第六話前編

 

海に打ち上げられて、少し休憩したのち、僕たちは探索を開始した。

まずはここがどこであるか、ということについて。

「……駄目ね。地図を見ても、ここがどこだか見当もつかない。かといって歩いていては不味いことになりそうね。有耶無耶に歩いても解決するとは到底思えない」

そう言ってメアリーは砂浜の向こうを見つめた。

砂浜の向こうは鬱蒼と生い茂った森が広がっており、そう簡単に進めるものではない。

「……ここを通れば、どこへ向かうのかしら?」

「正直な話、あまり無作為にいかないほうがいいと思うよ。……でも、だからといって、動かないわけにもいかない。いったいどうすればいいものか……」

ルーシーは手を組んで考えた。

けれど、それよりも早く――何かがやってくる音が聞こえた。

「静かに。何か聞こえる」

メアリーの言葉を聞いて、僕は耳をひそめる。

何かがこちらに近づいてくる。

かっぽ、かっぽとコップを鳴らしているようなそんな音。

けれど、それは正確に言えば――。

「やあやあ、やっと森から出ることが出来た。まったく、この馬はかなり面倒な馬であることだ……」

森から出てきたのは、馬車だった。

それもそれなりに立派な。

「……まさか馬車が森の中から出てくるなんて」

「もしや……君たちはラドーム学院からやってきた子供たちかい?」

それを聞いて、僕たちは目を丸くした。どうしてそんなことが解るのか、はっきりと言えなかったからだ。

いや、それ以上に。

その人は、信じられる人間なのか? 突然やってきて、僕たちがどこからやってきたのかが解っている。そんな人間をすぐに信じられるだろうか? はっきり言って、そんなこと不可能だ。

「……乗りなされ。扉の鍵は開いている。それに、中には誰も載っていない」

「……ほんとうですか?」

「安心しろ。取って食うわけではないし、そもそも私はラドームの古い友人だ」

ラドーム……それってつまり、校長先生の?

「だったら、信頼できるかも?」

「そうかもしれないけれど……」

メアリーを筆頭に、ひそひそ声で話し出した。そうしている理由は単純明快。聞こえないようにしているためだ。聞こえてしまえば、すべてが無駄になってしまうのだから。

それを察したのか、馬車の老人は頷く。

「まあ、疑うことも仕方ないだろう。疑うこともまた、意識としては大事なことだからな。けれど、人を信じることも時に大事だぞ」

「……どうする? フル」

ここでルーシーが僕に話題を振った。何で、ここで話題を振るんだよ、もっと考えてから僕に手渡してくれよ、もっと何かあっただろ。

……そんなことを考えても無駄だと思った僕は、あきらめた。小さく溜息を吐いて、踏ん切りをつけるしかなかった。

「そうだね。ここでずっと話をしていても無駄だ。だったら、従うしかない。遠慮なく、馬車に乗せてもらうことにしよう。正直、どこに向かうのか解らないけれど」

「そう焦ることは無いぞ、若人。私がやってきた場所は、妖精の住む村として有名な場所だよ。名前はエルファスという。そこへ向かえば、きっと君たちの身体も休まるだろう」

 

 

結局。

僕たちは馬車に乗っていた。

馬車に揺られて、森の中を進む。木の枝が入ってくることがあるのではないか、ってことを考えていたのだけれど、はっきり言ってそれは杞憂だった。そんなことを考えても無駄だった、ということだ。

「馬車に乗ることが出来るとは、思わなかったよ」

「この世界で馬車を持っている人間ってとても少ないからね……。私たちも初めてだよ」

僕の言葉に答えたのはメアリーだった。

メアリーの言葉を聞いて頷く。そうなのか、この世界で馬車を持っている人間の数はそう多くない、と。正直もっと居るのではないか、と思ったけれど、どうやらまた別の考えらしい。

「それにしても、馬車に揺られるのって、とても気持ちいいのね……」

メアリーは座っていながら、伸びをした。

確かにメアリーの表情はどこか気持ちよさそうだし、僕も気持ちよかった。こんなに馬車の揺られが気持ちいいものだとは知らなかったからだ。

「……エルファスまではどれくらいですか?」

「なあに、あと一時間は軽くかかるだろう。それまではゆっくりとしていても何ら問題は無い。なんなら眠っていても構わないよ。着いたら起こしてあげよう」

眠り。

そう聞くと、途端に眠くなってくる。

なぜだろう。まあ、解らないことなのだろうけれど。長い間海水に浸かっていたから、体力が知らないうちに消費されていたのかもしれない。だったらあの時の気絶しているときに少しでも回復していればよかったのだけれど、人間というのは少々面倒な生き物だ。

そして、気付けば僕たちは夢の世界へと旅立っていった――。

 

◇◇◇

 

次に僕が覚えているのは、老人がカーテンを開けたタイミングでのことだった。

「そろそろ、エルファスの市内へと入っていくぞ」

それを聞いて僕は目を開ける。どうやら随分と長い間眠っていたように見えるけれど、ようやく着いたという言葉を信じるとまだ一時間程度しか眠れていないのだろう。何というか、すごく長い間眠っていたように見えるけれど、きっとそれは違うのだろう。

メアリー、ルーシーも目を覚まして大きな欠伸をした。

「まさかこんなに眠りやすい環境とはね……。馬車、恐るべし……」

どうやらメアリーは馬車に屈してしまったらしい。まあ、言いたいことは解る。そして仕方ないと思うことも事実だ。

市内へと入る大きな門――それを馬車の中から見て、とても幻想的な雰囲気が感じられた。石煉瓦を積み上げたことでできている壁よりも大きな巨木が見えているけれど、きっとあれが妖精の住む樹なのだろうか?

市内へと入っていくと、その雰囲気はがらりと変わっていく。

石煉瓦でできた質素なつくりの家、それに広い道を歩いていく人々。そしてその光景に映りこんでいる女性は、どこか露出度が高いように見える。一例をあげれば背中をぱっくりと開けたドレスを着ていることだろうか。どうしてあんな恰好を平気でできるのか、解ったものではないけれど。

「ここは西門の前なので、娼館が多いのじゃよ」

そう言って老人は笑う。

娼館――ねえ。ゲームの中でしか聞かないと思っていたよ、そんな言葉。

「なあ、娼館って何だ、フル?」

ルーシーはその言葉の意味を理解していないらしく、無垢にも僕に訊ねる。

いや、言おうと思えばすぐに教えることは出来るけれど――お前の隣には少女が居るんだぞ? しかもお前と同じ年頃の、だ。まあ、その意味は僕にもそのまま通るのだけれど。

大きな木――町の中心にあるそれの下には、一つの家があった。ほかの家と同じく石煉瓦で形成されているのだが、その幻想的な雰囲気に、思わず目を奪われた。

「ここがこの町の長老の家だよ」

馬車を止めて、老人はそう言った。

「……行こう、フル」

そう言ったのはメアリーだった。

確かに何も知らないでやってきた場所において、そのまま従っていくのはどうかと思う。緊張感もないし、皆を信じてもいつか裏切られる可能性を常に考慮しておく必要がある。

しかしながら、メアリーの言葉を聞いて――僕は小さく頷いた。

「そうだね。先ずは向かってみないと何も始まらない。きっとこの町の人はいい人だと思うから」

そう言ったのは、正直嘘だった。

ほんとうは不安ばかりだった。けれど、彼女の言葉に押されて、僕はそういうしかなかった。

 

◇◇◇

 

「お初にお目にかかります、私はこの町の町長です。どうぞよろしく」

「こちらこそ……よろしくお願いします」

今、僕たちは町長と面を向かいあって話している。

町長は椅子に腰かけて、ずっと笑みを浮かべている。それが若干気持ち悪く感じたけれど、あくまでもそれは僕が思っただけのこと。もしかしたらメアリーとルーシーはそう思っていないかもしれない。だから、僕は何も考えず、そのまま話を聞いていた。

「まあまあ、堅苦しくならずに、楽にしなされ」

その言葉を聞いて、僕たちはそれに従う。

その様子を見届けて、町長は小さく溜息を吐いた。

「……あなたたちはラドーム学院の学生だろう? どうして、このような場所にきているのか解らないが……」

まず自分たちの身分を話されて、驚いた。

なぜ知っているのだろう。こちらから話しているわけでもないのに。

「……ああ、すまない。実はラドームから聞いているのだよ。この町は、ラドームが昔住んでいた場所でね。私も昔からよく話を聞いていた。だから仲が良いのだよ」

そう言って、町長は背を向けている電話機を指さした。

電話機。それはこの世界にやってきて、一番驚いたことだ。この世界の文明は、もともと僕が居た世界に割り当てれば、産業革命以前になるだろう。船も蒸気船ではなかったし、そもそも蒸気で船を動かすことは、ほぼ出来ないかもしれない――そんなことを語っていた。

しかしながら、この世界には電話機がある。産業革命よりも前には、電話機は発明されていない。もちろん電話機が生まれたのは、僕のいた世界では産業革命以後となる。にもかかわらず、どうしてこの世界には電話機があるのか? 謎は深まるばかりだったから、取り敢えず暫く残置させておいた疑問の一つではあったのだけれど。

「……まあ、その電話で知ったのだよ。もしかしたら船がながされてエルファスのほうまで来ているかもしれない。もしそうなっていたら、助けてやってほしい。保護してほしい、とな……。さて、君たちがここに来たということは、つまり、ハイダルク城へと向かうことになるのかな?」

ほんとうに何でも知っている。この世界の有識人は、脳内ですべて繋がっているのか?

そんな冗談を言えるくらいには、僕は気になっていたけれど、でも、余裕を感じていたこともまた事実だった。

こくり、と頷いてそれにこたえると、町長は小さく頷いた。

「成る程。ならば、序でに……そう、ほんとうに序でのことになるのだが、一つ頼まれごとをしてくれないだろうか?」

「頼まれごと、ですか?」

「そう。頼まれごと、だよ。なに、そう難しい話ではない。ただ、一つ、あることをしてほしいだけなのだよ」

「あること、って……何ですか?」

フルの言葉に、町長は頷いて神妙な顔で話し始めた。

「……妖精をこの町に取り戻してほしい」

町長はそう言って、木を見る。合わせて僕もそれを見てみた。

確かに木はどこか元気がないように見える。

「……少し前までは、元気だったのだよ。この木は。けれど、それがつい最近、急に元気を失ってしまったのだよ。……なぜかは解らない。だが、敢えて言えることがある。それは、町の中から妖精が居なくなった、ということなのだよ」

妖精が居なくなった。

そもそも妖精を見たことがない僕にとって、それは簡単に納得できることではなかった。けれど、町長の話し方――トーンからして、それは重要なことであるということは、すぐに理解できた。

「妖精の住む町にとって、妖精が居なくなったことは大変なことなのだよ。そして、妖精が住む場所は別にある。だが、そう近くは無いし、この町に住んでいる人間がそう簡単に行けることは無い。難しいとでも言えばいいだろうか。平坦な道ではないものでね、かなり険しい道のりになるのだよ」

「だから私たちに?」

「ああ。こうお願いするのは心苦しいと思っているがね」

町長がそう思うのも当然だろう。急にやってきた人間に、この町のために働いてくれと言い出すのだから。冒険者ならともかく、まだ僕たちは学生だ。そう簡単にそのクエストを受けるわけにもいかなかった。

「……まあ、そう簡単にお願いして、了承してもらうとは思っていない。今日はゆっくりと休んでみてはいかがかね? この町で一番の宿屋の部屋を確保している。そこで一晩休んで、また次の日に結論を見出してはくれないだろうか? 短い期間で大変申し訳ないと思っているが……」

「……」

確かに、すぐに結論を出せるはずがなかった。

だから僕たちはひとまず町長の意見に了承して――一日の猶予をもらうこととしたのだった。

 

◇◇◇

 

僕たちは町の中を歩いていた。

なぜそんなことをしているのかといえば、一日の猶予をもらったことで、ちょっと時間が空いてしまったことが原因となる。ほんとうならば急ぎでリーガル城に向かわないといけないのかもしれないけれど、結局ここを解決しない限り心残りになるという判断で、僕たちはエルファスの町を歩いているということになる。

「……それにしても、ほんとうに古い建造物ばかりが並んでいるなあ。歴史がいっぱいになっている、というか」

ルーシーの発言を聞いて、僕も心の中で云々と頷いていた。

この町は人が多い。けれど、それは蓄積した歴史の上で成り立っているということ、それが十分に理解できる。そのような建造物を見て、僕はこの世界にきて何となく嬉しく思うのだった。こういう、もともとの世界ではまず見るのが難しいものを簡単に見ることが、きっと異世界の醍醐味なのだろう。そう、あくまでも勝手に思っているだけになるけれど。

「なあ、そこのあんた!」

その声を聴いて、僕は振り返った。

そこに立っていたのは、一人の少女だった。黒のロングヘアーで、フリルのついたネグリジェを着用している。

「……フル、知っているの?」

「そんなわけないだろ。僕ははじめてこの町に来たんだぞ?」

「そう……よね」

メアリーはそう自分に言い聞かせるように言って、頷いた。

対して、少女の話は続く。

「お願い、私を助けてほしいの」

「助けて……ほしい?」

「実は私は……」

「ミシェラ、なにしているのよ!」

それを聞いて、再び踵を返す。正確に言えば、僕は前を向いただけ、ということなのだが。

そこに立っているのは女の子だった。

まあ、それくらい見ればすぐに解ることだから割愛すべきことだと思うのだけれど、僕たちからしてみればそれくらいの基礎知識はとっても重要なことだった。

「カーラ。邪魔しないで。今私はここに居る旅人と話をしているのよ――」

「その旅人は町長と話をしている、とても大事なお客さんよ。あなたのような低俗な人間の話なんて聞かせてあげることは出来ない」

低俗な人間、と出たか。

確かにミシェラと呼ばれた少女の容姿は、カーラという少女に比べれば雲泥の差だ。

「低俗な人間、ねえ! 元はと言えば、私とあなたは同じ親から生まれているじゃないか。だのに、どうしてここまで変わってしまったのかねえ? あなたが媚を売ったからか、それとも身体を売ったのか? だったら私と変わらない、低俗な人間に変わりないじゃないか」

「……何を根拠にそんなことを言っているのかしら?」

カーラは笑みを浮かべていたが、その表情はどこか冷たい。冷たさを張り付けたようなそんな表情を見ていて、僕はそら恐ろしく思えた。

「何で怒っているのかな? もしかして、それが本当だった、とか? 私は、言っておくけれど、こういう可能性があるんじゃないの、と示唆しただけに過ぎないよ。当たり前だけど、そんな証拠なんて一切持っているわけでもないし。だってあなたは町長の秘書で、私はしがない娼婦なんだから、さ」

「貴様……さっきから言わせておけば!」

らちが明かない、そう思って僕は二人の中に割り入ろうとした――その時だった。

先に退いたのはミシェラのほうだった。

踵を返し、笑みを浮かべ、ミシェラはつぶやく。

「……そこのオニーサン、あとで『メリーテイスト』という色宿に来てみなさい。話はそれから幾らでもしてあげるわ。もちろん、それ以外のことも……ね」

そう言ってミシェラはウインクをして、立ち去って行った。

それを見てカーラは深い溜息を吐く。

「大丈夫でしたか? まったく……あの子には困ったものです。昔はああいうものではなかったのですが……いつしかああなってしまった」

「ああなってしまった……?」

くすり、と笑みを浮かべたカーラはそのまま僕たちに頭を下げる。

「ああ、挨拶が遅れてしまいましたね。私の名前はカーラと言います。以後、お見知りおきを。町長からあなたたちに町の案内をするように言われました。小さい町ではありますが、ぜひ楽しんでいってくださいね!」

そうして僕たちはカーラに町を案内してもらうこととなった。

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ、僕たちは宿屋で休憩していた。宿は僕とメアリーとルーシー、それぞれ一人ずつの部屋が確保されていた。

随分凄い対応だな、と僕は思いながらベッドに横たわり、天井を見つめていた。

メアリーはこの町についてメモを取っていた。勉強をこういうところでもするというのは、彼女らしい。

ルーシーは既に眠りについているのだろうか。先ほど部屋に行ってノックしても反応が無かった。だから、そうなのだろう――僕はそんなことを思っていた。

そこで僕はふと、ある言葉を思い出す。

昼に語っていた、ミシェラという女の子の発言。

「メリーテイスト……か」

僕は鞄から地図を取り出して、メリーテイストという色宿を探すことにした。

メリーテイストはすぐに見つかった。宿屋からもそう遠くない。

あの子の発言が少々気になる――そう思った僕は、部屋を抜け出して、夜の街へと繰り出した。

 

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