第八話後編

 

次の日の朝は、轟音で目を覚ました。耳を劈く程の轟音は、それを聞いた僕たち全員が一斉に起き上がった程だった。

「なんだ、今の音は!」

起き上がると、僕は窓のほうを見る。

窓の向こうには城壁が広がっており、そのあたりから黒煙が上がっていた。

「みなさん! 大変です!」

ゴードンさんがノックもせずに入ってきたのは、ちょうどその時だった。

「何があったんですか?」

ほかの部屋に居たメアリーも、どうやらその轟音に気付いたらしい。目を覚まして、ネグリジェ姿のままゴードンさんに問いかける。

ゴードンさんは息を乱したままだったが、そのまま答えた。

「はい。実は、北のほうから大量のバケモノが空を飛んできているのです。目標はおそらく……いや、確実に、このリーガル城を狙っているものとみられます」

「バケモノ……もしかして!」

「ええ、おそらく、メタモルフォーズ、でしょうね」

ゴードンさんの言葉に僕とメアリーは意識合わせする。

対して、何も知らないゴードンさんは首を傾げる。

「メタモルフォーズ……とは?」

「説明している時間は有りません、残念ながら。取り敢えず、外へ向かいましょう。フル、ルーシー、ちょっと着替えてくるからあなたたちも着替えて。大急ぎで向かいましょう!」

メアリーはそう早口で捲し立てて、そのまま部屋へ戻っていった。

僕たちが着替え終わるまで二分、メアリーがその後遅れて三十秒後に到着。最終的に二分三十秒余りの時間を要して、僕たちは外へと向かうことになった。

外へ向かうまでは迷路のように入り組んだ通路を通ることとなるので、ゴードンさんを先頭にして僕たちは進むこととなった。

道中行き交う人たちは、どこか忙しない。毎回、僕たちに敬礼をしてくるので僕たちもそれに倣って返すのだけれど、外に近づくにつれてそれも億劫になるのか、立ち止まることなく一礼のみして立ち去る人も出てくる。

「どうやら、想像以上に大事になってきているようですね。兵士が無礼を働いているかもしれませんが、お許しください」

「いえ……。忙しいようでしたら、仕方ありません。別に、これが悪いことでもありませんから」

言ったのはメアリーだった。メアリーはこういうときでも落ち着いている。いや、むしろこれが彼女の取柄なのかもしれない。

外に出ると、すぐに爆音が僕たちの耳に届いた。

「……さっきの轟音はこれが原因か」

僕は呟く。状況判断して、それを呟いた。

爆音の正体は城壁の上に設置されている砲台だ。確か魔術で動く砲台となっているので、砲台の下には魔法陣が描かれており、その魔法陣には自動で作動できるようなプログラムが組み込まれているのだという。

魔術は古き良きスタイルで、いちいち魔法陣を描くスタイルもあれば、一つのシンプルなフローであればルーティンワークを実行するプログラムを魔法陣に組み込むことで自動的に魔術を打ち込むことが出来る、いかにも現代チックな魔術のスタイルもある。

……まあ、なんだかよく解らないけれど、プログラムに関しては案外簡単な構文らしいので、学生でも作ることが出来るのだという。というか、ラドーム学院でも魔術のプログラミングの授業は設けられている。たしかカリキュラムにそんなことが書いてあった気がする。……それだけは、受けてみたい。

「問題は、あのメタモルフォーズ……だったか。あれに攻撃が命中しても、うまくいかないということだ」

「うまくいかない? それってつまり、どういうことですか」

「簡単なことだよ。命中してもダメージを受けているように見えないのだ。……あれほどの数が、一匹も倒せないままリーガル城の区々にやってきたら、すべてがおしまいだ。少なくとも、町に住む人々が犠牲になることは避けられない。だが、それを避けなくてはならない。どうにかして、あれを駆除する必要がある」

命中しても、ダメージを受けていない?

仮にそれが事実だとすれば、確かに非常に厄介なことである。即ち、今の僕たちの腕ではメタモルフォーズの大群を倒すことは出来ないということを意味しているのだから。

しかし、そうとすればどうすればいいのか……。

「ヤタクミ、どうやら助けが欲しいようですね」

声を聴いて、僕は振り返った。

そこに立っていたのは――サリー先生だった。

「サリー先生? どうして、ここに。ラドーム学院に居たはずじゃ……」

「再会の余韻に浸りたいところだけれど、それは一旦おいておきましょうか。問題は目の前に広がっている、あのメタモルフォーズの大群。攻撃が通らないということですが……、もしかしたら、可能性はなくなったわけではないかもしれませんよ」

そう言って、サリー先生はあるものを取り出した。

それは望遠鏡のようだった。そしてそれを通して、サリー先生はメタモルフォーズの大群を見つめる。

「……もう一発、砲台を使用してもらえますか?」

サリー先生の言葉を聞いて、ゴードンさんは頷いた。

「それに関しては問題ないが……、しかしメタモルフォーズにはそれが効かないのだろう? だとすれば使う意味が無いように思えるが……」

「いいえ、今こそ使うべきです。おねがいします!」

「……解った。おい、もう一度魔術を行使しろ!」

ゴードンさんの言葉を聞いて、砲台のそばにいた兵士が慌ただしく準備を始めた。

 

 

それから兵士が準備を終えるまで数瞬とかからなかった。ほんとうにあっという間に、「終わりました!」と言ってゴードンさんに向けて敬礼した。

それを確認したゴードンさんは頷いて、サリー先生に訊ねる。

「……よろしいのですね?」

「ええ。一つ、確認したい事があります。そのためにも、もう一度攻撃をしてもらうほかありません」

「了解しました。……おい、攻撃を開始しろ!」

即座に敬礼して、兵士は魔術を行使する。そして、数瞬の間をおいて、砲弾が撃ち放たれた。

砲弾――というのは説明としては間違いかもしれない。なぜならばその砲台から放たれたものはどちらかといえばレーザーに近いものだったからだ。レーザー、といえば科学技術の結晶に見えるかもしれないけれど、それはどうなのだろうか。案外、この世界の科学技術は発展しているのかもしれない。

「……やはり、そうだったのね」

双眼鏡でメタモルフォーズを見つめていたサリー先生は、そう言って僕たちのほうを向いた。

「……サリー先生、いったい何を見つけたというのですか?」

「一言、簡単に結論を述べましょうか」

サリー先生は歌うように言って、ゴードンさんの前に立った。

ゴードンさんは、彼のほうを睨みつけるサリー先生を見て、たじろいでしまう。

「な、何か解ったのであれば、教えていただきたいのですが……」

「あのメタモルフォーズはすべてまやかしよ。本物はどこか別に居る」

「何……だと?」

空に浮かぶ――こちらにやってくるメタモルフォーズの大群を指さして、

「なぜ私があなたたちにもう一度砲弾を撃ってほしい、と言ったかというと、これを確認したかったから。メタモルフォーズに命中したと思われるそれは、案の定命中したように見せかけただけだった。雲のようになっていた、とでも言えばいいでしょう」

「メタモルフォーズを操っている敵、ではなく……あれだけの量のメタモルフォーズが『居る』と見せかけた、ということですか?」

こくり。サリー先生は頷いた。

「成る程……。となると、それらを操っている敵を倒せば、あのメタモルフォーズの大群も消える、ということですね?」

「そうなるでしょう。……そして、その人間の見立てもすでについています」

「それは……いったい!」

ゴードンさんは鬼気迫る勢いでサリー先生に問いかけた。

「それは……」

指さしたその先には、一人の少女が立っていた。

そこに立っていたのは――ミシェラだった。

「……サリー先生、あなたはいったい何を……」

メアリーは疑問を投げかける。

しかし、それよりも早くサリー先生がミシェラのほうへと歩き出す。ミシェラはずっとサリー先生のほうを向いて、表情を変えることは無かった。

そしてミシェラとサリー先生が対面する。

「言いなさい。あなたは何が目的で、このようなことを?」

サリー先生の言葉に、ミシェラは答えない。

暫しの間、沈黙が場を包み込んだ。当たり前だが、このような間でもメタモルフォーズの大群は城へ向かって邁進し続けている。

沈黙を破ったのは、ミシェラのほうだった。

ニヒルな笑みを浮かべて、ミシェラは深い溜息を吐いた。

「……あーあ、まさかこんなにも早く判明してしまうなんてね。それにしても、あなたから出てくるそのオーラ、ただの学校の先生には見えないけれど」

「そんなことは今関係ないでしょう? 結果として、あなたはメタモルフォーズの大群を操っている……ということで間違いないのかしら」

「だとしたら、どうする?」

ミシェラはそういうと――消えた。

「消えた!?」

「いや、違う……。ここよ!」

しかし、サリー先生だけがその姿を捉えていた。

サリー先生の拳が、確かにミシェラの姿を捉えていたのだった。

「……くっ。まさか、人間風情に……!」

「人間だから、何だというの? そう簡単に倒せると思ったら、大間違いよ」

「貴様を逮捕する」

次いで、ゴードンさんがミシェラに近づいた。

「逮捕? そんなことは出来ないわ。するならば、それよりも早く――」

ミシェラはどこからか取り出したナイフを、自らの首に当てる。同時にミシェラはサリー先生の手から離れ、僕たちに見せつけるようにナイフに力をかけた。

「貴様、まさか――!」

サリー先生とゴードンさんがナイフを奪おうと、ミシェラのほうへ走っていく。

「フル・ヤタクミ。あなたはどういう未来を歩もうが、もう結論は見えている。この世界を救うなんてことはムリ。メタモルフォーズが世界を覆いつくす、その日は、そう遠くない!」

彼女は笑顔でそう言った。

その笑顔はとても臆病で、恐怖で、狡猾だった。

「……何を言っても、無駄だ。人間はメタモルフォーズには屈しない」

「そう言っていられるのも今のうちよ」

そうして、ゴードンさんがミシェラの前に立ったタイミングで――ミシェラは首を切り裂いたのか、彼女が横に倒れた。

なぜそれが断定出来なかったかと言えば、ゴードンさんが前に立っていて、その瞬間を見ることが出来なかったからだ。

もし、それを見ていたらきっと僕たちの心に何らかの傷を植え付けていたかもしれない。

ごとり、と何かが床に落ちる音――きっとその対象は、『首』だったのだろう――を聞いて、僕たちはゆっくりとそちらに近づく。

しかし、それをしようとしたタイミングで、サリー先生が僕たちの前に立ち塞がった。

「見ないほうがいい」

その言葉を口にしただけで、あとは何も言わなかった。

けれど僕たちも、不思議とそれ以上何も語ろうとはしなかった。

 

◇◇◇

 

そのあとの話を簡単に。

ミシェラが殺されたことによって、メタモルフォーズの大群は消え去った。やはりサリー先生の予想通り、ただの幻影だったらしい。もし彼女が死んでも消えなかったらそれはそれで厄介だったが。

ミシェラの遺体は秘密裡に処理されることとなり、そのまま淀み無くエルファスに居るカーラさんの元へ届けられることとなった。『処理』と言ってもあくまでも火葬や土葬の段階まで進めたわけではなく、必要最低限の処置をしたまでのことだという。

カーラさんがどのような心境でその事実を聞いたのか――出来れば考えたくない。

その日の夜は酷く眠れなかった。

目の前で首を斬られた人間を見たから?

それとも仲間が裏切ったから?

……いいや、何故だろうか。

どうして眠れなくなってしまったのか――それについては理解できなかった。理解したくなかった、と言えば間違いではないのかもしれないけれど、きっとそれは、いろんな感情がごちゃ混ぜになってしまった、その結果なのかもしれない。

「……フル、眠れないの?」

外を見つめていたら、隣から声が聞こえた。

その声はメアリーだった。そちらを向くと、メアリーも隣のベランダから空を眺めているようだった。ああ、そうだった。説明を省いていたかもしれないけれど、今日も男女別の部屋だ。別に何も起きないけれど、何か起きたら……という配慮なのだろう。

「そうだね、ちょっと今日はいろいろあったから……」

「そうだよね。仕方ない、なんて一言では片付けられないくらい、今日はいろいろとあったよ。……まさか彼女が敵なんて、知るはずがないのだから」

メアリーの言葉ももっともだった。もしあの状況で敵だと解るのならば、それは予知のレベルに近い。

でも、そんな理不尽ともいえることであったとしても、僕は自分が許せなかった。

どうしてこのような結末を、防ぐことが出来なかったのか――ということについて。

「難しく考えないほうがいいよ」

そう言って、深く溜息を吐いたのはメアリーだった。

さらにメアリーの話は続く。

「普通に考えても解る話じゃないよ。だって、あなたは悪くないのよ。私だって、ルーシーだってそう。みんな悪くないの。あなただけが悪いわけじゃない。誰も悪くないのよ」

「うん……ありがとうメアリー。なんだか少しだけ、頑張れる気がするよ」

メアリーはいつも勇気をくれる。僕を励ましてくれる。とっても優しい。

メアリーが居るから、僕は頑張れる気がする。

そう思ってメアリーと別れると、僕はそのままベッドに潜り込んだ。

やっぱり眠れなかったけれど、メアリーと話したからか、少しだけ眠れるような気がした。

 

◇◇◇

 

「リーガル城の襲撃は失敗に終わりましたか」

リュージュは水晶玉を見つめながら、彼女の向こう側に膝をついている科学者に告げた。

「はっ。リーガル城へと向かわせたメタモルフォーズが不完全だったようで……」

「だから言ったじゃない。自分で精神をコントロールできないようならば、ココロをメタモルフォーズに植え付けるのではない、と。メタモルフォーズはただの木偶。けれど優秀なメタモルフォーズにはココロを植え付けて自分で物事を考えさせる」

「僕のように?」

リュージュの隣にバルト・イルファが近づいた。

バルト・イルファはリュージュが腰かける椅子に体重を乗せて、

「……まあ、ココロって不完全で不確かなもの、というくらいだからね。それがほんとうに正しいか正しくないか、なんて科学者のミナサンにも難しいことじゃない?」

「……それをメタモルフォーズであるあなたが言うのかしら?」

リュージュは溜息を吐いて、再び科学者を見遣る。

「はてさて、今回の失敗について、どう言い訳をするつもりかしら」

「メタモルフォーズにはその種を広げていくための手段があることをご存知でしょうか」

逆に質問されたリュージュは一度バルト・イルファのほうを見て、考える。

数瞬の時間をおいて科学者を見ると、

「感染、だったかしら。空気感染ではなくて、経口感染だったと記憶しているけれど」

「ええ。そしてメタモルフォーズに感染する人間には特徴があると考えています。しかしながらまだその条件ははっきりとしておらず、未確定となっているのですが……」

「それがどうかしたのかしら? 明らかに言い訳とは繋がらないように見えるけれど」

「いいえ、これは言い訳ではありません。一つのプランの説明をしています。メタモルフォーズを失ってばかりでは、こちらもすぐに戦力の増強が出来ませんから。先ずは、あと一日お待ちいただけませんか。そうして、ある一定の結果を生み出すことが出来るはずです」

「……ほんとうに?」

科学者は何も言わなかった。

それを見たリュージュのほうが先に折れた。

「……解ったわ。あと一日だけ時間を与えましょう。しかし、それでいい結果が得られなければ……その時は、覚えておくことね」

小さく首を垂れたまま、科学者は何も言わなかった。

リュージュは椅子から立ち上がると、バルト・イルファとともに部屋を出ていった。