第十二話(1)

 

次の日。

僕とルーシーは燃えてしまって殆ど跡形も残っていないバイタスの町を歩いていた。

理由は単純明快。メアリーが攫われてしまい、その相手がどこの誰なのか、その手がかりをつかむためだった。

「バルト・イルファ、という名前しか今の僕たちには情報が無い現状、少しでもあの部屋に情報が残されていればいいのだけれどね……」

「どうなのだろうね……。あのバルト・イルファという男、実際どういう感じかは掴めない感じだったけれど、ぼろを出すようには見えないしなあ……」

それは僕も思っていた。

だからといって、探さない理由にはならない。

少しでもメアリーの手がかりを探さないといけなかった。

「……けれど、あれほど探したのに見つからなかったんだよ、フル。その意味が理解できるかい?」

「じゃあ、簡単に諦めてしまうのかよ、ルーシー。君はそういう薄情な人間だったのか」

「そこまでは言っていないだろう? ……まあ、いい。殺伐とした状況はあまり長続きさせないほうがいい。とにかく、メアリーの手がかりを見つけること。それを『実行する』ことは大事だ。そうは思わないか?」

「……そうだな。ここで言い争っている場合ではないし」

ようやくルーシーも納得してくれたようだった。

それにしても、昨日の火事は相当酷いものだったように見える。

建物の殆どは崩壊している。煉瓦造りの建物が数少ないためか、殆ど燃え尽きてしまっていた。また、煉瓦の壁で屋根が木材となっている家も多いようで、その場合は屋根だけが燃えてしまっていて俯瞰図のような感じになってしまっている。

瓦礫に向かって膝を折り、泣き叫ぶ人も居た。

僕はその人のことを、ただ一瞥するだけだった。

宿屋に掲げられていた看板を見つけて、その場所が宿屋だった場所だと理解できた。

宿屋だった場所は瓦礫と化していて、もはやその姿を為していない。

足を踏み入れる。瓦礫をかき分けて、どうにかメアリーの寝ていた部屋だった場所まで向かう。

「想像以上だったな……。これだったら、メアリーの手がかりどころかメアリーが眠っていた部屋すら判明しないんじゃないか?」

ルーシーの言葉はもっともだった。確かにこの瓦礫の中からメアリーが居た部屋だったものを探すのは難しい。簡単にクリアすることではない。

瓦礫をかき分けて、出来る限りメアリーの手がかりを探していく。一言で言えば簡単なことかもしれないけれど、けれどそれはただ無駄なことを続けて時間を消費しているだけに過ぎなかった。

しかし、僕たちはあきらめなかった。

僕たちがメアリーの部屋にあったと思われる書物を見つけるまで、そう時間はかからなかった。

書物の脇にはご丁寧にシルフェの杖も放置されている。シルフェの杖はバルト・イルファにとって不必要と判断されたのだろう。そのまま残置されているということは、即ちそういうことになる。

書物は『ガラムド暦書』と呼ばれるものだった。この世界の歴史を事細かに記した書物であり、宿屋には必ず部屋に一つは置かれている。ビジネスホテルに置かれている聖書のようなものだと思えばいい。

それにはあるものが挟まっていた。

「なんだ、これは……?」

拾い上げて、そのページを開く。

そのページはメタモルフォーズに関する記述のページだった。

そして挟まっているものは、小さなバッジだった。金色に輝くバッジはこちらの言語で三つの文字が刻まれていた。

その文字を、一つ一つ、僕は読み上げていく。

「ASL……?」

 

◇◇◇

 

船が運航したのは、その日の午後だった。

徐々に小さくなっていくバイタスの町を眺めながら、僕はメアリーの部屋で拾ったバッジを眺める。

「ASL……といえば、あれしか思いつかないよ、フル」

「あれ?」

「シュラス錬金術研究所。スノーフォグが誇る、世界最高峰の錬金術研究所だ」

シュラス錬金術研究所。

確かに、錬金術の授業で習ったことがある。錬金術の研究に重きを置いているスノーフォグは、専門の研究施設を保持しているのだという。その研究施設の名前が、シュラス錬金術研究所だと。シュラス、とは錬金術師としても有名な高尚な学者の名前であり、その名前からとっているのだという。

「その研究施設が仮にバルト・イルファを生み出したのならば……問題と言えば問題かもしれない。だって、未だ『十三人の忌み子』の開発を続けている、ということになるのだから。それをさせないように国が管轄しているはずなのに……」

「その国が、それを許可した……ということになるのか?」

僕はルーシーに問いかける。

けれどその質問はルーシーが答えられるような、そんな簡単な質問ではなかった。

「……ごめん。ルーシーが答えられるような問題じゃなかった。けれど、たぶん、そんなところまで来ているのだと思う。このままだと世界は――」

ほんとうに、おかしな世界だと思う。

メタモルフォーズは大量破壊を可能とする、生物兵器だ。それを生み出して、それを復活させてその先に何を見出しているのだろうか? 最終的に、メタモルフォーズを生み出さないと倒すことの出来ない敵など居ない。むしろ、メタモルフォーズさえ居なければこの世界は充分平和を保っている。

にもかかわらず、メタモルフォーズが誕生する。

それによって、平和が破壊される。

「……だから、僕はこの世界に、」

勇者として、召喚されたのか。

そう思うと、いや、そうとしか思えなかった。

そんなことを考えていたところで、僕の肌に何か冷たいものが当たる。

それが雪だと気付くまで、そう時間はかからなかった。

「雪……」

そういえば、僕たちが今から向かう国の名前は、スノーフォグだった。

雪が入る国名、それは、その国がそれほど寒い国であることを象徴するようにも思えた。

そして外を眺めていくと、霧がかった向こうにうっすらと島が見えてきて、その島の高いところに明かりが併せて見えてきた。きっと灯台だろう。このような状態でも安全に航海が出来るように対策されているのだ。そう考えると、この世界の航海技術もそれなりに発展しているように思える。

そうして、僕たちを乗せた船はスノーフォグ最南端の港町――ラルースへと到着した。

 

 

碇が下され、埠頭へと橋がかかる。

そうして僕たちは船を下りる。町には雪が降り積もっていて、とても寒かった。こんなときのために外套を用意しておいてよかった――そう僕は思ったと同時に、メアリーが心配になった。彼女は外套を持っていない。正確に言えば、外套を持つこともなく攫われてしまった。場所がどういう場所だか定かになっていないが、もしそれなりに寒いところであれば、早く彼女を救出する必要があった。

ルーシーから聞いたスノーフォグの基礎知識を、脳内でまとめることも兼ねて簡単に説明することにしよう。

スノーフォグはもうすでに理解している通り、とても寒い国だ。国土自体北方に位置している国であるため、最南端であるこの町を皮切りに海に氷が張っている場所が多い。そのため、砕氷船を通して氷を壊していかないと、僕たちが乗ってきた船のように安全に航海することが出来ない。

「さて、問題は……」

「ここからシュラス錬金術研究所へ、どうやって向かうか、だね……」

そう。

シュラス錬金術研究所はスノーフォグのどこか、としか解っていない。だからどこかがはっきりしない限り、国内を縦横無尽に駆け巡る、ローラー作戦めいたものも考えてもいるが、はっきり言ってそれはあまりにも時間がかかりすぎる。それに、スノーフォグの全体的な面積はハイダルクのそれとほぼ同等であるため、そう簡単に駆け巡ることは出来ない。それに、この世界最大の離島もあるくらいだし。そんなところに、船を持っていない僕たちがどうやって行けばいいのか? それも問題だった。

「ただ、僕たちには唯一の手がかりがある」

一本指を立てて、僕は言った。

「どういうこと?」

「どういうことだ?」

ルーシーとレイナが同時にそう言った。

「ミシェラとカーラが言っていたことを、僕は覚えている。十三人の忌み子のこと、そして、彼女たちがもともと住んでいた場所のこと」

それは僕があの夜一人で聞いたことだった。

結局ミシェラは敵だったわけだけれど、あの発言自体の裏付けはカーラとエルファスの村長からとれている。だから滅んだ村の記憶はスノーフォグの人々に刻まれているはずだ。

「そうか……。その情報が真実ならば、まだ可能性は有るかな」

ルーシーの言葉に僕は頷いた。

「だとしても、問題はまだあるぞ。その『滅んだ村』だっけ? それを知っている人間がどれくらいいるか、だ。その十三人の忌み子とかよく知らねーけれど、結局それが組織によってもみ消されていたらそれまでじゃねーの?」

「それはそうかもしれない。けれど、そうだとしてもまずは聞き込みから入るしかないだろうね。滅んだ村はどこにあるのか、そしてこの町で拠点を確保することもね」

 

 

ラルースという港町について整理しよう。

ラルースは町の南部に埠頭がある大きな港町だ。町の中に灯台があるくらいだから、相当規模は大きいものと思える。絶えず積荷が船に載せられていくところを見ると、経済は運搬や商人で回っているようだった。

それに、どこか子供が多い。さっきも子供とすれ違ったけれど、その量は大人の倍以上に見える。もしかしたら航海に出てしまって殆ど大人は居なくなってしまっているのだろうか? だとすれば、ここはいわゆる子供の町と言っても過言ではないかもしれない。

僕の提言により、宿屋を探すことになった。宿屋は埠頭のすぐそばにあったので、そう慌てることもなかった。

中に入ると、カウンターへと向かう。カウンターに居たのは、予想通り子供だった。

「いらっしゃいませ、宿泊ですか? 休憩ですか?」

「宿泊で。女性が居るので、二部屋とりたいんですけど」

「余裕ですよー、空き部屋は幾らでもあるのである程度の希望は聞くことが出来ますけれど、何かありますか? 角部屋とか、日差しが入る部屋がいいとか」

不動産じゃあるまいし。

「えーと……いや、取り敢えずどこでもいいです。しいて言うなら二部屋は隣同士で」

「了解です。それじゃ、二階の二号室と一号室の鍵、お渡ししておきますね」

そう言って、カウンターに居る子供は鍵を二つ手渡す。

そのタイミングで僕は一つ質問した。

「そうだ。一つ質問したいのだけれど。……この近くで、何らかの要因で滅んでしまった村のことを知らないか?」

「滅んでしまった村、ですか? ……いや、あまり聞いたことがないですね。すいません。私、この町から出たことが無いので。もしかしたら商人さんに聞けば何か解るかもしれませんよ。だって、商人さんはスノーフォグの至る所からやってきて、ここから船に乗って世界各地へ向かうので」

「成る程、いい情報を聞いた。有難う」

一礼して、僕たちはさっそく休憩と今後の方針を考えるべく、部屋へと向かった。

 

◇◇◇

 

休憩がてら僕たちは宿屋の一階にあった喫茶店に居た。僕とルーシーはアイスコーヒー、レイナはそれに追加してミルクプリンパフェを注文していた。それにしてもこの世界にもプリンとかコーヒーってあるんだな……。

「それで。これからどうするんだい?」

ミルクプリンを一口頬張って、レイナは僕たちに質問した。

「とにかく、先ずは宿屋の人から聞いた通り、商人に話を聞く」

「けれど、そう簡単に商人から話を聞くことが出来るとは思えないけれどね」

「……というと?」

「商人はけっこう疑心暗鬼になっている人間が多い、ってことさ。軍に助けてもらうことはせずに、わざわざフリーの傭兵を雇って警護させるほどにね。それでも、その傭兵も十分に信用はしていないけれど」

「……軍を、国を信頼していないということか?」

「スノーフォグはどうかはわからないけれど、少なくともハイダルクではそうだったよ。だから手を拱いていることも多かったのではないかな。同じ商人どうしならば競争原理が働いていたとしても同盟を組みたがるけれどね。国が介入して来たら競争原理が働かず、自分たちの思うようにいかない、と思っているんじゃないかな。まあ、私は商人じゃないから、そこまで確証をつかめた発言は言えないけれど」

疑心暗鬼。

もしレイナの発言がスノーフォグでも適用されるものであるとすれば、かなり厄介なことになる。

商人たちの心をつかむ必要がある。

レイナの発言は、僕たちのこれからの方向性を位置づけるに等しいものだった。

 

◇◇◇

 

ラルースの北東に位置する商業区。

そこは軍の庇護も通らない、自警団が町を警護している非常に特殊な場所だった。

南門にいる兵士に通行許可を求めたけれど、武器を持っている人間は入ることを許さないということで、門前払いさせられてしまった。

門前にある四阿にて僕たちは休憩しながら、どうするべきか考える。

「どうする? 武器を没収させられてでも入る場所ではないと思うのだが?」

「でも、情報を得たいのは事実でしょう? だとすれば、何か策があるはずなのだけれど……」

「そこで一つ、提案があるのだけれど」

そういったのはレイナだった。

レイナはチラシを一枚持っている。どうやら先ほどの南門でもらったものらしいのだが……。

「それで? そこにはいったい何が記載されているのかな?」

「ここにはこう書かれている。今度商業区が隊商を出すらしいんだよ。そんで、それはどうやらエノシアスタという町まで向かうらしいよ。エノシアスタは世界でも有数の巨大都市だ。ロストテクノロジーじみた旧時代の遺物をこれでもかと使った結果、魔術や錬金術とは違う『科学』が発展した町として有名になった町……といえば、さすがのフルやルーシーも知っているだろう?」

正直知らなかったが、レイナが説明してくれたおかげで大体は把握することができた。

そもそも。

この時代を現代と呼ぶならば、偉大なる戦い以前の世界は『旧時代』と呼ぶ時代だった。そこでは今のような魔術や錬金術が発展していることはなく、科学技術の陰に隠れていたのだという。弾丸の雨も、旧時代のロストテクノロジーであったミサイルが何らかの理由で誤発射したことが原因だと言われている。

今でこそ寂れているが、スノーフォグは世界一の技術立国だった。スノーフォグの王がそれを好むかららしいのだが、それはいまだにこの世界で科学技術が後退していかない要因になったともいえる。

「……その町は研究施設が多いらしいし、もしかしたらシュラス錬金術研究所の情報も得られると思うのだけれど、どうかな?」

科学技術が発展している町ならば、確かにレイナの考えは正しいかもしれない。

シュラス錬金術研究所が相当の秘密主義であったとしても、噂のような感じでその研究所について知っている人はきっといるだろうし、情報を得る可能性はそっちのほうが高い。

だったらそこへ向かったほうがいい。

僕はそう思って、レイナの言葉にこたえるように――強くうなずいた。

 

 

南門。

僕は兵士にそのように言った。言った、といっても簡単なことだ。ただ、隊商の警備をしたいといえばいいだけのこと。

そういうことで僕たちは商業区の一番奥にある管制塔へと向かうことになった。

管制塔を囲むように家屋が軒を連ねており、それが商業区の長の家であった。

「……して、君たちがその警護を行いたいと立候補した者か?」

「はい」

目の前に立っている、大きな男が商業区の長だった。

大きな、というのは何も身長だけではない。肥満体ということで、横に大きいことだってある。まあ、そんなこと口が裂けても言えるわけがない。もし言ってしまったら、その瞬間牢屋に叩き込まれることだろう。

「しかし、子供三人が、ねえ……。できるのか? 武器も弓と剣とダガー……。どこか心もとない気がするのだが」

「それについてはご安心ください。僕たちはラドーム学院に在籍していた学生です。現在はいろいろな理由がありまして旅をしているのですが……きっと商業区長様が求められている人材であると理解しています」

ルーシーはそう言いながらも、恭しい笑みを浮かべている。

僕とレイナもそれに同調するようにうなずいて、笑みを浮かべた。

「求める人材……ですか。まあ、いいでしょう。実際、人材は多ければ多いほうがいい。現に今、とても人材は少ない。どうしてかわかりますか? あのメタモルフォーズという謎の獣がスノーフォグから出発したと噂されているからなのですよ」

淡々とした口調で話しているが、その口調にはどこか怒りが込められているように見えた。

商業区長の話は続く。

「それによって我々の商売は衰退の一途を辿っています。何故か解りますか? メタモルフォーズがやってくる国の商品など買いたくないなど言っているのですよ。はっきり言って言いがかりにも程がある、眉唾物の言葉ではあるのですが……。しかし、その言葉は案外強く効く。その意味がお解りですか?」

人の噂も七十五日、とは言うが裏を返せば七十五日間もその噂は継続するということになる。つまり今はその七十五日の間、ということになる。

噂が流れている間は、たとえ本人がそれを払拭しようと躍起になってもなかなか回復出来ないものである。

そしてそんなことは、商業区長も解り切っていたことだった。

だからこそ、敢えてその噂を大急ぎで払拭せねばならなかった。

商業は信頼が一番の交渉材料と言われている。たとえ品質の高いものを販売しようとしても、信頼が無ければそれを販売することは難しい。それどころか在庫が減るかどうかも怪しい。しかし、信頼さえあれば若干品質が低いものであったとしても、『信頼』が交渉材料として上乗せされて、販売が成立する。

「……まあ、そんなことはどうでもいい。問題はその影響が国内にも出ている、ということなのですよ。国内でもメタモルフォーズに関する不安を感じる意見はとても多い。そして我々のような人間を護衛してもらうために、たとえば用心棒のような存在もなかなか見つからないのですよ。メタモルフォーズに対処できるかどうか解らないということでね……」

「それであれば、僕たちは幾度かメタモルフォーズと戦ってきています」

それを聞いて、商業区長の目つきが変わった。

ほう、と頬杖をついて首を傾げる。

「ということはメタモルフォーズに対する策も幾つか持ち合わせている、ということでよろしいのですか? ならばこちらとしても願ったりかなったりではありますが……」

「ええ、そのような認識で構いません」

僕の言葉に商業区長は大きく頷いた。

どうやら交渉はいい方向に動いていったようだ。

こうして僕たちは無事――エノシアスタへの隊商、その護衛に合格するのだった。