第十三話中編

 

次に僕たちが目を覚ました時、それは扉が開かれてそこから部下とみられる男が姿を見せたときだった。

「外に出ろ」

僕たちはその言葉に、ただ従うしか無かった。

廊下を歩き、僕たちは一つの部屋へと到着する。

「失礼します」

ドアをノックしたのち、部下とみられる男は中へ入っていった。

そして僕たちも背中に銃を突き付けられ、半ば強引に中に入っていった。

そこにはリクライニングチェアに腰かけていたアドハムの姿があった。

「お前は……!」

「君たちに、なぜここに呼んだかというと簡単なことだ。私の目的を少しでも知ってもらおうと思ってね。まあ、理解してもらおうなどとは思っていない。ただ知ってもらうだけの話だ。ハードルはたいして高いものではない」

そうして僕たちは立ったまま、アドハムの話を聞くこととなった。

「簡単に話を進めるために、前提条件というか、そういうものを話していくこととしよう。この世界に起きている問題を、君たちはどれくらい知っているかね?」

「問題、って……ええと、貧困とか?」

「貧困。確かにそれも多い。現にこの町ではそれがピックアップされていないが、この町以外では貧困に苦しむ子供が多いといわれている。現に一般人の月収の十分の一未満で生活をしている人が世界人口の二割を占めるともいわれ、これは増加傾向にある。これは由々しき事態だよ。本来ならば世界で考えていかねばならない問題のはずだ。だが、国のトップは何も考えちゃいない。ただ私腹を肥やしているだけ……いいや、違う。それ以上の問題を孕んでいる」

「何で貧困になるんだ……?」

「いい質問だな、予言の勇者。それはシンプルにこう捉えることが出来る。『肥沃な土地が不足している』からだ。この世界の七割は土地の養分が少ない。だから食べ物を生産するのも難しい。エノシアスタでは人工植物を作りカバーしていることはしているが……、まだ大量生産には至っていない。この言葉の意味が理解できるか? まだ、世界の人間を養うほどの食べ物は、我々でも作ることが難しいということだ。かつて肥沃だった土地は、偉大なる戦いのとき、すべて分割して宇宙に放たれてしまったのだから」

肥沃な土地が不足している。

だから、そこで食べ物を作ることができない。

そして、食べ物を作ることができないけれど、限られた人が食べ物を寡占している。

結果として、貧富の差が広がっていく。

まるで僕がいた世界とあまり変わらない。いや、それどころかほぼ同じだと思う。

アドハムの話は続く。

「この世界は、裏ではリュージュ……スノーフォグが操っている。一応国としては三つに分かれているのだが、裏を見ている人間からすればそんなものはうわべだけに過ぎない。重要そうなことにかんしてはすべて、リュージュを通して実行される。彼奴がこの世界の王と言っても何ら過言ではないだろう」

「リュージュが……この世界の王……?」

ならば今、この世界がこうなっているのはリュージュが原因ということになるのか?

「そういうことになるだろう」

アドハムは、まるで僕が考えていたことを理解していたかのように、頷いた。

ただし、と言ってアドハムは話をさらに続ける。

「リュージュはこの世界では賢王だ。人々に愛され、リュージュも民を愛している。だから、人々からみればリュージュが政治を執り行うことは別に珍しい話ではないし、むしろ素晴らしいことだと思う人間が多いことだろう」

「……けれど、世界の裏ではリュージュが糸を引いている、と?」

「そういうことだ。だが、リュージュは何もしようとしない。正確に言えば、軍事力にその力を割いている、といっても過言ではないだろう」

「?」

「彼奴もまた、この世界の状況については理解している。なぜなら彼奴は祈祷師だ。未来を予言することができる。未来がどうなっていくかを一番理解することができる。だから、どうすれば未来を変えることができるかを、理解できるわけだ」

「……つまり?」

どんどん状況がおかしくなっていくのが、僕にも理解できた。

「この世界を変えるためにどうすればいいのか……いろいろと考えたのだろうが、彼女もまた最悪の指針を選択した、ということになる。リュージュはスノーフォグを軍事大国にして、どうしようと思っているか、分かるかね?」

「いったい何を……」

「リュージュはレガドールとハイダルクを滅ぼし、この世界を真に統一しようと考えている。いいや、そんな甘い話だけではない。そこで人々を選び……最終的にこの世界でシミュレートして生きていける人間の数だけ残すようにする。選民主義の国が誕生する、ということになる」

「選民主義の国……だって?」

アドハムの言ったことは、どちらかといえばあまり現実的なものではなかった。

けれど、もしそれが本当だったとすれば、リュージュはあまりにもとんでもないことを仕出かすのだということは、僕たちにも簡単に理解できることだった。

「でも、……どうすればいいんだ? 相手は一国の主だぞ。それを食い止めるとしたって……」

「そのために、我々は行動している。逆のことをしてしまえばいい。リュージュを倒すことで、この世界が守られるのならば、その犠牲は少なく済む。いや、もっと言えば……」

「?」

アドハムが一瞬言葉を躊躇ったので、僕は首を傾げた。

そして数瞬の時を置いて、アドハムはその続きを話した。

「……スノーフォグの人間を滅ぼす。この科学技術を、この世界には有り余るほどの科学技術を生み出したエノシアスタを滅ぼす。そのために我々はここにいるのだよ、予言の勇者よ」

「エノシアスタを滅ぼす……だって? そんなこと、許されるとでも!? できるわけがないだろう! 人間を、人間が殺すなんて!」

「別に人間が人間を殺してはいけないという理由は無い。その意味が解るかね? そもそも、なぜ人間は人間を殺すな、と言っているのか。それは簡単だ。人々が混乱してしまうから。では、混乱しなければいいのではないか? 正確に言えば、混乱すること以上に人間の危機が訪れているとすれば……人間を殺すことも厭わない。そうは思わないか?」

「それは……言いがかりだ! 言い訳に過ぎない。そんなこと、ゆるされるはずが……!」

「まあ、いい。所詮、予言の勇者とはいえ、ただの子供だったということだ」

そう言ってアドハムは右手を挙げた。

同時に僕たちは兵士に身体を強く引っ張られる。

面会の時間は終了した――ということだろうか。

いや、でも、まだ終わっちゃいない。

まだ話し足りない。

まだ話していないことが、たくさんある。

「アドハム、まだ話すことが――」

「連れていけ」

アドハムはその一言しかいうことはなかった。

そして僕たちはそのまま、兵士に引きずられる形で部屋を後にするのだった。

 

◇◇◇

 

牢屋に戻って、僕たちは作戦会議をすることとなった。なぜそう簡単に堂々と出来るかというと、兵士はそう扉から近いところに立っているわけではないためだ。そうではあるが、それでも声は聞こえる可能性があるためトーンを落として、ということにはなるのだけれど。

「……これからどうする?」

ルーシーの問いに僕は首を傾げるしかなかった。

今僕たちがどこにいるのか。ここからどう脱出すればいいか。逃げることができたとしてもそのあとも追っ手を撒くことは出来るのか。問題は山積みだった。

「……とはいえ、だ。問題は山積みだとはいえ」

「ルーシー、何か言いたいようだね?」

「フル。お前は気にしていないのか、メアリーのことを。もう一週間近く……メアリーは敵につかまっているんだぞ。その間、彼女がどうなっているのか、俺達には一切解らない。それでも全然気にしていないというのか?」

「気にしていないわけがないだろう。でも、今はどうにかしてここから脱出しないといけない。メアリーのことよりも重大だ。そうじゃないか?」

「そうかもしれないが……。ほんとうにお前、そう思っているのか?」

「……というと?」

「というと、じゃないよ。何か最近のお前は……」

「ちょ、ちょっと待って! 今はそう争っている場合ではないでしょう? とにかく今は……」

それを聞いて、僕とルーシーはお互いレイナの顔を見つめた。

そして暫し考えて、僕たちは向かい合って頷く。

「……そうだな。レイナの言うとおりだ。ここで争っている場合じゃない。今はメアリーを探さないといけない。そしてそのためにはここを脱出する必要がある。そうだろう?」

「そうだ。そのためにもまずは三人が協力しないと……」

そう僕たちが団結した、その瞬間。

ゴゴンッ!! と地面が大きく揺れた。

「何だ!?」

牢屋にある唯一の窓から外を眺めようとして――ああ、そうだった。この窓は僕たちの伸長では到底届くことのない高さだった。肩車をすれば何とか届くかもしれないが……。

しかし、そんなことをする必要もなく、徐々に緊迫した空気が外から伝わってきた。

「何事だ!」

「はっ。メタモルフォーズが襲撃してきました! そしてその上には、バルト・イルファが居るものかと……」

「バルト・イルファだと!? ……まさか、リュージュめ。我々を本格的に捨てに来たというのか! というか、いつ作戦があちらに判明してしまった?!」

「……それは解らない。それよりも大佐が緊急招集をかけている。急いで部屋へ向かうぞ!」

そして、扉のすぐそばにいた兵士はどこかへ消えていった。

これはチャンスだ。これをうまく使えば脱出することができるはず。

「でも、どうやって?」

レイナからの質問。

そしてそれはルーシーも僕も、思っていることだった。

どうやってここから出るか。その答えが出ていないのに、出ることが簡単に可能になるわけがない。

しかし、動きは以外にも外からあった。

ガチャリ、と扉が開く音がしたからだ。

「……誰だ?」

僕たちは咄嗟に戦闘態勢を取り、その人間が出てくるのを待った。

数瞬の時を置いて、入り口から誰かが入ってきた。

「……いやあ、君たちが居なくなったときは驚いたよ。報酬踏み倒されるかと思った。だが、怪しい人間に捕まった、と聞いてね。これは居ても立っても居られなくなってしまった、というわけだよ。……それにしても、今は外も煩くなってしまっている。何が起きているか、説明しようか?」

そう言って入ってきたのは、シュルツさんだった。

シュルツさんは見た感じ武器を持っていないようだったが、どうやってここまで来たのだろうか――?

そんな疑問を思わず考えてしまうけれど、それはいったん置いたほうがいいだろう。

「説明は……ある程度は把握しています。メタモルフォーズがここに襲撃してきているのでしょう?」

「ああ、その通りだ。だが、どうやらそれがもともと敵と同じ勢力だったようでね……。仲間割れをしているようなんだ。だから、逃げるなら今のうちだ」

成る程。

確かにここで時間を潰している場合じゃない。

そう思った僕たちは互いに頷くと、そのまま牢屋を後にするのだった。

 

◇◇◇

 

そして。

バルト・イルファは空を眺めていた。彼自身空を飛ぶことが出来ないため、翼が生えているメタモルフォーズの背中に乗っている形になるのだが。

そこに見えたのは、エノシアスタの中心部にある要塞のような建物だった。そこはかつてスノーフォグ国軍の所有物だったが、国の財政悪化に伴い民営団体に売却。しかしながらその広大な敷地のうち、塔のような建物になっている部分は老朽化が進み、結果として改修する資金もなくそのまま廃墟のような形で残されていた。

「それがまさか、テロリストの本拠地になるとはね……」

「お兄様、これからいったいどうなさるおつもりですか?」

そう言ったのは、バルト・イルファにしっかりしがみついて離れない、白いワンピースの少女だった。髪はパステルブルー、背中まで届く艶やかで長いものであった。

バルト・イルファは彼女の言葉を聞いて、彼女のほうに目線を向けた。

「そうだね……。リュージュ様から言われた言葉の通り実行するならば、メタモルフォーズの侵攻と偽ってこの町もろとも灰燼に帰す、かな」

「それでは、この町を壊す、ということなのですね? なんと恐ろしい……」

そう言って彼女は目を細める。

しかし、バルト・イルファは表情を変えることなく、そのまま彼女に語り掛けた。

「何を言っているんだい、ロマ。そんなこと一回も思ったことが無いくせに」

それを聞いて、彼女――ロマは表情をもとに戻し、さらに笑みを浮かべた。

「さすがはお兄様。私のことを解っていましたのね?」

「そりゃあ、ロマは僕の妹だ。それくらい造作でもない」

「きゃーっ! さすがはお兄様!」

そう言ってロマはさらにバルト・イルファへと抱き着いていく。

バルト・イルファはそれについて気にすることなく、再び空を見上げた。

そしてぽつりと、一言呟いた。

「――時は、満ちた」

 

◇◇◇

 

対して、建物内のアドハムは冷や汗をかいていた。

「メタモルフォーズがこのタイミングで大量にやってくる……。それはつまり、我々のことをこの町もろとも殲滅するという算段なのだろう。リュージュらしいといえばらしいが」

「大佐! どうなさいますか!」

「我々はすぐにでも戦う準備は出来ております。大佐、ご決断を!」

アドハムの前には、すでに武器を装備している兵士たちが立っていた。

見る限り、アドハムの命令さえあればいつにでも戦う態勢を整えることは可能ということだった。

しかし、アドハムは長考していた。

いかにしてあのメタモルフォーズを捌き切ることが出来るのか、ということについて。

いや、正確に言えばメタモルフォーズだけならば人間の手のみで倒すことは可能だった。

しかし問題は一緒に来ているであろうイルファ兄妹だった。

バルト・イルファについては言わずもがな、問題は妹であるロマ・イルファ。

名前についてはそれしか知らない。アドハムほどの地位があっても、彼女の力については一切知らないのだ。

理由としては、『調整中だったから』の一言で解決してしまうらしいのだが、しかしそれがずっと続いていたため、彼女が戦力として数えられることは殆ど無かった。

だからこそ、アドハムにとってそこがネックだった。

もしバルト・イルファ以上の戦力となっているのだったら?

以上ではなかったとしても、それに比肩する戦力だったら?

メタモルフォーズ戦で疲弊したのちのイルファ兄妹との戦闘のことを考えると、そう簡単に出撃を命令することが出来なかった。

しかし、そう彼が考える間にも、メタモルフォーズの攻撃はこの拠点に向けられている。

つまりもう、手詰まりだった。

バッドエンド。

チェックメイト。

あるいは王手。

どう解釈を変えたとしても、その結論が変わることは無い。

「……だからといって、逃げるわけにはいかない、か」

仮にここで撤退したとしても。

リュージュがそれを許してくれるとは到底思えなかった。

だから、彼は。

漸く決意する。

立ち上がり、彼は兵士に告げた。

「……諸君。我々は今、窮地に立たされている。外を見てもらえれば解るように、空のバケモノが我々の城を破壊しようとしているのだ。だが、だからといって、それを許すわけにはいかない。あの空のバケモノに我々の城を破壊されるわけにはいかない。彼らに彼らの矜持があるというのなら、我々にも我々の矜持がある、ということだ。そして、それがどういう意味を為すか? この戦いは、我々の矜持と彼らの矜持、そのぶつかり合いだ。どちらが強くて、どちらが弱いか。それを簡単に決めることが出来る」

そこで。

一旦言葉を区切り、全員を見遣った。

再び、話を続ける。

「かつて人間は二千年以上も昔からあのバケモノに悩まされ続けてきた。しかしながら、それよりも昔は人間だけの楽園だった。なぜだ? 人間のほうがずっと昔から住み続けてきた。にもかかわらず人間はなぜあのバケモノに虐げられなくてはならない? 圧倒的な力を持っているからか? 圧倒的な肉体を持っているからか?」

首を横に振り、アドハムは目を見開いた。

「いいや、違う。あの肉体に畏怖を抱いているからだ。明らかに『異形』としか言いようがないあの身体。あれを見るだけで悍ましいと思う気持ちがあるからだ。そうして人々は逃げるしかなかった。倒せる手段は充分に存在するのに!」

剣を抜き、それを高く掲げる。

自然、兵士の目線も上に上がる。

「諸君、この戦いに勝つぞ。そして、我々が、この世界のトップに立っているのだということを、もう一度あのバケモノに思い知らせてやるのだ!」

それを聞いた兵士も雄叫びを上げ、アドハムの言葉に同意した。

そうして、一つの小さな戦争が、幕を開けた。

 

◇◇◇

 

しかしながら。

メタモルフォーズと人間との戦い、その結果は火を見るよりも明らかだった。

メタモルフォーズは一体で人間何人分の戦力になるのか、単純に比較対象になるわけではないが、それがむしろ今回の戦いにおいて人間たちの油断に繋がった。

「……人間というのは、斯くも弱い生き物なのですね。お兄様」

ロマが廊下を歩きながら、隣に居るバルト・イルファに言った。

バルト・イルファは首を傾げながら、ロマの言葉に答える。

「うん? そんなこと、漸く気付いたのかい、ロマは。まあ人間はいつまで経っても愚かな生物だよ。そう、いつまで経っても……ね」

バルト・イルファはどこか遠い目つきでそう言った。

それを見ていたロマは違和感を覚えて首を傾げるが、それをバルト・イルファに訊ねることは出来なかった。