第十九話(5)

メアリーたちは城塞の中を走っていた。城塞の中は入り組んでおり、まるで迷路だ。そう簡単に脱出することは出来ないだろう。

「……それにしても、正しい方向にきちんと進めているのかしら……? 人が出てこないことも、はっきり言って怪しいけれど」

メアリーは独りごちる。確かにそう言っても仕方ないことかもしれない。

メアリーは苛立っていた。苛立っただけでは何も変わらないかもしれない。しかしながら、そうであったとしても、フルを助けたいがために――少し焦っていたのかもしれない。

「メアリー」

言ったのは、ルーシーだった。

もしかしたらメアリーの異変に気づいたからかもしれない。そして、メアリー自身もルーシーに異変を気づかれたと思ったかもしれない。

「……どうしたの、ルーシー?」

「メアリー。少し落ち着いて考えてみよう。大変なことは十分に理解できる。フルを助けたい気持ちはみんな一緒だ。けれど、そうかもしれないけれど、落ち着いてみないと何も考えられないと思う。そうとは思わないかな?」

「……確かに、そうかもしれない」

メアリーはあっさりとそれを受け入れて、俯いた。

「けれど、フルを助けないと……! フルは、私たちにとって……!」

「大切な存在、かな?」

声が聞こえた。

そちらを向くと、そこに立っていたのは明らかに一言で言えば異質、といえるような存在だった。

スリングショットに身を包み、褐色の肌を思いきり露出している。しかしながらそれだけではなく、半透明のローブを被っている。ただそれだけでは彼女の肌を隠すことは到底出来ることはなく、その姿を露わにしているのだが。

少女は笑った。

「予言の勇者。ああ、何て面白い存在なのかな? 世界を助けるために、弱い人間を助けるために、それだけのために生まれた存在。それはどんなに特別で、どんなに優秀だったのかな? ……うん、まあ、それでも予言の勇者というのは張りぼてじゃあない。結局のところ、予言の勇者はそれなりに体力があるわけだからね。まあ、それを理解しているとはいえ、どうも面倒なことではあるけれど……」

ウェーブがかった銀髪だった。蝋燭の明かりを浴びて銀髪がほのかに輝いている。

少女は妖艶な笑みを浮かべて、話を続けた。

「システムとフェーズをとっかえひっかえしているうちに、物語の主題が解らなくなってきた……そんなところかな。問題は、それをどうすればいいかと考えることも出来ていないことだけれど。プログラムはミステイクばかり続いていたけれど、結局のところ別のプログラムで進めているようだし。結局、修正力、ということなのかな?」

「何を言いたい……! 何が言いたいんだ!」

ルーシーは弓を構え、少女に向ける。

しかしながら、少女はそれを見ても表情一つ変えることなかった。

「その弓で私を殺そうとしているのなら無駄だと思うよ。もっと考えたほうがいいと思うけれどね」

そう言って。

少女は持っていた小瓶の蓋を開けて、そこから何かを取り出した。

それが金平糖であることに気付くまで、ルーシーたちはそう時間はかからなかった。

金平糖を三つ程手に取ってそれを口に放り投げる。

ゴリゴリと噛み砕きながら、なおも笑みを浮かべたまま、

「つーか、物語に対するエクセプションってとっても面倒なことなのだよね。要は常識が通用しないということになるのだから。まあ、それが面倒であればあるほど遣り甲斐があるといえばあるのだけれど」

ジャキ、という音が聞こえてメアリーたちはそちらを注視した。

少女は巨大な武器を構えていた。彼女のか細い手に余るほど巨大な槍だった。金属の槍はところどころ切れ目があり、その切れ目は分解できるようになっているようにも見えた。組み立て式、とでも言えばいいだろうか。いずれにせよ、その武器は彼女たちがあまり見たことのないタイプの武器だといえるだろう。

なおも少女は語る。

「結局のところ、物語におけるファクターとはいったい何を指すのだろうね? 魔術におけるファクター、錬金術におけるファクターは円だ。円は力の循環を示す重要な意味を示していて、それに構成要素として魔術を組み込んでいく。それが魔法陣の基本要素だった。そうだったよね?」

槍を見つめながら、少女は言った。

メアリーは杖を、ルーシーは弓を構えながら、相手の出方を窺う。攻撃をどうしてくるか、ということが解らなかったこともありメアリーもルーシーもいつでも攻撃が出来るように準備を進めていたのだった。

「知恵の木の実というのは、なかなかに面倒なものであってね。確かに使い勝手はいいかもしれない。それを摂取することによって代償を大幅に削減することが出来る。非常に強力な魔術や錬金術も行使することが出来る。デメリットといえば、嵩張る点かな。知恵の木の実は果物でそれなりに大きいから面倒臭いのだよね、持ち運びが」

ザン!! と一振りする。

それだけで空気が震え、その一振りだけでその武器の効力が十分に理解できるほどだった。ビリビリ、と空気が震える音がして微かにメアリーたちにも伝わってくる。

見せびらかすように槍を肩に乗せて、少女は溜息を吐く。

「……結局のところ、世界はどうなっても私にとってはどうだっていい。予言の勇者のプロセスとか、リュージュ様のプログラムとか、そんなことは私にとっては……。けれど、私の今の雇い主はリュージュ様ということ。それだけで私は戦っている、ということ」

「善悪なんて関係ない、ということ……?」

メアリーの問いに、当然だと言わんばかりに頷き、笑みを浮かべると、

「……逆に言わせてもらおう。お前は何を考えていて、何を正義で、何を悪だと考えている? まさか、自分こそが正義で、自分に立ち向かってくる敵はすべて悪だと考えているのではないだろうね? だとすればそれは非常に滑稽だし、なにも考えなくていい、ロボットだけで行動すればいいだろうよ。簡単に言えば、プログラムで善悪を判断しているのと同じ。それも簡単に組むことができる、ルーティンワークでね」

「そんなこと……!」

メアリーは直ぐに答えることが出来なかった。

それは彼女の中に明確な正義の答えが無かったからではない。

どう答えれば、少女の考える正義に合致するかということだった。

「はい、時間切れ」

悪戯めいた声が聞こえて、メアリーは少女のほうを見つめる。

そして、少女は槍を構える。

メアリーとルーシー、そしてレイナは攻撃がいつ来てもいいように、同じように武器を構えた。

「……答えは簡単だよ、予言の勇者。いいや、この場合はただの取り巻きとでも言うべきかな。何れにせよ、このアンサーは誰だって考えられることは出来るけれど、正しいアンサーを求めるには難しいことだと思うけれど。知識も十分に必要になるだろうし、それ以上に、世界を、空気を読む力? そういうものも必要になったりするからね」

「何が言いたいのか、私には全然理解できないけれどね」

メアリーは強気の表情でそう言った。

しかし現状では――それはただの虚仮脅しだった。はっきり言って、今の彼女たちでは実力が未知数である少女を倒すことが出来るかといわれると微妙なところだった。

怖かった。

それが今の彼女にとっての、正直な感想だろう。実際のところ、彼女はどうすればいいのか解らなかった。解らなかったからこそ、少女の戦法をじっくりと見る必要があった。見るだけではない、分析する必要があったわけだ。

「はてさて」

溜息を吐いて、少女は言った。

「古くは戦いをする前に、お互いの名前を話すことがあったらしい。過去のことはつまらないことばかりだと思っていたが、そういう習慣も面白いものだとは思わないかね?」

槍をメアリーたちに向けて、少女はニヒルな笑みを浮かべる。

「……私の名前はフェトー。魔術師……とでも言えばいいかな。この槍に魔力を供給することで魔術を放つことが出来る。なぜ、これを今話すか……解るかな?」

「私たちには倒すことができない……そう思っているのね?」

メアリーの問いに、フェトーは頷く。

メアリーは我慢できなかった。

そして、目の前にいる敵――フェトーがとても強い相手であることを充分に理解出来ているにもかかわらず、彼女は倒そうと思った。

そして、彼女は頷いて――杖を握り返した。

「私の名前はメアリー・ホープキン。私は錬金術師、とでも言えばいいかな。まあ、学生だからその見習いという冠がつくのかもしれないけれど。あとはルーシーとレイナ、弓と短剣の使い手。3VS1ね……。あなたにとっては劣勢に見えるけれど、倒すことが出来るかしら?」

「せいぜいほざいていなさい、学生気分の若造が」

そうして、一つの衝突が起こった。

 

◇◇◇

 

その頃、僕は牢屋に入っていた。

相も変わらず、と言う言い方が正しいのかどうかは定かではないけれど、いずれにせよここから脱出する術を持ち合わせていない以上、無駄な動きをする必要はない。メアリーたちの助けを待つしかない――というのが正直な感想だった。

「せめてシルフェの剣さえあれば……」

せめて武器さえあれば何とかなったかもしれない。あれを使えばシールドを張ることが出来る。だからそれを使えば、数回は攻撃を防ぐことが出来るかもしれない。

しかしながら、今僕の手元にはそれが無かった。

せめてそれさえあれば、まだこの状況を打開できると思っていた。

「……どうすればいい。どうすればここから脱出することが出来る……!」

「やあ」

声が聞こえた。

扉の向こうに立っていたのは、バルト・イルファだった。

「バルト・イルファ……。いったい何しに来た? まさか、僕のことを笑いに来たのか?」

「まさか。だったらもっと有意義なことをしているよ。……それはそれとして、」

そう言った直後、扉は思い切り開かれた。

バルト・イルファが蹴ったから――直後にそれを理解したが、とはいえ、納得出来ないこともあった。

なぜ、僕を助けるのか? ということについてだ。バルト・イルファは敵だったはず。なぜ僕をここから出そうとしているのか? 何か裏があるのではないか? そう思うのは至極当然なことにも思えた。

バルト・イルファはそれを聞いて――一笑に付す。

「何を考えているのか解らないけれど、僕は君を助けたいと思っているわけではない。正確に言えば、それを終点と考えているわけではないよ。もっと崇高な目的があると考えている。どんな目的か、って? それは言ってしまえばナンセンスだ。結局のところ、君には遠からず近からず関係ないことだということだ」

「……バルト・イルファ、お前がいったい何を言っているのかさっぱり解らないのだが?」

「解らなくていい。いずれ解るときがやってくるだろう」

そう言って、バルト・イルファは手を差し伸べる。

それを見て、僕はその手を――取った。

 

◇◇◇

 

緑の閃光と赤の閃光がぶつかり合い、弾ける。

フェトーVSメアリー、ルーシー、レイナ。戦力差は単純に考えて三倍ではあるが、フェトーの攻撃はそれを単純に覆すことの出来るものだった。

フェトーの武器である槍は魔力を補充することが出来る。それによって魔法を放つことが可能となる。

正確に言えば、魔力を補充することで槍がファクターとなる。

「結局のところ、アサインメントは山積みとなっているよ。世界は崩壊していくにもかかわらず、その事実を誰も理解しようとはしない。……まあ、当然のことだろうね。実際のところ、世界がどうなろうと関係ない。簡単に言えば、リュージュ様の考えていることは、私には関係のないこと。ただ、強い人間と戦いたいだけ」

「つまり、あなたとしてはリュージュの思想と関係ない、と?」

確認するようにメアリーは訊ねる。

こくり、とフェトーは頷いた。

フェトーの槍が赤色のオーラを纏っている。それを見たフェトーは笑みを浮かべたまま、メアリーたちに襲い掛かった。

しかしながらその攻撃はメアリーが張ったシールドに遮られる。

ただ、それだけではない。シールドに刺さった槍からオーラだけがシールドに移っていく。シールドが炎に包まれていく。

「炎攻撃……!」

「ただ相手に直接ダメージを与えるだけが炎魔術じゃない。簡単に言えば、ダイレクトかインダイレクトか。その違い。明確に考えたことがないから、そう言わないのだろうけれど……、結局のところ、そういうこと。この槍から伝達したオーラは、シールドに炎を纏わせた。ただ、当然ながらあなたたちにメリットのある効果は与えることはない。蒸し風呂状態になっている、とでも言えばいいのかな? だからきっとあなたたちはいま、とても暑い状態になっているはずだと思うのだけれど」

フェトーの話はその通りだった。メアリーたちは今とても暑い状態に陥っていた。汗をかいていて、意識が朦朧としつつある。はっきり言ってこの状態を維持し続けてしまえば、倒れてしまうのは確実だろう。

それに、こうなってしまっては、フェトーは持久戦に持ち込めばいいだけの話だ。無駄にダメージを与える必要もない。勝手に自滅するのを待つだけなのだから。

そして、それはメアリーも理解していた。していたからこそ、次に何をしなければならないかを考えていた。

「……このままだと、蒸し鶏みたいになってしまう。それだけは避けないと……、けれど、どうやって? どうすればその状態を回避することが……。ああ、ダメ! 頭がまともに働かない……」

メアリーが独り言のトーンにしては大き過ぎるほどのトーンで言った。それは最早『呟く』ではなくて『言う』になっているのだが。

だからと言って、メアリーだけが何も考えている訳ではない。

「メアリー」

言ったのはルーシーだった。

「ルーシー……」

「きっと何か策があるはずだ。諦めてはいけない。それに……一人で抱えることは無いよ。ここには僕と、レイナがいる。フルが言っていただろ? 三人揃えば何とやら、って。だから、みんなで考えるんだ。君だけじゃ無い。僕の考えも、レイナの考えも。三人も居るんだ、きっと何かいい考えが浮かぶはずだよ」

「ルーシー……レイナ……」

メアリーはそれぞれ二人の顔を見合わせて、そう言った。

「それに……レイナは何か策を考え付いたようだよ?」

メアリーにとって、ルーシーから知らされたその言葉はビッグニュースにほかならなかった。

レイナはルーシーの言葉を聞いて大きく頷くと、

「……これが実際どこまで出来るかどうかは解らないけれど、たぶん原理的に出来ると思う。私はそれが出来ないから、メアリーとルーシーで協力すれば……」

「教えて、レイナ」

まだ彼女は彼女の考えたアイデアに自信を持っていないようだった。

しかしながら、それを後押しするように、メアリーは訊いた。

「でも……ほんとうにどこまでいくかは解らないよ? けれど、これをすれば何とかなると思うのよ……」

「うん。私が聞きたいのはそれ。……もしかして、レイナ、リスクを恐れているのかしら? 失敗したら自分のせいにされると思っている? だとすれば、それは大きな間違いよ。仮にそのアイデアが間違っていたとしても、あなたに罪を被せることは無いし、あなたのことを悪いとも思わない。先ずはチャレンジしてみないと失敗も無いからね」

メアリーは優しくレイナを諭した。

それを聞いた彼女はゆっくりと頷くと、メアリーとルーシーにそのプランを話し始めた。