですけれど、どうかしましたか?」

「いや、盗み聞きをしてしまったようですまなかったな。ちょっとその話を聞いていたら、適役かもしれない相手を見つけたんだよ。よかったら、ちょっと話だけでもそいつに話してはくれないか?」

「……別にいいですけれど」

クールを装っているけれど、これはチャンス。

ここで契約を上手く取ることができれば、メタモルフォーズの巣まで簡単に移動することが出来る。そう考えて僕は二つ返事でその商人と思われる男性の言葉に頷いた。

「いいのか? フル。そう簡単に了承しちゃってよ」

「別に問題ないと思うけれど。だって、僕たちも必要としていたのは事実。そしてこの人が適役を見つけてきている。それなら一度会ってみないと話は解らないだろう? そこで契約可能ならばしちゃえばいい。ダメならダメでまた別の可能性を探ればいい。そうだろう? そんなことよりも今は可能性の一つを潰してしまうことが問題だと思うよ」

「それはそうかもしれないが……」

ルーシーの言葉を聞いて、商人は向かいの席に腰かけていた――正確に言えば机に突っ伏して眠っている状態ではあるのだけれど――人の身体を揺さぶる。

「おい、起きろよ。眠っている場合じゃないぞ!」

そうしているうちに、漸くその人は起きだす。それでもゆっくりとした感じでとても眠そうだったが。

「……あれ? どうかしましたか。今日は僕が仕事の無さすぎを励ましてくれる会だったでしょう。もう終わりですか、お開きですか。それともアルダさんはお仕事があると、いやあ、いいご身分ですねえ。僕はずっとお仕事がありませんから借金も返せないのに」

「そういうことじゃねえ。自分を卑屈に思うのは辞めろ、仕事にも影響するぞ。……そんなことより、ビッグニュースだ。お前に仕事が生まれるかもしれないぞ」

それを聞いてビールと思われる黄色い液体を飲み干す男の人。顔はほんのり赤く染まっているのだけれど……大丈夫だろうか。ちょっと不安になってきた。

ビール? を飲み干したところで、男の人はそれでも向かいに座っているアルダさんが何を言っているのか理解できない様子だった。

そして少しの時間を要して、目を丸くして、身を乗り上げる。

「それは……本当ですか? アルダさん。僕のテンションを上げるための、面白がるための嘘なのではありませんよね?」

「お前のその状況を見て嘘を吐くような輩が居たら、そいつは相当捻くれ者だろうよ。それとも何だ? お前は俺のことを捻くれ者だと扱っているということか?」

「いやいや! そんなことは思っていませんよ。それにしても……え? ほんとうに、この僕に依頼が?」

「だから言っているだろう。ビッグニュースだと」

先ほどの酩酊ぶりはどこに行ったのか、あっという間によれよれになっていた服の襟を正して、僕たちのテーブルへと向かった。

そうして完璧にお辞儀をしたところで、

「はじめまして。僕の名前はシュルツ。シュルツ・マークラケンといいます。しがない行商ではありますが、腕に自信はあります。まず、きちんとお時間は守ります。たとえ無茶な時間を言われようとも、問題ありません。さすがにスノーフォグからハイダルクまでを一時間、というのは無理な話ですのでお断りする可能性もあるといえばありますが」

仕事の交渉一発目でそんな話をしていいのだろうか……?

そんなことを思ったけれど、それについては今語るべき話題でもないのかも知れない。

そう思って僕は話を始める。

これからは僕のターンだ。

「はじめまして、シュルツさん。早速ですが、僕たちが行きたい場所は既に決まっています。……まあ、先ずは座っていただいて」

流石に立たせたままで話をするのはちょっと周りからの目線が痛い。

そうともなれば、さっさと先ずは座っていただいてからきちんと話をしたほうがいい。

「ありがとうございます。……それで、ほんとうに僕でいいんですか?」

「かまいませんよ。僕たちも行商を探していたので。誰も見つからなかったのですよ」

「見つからなかった……? いったいどこへ向かうつもりだったのですか?」

そこで僕は、目的地をはっきりと告げた。

「メタモルフォーズの巣へ向かおうかと」

「すいません、お断りさせていただきます」

立ち上がろうとしたシュルツさんの腕を即座につかむレイナ。

僕の背後からアルダさんが茶々を入れる。

「おいおい、どうしたんだよ、シュルツ。別に問題ないだろう、お前、仕事が欲しいって言っていたじゃないか」

「言っていましたけど、言いましたけれど! けれど、こんな大変な仕事じゃ断りたくなるのも当然じゃないですか! わざわざ死地に赴く人が居るとでも!?」

「……やっぱりだめですよね。仕方ないといえば仕方ないかもしれないですけれど……。やっぱり、私たちだけで歩いて彼女を助けないと」

「彼女を? ……ええと、君たちはわざわざメタモルフォーズの巣へ向かって死にに行くということではなくて?」

「そんな馬鹿なことを自ら進んでするはずがないでしょう」

そう冷静に発言したのはレイナだった。

まあ、当然といえば当然なのだけれど。

「……メタモルフォーズの巣に、僕たちの大切な友達が居るかもしれないんです。もしかしたら居ないかもしれないけれど、居てほしくないけれど、でも手がかりは一つしか無い。だから、僕たちはそこへ向かわないといけない。……これは、きっと、誰も行こうとは思わないことかもしれないのだけれど」

言葉が、溢れていく。

メアリーは大切な友達だ。

この世界にやってきて、初めて知り合った友達。

そんな彼女を、このような場所で見捨てては――ならない。

「……解りました」

溜息を吐いて、シュルツさんはそう言った。

「それじゃ……」

「本当は嫌なんですけれどね。あなたたちの言葉に感銘を受けましたよ。まさかそのようなことを考えている人がいるなんて。正直、この世界はメタモルフォーズに心まで蹂躙されてしまった人間ばかりかと思っていました。けれど、違うのですね。解りました、向かいましょう。そうと決まれば、時間は急いだほうがいいでしょう?」

その言葉を聞いて、僕たちは大きく頷いた。