第十三話前編

 

結論から言うと、僕たちがシュラス錬金術研究所からエノシアスタに戻るまで半日の時間を要することとなった。はっきり言って大して時間はかからないものだったのだが、案外竜馬車の疲労度がそれなりに高かったことが理由として挙げられたためだった。シュルツさんが厳しく否定したので、それについてはそうであると考えるしかない。

シュルツさんはベテランであり、竜馬車のプロだ。もちろん、本人はそんなことを気にも止めていなかったようだったけれど、僕たちにとってみれば唯一の専門家だった。それを考慮すれば、シュルツさんの意見を、ある意味鵜呑みにするしか手立ては無かった……ということになる。

それはそれとして。

シュルツさんはエノシアスタで僕たちを下ろしたあと、報酬の話をする暇もなく竜馬車のメインテナンスを行うためと言って小屋へと戻っていった。だからと言って僕たちもそこで報酬を踏み倒す気は毛頭無い。

よって僕たちはシュルツさんの小屋へと向かうのが当然であり望ましい結果だった。

「それにしてもシュルツさん……かなりあのドラゴンのことを思っているのだね」

そう言ったのは、レイナだった。

レイナはさらに話を続けた。

「竜馬車使いはドラゴンの心を理解することが出来る、とは聞いたことがある。シュルツさんもきっとそれに該当するのかな。恐らく、ではあるけれど。いずれにせよ、私にとってそれはあまり関係の無いことではあるけれど」

「特殊な技能を持っているとか、そういうことなのか?」

「たぶんおそらくきっと、そういうことになるのだろうね。別にそこまで珍しい話じゃないと思うよ。だって、竜馬車使い全員に言えることらしいからね。魔術でも錬金術でも召喚術でもない、第四の術ということになるね。魔術師は錬金術を使えないし、錬金術師は魔術を使えないけれど、竜馬車使いもまた、魔術や錬金術を使うことはできない。確かなんかの本にそんなことご書いてあった気がするよ」

こういう知識がすらすらと出てくるのは、メアリーの次に、意外にもレイナだったりする。レイナはもともと盗賊だったにもかかわらず、その生まれや育ちには決して比例しない(誠に申し訳ない発言ではあるのだが。なぜならこれは名誉毀損になるためだ)知識が蓄えられている。いったいどこの時間でそれほどの知識を蓄えることが出来たのだろうか? なんてことを思うときもあることにはあるが、しかしそれは極稀に過ぎない。非常にアブノーマルなケースに過ぎない。要するに滅多に発生することのない事象であり事実であり、しかしながら、それでいて真実だった。

話を戻そう。

僕たちはシュルツさんと別れて、とぼとぼと道を歩いていた。目的地はここに来て直ぐに確保した宿だ。決して安い宿ではないが、路銀自体はエノシアスタへの護衛の前金も含めて有り余るほどに持っているため、別にそれについては何の問題も無かった。

宿に到着し、階段を上る。二階の二部屋のうち、左はレイナだけの部屋、右は僕とルーシーの部屋になっている。とどのつまり、男女で部屋が分かれている状態になっている、ということだ。

分かれているのは確かだが、部屋の大きさはイコール。即ち体感的にはレイナだけの部屋の方が広く感じることだろう。シングルとかダブルとかあるわけだけれど、残念ながらここは異世界。僕の持っている常識が通用するはずもない。

ベッドに腰掛けた僕たちは、一先ず僕とルーシーの部屋に集まって、今後の会議をすることと相成った。

「とはいえ……これからどうするつもりだ? さっきまでは、手掛かりがあったからそこへ向かうことが出来た。しかし、今では? ヒントも何もない。その状況で世界を回っていくのは少々面倒なことだとは思うのだけれど」

ルーシーはそう言った。

しかしながら、手掛かりがないわけでも無かった。それはバルト・イルファが去り際に放ったあの言葉……。

「邪教の教会、だったかしら。あと寒い場所とも言っていたわね」

僕がそう思っていたところにレイナはそう付け足した。

僕は頷くと、話を続けた。

「レイナが言ったとおり、邪教の教会……それこそが今後の僕たちの旅にとっての、最大のヒントと言えるんじゃないか?」

「簡単に言うけれど……そもそも寒い場所かつ教会なんてたくさんあるんじゃないか? それこそスノーフォグは雪国だ。寒い場所なんていろんな場所にあると思うのだけれど」

「……いや、待てよ」

そこでルーシーは、レイナの言葉を遮った。

それを聞いて、レイナと僕はそれぞれ彼の方を向いた。

「ルーシー、何か知っていることでも? 何でも構わないぞ、今は有益か無益か解らなくても、何かピンと来たらそれについての情報をリストアップするしかない」

「……そう言われてしまうと、この情報が有益かどうか解らないけれど、スノーフォグには確か離島があったはずだよ。北側にあるはずだったから、その寒さも随一。常に雪が降り積もっているその島は秘境とも揶揄されている」

「その島の名前は?」

ルーシーには自信が無かったようだが、その情報はかなり有益なものだった。それをもとに調査を進めれば、或いは。

ルーシーは僕の言葉を聞いて、小さく溜息を吐くと、

「……フル。人の話は最後まで聞くように習わなかったのかい? まあ、べつにいいけれどさ、今は緊急時だからね。それと、その島の名前は確か……チャール島、って名前だったかな。召喚術の生みの親、マザー・フィアリスが暮らしていた島だ」

 

◇◇◇

 

とある場所にて。

「……シュラス錬金術研究所が崩壊した、と?」

「はい」

バルト・イルファは隣にいるリュージュに短く答えた。

リュージュは水晶玉を見つめつつ、さらに話を続ける。

「まあ、あそこは最近有意義な研究ができていなかった、と思ったところだったし、別に問題ないかな。……それにしても、全員死んだということでいいのかしら?」

「いえ、ドクターとフランツ、それに僅かな人間が生き残ったものと……。彼らは恐らくあの巣から逃げ出したものかと思われます。実際、誰もいないと思われますから」

「あの場所から研究施設を削ったら、そこに残されるのはメタモルフォーズの巣になるからね。あの場所に生身の人間が生き残る環境があるとは到底思えないわ。あなたのように『作られたメタモルフォーズ』ですら、生き残ることは困難だと言われているというのに」

その言葉にバルト・イルファは何も言い返さなかった。

リュージュはさらに話を続ける。

「……『彼女』は別の場所に連れて行ったでしょうね?」

「それくらい当然だ。邪教の教会、今はあそこに連れて行ったよ」

「ああ、あのチャール島の……」

こくり、とバルト・イルファは頷いた。

「何しろ、けっこう大変だったよ? ちょうど転移魔方陣に乗せたタイミングで彼らが襲撃してきてね。時間がなかったところに、さらに彼らがメタモルフォーズを召喚してしまったものだから、面倒に面倒が重なってしまって」

溜息を吐き、バルト・イルファは肩を竦める。

「それでも、私の考えている道を歩んでいることだけは変わらないわ」

ふふ、と笑みを浮かべてリュージュは立ち上がる。

リュージュはバルト・イルファのほうを向いた。

バルト・イルファには何の感情も抱くことの無い出来事ではあったが、リュージュは絶世の美女といっても何ら過言ではないほど、美しい存在だった。白磁のような肌をもち、黒い髪はきめ細やかだ。彼女が神話と呼ばれるような時代から生きていた、と言われていても信じる人間は殆ど居ないことだろう。

いや、それどころか。

祈祷師は不老不死ではない。確かに長寿ではあるのだが、人間とは明らかに遅いペースで老化が進んでいく。だから、通常数十年で進む老化も数百年単位で進んでいく。

しかし、そうであったとしても。

リュージュは明らかに老化しなかった。同じ祈祷師であったラドームが疑問に感じる程度だった。どうして何百年も生きていてまったく姿が変わらないのか? 何か魔力を使っているのではないか? という疑問がすぐに降りかかる。

しかしながら、魔力をそのために使うには相当の魔力を要する。そういうわけだから、それを何百年も使いまくることは、ほぼ不可能に近かった。

だが、リュージュはそれを成し遂げていた。

だからこそその疑問が解決できなかった。けれど、リュージュはその疑問を解決していた。

「……リュージュ様、お薬の時間です」

三人目の声が聞こえた。

気が付けばそこには白いワンピースを着た青髪の少女が立っていた。お盆を持っており、カプセルが二つとグラスに注がれた水が載せられている。

それを聞いたリュージュは踵を返すと、

「あら。もうそんな時間だったかしら? ありがとう、ロマ。あなたのおかげでそれを忘れずに済むのだから」

そう言ってロマと呼んだ少女のもとに近づくと、カプセルを飲み口に水を含んだ。

そしてそのままそのカプセルを体内に飲み込んでいった。

このやり取りはバルト・イルファがリュージュの側近のような立場になってから、いや、正確に言えばそれよりも前から続いていることだった。実際に何をしているのか彼には理解できないし教えてもくれなかったのだが、決して彼女が病気では無いということから、それが何らかの習慣の一つであることしか、彼自身も知らなかった。

「……バルト・イルファ。このやり取りが気になっているようね?」

急に。

ほんとうに急にバルト・イルファに話が振られて、彼は一瞬困惑した。

「……す、すいません。しかし、確かにその通りです。実は少し気になっておりまして……」

「何もそれを過ちだとする必要はない。簡単なことだよ。これは、オリジナルフォーズのエキス……正確に言えば肉体の一部だ」

簡単に。

呆気なく。

リュージュはそのカプセルの正体を言った。

「私の美貌を保つにも時間と金と労力がかかってしまうものでね。色んな方法を試したものだよ。しかしながら、それはどれもうまくいかなかった。最終的にこの方法にたどり着いただけ、ということ。それは、永遠の治癒力と無限の力を秘めるといわれているオリジナルフォーズの力を体内に取り込むということ。なにせ、肉体はほぼ無限に復活する。そして、これくらいならばいくら取ろうが誤差に過ぎない。これを摂取しだしてから、私の美貌にはさらに磨きがかかった。いや、それどころではない。それどころか、さらに若さが増したようにも思える。魔力も満ち満ちている。これぞ、オリジナルフォーズの力と言えるだろう。体内に知恵の木の実を保持しているともいわれているからね、オリジナルフォーズは」

リュージュはそう言って、飲み干したグラスをロマに渡す。ロマは頭を下げると、そのまま姿を消した。

リュージュは再び自席に戻ると、水晶玉を見つめ始める。

そして、彼女は言った。

「それじゃ、観測を再開しようか。あの己惚れた国軍大佐がどういう作戦を立てて私を倒そうとするのか、見てみようではないか? まあ、どうせ人間のすることだから低能なことなのだろうけれどね」

薄ら笑いを浮かべて、リュージュは水晶玉を触れる。

「……さあ、せいぜい私を楽しませてくれよ?」

それは、すべて何もかも知っているような、そんな笑顔にも見えた。

 

◇◇◇

 

その日の夜。

今日はとても疲れていたので、夕食を終えて簡単なミーティングを済ませたのち、それぞれの部屋に戻ってベッドに入っていった。

とっても疲れていた。正直ミーティングの後半は何をしていたかすら忘れてしまうほどだ。いや、それは訂正しておこう。もしルーシーがその事実を知ったら怒ることに違いない。

それはそれとして。

さあそろそろ眠りにつこうか、と考えていたちょうどそんなタイミングでのことだった。

音が聞こえた。

正確には、足音。それも複数の足音だった。

「……何だ?」

僕は起き上がる。そのタイミングでルーシーも身体を起こした。

「どうした、フル?」

「……何か、来る」

その瞬間だった。

僕たちの部屋の扉が強引に薙ぎ倒された。

「うわっ……!」

そして僕たちはその衝撃に、ほんの一瞬目を伏せてしまった。

「動くな!」

僕が目を開けたころには、もう僕たちは兵士に囲まれていた。

「……お前たち、いったい何者だ!」

「まあまあ、そう牙をむくな。簡単に終わらなくなるぞ?」

そう言って、兵士の向こうからやってきたのは、それよりも位が高いように見える男性だった。

「はじめまして、というべきかな。私の名前はアドハム。スノーフォグの国軍大佐を務めている。……まあ、このような行動をとった今、大佐というものはただの名前に過ぎないものになってしまったがね」

「国軍大佐……!」

ということは、今僕たちを取り囲んでいるのは……。

「国軍が、こんなことをしていいのか!?」

そう言ったのはルーシーだった。

そう。

僕たちの予想が正しければ、僕たちを取り囲んでいる兵士はスノーフォグの国軍だったということ。つまり、この行動はスノーフォグの国が理解している行動、ということだといえる。

「ああ、勘違いしないでもらいたい。スノーフォグの国軍に籍を置いているが、これは私独断の行動であるということだ。それに、この兵士も私独断の行動であることを理解している」

「……国を庇うつもりか?」

「若造が、知った風に話すな。……別にそのようなことではない。これは私の矜持の問題であるし、私自身の目的を果たすためだ」

「目的……だと?」

僕がそれについて、さらに話を進めようとしたちょうどその時だった。

背後に衝撃が走った。

そして、僕はそのまま倒れこむ。

そのまま、僕の意識は薄れていった――。

 

 

次に目を覚ました時、そこは牢屋だった。

石畳の床に直に寝かされていたか、とても身体が痛かった。

「……ここは? 僕はいったい、何を」

「解らねえよ。とにかく、ここからどうするか。それを何とかするしかない。生憎、全員が別々の牢屋に入れられることは無かった。そこは唯一のグッドポイントといえるのかな」

そう聞いて、僕は牢屋を見渡した。

するとルーシーのいった通り、すぐにレイナの姿を見つけることが出来た。

「……となると、どうやってここを脱出すればいいか。それが問題だな……」

やはり、根本的なそれが残る。

その問題を解決すれば脱出は容易かもしれないが、しかしそう簡単にできる話でもない。

しかしながら、今はどうにも出来ない。

そう思って僕たちは一先ずお互い考えることに徹するのだった。

 

◇◇◇

 

「予言の勇者一行が目覚めました」

「うむ。なら、適当なタイミングで食事を与えておけ。彼らに死んでもらっては困るからな」

「……しかし、大佐。大佐はどうして彼らを捕まえておく必要があるのでしょうか?」

「簡単なこと。予言の勇者が出てこなければ、世界の災厄を食い止めることはできないのだろう? だから、それを実行するまでだ。簡単なことであり、非常にシンプル」

「……大佐、あなたは世界を滅ぼそうと……?」

「世界を再生するための、その第一歩だ」

「…………」

「さて、これ以上話す必要はあったか? 取り敢えず時間的にそろそろ食事のタイミングなのだろう? だったら大急ぎで向かいたまえ。予言の勇者を殺しておくのは、非常に目覚めが悪い」

「了解いたしました」

そうして部下とアドハムの会話は終了した。

 

◇◇◇

 

「……アドハムの行動。いかがなさいますか?」

「簡単だ。もう少し見ているべきかと思っていたが……まあ、どうにかするしかないだろう。あいつは、少々世界を舐めていた。正確に言えば、私という存在をも、の話になるが」

「では、出撃と?」

「僕も出撃するということかな?」

「バルト・イルファ。まあ、問題ないでしょう。序でにロマも連れて行きなさい。そろそろ『調整』も終わった頃でしょう?」

「確かに、そうだね。まあ、ロマも外に行きたくて仕方なかったし、そろそろいい塩梅かも。了解、それじゃ連れていくことにするよ。もうすぐ出発するかい?」

「はっ。もう兵士の準備はできております」

「それじゃ、そこにイルファ兄妹も一緒にね。仲良く行動すること、いいわね」

そうして闇の中の三人の会話もまた、静かに終了した。