第十九話(2)

 

僕は監獄に入れられていた。

その場所には唯一窓がつけられていたが、その窓も鉄格子がつけられているため脱出することはほぼ不可能だった。

はっきり言ってしまえば道を覚えていないわけではないから扉を開けさえすれば逃げることは可能だ。この場所が絶海の孤島であることを除けば、の話になるけれど。

リュージュがこの島まで連れてきたのち、僕たちはイルファ兄妹に連れていかれる形でこの監獄に投獄された。

扉を破壊することは簡単だと思う。頭の中にあるガラムドの書、この魔法を使えばいいのだから。そして扉を破壊するための出力を出すことのできる魔法は脳内に幾つかラインナップされている。

問題はイルファ兄妹、リュージュ、その他の兵力に見つかった場合――のことだった。

一人だけに出くわすならばまだ何とかなるかもしれない。目くらましや背中を向けて逃げてしまえばいい。ただそれだけの話だ。あの三人のうち一人だけと戦闘になったとしても、きっと今の実力じゃ倒すことは出来ない。

問題は束になってかかってきたとき。イルファ兄妹にリュージュも追加されてしまえば勝ち目はない。素直に負けを認めるしかないだろう。……そのとき、それを素直に受け入れて捕虜としてくれるかどうかはまた別の話だけれど。一度逃げた捕虜を何も罰さずにもう一度捕虜として牢獄に閉じ込めることは、まあ、普通の感性であれば難しいことだろう。

「……じゃあ、どうすればいい」

どうやって、ここから脱出すればいい?

僕は何度も思考をめぐらせて、考えていく。どうすればこの絶海の孤島から脱出することが出来るか。いや、それだけではない。メアリーたちと合流しないといけない。メアリーたちはどうやってここを目指そうとしている? いや、そもそもメアリーたちはこの場所を知っているのだろうか。

「そうだ。確かルーシーがコンパスを貰っていたはず。あのコンパスさえあれば……」

ということは場所についての問題はオーケイ。

ならば問題はここからどのように脱出するか。はっきり言ってそう簡単なことじゃないというのは誰にだって解る。

やっぱりそういう結論に陥ってしまうわけか――そう思いながら、僕は改めてこの牢獄を見渡した。

一人用にしてはあまりにも広い部屋だった。かつてこの場所に宿でもあったのだろうか。ベッドもあるしトイレもついている。洗面台もある。シャワーまではないけれど、もともとここにあった宿を改修したようにも見えた。

「……どうやって、脱出すれば……!」

僕は入り口の扉についている小窓から外を眺めようと、出口に向かった。

扉が開かれたのはちょうどその時だった。

「やあ、予言の勇者クン」

入ってきたのはバルト・イルファだった。バルト・イルファは柔和な笑みを浮かべつつ、僕に近づいてきた。

そしてバルト・イルファは僕の腹を思いきり殴りつけた。

重い一撃だった。

「ぐはっ……」

思わず、床に吐瀉物を撒き散らしてしまった。

「……ごめんねえ、ついストレスが溜まっちゃって。どうやって吐き出そうかなあ、と思ったのだけれど。ここにいいサンドバッグが居たからね。ちょいと殴らせてもらったよ。まあ、君を殴ったのはそれだけではないけれど。リュージュ様から聞いたよ」

思い切り髪を引っ張り、無理やり顔を上げるバルト・イルファ。

そしてバルト・イルファは僕の顔を見つめて、

「君……似非魔術師なんだってねえ。いやはや、騙されちゃったよ。あれ程予言の勇者とちやほやされていたからそれなりに魔法を使えると思っていたのに!!」

今度は蹴りを入れるバルト・イルファ。

再び吐瀉物を床に撒き散らす。もう出すものは出してしまったのか、液体しか出てこない。

「ああ、ああ、ああ! 憎たらしい、憎たらしいよ、予言の勇者クン! まさか君が飛んだペテン師なんて誰も思いはしないだろうねえ! 魔法はすべてガラムドの書と、エルフの加護によるもの? つまり君自身が魔法を覚えたわけじゃなくてその加護で勝手に手に入れたものだというのだろう? ああ、憎たらしい!」

「バルト・イルファ。何をしているの」

二度目のパンチが加えられるか――ちょうどそのタイミングで、バルト・イルファの背後から声が聞こえた。

そこに立っていたのはリュージュだった。

バルト・イルファはそれに気づき、頭を下げる。

「申し訳ありません。少し興奮してしまったようです。すいません。……予言の勇者がペテン師だと知ってつい」

「まあ、それは構わないわ。だけれど、傷つけないようにね。まだやってもらうことがあるのよ。予言の勇者には」

「はあ……。ああ、そうでしたね。リュージュ様の部屋に連れて行かないといけなかったんでしたか」

「思い出したようだけれど、遅かったから私自らやってきたわよ。何となく、嫌な予感もしていたわけだし。そしてそれが命中したわけだけれど。……まあ、それはいいわ」

リュージュは一歩近づく。バルト・イルファはそれに従い、横にずれる。

跪く僕と、それを見下すリュージュ。

「ふふ……。いい光景ね。予言の勇者が私を見上げているわ。そして、私は予言の勇者を見下している。最高に滑稽な光景だとは思わない?」

「リュージュ様、その通りですね」

バルト・イルファはそれに賛同する意見を送る。

「あなたにしてもらうことは、たった一つだけよ。予言の勇者」

リュージュは水晶を見つめて、頷く。

「――オリジナルフォーズを復活させるための魔法、それを使うこと」

「イヤだと言ったら?」

「魔法を言うまで痛めつけるまでよ。こんな風に……ねっ!」

そう言って。

リュージュはどこからか取り出した鞭で僕の背中を叩いた。

バチン! という音が牢獄の中に響き渡る。

声も出ない痛みを、僕の背中から、身体全体に広がっていく。その痛みに思わず気絶してしまいそうになったが、リュージュは間髪入れずにもう一発鞭を打ち込んだ。

「……気絶して楽になろうと思っているのならば、それは辞めたほうがいいわよ。気絶しないように継続的に甚振り続けるわよ。これから解放されたい? だったら、魔法をこの場で呟くといいわ。オリジナルフォーズを復活させる、ガラムドの書に記載されているはずの魔法を、ね!」

 

 

目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。

どうやらあれから痛みで気絶していたようだった。背中を触ってみると筋のように瘡蓋が出来ている。恐らく鞭で打たれて皮が破けてしまったのだろう。跡が残らなければいいけれど。

ちょっとそんな楽観的なことを考えながらゆっくりと立ち上がる。気絶する前に吐いたモノも乾いている。生憎それ程匂いは気にならなかったのが不幸中の幸いだったかもしれない。これで匂いが酷かったら溜まったものじゃなかった。

そして扉の横にあるスペースに銀のトレーが置いてあることに気付いた。

近づいてみると、そこには幾つかに区切られたトレーのスペース一つ一つに赤や緑、青など様々な色の何かがペースト状になったものが満たされていた。はっきり言ってそれだけを見れば食欲は減退されるだろう。

まあ、出されたものだ。毒も入っていないだろうし、とにかく食べないことには何も始まらない。そう思った僕はトレーに置かれているスプーンを手に取り、赤のペーストを掬った。

そしてそれを口に放り込む。

「……不味い」

想像通りの味だった。ペーストは舌にざらついた感触を残す。まずそれだけでも不快だというのに、味はまったくしない。何というか、栄養を取るためだけのもののようにも思える。

まさかリュージュたちもこれを食べているとは思えないが――仮にそうだとしたら味覚がどうなっているのだろうか。考えたくもない。

一口食べて食欲がすっかり失せてしまったわけだけれど、しかしながらそれしか食料が無いので食べないわけにはいかない。

ゆっくりと、少しずつではあるが、僕はそれを食べていくのだった。

きっとメアリーたちが助けに来てくれると――そう信じながら。

 

 

食べ終わったタイミングで、今度はロマ・イルファがやってきた。

ロマ・イルファは空になったトレーを見て、つまらなそうな表情を浮かべる。

「ふうん……。食べ終わったんだ。あんなに不味いものなのに。あなたって結構ゲテモノでもいけちゃうクチなのかしら?」

「食べたかったから食べているわけじゃねえよ」

僕はそう苦言を呈したが、ロマ・イルファはただ、「そう」としか言わなかった。

ロマ・イルファが持っているものについて着目すると、彼女が持っていたのは水桶だった。文字通り、水を入れることが出来る桶だ。

「リュージュ様から聞いていると思うけれど、あなたは『魔法』を知っているはず。オリジナルフォーズを復活させるための最後のトリガーとなる鍵を、ね。けれどあなたはそれを言ってくれない。あなたが今置かれている状況を理解していないようなのよね。だから、それを解らせに来たということ」

パチン、と指を弾くと気が付けば空だったはずの水桶に並々に水が注がれていた。

瞬間移動の類だろうか――そんなことを考えていたが、

「これは特殊な水よ。私の意志を聞いてくれる、特殊な水なの。私が言えばその通りに従ってくれる。だから……」

説明を言い終わる前に、ロマ・イルファは桶に入っていた水を思いきり僕にぶちまけた。

何をするんだ――と言おうとしたが、水が口から離れずにただの泡と化してしまった。

いや、それだけじゃない。目も、鼻も、まるで顔全体に水がへばりついているような感覚。

「……解ったかしら? 私の能力、その真の力を」

解ったが、何も言うことが出来ない。それどころか呼吸をすることも困難な状況に置かれている。これでは何も反応することが出来ない。

我慢しようとしても、水がゆっくりと体内に入っていく。

「ほんとうはその水であなたの身体に侵入して支配してしまうという考えもあったけれど、身体と精神の支配はまったく別物になるからね、そう簡単に出来る話ではないし。だから、結局こういう原始的なやり方になっちゃったというわけ」

溜息を吐くロマ・イルファ。

まるでお気に入りの玩具を取り上げられた子供のような落ち込み具合だ。

「だから、だからね。……辛いでしょう? 空気を吸えなくて辛いでしょう? 人間って、酸素を取り込まないと脳の機能が低下して死んでしまうからね。とても脆い生き物だからね。だから、このままだとあなたは死んでしまう。それはとっても嫌な話よね?」

ロマ・イルファは小走りに僕の横に佇む。そしてそこから僕を見つめて、笑みを浮かべて、

「『魔法』を言えば解放してあげるわ。だから、言う意志があるならば頷きなさい。それ以外の反応は意志が無いと認めるから慎重にね?」

魔法。

その言葉をロマ・イルファに聞き返すほど僕も馬鹿ではない。

つまり、ロマ・イルファはここで魔法を言う意志があるなら頷けと言っているのだ。そんなこと、出来るはずがない。かつて世界を滅ぼすほどの力を誇ったオリジナルフォーズ。それを復活させるとどうなるか――はっきり言って、火を見るよりも明らかだ。

だから僕は頷かずに、そのままロマ・イルファを睨み付けた。

「ふうん……。つまんないなあ」

そう言うとロマ・イルファは再び空になった水桶に水を蓄えて、それをまた僕にぶちまけた。

「正直、男の子にこれをするのは非常に嫌な話ではあるのだけれど」

そう言って、ロマ・イルファは笑みを浮かべたまま、桶をひっくり返して椅子代わりにし、腰かけた。

「浸透圧って知っているかしら? 赤血球を真水に入れると、浸透圧に耐え切れなくなって溶血という現象に陥るらしいのだけれど、どういう状況になるのかしら? 科学者はマウスでは研究しているらしいけれど、まだ人間では研究したことがないって言っていたし。ちょっと面白いとは思わない?」

肌に水が纏わりつく。そしてその水はゆっくりと、『僕の身体の中に』入っていく感覚が走っていく。

それがロマ・イルファのいう話なのだろう。

身体の穴という穴から水を入れて、そして赤血球を真水に浸す。それにより溶血という現象を起こす。

考えただけで、身の毛がよだつ。

「……さあ、どれくらいあなたは耐えきれるかしら?」

ロマ・イルファの笑顔は、悪魔の笑顔にも似ていた。

 

 

何回気絶していたかどうかも忘れてしまうくらいだった。

ただ窓の景色がまだ暗かったことを見ると、それほど長い時間拷問を受けていないようだった。

だからといっても、その拷問をうまく逃げ切れた――とは思えていないこともまた事実。ただし次の日からまたどのような拷問を受けるか解ったものではないが。

リュージュたちの目的はただ一つ。

オリジナルフォーズを復活させるための魔法を僕から聞き出すこと。

簡単ではあるけれど、だからといってそれを素直に聞くほど頭は悪くない。それによってどのような被害が起きるか――考えただけで身震いしてしまうくらいだ。

「だから、絶対にその魔法を伝えてはいけない……」

それは解っている。

でも、裏を返せば。

その魔法さえ言ってしまえば、僕は解放される――ということだ。

その一言さえ口に出してしまえば、僕はこの苦しみから解放される。

しかし、オリジナルフォーズは復活してしまう。世界には、闇が広がる。

「やっぱり、だめだ。そんなこと……。絶対に、絶対に『それ』を伝えちゃいけない……!」

「へえ、強気だねえ。君は」

気が付けば、扉が開いていた。

そしてそこから誰かが入ってきていた。

それは人間でない、ということは直ぐに理解できた。なぜならその姿は氷像に似ていたからだ。正確に言えば人間の身体すべてが氷で出来ているようなそんな感じだった。

氷像人間は笑みを浮かべる。

「……どうやら、覚えちゃいないようだね。それもそうか。この姿で出会うことは初めてだったかな?」

ニヒルな笑みを浮かべたまま、もう一歩近付く。

「僕の名前はアイスン。かつて、ハイダルク国軍に所属していたゴードン・グラム……と言えば伝わるかな?」

ゴードン・グラム。

その名前を知らないわけがなかった。リーガル城で出会った兵士。そして、メタモルフォーズとの戦いののち、メタモルフォーズへの『反応』が見られてしまい、そのまま殺されたはずだった。

でも、ゴードンさん――アイスンはいま目の前に立っている。

はっきり言って信じられなかった。夢かと思った。

だからこそ、アイスンを見て、僕はずっと目を見開いていた。

「ありえないことはありえない」

ぽつり、とアイスンは言った。

「僕が所属する魔法科学組織『シグナル』の信条……とでもいえばいいかな。これは確かにその通りだと思っているよ。実際問題、シグナルはそれを実現している。僕たちが新しい世界が始まる、そのシグナルとなるのだよ」

「僕は……ゴードンさん、あなたが言っていることが解りませんよ」

「だから言っているだろう」

溜息を吐いたのち、ゴードンさん――アイスンは言った。

「僕はゴードン・グラムであってゴードン・グラムではない。今はアイスンというメタモルフォーズだ。そして、今はリュージュ様に忠誠を誓っている。つまり君とは敵という間柄になるね」

「アイスン。あまり長い話をしないことね」

アイスンの背後に立っていたのはリュージュだった。

「リュージュ。こんな夜遅くまでお前自らが出てくるとはな。よっぽど暇なのか、或いは余裕が無いのか。そのいずれかになるのか?」

「そうね。精々言っているといいわ。……まあ、その余裕を言っていられるのはいつまでかしら。そんなことを言っている場合じゃないのよ、アイスン。予言の勇者の鎖を外して。ああ、一応言っておくけれど手枷足枷はそのままにしておくのよ。当然だけれど、逃げる可能性は未だに充分とあるわけだから」

 

 

手枷足枷を外されて、僕は通路を歩いていた。先頭にはリュージュ、後方にはアイスンが歩いている状態となっている。時々通り過ぎるメタモルフォーズか人間か解らないような存在には、僕の姿を見て失笑している。そんなに人間が手枷足枷されていることが面白いのか。はっきり言って、つまらない。

だが、シグナルの連中にとってみれば僕は敵の親玉。敵の親玉を捕まえて喜んでいるのかもしれない。これで自分たちの目的に対する不安要素は無い、ということなのだから。

「着いたわ」

リュージュが言ったので、僕はそちらを見る。

そこにあったのは鉄の扉だった。魔法世界には似つかわしくないそれを見て、

「……ほんとうに、この世界って科学と魔法がごちゃ混ぜになっているんだな」

呟いただけだったが、その直後、後方から蹴りを入れられた。

「静かにしているんだな。君が現在置かれている立場を弁えたほうがいい」

「アイスン……いや、ゴードンさん。変わってしまいましたね、あなたも。メタモルフォーズになってしまってから、人間の心もなくしてしまった形ですか?」

「そう思ってもらって構わない。メタモルフォーズと人間は似ているようで違うのだから」

「そうね。アイスンのいう通り。人間からメタモルフォーズになってしまった存在というのは、大抵その前の記憶を保持している。けれど、感情や心情といったものは人間のようで人間じゃない、どこか冷めた感情……というのは言い方がよくないかもしれないわね。似たような感情ではあるのだけれど、どこか人間とは距離を置いた感情ということになる。やはり、人間は人間を一から作ることは出来ないのだろう。それこそ、『神様が作り出した方法』以外には」

リュージュが扉の脇にあるボックスに手を置く。

するとピンポン、という短い電子音の後に続いて、ゆっくりと扉が開かれていった。

扉の中は暗い道が続いていた。

しかしリュージュはすたすたと中に入っていった。

進むしか、今の僕に選択肢は残されていないのだろう。そう思い、僕はゆっくりとリュージュの後を追いかけていった。

道を進むと、自動的に天井につけられている電灯が点いていく。ここだけ世界観がどこか現代風ではあるけれど、恐らくスノーフォグの科学技術の賜物だろう。

そして、徐々にその風景が変化していった。最初はただの廊下になっていて、両側はただの壁となっていたが、広い部屋に入った途端壁を構成しているものが巨大な水槽になっていた。いや、水槽というよりもこれは……。

「インキュベーター」

リュージュはこちらを向くことなく、ただぽつりとそう言った。

「私たちはそう呼んでいる。保育器(インキュベーター)、とね。名前の通り、育てることを保つための器械。単純な名前ではあるけれど、私たちはこの名前のほうが呼びやすいものだからね」

保育器。

ということはこの機器に何かを入れて、育てているということなのだろうか?

今のところ、その保育器に何かが入っているようには見えない。緑色の液体がただ満たされているだけだった。

「……見渡しても無駄よ。この保育器には何も入っていないから。今、実用しているのは奥にある巨大な保育器のみに過ぎない。残りはただのガラクタ。使い道が無い、ただのガラクよ」

そのまま、リュージュは歩き続ける。もう少し調査しておきたかったところもあるが、後方にまだアイスンが見張っているのでおかしな行動は出来ない。諦めて、そのままついていくことしか出来なかった。

そして、その部屋の最奥部には巨大な保育器が壁一面に埋め込まれていた。

しかしながらすりガラスのようになっていて、その保育器の中に何かがいることは解っていても、それが何であるかは解らない。

「メタモルフォーズとは、いったい何者なのか」

リュージュが保育器を見つめながら、隣に立つ僕に言った。

しかし解答を求めることなく、そのまま話を続ける。

「メタモルフォーズは、オリジナルフォーズを『素体(オリジナル)』として作り上げた粗製品(コピー)。オリジナルフォーズの命令系統を継続しているから、メタモルフォーズはオリジナルフォーズの命令を聞くことは出来る。ただし、オリジナルフォーズには何百ものメタモルフォーズを同時に操る程の知能を持ち合わせていない。ならば、どうすればいいか。簡単なこと、知能を持った存在に手綱をひかせればいい」

「手綱を……知恵を持った存在に?」

「この世界で一番知能をもっている存在。それは人間よ。だって当然よね。人間がこの世界を統べていると言っても過言ではないのだから。神に比べればその地位は低いものかもしれないけれど、それでも神に次いで人間は知能が高い。それに人間が一番使いやすいのが人間ということも、火を見るよりも明らかではあるからね」

リュージュは壁につけられた計器類にあるボタンを押す。

すると、すりガラスだった部分は一種のフィルターとなっていたらしく、それが上にせりあがっていった。

徐々に、保育器の中に何がいるのかが、明らかになっていく。

「……これって……!」

保育器に浮かんでいたのは、無数の人間だった。

しかし、その人間は全員が裸で、髪色も髪型も目の色もすべて一緒だった。

金髪、ロングヘアー、赤い目。

「これって、まさか……!」

そう。

そこに浮かんでいたのは、メアリーだった。

いや、正確に言えばメアリーではない。メアリーに似た大量の何か、と言えばいいだろう。