第十九話(4)

 

朝。

朝日も入らないこの部屋でそれを確認するには白む空を確認するほかなかった。

ここに来てもう三日目となるが、いつも霧がかかっていた。

たぶんこの霧もこの場所を隠すために人工的に作られているものなのかもしれない。そうだとすれば、メアリーたちがここにやってきたとしても僕がここに居るということが解らないんじゃないだろうか。

それにしても、僕はずっとここに閉じ込められないといけないのだろうか。バルト・イルファが深夜にやってきてから一度も来ていない。だけれど、眠れなかった。寝付くことは出来なかった。あれ程傷つけられたから仕方ない、というかも知れないが、そうであったとしても、眠らないと身体が持たないことは理解していた。

しかし、あの魔法を言ってはいけないことを理解していたからこそ――彼女たちに対する敵意も緩めてはいけない、という思いがあった。その思いだけは絶対に崩してはならない、と。

「でもここを脱出するには……」

扉を開ける音がした。

入ってきたのはリュージュとバルト・イルファだった。

「……また拷問か? 言っておくが、絶対に魔法は言わない」

「それは別に構わないわよ。……取り敢えず、あなたには見せておきたいものがあるから。ついてきなさい」

その言葉を言って、リュージュは踵を返す。中に入るのはバルト・イルファのみで、そのまま僕の鎖を外した。そしてバルト・イルファががっちりと後方についたまま、僕は外を出ることとなった。

廊下を歩いて、僕は思った。

「……昨日とは違うルートになるんだな」

「昨日は昨日でまた違う説明だったからね。今日はあなたに状況報告をしておこうと思ったから。あなたも無関係ではないことだし」

「無関係ではない?」

嫌な予感がする。

リュージュが笑っていることもあるが、現状関係があるとなるとやはりオリジナルフォーズについてだろうか? オリジナルフォーズはまだ復活していないはずだ。となると、やはり眠っている姿を見せつけられるだけ? しかしそれだとあまり意味がないように見えるが、いったいリュージュは何を考えているのだろうか……。

階段を下りて、扉を開ける。

するとそこから強い風が吹き付けてきた。

それを感じて、僕はその扉が外に繋がっているものであることを理解した。

外に出ると階段が続いていた。どうやらここは火口のようだった。その火口に沿って階段がずっと地下深くまで続いている。

「……この地下に何があるんだ?」

「話を聞く必要があるのかしら? 別に私はここで話す必要は無いと考えているけれど。もし何か気になるならば、私が到着してから話してちょうだい。私としては、これ以上時間は無いのだから」

そう言ってリュージュはさらに階段を下りていく。バルト・イルファに背中を小突かれた僕はそのままリュージュの後を追って階段を下りていくしか手段が無かった。

 

 

階段を下りた先には、火口があった。とはいっても休火山となっているのかただの岩場が広がっているだけに過ぎなかった。

そこには古い扉があった。

「……『神秘科学研究所』?」

古い扉の脇には看板がついていた。その看板はとても古く、文字もところどころ掠れていて、読めないところもあったけれど、しかしはっきりとそれは――日本語で書かれていた。

リュージュは迷うことなくその扉を開けて中に入っていく。むろん、僕も追いかけた。

「そろそろ安定期に入ったころだからね……。やっと外に出してあげたのよ」

その中には壁一面がガラス張りになっている場所があった。それ以外は機械もある普通の研究室だった。しかし、いろいろと残置されている資料の殆どが日本語だったことは驚きを隠せない事実だったけれど。

つまり、この研究施設は僕がいた時代から――ずっと残されていたもの、になるのだろうか。

だとすれば、いや、だとしても信じられない。

だってアリスは言っていた。この世界は僕の暮らしていた世界から一万年以上後の未来だと。ということはこの施設も一万年以上残っていた、ということになる。ついこの間まで人が居たような痕跡があるというのに。ずっと、前から残っていた? 正直言って、あまりピンと来ない。

リュージュは窓から外を見つめる。

そして僕も――そこに向かって、外を見た。

そこにあったのは、驚くべき光景だった。

ここに来る前に、横たわっていたはずのオリジナルフォーズ。それがはっきりと外に出ていて、二つの足で立っていた。そして、オリジナルフォーズは空に向かって叫んでいた。

鳴き声、とでも言えばいいのだろうか。声にもならないその声は、聴いていてどこか不快なものだったことには間違いないだろう。

三日前に見た姿では鳥瞰図のようなものでしか見ることが出来なかったため、今の立ち位置から見たオリジナルフォーズは、普通のメタモルフォーズとは違うように見えた。

オリジナルフォーズは全身を黒く染め上げていた。それでいて身体のところどころに目があり、その目は至る所に視線を置いていた。さらに身体の至る所から同じように様々な動物の手足が生えており、それ一つ一つは動いていないにしろ、異様な存在感を放っていた。

「あれがオリジナルフォーズよ、予言の勇者。どうやらあなたは敵の正体について詳細を知ることなく旅していたようだけれど。まあ、それじゃ遅すぎたというだけの話。ラドームも愚策だったわね。いくら何でも敵のデータを伝えることなく、学生に旅をさせるなんて!」

「何が言いたい……? いや、そうじゃない。そうではない。あれはいったいなんだ」

「オリジナルフォーズよ。メタモルフォーズのオリジナルにして最強の存在」

「僕が話しているのはそうじゃない!」

話が進まない。いや、リュージュも敢えてそうしているのだろう。苛立ちを隠しきれずに、僕はリュージュに詰め寄った。

しかし、あと一歩というところで、その間にバルト・イルファが割り入った。

「……貴様、何がしたい?」

バルト・イルファは僕のほうをにらみつけて、言った。まあ、そう発言することは仕方ないことかもしれない。

「オリジナルフォーズがなぜ目覚めているんだ。オリジナルフォーズは……確かまだ目覚めていなかったはずだ……!」

「ああ、何だ。そんなこと」

リュージュはその質問を予想していたかのように、深い溜息を吐いた。

「……覚えていないということは、あなたが考えた作戦は完璧だったということになるのかしら? バルト・イルファ」

リュージュはバルト・イルファのほうを向いて言った。

対してバルト・イルファは頷いたのち、薄気味悪い笑みを浮かべた。

「その通りですね。……まあ、もう予言の勇者には教えてもいいのではないでしょうか? 別に減るものでもないとは思いますから」

「それもそうね……。予言の勇者、あなたに術をかけたのよ。強い催眠術、になるかしら。どうなるものかと正直不安ではあったけれど、無事にそれを成し遂げることが出来た」

「それは、まさか……!」

僕は最悪の考えに至った。

その意味はつまり……。

そして、リュージュはゆっくりと――告げた。

「ええ。もう、オリジナルフォーズは復活しているわ。あなたから聞いた、その魔法を利用して……ね」

リュージュは歩き始めて、直ぐ傍にあった椅子に腰かける。

「あなたには感謝しているのよ? だってガラムドの書を手に入れてくれたのだから。あれは知識を直接脳内に投入するタイプ……だったかしら? だから選択してその魔法だけ手に入れることは出来なかった。はっきり言って非常に無駄なタイプ。だからこそ、その魔導書を一旦誰かに手に入れてもらう必要があった」

「全て予測していた、というのか……? 僕がガラムドの書を手に入れる、ということが!」

「当然でしょう? だから、私はあなたたちをレガドールへ導いたのだから。あれは私と戦うためじゃない。あの魔導書を手に入れてもらうためだったのだから。きっとあなたたちは力を手に入れたと思っていたかもしれないけれど……、それは私も一緒だった。あとはどのように予言の勇者から魔法を聞き出すか。あまりにも簡単なことだったけれどね!」

リュージュは高笑いをして、僕をずっと見つめていた。

オリジナルフォーズは復活してしまった。

ならば――あとはどうすればいい? オリジナルフォーズを封印するにしても、それはガラムドにしか出来ないはずだ。なぜならガラムドの書にはオリジナルフォーズを封印する魔法までは記載されていなかったからだ。はっきり言って、不完全なものだった。

となるとあとは一つだけ。オリジナルフォーズを倒すしかない。だけれど、どうやって? オリジナルフォーズは復活して、既に力を蓄え始めている。長い封印で得た力を使おうとしている。何としてもそれだけは防がなくてはならない。この世界を無に帰すわけにはいかなかった。

「……一応言っておくけれど、あなたには何もできない。オリジナルフォーズは大いなる力を、この惑星から吸収している。けれど、そうね……。あなたははっきり言って邪魔な存在であることには変わりない。テーラの予言がどこまで当たるかは解らない。けれど、所詮予言の勇者なんて存在しないことを証明しないといけない。それによって、人々は絶望するのだから!」

「そんなこと……、そんなこと許してたまるものか!」

「あなたに何ができるとでも? 今のあなたは囚われの身。これで何かできると思っているのならばお笑い種ね。まあ、笑えないことは確かなのだけれど。いずれにせよ、これ以上あなたは何もできない。オリジナルフォーズが復活した時点でチェックメイトなのよ」

確かにそうかもしれない。

倒すことが出来ない。でもそれは確定じゃない。まだ僅かでも可能性が残っているはずだ。その可能性を突き詰めることが出来れば、或いは――。

「何を考えているか知らないけれど、これ以上は無駄。それを認めなさい。まあ、きっとあなたの仲間も気付いている頃でしょう。オリジナルフォーズが復活しているという事実を、認めざるを得なくなるわ」

 

◇◇◇

 

メアリーたちは島の中心に向かうべく歩いていた。カーラは国王を守るべく船に残ったため、歩いているのはメアリー・ルーシー・レイナの三人になる。

深い霧の中をゆっくりと進んでいく。五里霧中、とはよく言ったものだった。

「それにしても……ほんとうに深い霧ね。霧を晴らすことの出来る魔法でも覚えていれば良かったのだけれど。そんな都合のいいものは見つからないし……」

「そうだね……。さっきから地響きもするし、もしかしたらオリジナルフォーズが復活しているのかも……」

彼らの疑問は専らそれで一杯となっていた。

オリジナルフォーズが復活しているのではないか、ということについて。疑問が浮かんでいた。

しかしながら、それは同時にフルが魔法を使ったということになる。力に屈してしまったのか、或いは操られているのか、或いは。

「彼自身の意志で魔法を使ったのか、……まあ、それは考えたくないけれど」

ルーシーがぽつりと呟く。

フルはずっとこの世界を救うために旅をしてきた。だからそれはあり得ない。それは彼ら全員の共通認識だった。

だからこそ、メアリーは理解できなかった。いや、どちらかといえば、リュージュの策略で無理矢理魔法を使ったと位置付けたかった。

「あ、霧が晴れてきた……」

進んでいくうちに、霧が晴れてきた。どうやら霧がかかっていた場所を何とか抜けることが出来たようだった。

そして、視界が開けていくうちにその光景を目の当たりにすることとなった。

そこに広がっていたのは、巨大な城だった。とはいえリーガル城やスノーフォグの城のようなものではなく、荘厳な雰囲気と堅牢な造りをしていた。どちらかというと城塞という言葉が近く、正しいものかもしれない。

「……これが、こんなものが、この島に……あったのか」

そしてその隣には、二本足で立つ巨大なメタモルフォーズ。その大きさは今まで彼らが戦ってきたそれとは桁が違うほど大きいものだった。

「まさか、あれがオリジナルフォーズ……!?」

「そうかもしれないわね。となると、やはりオリジナルフォーズが復活してしまったということは、信じざるを得なくなってきた、ということになる」

ルーシーとメアリーがそれぞれ会話をする。

そうしてルーシーたちは城塞を一瞥する。ぐるっと見渡すと、そこに入口のようなものが一つあるのが見えてきた。

「……誰も居ない。もしかして罠、か?」

「そうかもしれないわね。けれど……今の私たちにはここに入る以外の選択肢が残されていない。行くわよ、ルーシー、レイナ。フルを助けるために、そして、オリジナルフォーズを倒すために」

その言葉にルーシーとレイナは大きく頷いた。

そして彼らは――そのまま城塞の中へと入っていくのだった。

 

◇◇◇

 

「メアリー・ホープキンが侵入してきました」

しかしながら、メアリーたちが侵入してきたという情報はリュージュに瞬時に伝わっていた。

リュージュは笑みを浮かべて、情報を伝えてきた少女兵士を見つめる。

「ごくろうさま。それにしても、あっという間に到着してしまったわね。足止めはしなかった、とはいえ……あまりにも早過ぎるとは思わない?」

ジャラ、と鎖を地面に引き摺る音が聞こえる。

壁につけられた鎖を鬱陶しそうに見つめながら、痩せこけた男は笑みを浮かべる。

「当然だよ、彼らは私がかつて研究したあのコンパスを持っているのだから」

「『落とし物のコンパス』だったかしら……。はっきり言ってふざけた研究だとは思っていたけれど、まさかこんなことになるとはね。ねえ、タイソン・アルバ?」

リュージュの後ろにはタイソン・アルバが居た。その姿はかつてフルたちと出会ったときに比べて身体の肉が全体的にごっそりと減っているようにも見えた。やつれている、と一言でいえばそういうことになるのだろう。

リュージュの言葉を聞いて、タイソン・アルバは一笑に付す。

「そろそろ手詰まりだと考えたことはないのか、リュージュ」

「……何ですって?」

リュージュはタイソン・アルバの言葉を聞いて、首を傾げた。それは、タイソン・アルバに挑戦状を叩きつけているようにも見えた、高圧的な態度の現れとも言えた。

「そもそもこの世界を滅ぼすということが間違っていた。私が研究した人工的に知恵の木の実を作り出すことだってそうだった。その研究が世の中のために役立つのか? そしてリュージュ、お前がすることも世界に役立つことなのか?」

「……多元世界」

「……なんだと?」

今度は、タイソン・アルバが首を傾げる番だった。

リュージュは満足そうな笑みを浮かべて、話を続けていく。

「多元世界について、考えたことはないかしら。幾重にも重なった、世界の塊のことを言うのだけれど」

「それは知っている。理解している、と言ったほうがいいかもしれないな。しかしながら、それは現実味を帯びていない。はっきり言って無駄な考えだと言ってもいい。学会でもその考えは否定され続けたはずだ。まあ、それでも時折学会にその説を提示する学者は少なくないが……」

「まあ、そういうことを言う人も多いかもね。実際問題、それをどう思うかは学会の勝手だけれど。しかし、あれを考えることで何が生まれるか……学会は危険性ばかり危惧している。だからこそ、学者に多元世界について研究させない。させたとしても発表させる場を与えない。まあ、それは当たり前よね。私が裏から力をかけてそれをさせないようにしているのだから。だから学者はそれについて考えることはあったとしても、実際に研究することはしない」

「……なぜだ? なぜ、そこまでして研究を止めていた?」

「多元世界の存在を、確認してもらっては困る……ということよ。もうここまで来て解るかもしれないけれど、多元世界は存在するのよ。それは確率が無限大に存在する世界のこと。簡単な考えかもしれないけれど、多元世界の説明についてはこれが一番シンプルね」

そう言ってリュージュはどこからかアピアルを取り出した。

いったい何をするのか、タイソン・アルバは見つめていたが、

「ここに一つのアピアルがあるわね? それはとっても新鮮なアピアルだけれど……、」

そしてリュージュはそれに力を籠める。

少しして、アピアルは見事にリュージュの手の中で割れてしまった。

「これはアピアルが割れた世界」

割れたアピアルを床に投げ捨てて、濡れた手をタオルで拭う。

「だけれど、この選択の中にはアピアルが割れなかった世界も当然存在するはず。そうよね? アピアルは割れることが殆どかもしれないけれど、偶然そのアピアルが割れない世界があったかもしれない」

「それが、多元世界……」

「そう。割れなかった世界と割れた世界。今回の場合は二つのケースにしか分類できないかもしれない。ただ、そのあとはまた別の選択肢が存在する。そして選択肢の数だけ世界は分割する。パターンが選択される、ということになるわね。こうして無限大に、枝葉のように広がっていく世界。それが多元世界の観念になるわね」

多元世界の観念。

リュージュの語った答えは、少なくともそれについて語られたことであった。

しかしながら、タイソン・アルバには理解できなかったことがある。

どうしてリュージュは、タイソン・アルバにそのことを語ったのだろうか? 今更仲間として使おうとしたとしても、今のことは完全に違う話になるだろう。今の世界を破壊することと、多元世界が登場することは、何か関係があるのだろうか。そのことについてタイソン・アルバは考えていた。

しかしながら、考えていただけでは何も進まない。そう思って、タイソン・アルバは質問をした。

「……多元世界をどうするつもりだ?」

「多元世界を操作するには、一つの世界を破壊する必要がある」

「……何だって?」

「一つの世界を破壊することで、その世界は可能性を終了する。そして残された可能性はほかの世界に分配されることとなる。可能性という考えが気に入らないのならば、『運命』と言ってもいいでしょう。運命は、世界の可能性として存在することになるけれど、それと同時に、この世界に神が訪れる」

「神……ガラムドが、ですか? 何のために?」

「世界を再構築するために、かしらね。この世界が消滅することで、世界の枠が一つ消滅する。だからといっても、この世界の枠がそのまま埋まらないわけではない。リセットされた世界が再生されることとなる。その選択が選ばれる前の世界、ということにね……」

「世界を再生するために、神が降臨する、と……?」

「ええ。よく聞いたことがあるでしょう? 世界の危機に、神が訪れて人類を救うだろう……という在り来りな話よ。私ははっきり言ってそれを信じていないけれど、でも、私の計画にはそれが必要なのよ。ガラムドが降臨することを見計らって、その権限を盗む」

「権限を……盗む? そんなこと、簡単にできるのか……!」

タイソン・アルバはリュージュに激昂する。

しかしながら、そんなことを他所にリュージュは笑みを浮かべる。

リュージュにとってみれば、そんなことは知ったことではない、ということなのだろう。

「権限を盗む。はっきり言って、これは簡単に出来る話ではないわね。けれど、だからこそ、やってやろうという気になれる。しかしながら、私の目的とこれはイコール。どうやればいいのかも、計画は出来ている」

「計画は出来ている……だって? 一体全体、どうやって……」

「それはあなたに教える必要があるのかしら?」

リュージュは踵を返し、タイソン・アルバに背を向ける。

「とにかく、今のあなたには何もできない。これ以上、私の計画を話したところで、あなたにはこれを止めることは出来ない」

「……じゃあ、教えてもらってもいいのではないかな?」

その言葉に、リュージュは答えることは無かった。