第十一話

 

大陸から東に位置する一つの島。

その島は名前もないただの島として知られている。周囲を岩山で囲まれており、島に上陸するためには唯一の港を使う必要があるのだが、その港自体はシュラス錬金術研究所が管理しているため、一般人が使用することは許されない。

その港から岩山の内部へと続く唯一の道を二人の少年少女が歩いていた。

「この島に来ることは初めてかい?」

炎のような赤い髪の青年――バルト・イルファは言った。

隣に歩いているのは、制服に身を包んだ少女だった。

目つきが鋭く、どこか他人を寄せ付けない何かがある。どこか男のような顔立ちにも見えるが、彼女は紛れもなく、少女であった。

「……そうね。この島に来るのは初めてかしら。場所と名前くらいは知っていたけれど、それにしてもどうしてわざわざ私を連れてきたのかしら?」

「それは簡単だ。君もきっとリュージュ様に認められた、ということなのだろう。まあ、それがどこまでほんとうであるかは定かではないがね」

「相変わらず、あなたは回りくどい言い回しが好きなのね、バルト・イルファ」

「そうかな? まあ、でもそうかもしれないね……。それは妹にもよく言われるよ」

「ロマちゃんは繊細だからねえ。私によく言ってくるよ、お兄様はいつも言葉が長くて実際の結論に比べると何倍も違ってしまうのです、と」

後半、少女は少し声色を変えて言った。その『ロマ』という少女に合わせて話したのだろう。

「……頼むから、そのロマの真似は止めてくれないか? 正直、君があまりにも似過ぎていて逆に恐ろしい。襲いたくなりそうだ」

「やめてほしいわよ、別にあんたに襲ってもらいたくてこんな真似をしたわけじゃないのだから。冗談よ、冗談。……まったく、どうしてそういうことが理解できないのかしらね? いつ嫌われてもおかしくないわよ? そのシスコンっぷりは」

「シスコンではなくて、彼女のことをずっと想っている、と言ってほしいものだね」

バルト・イルファはそう言って少し早歩きをした。

「それが強すぎるからシスコンと思われるのでしょうが……。まあ、それはどうでもいいか。本人同士が解決することではあるし。けれど、見ていてこそばゆいのよね、あなたたちのやり取り」

「そりゃ、僕たちは長い間同じ場所で育ってきたからね」

バルト・イルファは踵を返し、少女に向き直る。

少女はそれを聞いて溜息を吐き、

「『十三人の忌み子』、かしら」

「そうだ。あれはとても素晴らしいものだと記憶しているよ。メタモルフォーズは人間の進化の可能性、と言われていて、確かに僕たちも現に人間とは違う新たな可能性を見出すことが出来た。ただ、それはまだ不完全だ。もっと頑張らなくてはならない」

「オリジナルフォーズの力を体内に補充しているうちでは、まだ不可能だということね?」

こくり、とバルト・イルファは頷く。

「その通り。オリジナルフォーズの力を、今僕たちメタモルフォーズは加護の一種として体内に補充している。しかしながら、それも無限ではない。いつかは回復するために、その力を補充する必要がある。そして、それがある場所が――」

歩き始めた先には、クレーターが広がっていた。

否、正確に言えばそこはクレーターではない。クレーターは隕石の衝突跡などと言ったものだが、それは隕石などが衝突したことによりできたものではない。

本来ならばその下にはマグマがぐつぐつと煮えたぎっている場所。

即ちそこは火口だった。この島は休火山となっているため、それほど活発な火山活動が行われているわけではなく、学者の予想によれば数千年は火山活動が活発になることは無い、と言われているほどだった。

そして、その休火山の火口にはマグマの代わりに、あるものが眠りについていた。

「これがオリジナルフォーズ……」

少女はその姿を見て圧巻させられた。その火口に眠りについていたのは、大きな獣だった。巨体、と言ってもいいその獣は地面に半分埋まっている形になっていた。そしてその脇には黄金の葉を持つ大樹が生えている。

「あれが、知恵の木、だったかしら。知恵の木の実が生るという唯一の木」

「正確には僕たちの拠点、その地下にもこれの若芽から得られたものがあるから、二つだけれどね。まあ、天然ものの知恵の木、というものであればここにあるのが唯一と言えるだろう」

「それで?」

少女はバルト・イルファを見つめて、笑みを浮かべる。

「それで……とは? いったい何が言いたいのかな、クラリス?」

少女――クラリスの笑みを見て、首を傾げるバルト・イルファ。

「だから、言っているじゃない。あなたが何をしたいのか、何をするためにここにやってきたのか。それを聞きたいのよ、私は」

「簡単だよ。オリジナルフォーズを復活させる」

簡単に述べられた言葉だったが、それはそう簡単に実現できるものではないことを、クラリスも理解していた。

だからこそ、バルト・イルファもそれを理解していた。簡単に出来る話ではないから、それでもバルト・イルファはこの地にやってきた。

それは命じられたから?

いや、違う。

自分の意志でここに来た。

自分で、目的があって、ここにやってきた。

バルト・イルファは頷くと、クラリスに一歩近づいた。

「オリジナルフォーズを復活させる……ですって? それは、あのお方の命令かしら」

「いいや、違うよ。これは僕が自らで考えたことだ。考えた結果の結論だ」

それを聞いて鼻で笑うクラリス。

「あのお方がなんと言うかしら」

「もしかしたら殺されるかもしれないな。いや、あるいは復活させたことをほめてくれるかもしれない。いずれにせよ、あのお方の目的にはオリジナルフォーズの復活も含められているはずだからな」

バルト・イルファはそう言って、オリジナルフォーズを見つめた。

オリジナルフォーズは今もなお目を瞑っている。それだけを見れば、ただ自分の根城で眠っているようにしか見えない。

いや、実際に眠っているだけだった。オリジナルフォーズはただ眠っているだけに過ぎない。けれど、そうであったとしても、実際には薄膜におおわれており、その傍まで近づくことは出来ない。

「……その障壁が、ガラムドの作り上げたものなのだろう?」

こくり、とバルト・イルファは頷く。

「なんだ、研究しているじゃないか、クラリス」

「そりゃ一応念のため、ね。私だって何も知らないでずっとあなたと共に行動しているわけではないから。……それにしても、そう簡単に出来る話ではないでしょう?」

踵を返し、クラリスはバルト・イルファに問いかける。

その目線は氷のように冷たく、バルト・イルファの心を見透かそうとしているようにも見える。

それを見たバルト・イルファは、一笑に付し、

「……やはり、君には何も嘘を吐くことは出来ない。……いや、正確に言えば嘘を吐いているわけでもないのだが、それに近しいものだと思っても過言ではないだろう」

「やはり、何か裏があるのね」

バルト・イルファは一歩近づき、彼女の顎に手を添える。

そしてくい、と顔を上げさせる。強制的にバルト・イルファとクラリスの目線が一致した状態になり、彼は言う。

「どうせ、君が得た情報は筒抜けになるのだろう? だったら、別に伝える必要も無かろう。僕は裏表なんて何も持ち合わせてはいない。すべてはあのお方のため、だ」

「ふうん……。だったらどうしてこのようなわざとらしいことをするのかしら」

「これは忠告だよ、クラリス」

バルト・イルファはクラリスの言葉を遮って、強い口調で告げた。

そして彼女を睨みつけたまま、話を続ける。

「君がどう思っているかは知らないが、これまでも、そしてこれからも、僕は僕のやり方でやらせてもらう。これはあのお方にも了承を得ている。だから君が不審に感じていたとしても、それを止めることは許されない。理解できるだろう? つまり、僕の行動は、あのお方の考えと直結するということを」

「……解ったわ。私も少し言い過ぎた。だから、この態勢を止めてもらえないかしら? 別にあなたのことを疑っているわけではないのよ。それだけは理解してもらいたいことね」

それを聞いたバルト・イルファは彼女の意見を受け入れて、彼女の顎から手を放す。

そそくさと移動して、様子を見るクラリス。

バルト・イルファはそれを見て、ばつの悪そうな表情を浮かべて小さく舌打ちした。

「……ところで、オリジナルフォーズはほんとうに復活できそうなのかしら?」

「どういうことだ?」

「噂によれば、ガラムドの張った結界を破壊するにはある魔法が必要であると聞いたことがあるのだけれど。しかもその魔法はあまりにも強力過ぎて封印されているとか」

「ああ、その通りだ。しかし……一つだけ間違いがある」

人差し指を立てて、バルト・イルファは言った。

その言葉に対し首を傾げるクラリス。

「間違い……だと?」

「つまり、君の理解している『噂』には間違いがある、ということだ。別に君が間違って理解しているとは考えていない。つまり、噂にも間違ったものが流布していることがある。伝言ゲームみたいなものだ。伝言を続けていくうちに、人の記憶はそう完全なものではないから……どこか抜け落ちたり、変わってしまったりすることもある。クラリス、君の聞いた噂話は、そういう『変わってしまった』ところがあるのだ、ということだよ」

「だから、その変わってしまったところはどこだ、と聞いている」

「魔法は封印されている。ここまでは正しい事実だ。……しかし、事実としてはここからが違うことになる。その魔法はとある魔導書として封印されている。魔導書は知っているだろう?」

「あの旧世代的魔法の教科書のことか?」

こくり、と頷くバルト・イルファ。

「ああ、そうだ。あの魔導書だよ。まあ、魔導書については殆ど残されていない。確かに君の言った通り、もう古い文献に成り下がっている。けれど、昔にあるから『古い』という考えは、少々お門違いになり果てている……ということだ」

「封印されたから……古いものに、結果としてなっている、ということか……」

「ご名答。そうしてその魔導書はガラムド本人の手によって封印されたらしい。だから、どこにあるのかは誰にもわからないのだというよ」

「……ならば、それこそ手詰まりではないのか?」

その言葉に笑みを浮かべるバルト・イルファ。

もうその流れに呆れてしまったのか、小さく溜息を吐いてオリジナルフォーズの眠る火口を見つめるクラリス。

そうしてクラリスは火口からオリジナルフォーズを見つめた。

「……手詰まりだとすれば、やはり我々にはどうしようもないのではないか? その魔導書が見つかるのならばまた話は別だと思うが」

「見つかるよ、魔導書は」

それを聞いてクラリスは踵を返す。

「あてがあるのか? その魔導書がある場所が」

「無いわけではないけれど、きっと僕たちが行っても無駄だろうね。正確に言えば、予言の勇者サマじゃないと無理かもしれない」

「ガラムドが、このような事態を予測していて、勇者の手に渡るようにしていた……と?」

「可能性は充分に有り得る」

「面倒なことをして……!」

「面倒なこと、というのは仕方ないことだ。物事が簡単にすべて上手くいってしまったら意味がないだろう? だからこそ、それこそ楽しいんだよ。障害があればあるほど、燃える! それが男というものだ」

はあ、と深い溜息を吐いてクラリスはバルト・イルファを指さした。

「あなたはそう思っているかもしれないけれど、私は女ですから。あと、あなたが思っている以上に私だって強いのですよ?」

それを聞いて頭を掻くバルト・イルファ。

どうやらいつもこのようなやり取りをしているようだった。

バルト・イルファは少し頭をリフレッシュさせたのか、オリジナルフォーズを見つめたまま舌打ちをする。

「……このままだと何も解決策が浮かばない。だったら、もうここには用がない。きっと彼らが魔導書を回収してくれると思うのだが」

「彼ら、って……予言の勇者のこと?」

「それ以外に誰が居るというのだ。予言の勇者は、きっと、いや、確実に魔導書を手に入れるはずだ。そこからどうやってあの魔法を使わせるか……それが問題だ」

「詳しいねえ、バルト・イルファ。まるで、これから起きる出来事をすべて理解しているようだ」

確かに。

バルト・イルファの発言を先ほどから聞いているだけだと、すべてこれからのことを理解しているようにしか聞こえない。つまり、的を射た発言ばかりだということになる。

しかし、未来を予言することなど『祈祷師』以外に出来ることではない。

祈祷師の素質があるのは、この世界ではガラムドの血筋を持つ人間だけとなっている。そして、その血筋を持つ人間は厳正に管理されていて、バルト・イルファのような管理から零れた存在が出てくることは有り得ない。それこそ、祈祷師の中でも上位に立つ人間が故意にそのような行動をしなければ、の話になるが。

問題として提起すべき議題でないことはクラリスも重々理解しているのだが、しかし彼女の中でバルト・イルファの発言はどこか引っ掛かるものが多かった。

とはいえ、バルト・イルファの発言の真偽を確かめる術など無い。可能性だけを考慮するならば祈祷師に直接話を聞くことが残されているが、そもそも彼女の地位では祈祷師と謁見することは不可能に近い。それに対して、祈祷師に気に入られているバルト・イルファのほうが出会いやすい。

「……まあ、それについては一旦おいておきましょう。あなたの発言がほんとうであるか、それともただの出任せなのか、は」

「自己完結かい? 君らしくないなあ。まあ、僕の発言の真偽を確かめる術が見当たらなかったから、仕方なく受け入れた……というオチだろうけれど。どちらにせよ、僕の発言は本当だよ。僕が保証する。これは確証をもって行動しているのだから」

そうしてバルト・イルファは歩き始める。

クラリスもまた、ここでやることなど無いと結論付け、バルト・イルファの後を追った。

 

◇◇◇

 

「……ねえ、フル」

場所は変わり、バイタスの港に仮設された宿泊所にて。

フルの隣で眠っているルーシーは、彼に問いかけた。それは彼がまだ眠りについていないからだという予測と、周りの人間がすべて眠っているから二人きりで話をするなら今の内だと思ったからだ。

フルは背中を向けたまま、何も答えない。

もしかして眠ってしまったのかな――ルーシーはそう思って、布団に深く潜る。

「ごめんね、フル。もし眠っていたのならば、申し訳ない。これは僕のただの独り言だからさ。つまらなかったら聞いてもらわなくて構わない。けれど、これからのことに重要だと思うんだ。もし、起きているならば、話だけでも聞いてもらいたい」

そう長ったらしい前口上を終えて、ルーシーは話を続けた。

「メアリーはどうして攫われてしまったのだろうか? 僕はずっと気になっていたんだ。そうして、僕はずっと考えていた。どうしてメアリーが攫われないといけないのか。普通に考えてみると、予言の勇者と言われているフル、君が狙われるべきだろう? 戦力を削ぐという可能性もあったかもしれない。メアリーを攫うことでフルの動揺を狙ったため? ……いいや、どれもちょっと詰まるところがある。要するに、それが確たる理由ではないと思うんだ」

フルは起きていた。

そしてルーシーの話を聞いていた。

だからこそ、ルーシーの言葉から、彼なりの構想を考え直すことが出来た。確かにルーシーの言う通り、メアリーが狙われた理由がいまいちわからなかったのだ。

そうして、ルーシーは言葉を投げかける。

「フル。覚えているかい? ――メアリーは祈祷師の子供だ」

それを聞いて、彼は思い出す。

ラドーム学院での夜。彼女から語られた、フルを助けているその理由。その中で彼女はそう言っていた。自分は祈祷師の子供である、と。

「何で僕がそれを知っているのか、ってことに繋がるかもしれないけれど――実はあの時、僕も少しだけ聞こえていたんだ。だから、知っている。そして、メアリーが祈祷師の子供であるということを、あのバルト・イルファも知っていたならば――」

メアリーを攫ったことに、一応の理由として説明がつく。

フルはそう思って、心の中で頷いた。

ルーシーは大きく欠伸をして、さらに布団に潜っていく。

「……まあ、それがどこまで本当かは解らないけれどね。いずれにせよ、あのバルト・イルファがどこへ向かったかは定かではない。……けれど、僕たちは前に進まないといけない。それは君が予言の勇者だから。そして世界に危機が徐々に迫ってきている、その予兆があるから。……まあ、明日メアリーが泊まっていた部屋を見てみないと何も言えないけれどね」

おやすみ、フル。

そう彼は言って、以降ルーシーは何も言わなくなった。

フルもルーシーの言葉に従って、深い眠りへ落ちていった。