第八話前編

 

リーガル城。

ハイダルクの首都にある城であり、その城下町のことを言う。

そして僕たちはゴードンさんに連れられて、王の間、その入り口へとたどり着いた。

階段を上った先にあったその入り口の両脇には兵士が立っていて、それぞれ守っているようだった。しかしながら彼らはゴードンさんよりも階級が低いためか、ゴードンさんを見かけるや否や敬礼をした。

「ここが王の間です。どうか、粗相のないように」

そう言って、ゴードンさんは立ち止まる。

どうやら、僕たちだけで王の間に入れ――ということらしい。

「……」

そして、僕たちはゆっくりと王の間へと、足を踏み入れていった。

扉の中は広々とした空間だった。松明の光で明るくなっているとはいえ、あまり日が入らないためか若干暗い部屋になっている。そして、王の頭上にあるステンドグラスから殆どの光が入っているようだった。ステンドグラスには林檎を抱えた女性が描かれていて――。

「フル・ヤタクミ、ルーシー・アドバリー、メアリー・ホープキン……か」

「はい」

王様の前では、その一言しかいうことが出来なかった。

王様は思ったよりも若々しかった。僕と見た目が変わらないくらい、年齢が同じなのではないかと――そう思ってしまうほどだった。

「そう固くしなくてもよい。楽にしたまえ。ラドームから話は聞いているよ。なんでもフル、おぬしが『予言の勇者』である、と……」

王様の隣には、禿げ頭の大臣と思われる人間が居た。

若い国王の補佐――とでも言えばいいだろうか。国王の表情を窺いながら、僕たちを監視するように睨みつけている。

「陛下。いかがなさいますか? 予言の勇者一行をハイダルクで保護する、ということになるのでしたら……」

「むろん、そのつもりだよ。しかしどこが空いていたかな。城下町の宿屋では、正直警護が完全に確保しづらい。となれば、やはり城の部屋になるか……」

「しかし城の部屋は埋まっているのでは? 兵士たちの居る寮ならば、空いているかもしれませんが」

「そこで良いだろう。何かあったとき、すぐに兵士たちが対応できる」

国王と大臣の短い会話を経て、国王は改めて僕たちのほうを向いた。

「……おっと、放置して済まなかったな。場所も決まったことだ。先ずは君たちを部屋に案内しよう。そして、明るいうちにこの町を案内させよう。案内は、ゴードンに任せることにするか」

云々と頷いて、国王は言った。

 

 

ゴードンさんに連れられて、僕たちは部屋に到着した。場所は国王が言っていた通り、兵士たちの宿舎の中にあり、すれ違う兵士たちに毎回敬礼されるというのは、少々こそばゆい気分にもなった。

部屋は二つ。男女でちょうど二人ずつになっているので、男女で分かれるほうが賢明だった。そして荷物を置いて、少し休憩してから僕たちは町へ繰り出すことになった。

城と町を結ぶ橋を、今度は歩いて渡り、城下町へと到着した。

「リーガル城の城下町は東西南北、四つのエリアに分かれている。商業、娯楽、住居、自然の分割になっていて、大抵そのエリア分割で成り立っている。ここは商業エリア。だから店も人も多い。住居エリアや自然エリアに行けば、もっと人は少なくなるし静かになる。……まあ、そんなことはどうでもいいことではあるが」

「どうしてそうエリアを分割したのでしょうか?」

ゴードンの説明に、最初に質問を入れたのはメアリーだった。

ゴードンは顎に手を当てて首を傾げ、

「ううむ、それはあまり解らないのだよ。何せ随分と昔からこのルールが適用されているものだからね。しかし、これによって税率を決定することが出来るようになったから、もしかしたら国民のことよりも国政のことを思って計画されたものなのかもしれないな」

成る程。

確かにそれならばエリアごとに政治体制を変えていけば簡単に政治を行うことが出来る。頭のいいやり方だったかもしれない。けれど、それはきっと僕の居た元の世界では当然できることではないと思うけれど。

それにしても、この道はとても広かった。馬車が通っても全然邪魔にならないほどだったことを考慮すればそれは当然のことだったし、そもそもこの道自体が城から入口までずっと真っ直ぐな道なので特別な道だということは理解できることだし、それによってこのような広さが維持されているのだと思うと納得できる。

「この町は美味しいモノが集まっている、グルメな町とも言われている。どうだい? 何か食べてみる、というのは。今は食べ歩きがこの町のトレンドになっているんだ」

ゴードンさんはそう言って、僕たちに提案した。

ちょうど僕たちもお腹が空いていたところだった――そう考えていた僕たちに、イエス以外の解答は有り得なかった。

 

 

それにしてもこの世界での食べ物って、どうして元の世界のそれと変わらないのだろうか。

今僕が食べているのは焼きそば。名前こそ違っているが、味はほぼ変わらない。さすがにレシピまでは教えてくれなかったが、キャベツにベーコンに、味付けにはソースを使っているはずだ。……もしかして異世界でも焼きそばがブームなのか?

そんなバカな、というセルフツッコミを入れて、僕は考えるのをやめた。

ちなみにこの道はとてもきれいだ。きれい、というのはゴミが落ちていない――ということである。けっこう目につく距離にゴミ箱が設置されているためだ。しかし、ゴミ箱が設置されているだけで人がゴミを捨てるかと言われるとそうではない。『ゴミ箱があるからゴミを拾おう』という価値観が確立されていない限り、そんなことは出来ない。

「よう、兄ちゃん! アピアルはどうだい? 新鮮でとってもおいしいぜ。それに食べると元気になる」

焼きそばを食べていた僕にそう声をかけてきたのは、青果店――元の世界で言うところの『八百屋』のような場所に居た人だった。ねじり鉢巻きをつけて、僕に何かを見せつけている。それがアピアルというものなのだろう。しかしながら、それはどう見ても林檎の類にしか見えないのだけれど。

「アピアルはこの世界にとって、知恵の木の実と同じ形状をしているから、ということでとても重宝されているね。滋養強壮にいいというからねえ、アピアルは」

ゴードンさんはそう言って僕たちに補足した。

この世界では林檎が重宝されている、ということか。確か前の世界でも林檎は滋養強壮にいいって言われていたし、この辺りは共通認識なのかもしれない。異世界と元の世界で共通認識とは何事か、という話になるけれど。

「アピアル、先ずは一個食べてみないかい? 新鮮で、とっても美味しいからさあ!」

そう言って店主は僕にアピアルを差し出す。そこまで言ってくるというのなら、やっぱり味に自信があるのだろう。そう思って、僕はアピアルを手に取った――その時だった。

右のほうから、声が聞こえた。

最初は微かなものだったけれど、徐々にこちらに近づいてきているのか、その声のトーンが大きくなってきている。

「どいた、どいたーッ!」

セミロングの金髪の少女だった。

着古した黒を基調とした服装は、露出度がそれなりにある。へそ出しルック、とでも言えばいいだろうか。そういう感じ。そんな彼女は、とても足が速かった。

「おっと、ごめんよ!」

僕たちにぶつかりそうになったのを、彼女はそう言ってうまい具合に避けた。

「大丈夫だったかい。まったく、アレは盗賊だよ。ああいう風に何かを盗んでは質屋に売りつける。残念ながら、あれも一つのビジネスとして成り立ってしまっているのが実情だ。我々も何とかせねばならないのだがね……」

じゃあ、何とかしてくださいよ。さっきの、普通に考えれば警察的役割たるあなたが何とかしないといけませんよね?

そんなことを思いながら僕はふと手を見つめる。

……無い。

さっきまで手に持っていたはずの、林檎が無い!

「ああ、もしかしてさっきの嬢ちゃんが奪っていったか? だとすれば災難だな。アイツは腕利きの盗賊として有名だよ。名前はなんと言ったかな……」

「レイナだ」

「レイナ」

「そう。彼女の住処は一切判明しないものでね。我々が探索してもうまく掻い潜るのだよ。味方であれば頼もしい存在ではあるが、如何せん彼女は盗賊だ。市民に迷惑をかけている以上、我々は彼女をとらえ、罰せねばならない」

「盗賊というのは、この町にたくさんいるものなのですか?」

メアリーの問いに、ゴードンさんは首を横に振る。

「いいや、そういうものではない。むしろ少ないと言ってもいいだろう。しかしながら、あのレイナという小娘は盗賊の中でも名が知れている。しかしながら、まだ住処の場所も掴めない。気付けば居る……そして雲のように消えてしまう……。そういう存在だと言われているのだよ、彼女は」

「だとすれば厄介だな……、あれ?」

そこで僕は、ある違和感に気付いた。

鞄に入れていたはずの、あるものが無かった。

それは鍵だった。トライヤムチェン族の長老からもらった、大事な鍵だった。

「……鍵が無い」

「鍵? 鍵ってまさか……」

一言だけメアリーたちに言うと、勘のいいメアリーはすぐに理解したようだった。青ざめた表情で、僕に告げる。

「うん。……トライヤムチェン族の長老にもらった、あの鍵が無い。どうやら盗まれてしまったみたいだ……」

「それは大事な鍵なのか?」

ゴードンさんの問いに、僕は頷いた。

小さく溜息を吐いて、ゴードンさんは踵を返した。

「まず町を訪れるときにそれについて説明したほうが良かったな……。いや、それについてはもう後の祭りではあるが、致し方ない。先ずは、それを解決する必要があるだろう」

「隊長、どうなさいましたか、このような場所で!」

ようやくレイナを追いかけていたであろう兵士が息絶え絶えにやってきた。

ゴードンさんは溜息を吐いたのち、

「どうした、ではない。ここに居る旅人も鍵やアピアルを盗まれたようだ。だから、私もレイナ逮捕に協力する。言え、やつは何を盗んだ?」

そうして兵士は頷くと、レイナが盗んだものを言った。

それは、銀時計だった。

「銀時計……だと? それは、国家直属兵士の証ではないか! なぜ、そんなことを盗まれてしまったのか? なぜだ!」

「はっ、恥ずかしいことではありますが、兵士が一瞬目を離したすきに……」

「馬鹿な。超人だというのか、あのレイナという盗人は!?」

ゴードンさんがそんなことを言ったが、きっとそんなことは無いのだろう。

紛れもない超人など、居るはずがない。きっと何らかのカラクリがあるはずだ。例えば、そう……。

「ゴードンさん。そのレイナという盗人は、魔術師だったのではないですか?」

……僕がその結論について述べる前に、メアリーが先に到達してしまっていたようだ。というかメアリーも同じ結論にたどり着いていたというのか。まあ、別に問題ないけれど。

メアリーの話は続く。

「魔術師ならば、すべて説明がつきますよ。そのレイナという盗人は転移魔法と変化魔法を使い分けているのです。だからこそ、誰も見つけることが出来なかった」

「馬鹿な……。魔術師ならば、魔法を使うまでの間にインターバルがあるはずだ。詠唱や、円を描くこと。それについては、どう説明すると?」

ゴードンさんの意見ももっともだった。

魔法を使う上で必要なこと――詠唱とファクター、その二つをどのように処理すれば、瞬間的に魔法を行使できるのか、それがゴードンさんの疑問点だった。

それについてメアリーは顎に手を当てて、

「たぶん、これは良そうですけれど……、きっと、省略することが可能だったのではないでしょうか? 『コードシート』を使えば、少なくともファクターについては解決します。そして詠唱についても……技術があれば省略は可能です。少なくとも一言二言は必要になると思いますが……」

コードシート。

また新単語が出てきたが、まあ、名前からしておそらくコードをプリントした紙のことを言うのだろう。コード、とは魔法や錬金術などを実行するときに円をファクターとして描きあげる特殊な図形のことを言う。普段はそのコードを実行時に描くものだが、それでは描いている間の時間がもったいない。

そういう理由で生み出されたのがコードシートだ。コードシートは使いたいところでそれを使うことで、あとは詠唱すれば術が発動するらしい。――まあ、それはあとでメアリーから聞いた話なのだけれど。

「成る程。コードシートですか。ははあ、私はあまり魔法には詳しくありませんが、コードシートならば聞いたことがあります。実用化出来ていませんが、それを実用化していずれは魔法を軍事転用しようと考えている研究者も少なくありませんから」

まあ、それは当然の帰結かもしれない。

今まで一部の人間しか使用できなかった魔法が、コードシートの開発によって専門の知識を必要としなくなるのであれば、それさえ持たせてしまえば一般人にだって魔法を使うことが出来るのだから、それをうまく活用するには――やはり軍事転用しかないのだろう。単調な考え方かもしれないが、一番効率のいいやり方かもしれない。

「コードシートを使っている、ということにして……。ならば、詠唱については? メアリーさん、詠唱は省略可能なのですか?」

「技術的には、可能です」

ゴードンさんの問いに、メアリーは即座に答えた。

一拍おいて、さらに彼女の話は続く。

「正確に言えば魔法において必要な詠唱のみ行えば、魔法としては発動できる、ということになります。魔法詠唱において必要なものは『承認詠唱』と『発動詠唱』のみ。普段は必要最低限のコードを描き、それの補足として詠唱を行いますが……事前に用意しておけるコードシートを使用すれば、それらは完全に無駄になります。正確に言えば、コードシートにそれを含めて描いてしまえばいいのです。そうすれば、残るのは承認詠唱と発動詠唱の二つ。それらは多くて四つの単語で構成されているので、十数秒もあれば詠唱は可能です」

「……要するに、コードシートさえあれば一分もかからずに魔法は発動できる、と?」

こくり。メアリーは頷いた。

ゴードンさんは何となく理解しているような表情を浮かべているが、残りの兵士は首を傾げているばかりで何も言わなかった。どうやら何も解らないようだった。

まあ、当然といえば当然かもしれない。魔法を使うことが出来る人間は専門の技術を身に着けないと出来ないので、ただの兵士には魔法は使えない――そんなことを授業で習うくらいなのだから、きっと彼らは魔法についての知識は、一般市民が知る程度の基礎知識しか知り得ていないのだろう。

ゴードンさんは咳払いを一つして、さらにメアリーに質問を投げかける。

「しかし、そうなると問題はどこへ居なくなってしまったか? ということになる。コードシートは消えてしまうのか?」

「もしかしたら複合魔法を発動しているのかもしれません。別に、一つの魔法陣から一つの魔法が生まれるわけではなく、一つのフローにそって複数の魔法を発動させることが出来ます。ですから、転移魔法や変化魔法を行使したあとに、コードシート自体を焼却する魔法を使えば……」

「証拠が残らない、ということか。なんてこった、なぜ今までこんなことに気付かなかったのだ……。気付いてさえいれば、簡単なロジックであるというのに」

確かに、気付いてさえしまえば簡単なロジックだ。

けれど、簡単なロジックは気付いたからこそ言える言葉であり、気付くまではいったいどうやって行使したのか解らない。即ち超人しか出来ないことではないか? ということを案外勝手に思い込んでしまうものだ。

しかし、それにしてもメアリーはどうして自分の専門以外の知識も持っているのだろうか? 授業で習った――ということでもなさそうだし、はっきり言って、錬金術と魔法は基本が一緒であるとはいえ、その仕組みの殆どはまったく異なるもののはずだ。だとすれば、メアリーが仕組みを理解できているというのは、やはり誰かから教わった――ということになるのだろうか。

「兎角、問題は一つ解決した、ということだ」

ゴードンさんは兵士に向き直り、そう言った。

確かに、これによってレイナが実施した方法は解決した。

しかし、問題はまだある。たとえレイナの移動方法が解決したとしても、レイナの根城自体は判明していないからだ。

「結論は見えています。……次にレイナが何を狙うか、予測を立てるしかありません。あるいは、レイナがどこで盗品を売りつけているか」

「はっきり言ってそれが解れば苦労しない。アイツが品を売りつけているのは裏町のどこか、ということしか判明していない。もし解るとすれば……」

「裏町の情報通、」

塞ぎ込んだかと思われた道に、活路を与えたのはミシェラだった。

「情報通?」

ゴードンさんは首を傾げて、ミシェラの目を見つめる。

「裏町には情報通が居るはずだよ。名前は誰にも明かしていないから、その姿しか判明していないけれど……」

「情報通なら聞いたことはある。どこに居るのかは解らないが、よく裏路地の喫茶店に居るという情報はあるな。ただ、アイツは我々のような存在を嫌っている。……どうすればいいものか」

「それ、僕たちに任せてくれませんか?」

僕はとっさにそう言った。

鍵を盗まれたし、ほかにも盗まれたものがあるという。

だったら、それを取り戻さないといけない。それが僕たちにしか出来ないというのであれば、なおさら。

「……それは君たちには出来ないよ。もともと追っていたのは、私たち国だ。国で何とかしないといけない問題を、君たち冒険者に任せるわけには……」

「しかし、兵士を嫌っているのも事実ですよね? その情報通というのは」

ゴードンさんは何も言い返せなかった。

決してゴードンさんを言葉攻めにしたかったわけではない。むしろゴードンさんを助けたくて、僕はこう言った。

きっとメアリーとルーシーが口を開いても、こう言ったに違いない。現にメアリーとルーシーの表情を見ると、彼らもまた頷いていたからだ。

それを見たゴードンさんは溜息を吐いて、僕たち三人の顔をじっと見つめて、

「……解った。そこまで言うのであれば、君たちに任せよう。オイ、その情報通が居るという噂の喫茶店はどこだ?」

「カルフィアストリートの脇にある喫茶店です。確か名前はテーブルノマスです」

「テーブルノマス、だそうだ。申し訳ない、よろしく頼む」

ゴードンさんは頭を下げて、僕たちに言った。

「いいえ、大丈夫ですよ。僕たちも物を盗まれました。いわば被害者です。それを取り戻さないと、僕たちは先に進めませんから」

「解った。……それでは君たちにすべてを託そう。テーブルノマスへと向かう行き方は兵士から教えてもらうことにして、何かあったら詰所へ向かってくれ。この紙切れを渡してくれれば、きっと詰所の兵士からこちらに連絡があるはずだ」