第十九話(1)

 

「リュージュ……、貴様一体何をしたいんだ!」

僕はリュージュの乗る飛空艇の後部座席に放り投げられていた。何とか脱出を試みるが、そう簡単に脱出出来るものでもない。両手両足を透明な縄のようなもので縛り上げられている状態になっているから、抜け出すことが出来ない。

リュージュはこちらに振り向くこともせず、そのまま質問に答えた。

「それは簡単なこと。あなたが必要なのよ。この世界をリセットするためには、ね」

「世界をリセットする……リバイバル・プロジェクトのことか!」

「あら、よく知っているのね」

リュージュはこちらを向いて、笑みを浮かべる。

「けれど、私の計画はそんな前世代的なものじゃないわよ。もっと単純な計画になるはずだから。……さて、私が今、どこに向かっているか解るかしら?」

外を見る。そこに広がっていた光景は空だった。いや、それだけ見れば当然なことかもしれないのだが、リーガル城が雲の下に見えることを考えると相当高い場所に居るのだろう。

そして、前方には小さな島が見えてきた。

僕の記憶が正しければあの島は――。

「知っているかしら。二千年前……『偉大なる戦い』が起きたころの話ね。あるバケモノが世界を混沌に陥れた。しかしながら、突如として現れた人類の救世主がオリジナルフォーズを封印するに至った。……その名前はオリジナルフォーズ。原点にして頂点、メタモルフォーズの頂点に君臨するメタモルフォーズ。それが眠る島に、今私たちは向かっているのよ」

「まさかそれを……復活させるつもりなのか、お前は……!」

それを聞いたリュージュは僕の襟をつかみ、睨みつける。

「お前、ねえ。予言の勇者も口汚いところがあるのではなくて? ……まあ、別にいいわ。これからあなたはずっと私たちと暮らすことになるのでしょうから」

「……はあ?」

リュージュは今、何と言った?

ずっと一緒に暮らさないといけない、だと。そんなことあってたまるか。それにこちらからお断りしたい案件だ。

リュージュは笑みを浮かべたまま、僕の表情を見つめていた。

そして、暫くして――唐突に目を細め、

「そう。やっぱり、嫌いね。あなたの表情」

刹那、僕の右頬を叩いた。

あまりにも痛く、一瞬気絶してしまう程だったが、

「そんなことで気絶されてはたまったものじゃないわよ、予言の勇者。それともあなたの力はその程度だった、ということかしら」

リュージュは再び前を向いた。

「……見えてきたわよ、予言の勇者。よく見なさい、あのオリジナルフォーズの雄々しい姿を!」

そして、リュージュの言われた言葉の通り、僕もまた下を眺めた。

そこにあったのは島だった。そして島には火口があり、その火口には恐らくマグマが溜まっていたのだろう。過去形にしたのは、今はマグマが溜まっておらず、別のモノが埋まっていたからだった。

そこにあったのは、異形というのが相応しい生き物だった。

無数の生き物の腕と目と足が至る所につけられているそれは、まるで生き物をごちゃまぜにしてくっつけたようなそんな感じだった。

その異形は今眠りについているようだった。いや、眠りについている、というよりは……。

「気付いたようね、予言の勇者。そう、今あのオリジナルフォーズは封印されている。二千年前にガラムドがね。その封印の魔法も、解除する魔法も……あの魔導書に書かれている」

魔導書。

それってまさか……。

「まさか、あのガラムドの書に……!」

「その通り。それについては察しが良いようね? まあ、別にいいのだけれど。とにかく、あなたがやることは一つ。オリジナルフォーズの力を封印している、あの忌まわしき魔法を解除する。簡単よ、あなたがその魔法を使えばいい、それだけなのだから」

「そんなこと……言われてすると思っているのか?」

「そうね。しないでしょうね」

リュージュは深い溜息を吐く。

そして、再びこちらに目線を向けて、

「だからこそ、遣り甲斐があるというのよ。しない、というのならば「させる」ように仕向ける。私がそう簡単に諦めるとでも思ったのかしら。だとすれば、ひどく滑稽なことではあると思うのだけれど?」

僕とリュージュを乗せた飛空艇は、オリジナルフォーズの眠る島へと向かっていく。

その島にはいったい何があるのか――今の僕には想像もつかなかった。

 

◇◇◇

 

その頃、メアリーたちは突如としてフルが攫われたことについて、作戦会議を立てていた。

「……まさかリュージュ自らがフルを攫いに来るとは思いもしなかった。でも、これからどうすればいい? 相手はフルに何か利益があると思っている、ということか?」

ルーシーの言葉に同意するのはメアリーだった。確かに疑問を抱いていたことも事実であったし、フルが邪魔ならばその場で殺してしまえばいい話だった。

にもかかわらず、彼女はフルを攫った。

その理由がメアリーたちには理解できなかった。

「……もしかして、だけれど」

メアリーがその沈黙を破って、会議に意見を提示した。

「フルがライトス山で手に入れた魔導書……あったじゃない? 確か、フルが手に入れてから直ぐに消えてしまった、というアレ……」

それを聞いてルーシー、レイナは頷く。

確かに魔導書はフルが手に入れてから消えてしまったと言っていた。しかしながら、その魔導書の情報自体は彼の頭の中に刷り込まれている。だから、魔法を使うときは何も持つ必要が無く、脳内でページを捲るようにして、魔法を詠唱することになる。

「……ああ、それがどうかしたか?」

ルーシーの言葉に、メアリーは小さく頷いた。

「ねえ。解らない? フルはあの魔導書を使うことの出来る唯一の人間。ということは……あの魔導書に何らかのメリットがあって、それをリュージュは使おうとしている、ということに繋がらないかしら。それがどういうものかどうかは解らないけれど」

 

 

メアリーたちは作戦会議を終えて、走っていた。

目的地は飛行船。そして、飛行船に乗って向かう先は――。

「ねえ、メアリー! リュージュの目的が『オリジナルフォーズの復活』ってほんとうなの!?」

ルーシーの言葉を聞いて、メアリーは答える。

「ええ、だってオリジナルフォーズはスノーフォグが管理しているはず。そしてオリジナルフォーズは二千年前の偉大なる戦いで世界を破壊した最大級のバケモノであるはず。ということは、リュージュはあのオリジナルフォーズを復活させて……世界をもう一度破壊するつもりなのではないかしら!」

「オリジナルフォーズの、復活……」

ルーシーは考えた。

もしオリジナルフォーズが復活したらどうなってしまうのか。メタモルフォーズの源流とも言われているオリジナルフォーズが復活することで発生する被害は甚大なものであり、決して簡単に復旧するものではないことはルーシーの頭脳でも理解できることだった。

それ以上の被害すら考えられる。もしかしたら世界そのものが滅んでしまうかも――。

「理解できた? ルーシー。これによって何が生み出されるか。オリジナルフォーズが復活してしまえば先ず倒すことは不可能かもしれない。フルの覚えている魔導書の知識にそれが入っていればいいけれど、入っていない可能性も有り得る。入っていなかったとしたら、封印をし直すことも出来ない。それよりも先ず、フルを助ける必要もあるからね。フルを助けないことにはどうにもならない」

「でも、それってつまり……」

メアリーは頷いて、飛行船に乗り込んでいく。

「ええ。私たちの戦闘のタイムリミットはオリジナルフォーズが復活するまで。もしそれまでにフルを助けることが出来なかったら……その時点で私たちは打つ手なし、となるでしょうね」

飛行船に乗り込んだメアリーたちは進路を決めようとしていた。

「ちょっと待って、メアリー。こんな時は……これを使おう」

そうして操縦桿の上に置いたのは、金色のコンパスだった。

「……これは?」

メアリーは興味津々、といった感じで首を傾げる。

対してルーシーは待ってました、という表情で鼻を鳴らした。

「そうだね、メアリーはこれをもらったとき、パーティーに入っていなかったから知らなくても仕方がない。これは、探し物を探すコンパスだよ。普通コンパスと言えば東西南北を指し示すものだろう? けれど、これは違う。これは探し物のある方向に針が動く。だから……」

そう言ってルーシーはコンパスにそっと手を添える。

するとコンパスの針がゆっくりと動き始め――やがてある方向を指して止まった。

「つまりこの方向が……」

こくり、とルーシーは頷いた。

「うん。この方向が、フルの居る場所だ。この場所に……オリジナルフォーズも居ると思う」

「そうと決まれば行くしかないね!」

言ったのはレイナだった。レイナは笑顔でコンパスの針を見つめると、そちらを見た。

「この方角はやっぱり北東……うん、だから、あのオリジナルフォーズが封印されているという島に繋がっているわね。そこに向かうと、フルとオリジナルフォーズが居る、ということになるのかな」

「……それじゃ、向かうわよ。いいわね?」

操縦桿を掴んだメアリーは、ルーシーとレイナの顔を見合わせる。

ルーシーは大きく頷くと、メアリーに微笑んだ。

「当然だろ。世界を救う為でもあるし、それ以上にフルを助けるためでもある。そのためにも……僕たちは前を進み続けないといけない」

「そうだね。フルを助けないと、フルを助けて……ついでに世界も救っちゃおうよ」

三人の意志は、今一致していた。

そしてメアリーは頷いて、操縦桿を握りなおした。

刹那、飛行船はゆっくりと地面から離れて、浮かび始めていくのだった。

 

◇◇◇

 

飛行船はゆっくりとリーガル城の上を進んでいた。

「……酷い有様だね」

下を眺めるメアリーたちの表情はどこか曇っていた。当然だろう。下を見ても誰もが操られている人たちだ。それだけならまだ救いがあるのかもしれないが、その操られた人間同士で争っているのを見ると、救いがあるとは言い難くなってくる。争いはどちらか一方が死ぬまで続き、瓦礫に死屍累々と並べられている。

まさに、地獄。

地獄のような光景が、眼下に広がっていた。

「……これは、酷い。リュージュはいったい何のためにこのようなことを……」

『きっと、世界をもう一度滅ぼそうとしているのでしょう』

言ったのは今まで何も話すことをしなかったアリスだった。てっきり電池が切れてしまったかと思ったがそうではないようだった。

「世界を……もう一度? 人間が、一万年前の人間がやろうとしていたことを、またリュージュはやろうというの? しかも、今回はコールドスリープなどの準備は一切していないのよね……!」

『未来のことを考えて実施することは投資と言えるでしょう。問題はそれに対する可能性を一切考えないことです。過去のことは五万人の人間を残しておきました。それは未来への可能性になりますよね。しかし、あのリュージュは何も考えていません。未来への可能性を一切残していない、ということです』

「……つまり、人類が滅ぶ可能性もある、ということね?」

その言葉に、こくりと頷くアリス。

『人間が滅びるという可能性。それは出来ることならば考えたくないことでありますね。私は人間に開発されましたから、人間のことを第一に考えています。そして人間のことを、開発者のことを親として崇めております。……その親も、一万年前の時空に取り残されているのですが』

「その開発者は、コールドスリープでこの世界にやってこなかった、ということ?」

アリスは頷き、ゆっくりと話を続ける。

彼女は無表情を貫いていたが、その俯き加減は、もし仮に人間であったならば涙を流しているくらいなのかもしれない。

『開発者であるその人間は、人を助けることがとても大好きでした。だからこそ、人間を助けるために私というロボットを開発したのでしょうが……、しかしながらそれはただの自己犠牲にすぎませんでした。人々は助かりましたが、彼は一万年前の世界に残ることを洗濯しました。それについて、世界の人々は悲しみ、そして後悔したことでしょう。なぜなら彼は世界の頭脳だと言われていましたから。コールドスリープ後の案内役である私を残して世界を去ったことについては、私を最後の研究だと言っていた人も居ましたからね。このような素晴らしいものを残して……と悲しくなっていた人も居ましたか』

「なぜ、そのように他人事に……?」

メアリーの言葉を聞いて、彼女は空を眺める。

そして彼女はゆっくりと語り始めた。

『……何でしょうね。信じたくないのですよ、開発者である彼が居なくなったことが、未だに信じられません。コールドスリープのリストに記載が無かったとしても、それを実際に見たわけではありませんから。もしかしたらコールドスリープをこっそりしていて、この世界にやってきているのかもしれない。そんなことを私は思うのですよ。……おかしいですね、アンドロイドは感情を持たない、はずなのですが……』

いや、それは嘘だった。

メアリーも、ルーシーも、レイナも、恐らく同じ感情を抱いていたことだろう。

このアンドロイド――言葉の意味こそ理解できなくても、人間のようで人間ではない、化学で出来た何かということは理解している――は感情を持っている。人間と同じように心を持っている。それを充分に理解していた。

たとえアリス自身がそれを受け入れていなかったとしても、メアリーたちはそれを受け入れるしかなかった。

「……あ、あれ。人じゃない!?」

ルーシーの言葉を聞いて、メアリーとレイナもそちらを見た。

そこに居たのは、二人の男女だった。

「ねえ、あそこに居る二人って……!」

それが誰なのか、三人は知っていた。

「ハイダルク王!」

「それに、カーラさん!」

ルーシーとレイナ、それぞれの声が響く。

「そこに着地するから、捕まっていて!」

メアリーは操縦桿を操作して、急降下していく。ルーシーたちは何とかその重力に耐えようと、甲板に捕まっていた。

そうして、飛行船はハイダルク王とカーラの居た場所に着地した。

急いで二人を乗せて、洗脳された人々を乗せないようにそのまま空へ浮かび上がる。

「……助かったよ。君たち、この空飛ぶ船はいったいどこで手に入れたのかね?」

疲労困憊のハイダルク王がメアリーに訊ねる。

メアリーはこの空飛ぶ船を手に入れた経緯、そして今彼女たちが向かっている場所とその目的を説明した。

ハイダルク王は話を聞き終えると、顎鬚を触りながら深く頷いた。

「成る程。いろいろと理解し難いところが無いわけではないが……、オリジナルフォーズをリュージュが覚醒させようとしている、と……。あの祈祷師め、何かするとは思っていたが、まさかそのようなことをしようとしていたとはな……。昔から読めないやつとは思っていたが、まさかこれまでとは思いもしなかった」

「ハイダルク王はこのことについてご存知でしたか?」

メアリーの質問を聞いてすぐに首を横に振るハイダルク王。

「まさか。そんなわけがないだろう。リュージュについての疑惑はところどころで見てはいたが……まさかこんなことになろうとはな」

ハイダルク王は深い溜息を吐いたのち、悲しそうな表情をした。

彼の居城――リーガル城があのような姿になったことについて、驚きを隠せないのかもしれない。

「……カーラさんはどうしてここに?」

ここで会話をハイダルク王からカーラに移したメアリー。理由として、ハイダルク王はすっかり憔悴しきってしまっていて話をするならばまだカーラとするほうがいいだろうという結論からだった。

カーラもまた若干憔悴しきってはいたが、話をすることは出来るようで、頷いたのち、

「私は村長についてきただけよ。エルファスの再生計画について、プランを国王陛下とお話しするために、ね。私はただの秘書的役割としてここに来ていただけだったのだけれど……、まさかこのようなことに巻き込まれてしまうとはね」

そう言って深い溜息を吐く。

カーラもまた、このような事態に巻き込まれることを想定外の事態だと認識しているようだった。

「……つまり、このようなことが起きるとは想定していなかった、と?」

「ああ、その通りだよ。まあ、そういっても無駄かもしれないがね……。すでにあのリュージュは世界の全権を掌握していたに等しい。私もそうだが、世界のトップに根回しをしているはずだったからな。……まあ、それでもほんとうに全員がそうであるかというのははっきりと言いづらいが」

「ハイダルク王。それはすなわち……」

「ああ」

ハイダルク王は深く頷いたのち、ゆっくりと話し始めた。

「……我々はリュージュがどうしていくのか、知っていた。知っていてなお、それを止めることはできなかった。正確には、行動すべてがリュージュに監視されていた、とでもいえばいいだろうか……。リュージュはあちらから積極的に発言していくことは皆無だった。しかしながら、こちらがリュージュの行動に干渉するようなことがあれば、それは直ぐに排除される。それが、リュージュのやり方だった」

「リュージュはすべてを把握していた。そして、掌握していた……。つまり、私たちの足取りも……!」

「はっきりと、解っていただろう。けれど、それについて私たちは何の関与もしていない。……なんてことを言っても無駄だろうな。君たちに嘘を吐いてしまったことはほんとうに申し訳ないと思っている。嘘ではない。信じてくれ」

「……もうこれ以上話をしている時間はないと思います」

言ったのはメアリーだった。

そして、彼女の話は続けられた。

「今から私たちは予言の勇者……フルを助けに行かないといけません。ですから、急いで向かう必要があります」

「……どこへ向かうというのかね」

「目的地ははっきりとしているのでしょう」

言ったのは、ルーシーでもメアリーでもレイナでもなく、カーラだった。

「かつてオリジナルフォーズが神ガラムドの手によって封印された、絶海の孤島。名前はついていませんが、その島からすべてが始まった……。そうでしょう?」

「なぜ、そのことを……」

「リュージュがオリジナルフォーズを復活させようとしているならば、向かうところはそこになるでしょう。予言の勇者を欲する理由は解りませんが……、もしかしたら、オリジナルフォーズを目覚めるには予言の勇者の力が必要なのかも……」

メアリーたちを乗せた船は、決戦の地へと向かっていく。

その場所に何が待ち受けているのか――今の彼女たちは知る由もなかった。