第十二話(3)

 

夜。

ラルース一のレストランに僕たちとリメリアは居た。六人掛けのテーブルで、片方にリメリアのみが座っており、もう片方に僕たち三人が座っている形になる。ラルース一のレストランとはいえ、銃器の持ち込みを禁止しているわけではない。

盛り付けられている料理を一言で述べるならば、肉料理が中心となっている。魚、鳥、肉……いろいろな種類の肉を使った料理がテーブルに所狭しに並べられている。

そしてそれをがっついているリメリアと、ただ茫然と眺めている僕たち。

光景だけ俯瞰で眺めると、意味が解らない状況であることは間違いないと思う。

「……あら、どうしたの? 別に、奢ってくれとは言ったけれど、全部とまでは言っていないわよ。さすがに食べきれないだろうしね。だから、あなたたちも食べてよ。……まあ、そんな言葉を言える立場でないことは重々承知しているけれどさ」

「それよりだな、情報はきちんと提供してくれるのだろうね?」

ルーシーが僕も気になっていたことを代弁して、話してくれた。

対してリメリアは豚肉のようなもの(おそらくハムか何かだろうか?)を豪快に口で引きちぎり、噛みながら笑みを浮かべる。

「当たり前だろ。掃除屋は嘘を吐かないものさ。ほら、それよりも食べないと冷めてしまうよ。それとも、冷めた料理が好きというのならばそれもそれで止めないけれど」

「あ、ああ……。そうだな。取り敢えず、頂くことにしよう」

本来は僕たちが支払うお金で注文しているので、リメリアの言う通り僕たちが普通に食べていい食事になるから、『頂く』なんて表現は少々変なことになるのだけれど、実際問題、それは間違った話ではないということになる。

そういうわけで、僕たちもまた食事に取り掛かるのだった。というか、それしか選択肢が残されちゃいなかった。

食事について特筆すべき事項は無いと思う。だって、実際に食事シーンをつらつらと説明する必要もないだろう? しいて言うなら、肉料理まみれというのもバランスが悪い食事だということを再確認出来た、ってことくらいかな。リメリアは野菜が嫌いなようで、殆ど肉料理しか注文しなかった。だから僕は我慢できなくなって(のちに聞いたがルーシーとレイナもそう思っていたようだった)、サラダを注文した。そのときリメリアはサラダも食べるのか、と言わんばかりの悲しげな表情を浮かべていたけれど、そんなことはどうだっていい。というか、嫌いならば食べなければいいだけの話だ。僕は肉料理ばかりだとなかなか舌がリセットされないから注文しているだけだから。

そんなことはさておき。

料理を食べ終えたところでリメリアはメニューを取り出した。あれだけ食べられない量を注文したというのに、また何か注文するつもりなのだろうか? というか、まだ君が注文したものすべて食べ終わっていないのだけれど!

そう僕が考えていたら、どうやらその視線に気付いたらしく、

「……何よ。デザートを食べようとしていただけじゃない」

デザートまで所望するというのか。

これは情報がそれなりのものじゃないと納得しないぞ。今日だけで懐がどれほど軽くなったと思っているのか。

「私が情報を持っていない、とかそんなこと思っているのならば安心しろ。きっちり私が持っている情報を提供してやるよ。無論、それがどこまで君たちにとって有益な情報であるかは、いざ話してみないと解らないことではあるがね」

「確かにそれもそうだが……。だからといって、それを理解していない僕たちでもない。掃除屋は実際の一般人以外で知っているような情報を仕入れているのだろう? 例えば……メタモルフォーズの住処、とか」

「……そこまで理解しているなら、話は早いじゃない。あ、バニラアイスパフェ一つ」

いつの間に店員を呼んでいたんだ。

そんなツッコミを入れようとしたが、それよりも早く注文を終えてしまったので何も言えなかった。情報が有益であるかそうでないかは、僕たちの情報分別能力にかかっている。

 

 

パフェがやってくるまで五分、それから食べ終わるまで十分。合計十五分をさらに待機していた僕たちは、さすがに大量の肉料理を平らげていて、リメリアがパフェを食べ終わるまで待機していた。なぜそのまま待機しているかというと、逃げられる可能性を考慮していたからだ。逃げられてしまったら、このお金も無駄になる。……少々豪勢な食事をした、と割り切ってしまえばいい話かもしれないけれど。

パフェをすべて食べ終わり、食後にサービスでやってきたホットコーヒーを啜るリメリアは、溜息を吐いて目を瞑った。

そして少しして目を開けると、リメリアは大きく頷いた。

「……それじゃ、少々時間はかかってしまったけれど、食事をおごってもらうのが約束だったからね。私もその約束を果たさないと」

紙ナプキンで口の周りを拭いて、リメリアは話を始めた。

「先ず、メタモルフォーズの住処について簡単に説明しようか。メタモルフォーズの住処、と言うけれど実はうまい特徴は見当たらないんだ。大抵場所は見つかっているけれど、……ああ、でも一つだけあったかな。その特徴、当たり前かもしれないけれど、人が少ない場所に住処はあるんだよ。それは当たり前だよね。メタモルフォーズは人間の敵だ。人間が逃げるか、メタモルフォーズを撃退するか、はたまたメタモルフォーズに返り討ちにあってやられてしまうか……そのいずれかだから」

「メタモルフォーズは、人間の進化形……それについて聞いたことは?」

ルーシーはこの前、リーガル城であった出来事について質問する。

リメリアは知った風な様子で答える。

「あれならば、スノーフォグならば常識だよ。逆に、ハイダルクではそれは知られていなかったのか? ……もしかして、ハイダルクだとメタモルフォーズが出現すること自体も少なかったのか?」

「そうかもしれないわね。メタモルフォーズはハイダルクでは殆ど発見されていない。この間の城へやってきたメタモルフォーズが初めて、なのかもしれない」

正確に言えば、それよりも前に僕とルーシー、それにメアリーがエルフの隠れ里で出会ったのが最初になるけれど……それは言わないでおこう。

「スノーフォグでは、恐らくメタモルフォーズにおける知識がある程度常識化しているかもしれないね。実際、スノーフォグはメタモルフォーズをどう倒せばいいか、ということについては私たち掃除屋や軍に投げっぱなしになっているところも多いのも事実だけれど。……大抵の一般市民は軍に頼るし、軍が嫌いな人間は私たちのような掃除屋に頼む。そういうものだよ」

「掃除屋はたいていフリーで働くものなのか?」

それを聞いて頷くリメリア。

「そういうものよ。あなたたちは掃除屋のことをどう思っているのか定かでは無いけれど……、掃除屋は世界から良い風に思われていない。それが現実。それが真実。だからこそ、私たちももう少しその地位を上げていかねばならないと考えてはいるのだけれどね」

「考えている……ですか?」

「まあ、それについては語る必要も無いでしょう。あなたたちが知りたいのは、もっと直接的な情報だと思うから」

そう言って、リメリアはコーヒーを飲みほした。

「メタモルフォーズの巣。私たち掃除屋はその情報を知っている。一番ここから近い巣はエノシアスタから南方に行ったところ。どうしてあのような場所にあるのか、と思うくらい人の里に近い場所にある。……まあ、私たち掃除屋にとってみれば拠点を作りやすいから有り難いといえば有り難いのだけれど」

 

 

それから、得られた情報はいろいろとあったけれど、最大の情報はやはりエノシアスタの南方に巨大な巣がある――ということだった。実際に、それ以外にも情報は得られている。たとえば、メタモルフォーズは基本的に『属性』があるため、その属性に弱い攻撃を与えないとなかなかダメージが通らないということや、しかしそのような属性があったとしても近距離からの爆撃はそれなりにダメージが通るということや、大抵は戦闘に関することだったが、メタモルフォーズに関するどのような情報でも欲していた僕たちにとって、それは有り難いことだった。

「……これくらいの情報で何とかなる、かなあ」

リメリアと別れた僕たちは宿屋にて休憩していた。部屋は二つとっているのだけれど、そのうちの僕とルーシーが眠る部屋にてレイナも集まっているという形になっている。

「それにしても、情報はそれなりにあったよね。まあ、豪勢な食事を食べてしまった、ということもあるけれど、かなり満足感は得られたのではなくて?」

レイナの言葉に頷くルーシー。

そして僕もその意見に賛成だった。満足感が得られた、ということよりもここまで簡単に情報が得られたということ。そしてその情報の一つが、明後日向かうエノシアスタに関する情報であるということがとても僕たちにとって有益な情報だった。

「それにしても、エノシアスタ……ね。行ったことの無い場所だからちょっと気になるけれど、いったいどのような場所なのかしらね?」

「機械都市、ということは聞いたことがあるけれど、どこまで機械じみているのだろうね? 僕も教科書でしか見たことは無いのだけれど……」

機械都市エノシアスタ。

教科書ではよく見たことのある、その都市の名前。旧時代にあった文明をうまく組み合わせることでこの世界では珍しい機械仕掛けの町を作り上げたのだという。そのため、世界各地から観光客が訪れている、スノーフォグ随一の観光地なのだという。

「確かにそんな場所ならば、ビジネスチャンスは多く存在するはずだよな……。あの商人が何をするのかは解らないけれど」

ルーシーの疑問も解らないではなかった。

ただ僕たちはまだ子供だ。そういうことに関してまだ解らないことが多い。解らないことが多いからこそ、知りたいと思うことも多い。

それについてはきっと、経験と時間が解決してくれるはずだろう。僕はそう思っていた。

「……まあ、明後日からはエノシアスタへ向かうことになる。どういう場所でどういうことになるかはっきり解ったものではないけれど……取り敢えず、今はゆっくり休もう。休息も大事だ。メアリーを助けることももちろん大事だけれど……」

「いや、フル。君の言っていることも解るよ。今はゆっくり休もう」

そうしてレイナは自分の部屋に戻り、早々に僕たちはベッドに潜った。

 

◇◇◇

 

そのころ、メアリーも夜を迎えていた。

フランツからのヒヤリングは簡単なものだった。この世界の歴史について、それにスノーフォグについての基礎知識の質問がある程度で、そのようなものは頭に叩き込んでいたメアリーにとってそんな質問は楽勝だった。

しかし、どこか彼女にとって引っ掛かっていた。

なぜフランツはそのような質問をしたのだろうか?

「フランツ……。なぜあの科学者は」

思わず呟くが、けれども考えが進むわけでもない。

一先ず今の状況では、ここに居る人間が彼女をどうこうするという話にはまだ至っていない。それどころかどこか大切にされつつある状況にもなっている。

それが彼女にとって一番理解出来ないことであった。なぜ自分が大切にされる必要があるのか? それをフランツに訊ねたが、今は知らなくていいとの一点張りでまったく答えて等くれなかった。

「……今はもう、眠るしかないのかもしれないわね……」

まったく考えがまとまっていなかったが、このまま考え続けてもまとまるとは到底思えなかった彼女はそのまま横になり――そして、半ば強引に眠りにつこうとそのまま目を瞑った。

 

◇◇◇

 

二日後。

僕たちは旅団と一緒に機械都市エノシアスタへと向かうこととなった。

エノシアスタへ向かうにはトラックを用いる。トラックが合計四台。荷物を載せているものが三台と人を乗せるために荷台部分を改造したものが一台となっている。人員はそれほど割かれているわけではなく、僕たちを除くと十人程度しか居ない。

そもそも一台――その人を乗せるためのトラックだけ明らかに巨大だった。もともとはダンプカーだったのかもしれないが、そうだとしても改造度合が半端ない。とにかく、人を乗せるためにいろいろな改造をとことんやってのけた、という感じがする。

「それにしても、こんな若い人が俺たちの護衛についてきてくれるとはね」

僕たちの居た部屋――と言っても間仕切りが殆どされていないので、部屋という空間と言っていいかどうか微妙なところだが――そこに入ってきた兵士はそう言った。

兵士――と言ってもそれはあくまでも推測しただけに過ぎない。本人から兵士だと聞いたわけではないからだ。ただ、ほかの人間に比べて若干装備が重装備に見えた。だから、そうかな、と思っただけに過ぎない。

「あ、俺のことかな? おかしいなあ、自己紹介していなかったっけ……。あ、していなかったかもしれないな。俺の名前はシド。こういう身なりをしているが、俺も商人の端くれだ。まあ、よろしく頼むよ」

「……よろしく」

シドさんが手を差し出してきたので、僕もそれに答える。きちんと答えないと意味が無いからね。それについては今から少しでも良い関係を築いておかないとギスギスしてしまうし。

シドさんの話は続く。

「まあ、君たちの実力を否定しているわけではないけれどさ。実際にその目で見たわけじゃないから、それを否定することも間違っていると思うしね。……取り敢えず、お近づきのしるしにどうぞ」

そう言って、シドさんは僕たちにキャンディを差し出す。

それを受け取ってそのままポケットに仕舞い込んだ。

「俺はいろいろと嗜好品を取り扱っていてね。まあ、別に珍しい話じゃないと思うけれど。特にここ最近嗜好品の売り上げが増えてきた。好調、とでも言えばいいかな」

「へえ、何故ですか? やはり、メタモルフォーズに対する不安?」

「そうとも言えるし、そうとも言えないかもしれない。メタモルフォーズは不安になる材料ではあるけれど、商業としては一番いいところを持ってきてくれるからねえ。何というの? その、災害特需、ってやつ? そういうことも多いわけだよ。今から向かうところも、確か一応メタモルフォーズの攻撃を受けてしまったために一部被災しているエリアがあるわけだが、そういう場所というのはもう何もかも足りないわけだ。人はもうあまりまくっているというらしいがね」

「人は余っている……?」

「『助けたい精神』の骨頂というやつだよ。助けたいけれど、何も出すものが無い……。だから自分の身体だけでも、という人間のこと。そういう人間は確かに有難いよ。人は多ければ多いほうがいい。けれどそれはあくまでも仮定に過ぎない。実際問題、増え続けてしまえばそれは過多になってしまう。食料の供給もまともに無い、寝る場所も少ない、まともに眠ることの出来る人間すら少ないというのに、人が増え続けてしまう。そうなったら、何が生まれると思う?」

その先に何が生まれるか。

ええと、おそらくきっと……。

「答えは簡単だ。供給と需要が割に合わなくなり、食料は益々減ることだろう。おそらく、寝るところも衣服も……何もかも足りなくなる。そういう場所に売りに行くのが……俺たち商人、というわけ」

「ボランティア……無料で提供しようというつもりはない、ということですか?」

「あるわけないでしょう。だって、ビジネスチャンスの一つだよ? そんなチャンスを逃がしてまで商品を出すわけにはいかない。世界の仕組みというのは、案外そういうものだよ。まあ、君たちのような子供にはあまり解らないかもしれないが……」

「けれど、それは理屈でしょう? ボランティアとは言わずとも、せめて安く提供することだって……」

「そんなことを言ってもね、俺だって、こっちだって商売だ。飯を食うために、そして何より生きていくために働いている。物を売っているわけだよ。もちろんなるべく安くしているつもりだ。けれど、これ以上安くしてしまえば俺だって生きていけなくなる。不謹慎? 悪者? そんなことを言う人だっているさ。けれど、そんなことですべて萎縮してしまったら世界もろとも暗い雰囲気に包まれてしまうとは思わないか?」

「それは……」

それについて、僕ははっきりと答えることは出来なかった。

無料で提供すること。それは出来なくても、安くすることは出来ないのか――ということについて。

それはきっとやろうと思えば簡単に出来ることなのだと思う。けれど、それを実際にしてしまえば今度は商人が生きていけなくなってしまう。そうなってしまうと経済がうまく回らなくなり、世界的に経済が破綻してしまう。要するに、一つの災害で世界を崩壊させてはならない……そういうことなのだろう。

「……まあ、君にそれを言うことは間違っていたかもしれないな」

先に折れたのはシドさんのほうだった。

もっとも、折れたというよりは話の流れをこれ以上続けても場の空気が澱むままだと判断したためかもしれない。

「邪魔したね」

シドさんは座席から立ち上がると、そのまま扉代わりのカーテンを開けた。

「それじゃ、また後で。何もないことを祈っているよ」

「ええ、僕たちも祈っています」

そう言い交わして、シドさんはカーテンを閉めた。

 

◇◇◇

 

そして、そのシドさんの言った通り、何も起きなかった。

早朝出発して、エノシアスタに到着した頃にはその日の夕方になっていた。ちなみに到着したときには、

「おおい! もうすぐ、エノシアスタに到着するぞ!」

そんな掛け声だけだったが、僕たち以外の人たちはみんな続々と準備をしだした。どうやらそれがここにとってはアタリマエのことらしい。

窓から外を眺める。エノシアスタの町はどういう状態になっているのか、気になったからだ。

鉄で出来た城壁、そこから生え出てきているように見える石造りのビル群。それだけ見れば、僕がもともといた世界にもあったような町に見える。

「すごいなあ……こんな町があるんだ……」

僕は思わずそんなことを呟いた。

どうやらそれはルーシーにも聞こえていたようで、

「この町はスノーフォグだけじゃなくて、世界随一の技術を備えた場所……だったかな。だからこのようになっているらしいけれどね。おかげでこの町ですべてを賄えるようになってしまったらしい。あの町での技術は全世界の技術より二世代近く進んでいるとか……。まあ、噂に過ぎないけれど。あくまでも、それは一般的に科学技術が流通していないせいかもしれないけれどね。現にあの町は、ほかの町に科学技術を流出しないからって文句も飛んでいるし」

「ふうん……。そうなのか」

まあ、魔法や錬金術が主流になっている世界で、科学技術なんて流行らないのかもしれない。ただ、便利なものが便利であると証明されれば、それは確実に流行するだろうし、おそらくそれをする準備がとても面倒だったのだろうか。あるいは、この世界の人間性――ううん、そこまで考えるとなんだか面倒なことになってきそうだ。

そんな難しいことを考えていたら、ゲートに到着していた。

ゲートは誰か人がいるわけではなく、自動ドアのようになっていた。おそらく上部にセンサーがついているのだろう。それで判別しているのかもしれない。いったい何を判別しているのか、という話だけれど。

「すごいな、このゲート。自動で判別しているのかな? 人も居ないようだし」

「ほかのところとは違う感じだよね。もしかして通行証とか持っているのかな。それで判別しているのかも」

ルーシーの問いに僕の推測を伝える。

ルーシーはそれを聞いて頷きながらも、完全に納得しているようには見えなかった。まあ、仕方ないことだと思う。実際伝えたことも僕の推測に過ぎないので、それの裏付けもしていない。だから、それが本当だろうか? もっと別の考えがあるのではないか? という考えに至るのも自明かもしれない。

暫くしてゲートが開く。ゲートが完全に開ききったタイミングを見計らって、僕たちを乗せたトラックはエノシアスタの中へと入っていった。

 

◇◇◇

 

エノシアスタの中心地にあるホテルにて、僕たちは一旦の契約解除に至った。一週間後に再びラルースの町に戻るときに改めて契約して、また戻るスタイルになるそうだ。ちなみに契約解除した時点で一回分の契約になったということでその分のお金は支払われた。

そういうこともあり、僕たちは現在小金持ちになっているのだった。

「それにしても……機械ばかりだよなあ……」

お店で販売しているものも機械。町を動いているのも機械。町に生きている人々もどこか機械を装着しているためか機械っぽさがある。

僕の住んでいた世界でもこんな機械を使っていただろうか、と言われると微妙なところかもしれない。

「うわあ、すごいよ、フル! 見てみて!」

そう言ってルーシーはウインドーを眺めていた。

「……子供ね」

「そう言ってやるなよ、レイナ」

レイナと僕はそう言葉を交わしながら、ルーシーのもとへ向かった。

ルーシーが見ていたのは一台のコンピュータだった。デスクトップ本体とキーボード、それにモニタが配線で接続されている。電源は入れられていないので画面が表示されることは無いのだが、それでもルーシーは興味津々だった。

「何だい、フル。あれはいったい? もともと来た世界にはあのようなものはあるのか?」

ルーシーの問いに僕は小さく溜息を吐いてから答えた。

「……ああ、あったよ。あれはコンピュータと言って、いろんなことを機械の演算で実行してくれるものだったはず。人間の脳で出来ることが実行できるのだけれど、それを並行で実施するから、人間が手で計算するよりも若干早く出来たはず。まあ、それもメモリチップという人間でいうところの脳みその大きさに依存する、はずだったけれど」

「……はあ、よく解らないけれど、すごいというのは伝わったよ……。すごいなあ、エノシアスタ。魔法とも錬金術とも、別の学問とも違う何かがここにはあるよ……!」

ルーシーの目はどこか輝いているように見えた。

別に彼は科学信仰というわけではないだろう。ただ珍しいものに興味を示しているだけ、だと思う。なぜそうはっきりと言えるかというと、もともといた世界でもそういう反応を示していた人が良く居たからである。

「確かにそう思うのも仕方ないかもしれないけれど……、私は少し苦手かな。ちょっと無機質過ぎるよ、この場所は」

苦言を呈したのはレイナだった。彼女みたく、このような無機質なものばかりが並べられた場所を嫌うこともあるのかもしれない。まあ、仕方ないことといえば仕方ないと思うのだけれど。

さて、そんなことよりも。

この場所で調査する時間は一週間しかない。はっきり言ってその時間のうちにやるべきことをやる必要がある。メアリーはどこへ消えてしまったのか、そしてシュラス錬金術研究所はどこにあるのか――その場所を調べなくてはならない。

そう考えて、僕たちは情報の収集を開始した。

メアリーに関する情報を少しでも集めることが出来ればいいのだけれど。

 

 

とまあ、そう勢いをつけた割には何も情報が得られなかった。強いて言えばやはりあのメタモルフォーズの巣に関する情報くらいだっただろうか。興味はあるけれど、今の僕たちで向かうのは少々危険過ぎる。

というわけで結局その日はエノシアスタの観光をすることにした。もちろん、情報収集も進めているけれど、想像以上に何も出てこない。話を聞くと、殆どここに住んでいる人はこの町から外に出ないのだという。だから、あまり他人に干渉しない。それどころか一人で動くのが好きなのか、そもそも話を聞いてくれる人すら居なかった。

「なんというか、この町の人、冷たい人だらけよね。話くらい聞いてくれてもいいじゃない」

そうレイナは言ったけれど、見ず知らずの人の話を聞く余裕がある人が案外居ないのかもしれない。見たことのない人間が突然声をかけてきて、反応してくれる人はそう滅多にいないと思う。大抵は忙しいとか用事があるとか言って適当なことではぐらかす人が大半だと思うけれど、どちらにせよ情報が得られないのは確かだ。

レイナは溜息を吐いて、空を見る。

エノシアスタの中心に聳え立つグランドタワー。

高さは聞いた感じだとリーガル城の二倍以上の高さを誇り、展望台からはスノーフォグを一望出来るどころかハイダルクも見えるのだという。

「……タワーにも入ってみる?」

「タワー……か。タワーに入って観光もいいかもしれないな」

「フル、レイナ。一応言っておくけれど、目的は忘れていないよな? 今回、ここにやってきた目的、それは……」

「メアリーの情報を入手すること、だろ? それくらい知っているよ。だが、情報を入手する可能性を高めるためにはいろんな場所に入る必要がある。そのためにもこの町を観光していきながら様々な場所を巡ったほうがいい。そうは思わないか?」

ルーシーの言葉に僕は答える。はっきり言ってもっともらしい言葉を並べただけで、実際はルーシーの言った通り。ただの観光となってしまっていることは紛れもない事実だった。

しかしながら、情報が少しでも得られるならば――その可能性が秘められていることもまた事実だ。あれほどの高い建造物から外を眺めることが出来れば、何らかの情報が地形から掴むことが出来るかもしれない。

ルーシーはまだ納得しきっていないようだけれど、結局僕がもうひと押ししたことでそれが成立することになった。高い塔から少しでも情報を掴むことが出来ればいいのだけれど……。