第十九話(3)

「メアリーだと思っているのならば、それははっきりとした間違いよ。彼女たちはただのダミー。いえ、正確に言えば、『騎手になれなかった存在』。才能が無かったわけではない。知能が足りなかったわけではない。ただ、明確な何かが足りなかった」

「それは……?」

「なんだと思う? 予言の勇者」

首を傾げ、ニヒルな笑みを浮かべ、僕を見つめる。

きっと僕の表情は怯えているのだろう。今まで旅をしてきたクラスメイトの秘密を知ってしまったからかもしれない。

いや、だからとしても。

僕は前を歩き続けないといけない。

オリジナルフォーズの復活を阻止するために。

リュージュの野望を阻止するために。

「心……か?」

そして、僕はゆっくりとその答えを導き出す。

溜息を吐いたリュージュは数回拍手をして、

「まあ、何となくそうだろうと思っていたのでしょう。確かにその通り。このどこを見ているか解らない目つきを見れば一目瞭然かもしれないけれど、『これ』には心が無い。心は一番必要なものだからね。これを使ってメタモルフォーズの手綱を引こうとしても、先ずは私に絶対的に逆らえないということを植え付けないといけない。それを植え付ける土壌が無ければ、どうしようもないからね。石畳に種を蒔いても木は生えないでしょう? 要はそういうこと。これには心が無かった。いや、正確に言えば、これすべてに入れるだけの心が無かった」

リュージュは自らのお腹を摩りながら、笑みを浮かべる。

その笑みは、リュージュ自身を嘲笑しているようにも見えた。

「……面白い話よね。皆私から取り出した卵子をもとに作り上げたというのに……。心はたった二つしか生まれなかった。神というのは、どこまでも私の野望を阻止したがる。まあ、障害はあればあるほどそれを乗り越えるときが面白いのだけれどね」

僕はリュージュを見て、ある一つの感想を思い浮かべていた。

狂っている。

リュージュの考えは生物学的から見ればタブーなのだろう。人間は人間を作り出すためには、子宮という体内にある保育器を通してではないとダメだと言われている。まあ、それはあくまでも僕の世界だけの話になるのかもしれないけれど。

でも、リュージュの話を聞くところによると、恐らくそれはこの世界でも変わらない倫理観であると思う。

「……心を手に入れることができたのは僅かに二人だけ。一人はメアリー、そしてもう一人は……」

ゆっくりと動き始めるリュージュ。

それを見ていた僕はその後を追った。

この事実を、僕は知る必要があるのだろう。知ることによって、リュージュを倒すための手掛かりになるかも入れない。そう思ったから。

リュージュの進む先には階段があった。下りる階段だ。ここが地上何階か地下何階かも解らないけれど、少なくともその下りる階段は相当深い場所に下りていくように見えた。

階段を下りていくと、一つの部屋にたどりついた。

部屋の壁にはいたるところにパイプが繋がっていて、そのパイプは部屋の奥にある大きな椅子に集中していた。

その椅子には、一人の女性が静かにこちらを見つめていた。

その女性もまた、いろいろなパイプが繋がっており、そこから動くことが出来ないようになっている。

「……彼女の名前はベル。メアリーとベル、双子で生まれた彼女たちは、先ずメアリーにその資格があったから、メアリーを器にしようと仕立て上げた」

「器?」

「メタモルフォーズの王としての器、よ。オリジナルフォーズのDNAを注入することで、人間がメタモルフォーズを操作することが出来る。これは非常に画期的で、私の目的にとって非常に優位なものだった。まあ、オリジナルフォーズを操作することは出来ないけれどね。流石にそこまで優秀ではないから」

「にもかかわらず……、お前はオリジナルフォーズを復活させようと……?」

「言葉を慎みなさい。ええ、そのとおりよ。私はオリジナルフォーズを復活させる。そして、オリジナルフォーズを使って世界をリセットする」

リュージュの発言は、やはり何度聞いても理解できる思想では無い。

相容れないと言ってもいいかもしれない。その考えは、きっと狂人の考えであり、その考えは世間一般にとっては明らかに間違っている思想であることは容易に想像出来る。

「彼女の力は、世界のどこにいても通ずることの出来る……ということははっきり言って言い難い。今もまだ、どちらかといえば、この辺りとその周辺しかメタモルフォーズを操作出来ない。あくまでもこの力は不完全な力なのよね。残念なことに」

深い溜息を吐いたのち、僕のほうを向く。

そして僕の顎に手を取って、くいと上に上げる。

「だから、そのためにもあなたが必要ということなのよ、予言の勇者。あなたがオリジナルフォーズを復活させるための魔法を使ってくれれば、オリジナルフォーズさえ復活すればあとはベルの力をオリジナルフォーズ経由で世界中に届ければいい。ここだけの出力で補うにはとんでもないエネルギーが必要だ。ただでさえ、常に知恵の木の実のエネルギーを供給しているのだから」

「……意地でも僕に魔法を使わせようという算段なのだろうけれど、そう簡単に従うとでも思っているのか?」

その言葉を聞いてリュージュは舌打ちする。

「どうやらまだ、何も解っていないようね。あなたの立場はどういう立場なのか解っているのかしら?」

「……、」

僕は何も言えなかった。

言えなかったからこそ、くやしかった。今の自分の立場を明確に思い知らされた。

でも、それでも。

僕は言わなかった。僕は言いたくなかった。

その魔法を知っているからこそ、どうなるかを解っているからこそ。

僕はその魔法だけは口にしないと――心に決めていたのだった。

 

◇◇◇

 

リュージュは焦っていた。

どうやって予言の勇者にその魔法を使わせるかどうか――それが彼女の中で一つの苦難となっていた。

オリジナルフォーズを復活させることで、自動的に彼女の目的は達成できる。

だが、その直前で彼女の計画は頓挫寸前まで追い込まれてしまった。

「……どうすればいいのかしら。あの予言の勇者に、魔法を使わせるには」

「お困りのようだね?」

そう言ったのは、バルト・イルファだった。

バルト・イルファは椅子の背もたれに手をのせて、首を傾げる。

「話を盗み聞きしてしまったようで申し訳ないですけれど……、どうやら予言の勇者にいかにして魔法を使わせるか、それについて考えているようですが?」

「え、ええ。そうね。予言の勇者は梃子でも魔法を使わないようだし。どうすればいいかしら……。まさかここまで精神が強いとははっきり言って思わなかったし」

リュージュは困っていた。

いかにして予言の勇者に、かの魔法を使わせればいいか、ということについてだ。それだけで状況はあっという間に好転してしまうというのに、しかしながら、それを実現することができない。実現することができないのならばリュージュの考えていることはただの夢物語に過ぎない。

夢物語を夢物語で終わらせたくないのは、リュージュの強い思いだった。ここまでやってきたというのに、ここで終わってしまうことが許せなかった。

「……僕にいい考えがあります」

言ったのはバルト・イルファだった。酷く丁寧な口調で言ったため、リュージュはバルト・イルファが何か裏があるのではないか――なんてことを勘繰ってしまう程だった。

対して、丁重に頭を下げつつも、話を始めるバルト・イルファ。

「どういう風にしていくのかしら?」

リュージュは疑心暗鬼になりながらもバルト・イルファの発言を聞いていた。

「簡単なことです。……『幻術』を使うのですよ」

そうして、バルト・イルファはにっこりと笑みを浮かべた。

その笑顔は玩具を手に入れた子供のように無垢であり、それにどこか恐ろしさを覚える程でもあった。

 

◇◇◇

 

僕が目を覚ますと、そこは花畑だった。

夢か何かかと思ってしまったけれど、そんなことは今の僕にはどうでもよかった。

あの拷問から解放されているのならば、夢だろうが現実だろうがどうだって良かった。

「ねえ、フル」

声が聞こえた。

そこに居たのは、メアリーだった。

メアリーが僕の目の前に立っていた。

「メアリー……。どうしたんだい」

「ねえ、私……あの魔法を聞きたいな」

「あの……魔法?」

メアリーは僕に口づけする。

長い口づけののち、メアリーは僕を見つめる。

どこか甘い口づけだった。

メアリーは再び僕に言った。

「ねえ、私、あの魔法が知りたいの。というよりも、あなたが知ったあの魔導書のすべてが知りたい」

そうして。

そうして、僕は深い眠りに落ちていった――。

 

◇◇◇

 

「……まさか、これ程までに簡単に手に入るとはね」

リュージュとバルト・イルファは廊下を歩いていた。

「ええ、流石に僕もここまでうまくいくとは思いませんでしたよ」

リュージュがその魔法(フレーズ)を手に入れるために、何をしたのか。

バルト・イルファが考えた作戦をそのまま実行しただけに過ぎなかった。バルト・イルファは炎を使うことが出来る。だから、バルト・イルファは炎で『幻影』を見せた。その幻影は予言の勇者が一番信頼している存在であった。

そして『雰囲気作り』はリュージュの出番だ。麻薬にも似た効果を持つ魔術(同じく幻影を見せることが出来る)を予言の勇者にかけることで完璧なカモフラージュを行った、ということだ。

とどのつまり、予言の勇者にはある姿が見えているのだが、傍から見ればただ予言の勇者が独り言を呟いているだけになる。

「……はてさて、あとはこれをうまく使うだけね。まあ、とはいってももう解放されたことには変わりないけれど」

彼女たちは気づいていたが、今まで何も言いださなかった。

さっきから地面を揺さぶる、大きな振動が。

「この振動が……オリジナルフォーズが目覚めつつある合図である、と?」

「その通り、バルト・イルファ。もう私の野望が達成される日も近いわよ。準備なさい、決戦のお時間よ」

リュージュは早足でどこかに消えていった。

バルト・イルファはぽつりと呟いた。

「……これで漸く違う世界、か」

彼の言葉は、だれにも聞こえることはなかった。

 

◇◇◇

 

メアリーたちを乗せた船がその島に到着したのは、リーガル城を出発した次の日の朝のことだった。

既に島は火山が噴火する直前のような地響きが一定間隔で鳴り響いていた。

「これは不味いわ……。でも、いったいどういうこと? まさかフルが魔法を言った、ということ?」

「そうとしか考えられないけれど……。出来ることならあまり考えたくないね。フルはそんな弱い奴じゃないと思っているから」

「この振動は……。ううむ、リュージュめ。まさかこのような島に作り替えているとは思いもしなかった」

「陛下。あまり騒がないほうが……。ごめんなさい、みなさん。私はここで国王とともに居ます。何が起きるか、解りませんから」

カーラの言葉を聞いてメアリーは頷く。彼女たちにとってもそちらのほうが有り難いと思ったからだ。それに探索をしていく上でははっきり言って邪魔な存在になりかねない。

「ふうむ、確かにそれもそうだな。私は魔法も錬金術も使えない。はっきり言って、君たちの戦いには邪魔となる存在だろう。……王であったとしても、進んで向かうべきだとは思っていたが、私ももう衰えた。……致し方ないのだろう、若い世代に譲るということも悪くない」

それを聞いたカーラは目を丸くする。耳を疑って、国王に再度話を聞く。

しかしながら、それをする前に国王はゆっくりと頷いた。

「エルフの村の少女よ、私はもう古い世代の人間だよ。次の世界は新しい世代の人間がこの世界を統治していったほうがいい。そう、例えば……」

すっと、指をさす。

その方向にいたのは――レイナだった。

レイナはそれを聞いて、目を丸くした。何を言っているのか、さっぱり解らなかったのだろう。

対して、国王はさらに話を続ける。

「君のことはリーガル城の城下町で盗みを働いていた時から知っていた。しかしながら、私の地位のこともあり、君のことを直ぐに言うことは出来なかった。それに、君に近付くことも出来なかった」

「……は? いったい、何を言っているのよ。私はただの盗賊だぞ。王様なんかに謝られるような立場じゃ……」

「いや、そんなことはない。君はまだ、自分の立場に気付いていないだけだよ。……かつてハイダルクには二人の王子が居た。兄より優れた弟は居ない、なんてことはよく聞いたことのある言葉かもしれないが、その王子たちにもそのルールは適用されていた。しかしながら、その兄はある日消息を絶った。国王が、国を挙げて探したというのに……それでも見つからなかった。だが、その弟だけは知っていた。兄が苦悩していたことを。何に? それは簡単だ。兄は、国王になることが決まっていた。その重圧に耐えきれなかったのだよ。そして優しい弟はそれを知って、兄の代わりに王になった」

「もしかしてその弟というのは……」

こくり、と頷く国王。

「……ああ。それは私のことだ。そして、その兄は……レイナ、君の父親にあたる人間だよ」

「私の父親が……国王のお兄さん……ですって?」

レイナは動揺していた。それは当然かもしれない。突然、そのような事実を言われてしまって、動揺しないほうがおかしいものだ。

国王の話は続く。

「まあ、無理もないだろう。実際問題、そのことについて気になることはあるだろうが、君の父親は確か流行り病で亡くなっていたはず。そうだったな?」

「え、ええ……」

「あれは痛み入ったよ。ほんとうに。まさかああなるとは思いもしなかった。私だって解らなかったのだから。しかしながら、君という存在が生きていてよかった。私と妃の間には子供が生まれなかったからな……。世継ぎがまったく居なかった状態だったのだよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。つまり……」

「国王陛下。レイナに王位を継承するつもりがある、ということなのですか?」

言ったのは、メアリーだった。

メアリーとしてもあまり他人の会話には口出ししないほうがいいだろうと思っていた。しかし内容が内容だ。この国の進退を決めることとなる重要な会話である。だから、彼女としてもこの会話に何としても入って確認しておきたかった。

「……そういうことになるだろう。この世界は、新しい世代の人間に託さねばならない。古い人間がずっと居座っていても無駄な行為だろう。それこそ、リュージュのように、腐った人間がいつか現れてしまうとも限らない」

「だとしても……」

レイナは否定した。

レイナにとってもこの出来事は想定外だったから、致し方ないことかもしれない。とはいえ、レイナにとってこの話は悪い話ではないことは確かだ。ただ、問題は多数あることだろうが。

「仕方ないことではあるのだよ。……教養が無いというのならば今から付ければいいだけの話だ。最初から誰もが完璧だったわけではないし、そのような人間はいない。だから、今からでも遅くないのだよ」

「しかし……」

やはり、そう簡単に決められない。

当然だろう。国王が言っているのは、レイナへの譲位。その意味を解っていないわけでは、当然有り得ないだろう。

地震が再び発生したのはちょうどその時だった。

「……さっきよりも長い……!」

「オリジナルフォーズが目覚めようとしているのかもしれないな……。ここで、こう長々と話している場合ではない。とにかく今は向かうしかないだろう。この島の奥に……確実にリュージュはいる筈だ。だから今は、私のことは気にする必要はない。終わったら、すべての話をしようではないか」

そうしてメアリーたちは島の奥地へと足を踏み入れる。

その先に何が待ち受けているのか――今の彼女たちには知る由もなかった。