第十七話後編

 

メアリーはそのことを言って、自分を突き放すかもしれないと思った。いや、もっと考えれば見捨てる可能性すら考えられたのだ。

しかし、メアリーの発言を聞いたところで、ルーシーはきょとんとした表情で、

「だから、どうしたの?」

と言ってきた。

その言葉は予想できなかったメアリーも目を丸くして訊ねる。

「え……、いや……だから、私の母親は、世界を滅ぼそうとしている、あのリュージュなの」

「うん。だからさ、それがどうしたの。メアリーの母親がリュージュだから、僕たちの付き合い方が変わると思っていたのかい。そんなこと、無いよ。なあ、フル?」

「ああ、そうだ」

ルーシーの問いかけを聞いて、フルは大きく頷いた。

そしてフルに話者がバトンタッチする。

「たとえ、そうであったとしてもこれからもメアリーは僕たちの大切な仲間だよ。だって、リュージュは悪い存在かもしれないけれど、それがイコール、娘であるメアリーも悪い存在であるとは証明できないだろ。だったら、それでいいんだよ。メアリーはメアリー。リュージュはリュージュだ。それ以上でもそれ以下でもない」

それを聞いたメアリーは、ほんとうに驚きを隠せなかった。

自分を突き放すかもしれない。

自分を見下すかもしれない。

そんなマイナスな感情ばかり想像していたからだ。

しかし、フルとルーシーは違った。たとえメアリーとリュージュが親子関係にあったとしてもそんなことは関係ない。そう言ってくれて心がほんとうに軽くなった。そしてそれはとても嬉しかった。

「ありがとう、ありがとう……」

いつしかメアリーは大粒の涙を流していた。

そして、それを慰めるように、フルは彼女の肩をぽんぽんと叩くのだった。

 

◇◇◇

 

知恵の木があった場所を離れると、気が付けばその入り口はどこかに消えてしまっていた。幻だったのかな、と頬を抓ってみたが痛くない。それに全員がその記憶を保持しているところを見るとどうやら幻や夢の類ではないようだった。

そして、通路の向こうには、壁一面が銀色に輝く光景が広がっていた。

「もしかして……これがライトス銀……?」

そこに広がっていたものこそ、ライトス銀だった。

坑道の外に出るとルズナが待ち構えていた。

「遅いよ、いったい何があったんだい。夕方というか、もう夜になってしまっているし……」

確かに、空はもう暗くなりつつあった。それを見ると、どうやら一日中入っていたようで、それならルズナが心配する気持ちも解るのかもしれない。

ルズナの言葉にメアリーが胸を張ってカバンの中身を見せる。

「遅くなった理由は……これよ!」

そこに入っていたのは、大量のライトス銀のインゴット。それにしてもこんなにたくさん入っているにも関わらず、あまり重くないのはライトス銀の特徴なのだろうか? だから、銀を使っても浮くことが出来るのかもしれないけれど。

それを見せたところ、ルズナは目を丸くして驚いていた。

「ちょ……ちょっとこれ、どういうことだい!? ライトス銀のインゴットが、こんなにたくさん……。まさかあの石を破壊して、通路の向こうへと行けた、ということか?」

正確には破壊したというよりも封印を解除した、と言ったほうが正しいのかもしれないが、それを細かく言う必要も無いだろう。そう思って、僕は適当に流すこととした。

 

◇◇◇

 

結局その日は食事をしたのち、そのまま眠ってしまった。疲れがどっと出たということもあるけれど、メアリーが疲れてしまって食事を終えてすぐ部屋に入って眠ってしまった、という点が大きい。別に夜更かしをする必要も無いので、そのまま眠ってしまった、ということだ。最初は眠れなかったが、いざベッドに入ると簡単に眠りにつくことが出来る。ほんとうに、人間の身体の仕組みというのは面白いものだと思う。

それはそれとして、朝起きて、風呂に入って、食事をしていたちょうどその時、ルズナが僕に声をかけてきた。

「やあ、昨日はお疲れ様。……ついに完成したよ、国王陛下には報告済みだ。急いで外に来てくれないか?」

そう言って、ルズナはあっという間に退散してしまった。

いったい何があったのだろうか? と思ったけれど、取り敢えず彼の言葉に従うしかない。そう思った僕たちはそのまま外に出るのだった。

外に出ると、船が僕たちを出迎えた。

「……何、これ?」

メアリーが予想外の物体に目を丸くして、船の躯体に触れる。

「やあ、よく来てくれたね。ついに完成したんだよ、君たちがライトス銀のインゴットを大量に手に入れてくれたおかげでね、飛空艇第一号が完成したんだ!」

ルズナは右手を船に向ける。

そこにあったのは船だった。しかし、そう言われてみるといろいろなところが違っているように見えた。

まず、その船には翼があった。木製の翼であり、骨の部分など至る所に補強という形だろうか、ライトス銀が使われている。そして船の甲板へと延びる長い階段があった。

「……これは?」

「ここが入口だよ。残念ながら、船は高い位置にあるからね……。こうやらないとやっていけない、というか。まあ、ここは改善点かもしれない。今後の改善に用いることにするよ。そうそう、中に入ってくれ。いろいろと説明しないといけないことがあるんだよ!」

そう言ってルズナはうきうきとした様子で階段を昇って行った。

「あのルズナって科学者、ほんとうにモノづくりが好きなんだな」

ルーシーが僕にそう耳打ちする。それを聞いて僕も若干呆れ顔で頷くのだった。

 

 

ルズナに案内されたその先にあったのは、エンジンルームと呼ばれる場所だった。名前の通り、この船の心臓があるとルズナは言っていたが、それは普通の心臓とはまったく違うものだった。

「……これは?」

ドクン、ドクン……。

まるで人間の心臓のように、脈打つ音が聞こえていた。

そこにあったのは銀色の器だった。器の中身は何があるのかは解らない。しかし、その脈打つ音はとても生きているものの音にしか聞こえないし、その音は器の中から聞こえてくる――話をしただけではおかしいものだと思われてしまうだろうが、まさにその通りだった。

「……これは魔導エンジンだ。このエンジンは面白いものでね、エネルギーさえ注入してやれば暫く自分でエネルギーを変換してこの船のためのエネルギーとして船の中に満たすことが出来る。もちろん、満たすというよりも循環させると言ったほうが正しいのかもしれないが。……いずれにせよ、このエンジンはどこにもない、オンリーワンなエンジンだよ。これを量産することははっきり言って難しいだろうからね」

「このエンジン……いったいどうやって?」

メアリーの質問に、ルズナは唇に人差し指を添えた。

「それは秘密だ。それを言ってしまったら、世界中がこのエンジンを真似してしまうだろう?」

「……成る程。けれど、それを僕たちに与えてしまっていいのか?」

「技術を与えなければどうということは無い。それに、僕は金儲けをするつもりなんて無いからね」

そう言ってルズナは手を振った。

まるであとは任せた、と言わんばかりに。

「あ、あの……どこに?」

「どこに、って……。簡単なことだよ。もうこの船は君たちのものだ。そのための手続きをしなくてはいけない。それに、君たちも荷物を取ってきたほうがいいと思うぞ」

そう言ってルズナは姿を消した。

一先ず彼の言うことには従ったほうがいいかもしれない。そう思って、僕たちもルズナの後を追うのだった。

 

◇◇◇

 

そして、旅立ちの時。

荷物もたくさん詰め込んだ。食べ物は国王陛下が大量に用意してくれたおかげで何とかなった。これほどあればどんなところに旅をしても余裕で間に合うことだろう。

「……まさか、空を飛ぶ船に乗ることが出来るとは思わなかったなあ」

ルーシーは甲板から外を見つめながら、言った。

それは僕だってそうだった。僕はずっとこの世界の科学技術がそれ程進歩していないと思っていた。だのに突然ガツンとボディーブローを食らった気分だ。

「それにしても、空を飛ぶといろいろと見えてくるものじゃないかしら。だって、ほら」

そう言って、メアリーはすっと指さした。

遠い方向には、煙が見える。

「……もしかして、あの方向は」

こくり。メアリーは小さく頷いた。

「ええ、あの先にあるのは……ハイダルクよ。リュージュ、もしかしたら最終決戦の地にあの場所を選んだのかもしれないわね……」

メアリーはそう言っていたが、きっと感情としては複雑なものだったのだろう。

「……みなさん、さようなら」

「おじさん、ありがとう!」

「おじさんじゃねえよ! 俺はタンダ・エーミッドって名前があるんだ!」

そう言われたけれど、僕たちはただ笑みを浮かべるだけだった。

そうして僕たちは――次の目的地であるハイダルクへと向かうため、飛空艇を動かし始めた。

 

◇◇◇

 

リュージュは笑みを浮かべていた。

「計画は第三フェーズへ進んだ」

独り言をぽつりと呟く。

しかしその独り言は、背後に立っていたバルト・イルファが回収した。

「あとはオリジナルフォーズが目覚めるだけ……ですか」

「ああ、そうね。けれど、まだそれだけでは足りないかもしれない。まだ、私にはやるべきことが残っている」

「やるべきこと、ですか」

「そのためにはあることが必要よ。……しかしそれが失敗してしまったら、大変なことになってしまうかもしれない。けれど、私の目的を果たすためにも、予言の勇者には頑張ってもらわないとね……」

そうして、リュージュは空を見つめる。

月は、二つ。

輝いていた二つの月は、少しだけこの星に近づいているようにも見えるのだった。