第八話中編

 

テーブルノマスという喫茶店はすぐに見つかった。

客も入っていない、見た様子では寂れているお店だったが、外から見るとひとりの男性がコーヒーを飲んでいた。

「……もしかしてアレが?」

「かもしれない。だってこのような場所に一人、よ? はっきり言って怪しいと言ってもおかしくない。何か秘密があるからこそ、ここに居るのよ。きっと」

メアリーの後押しを見て、僕たちは喫茶店の中へ足を踏み入れた。

カウンターの向こうにはマスターと思われる男性がコーヒーカップを磨いていたが、客が入ったことに対する挨拶など無く、ただ自分の行っている行為に集中しているようだった。はっきり言って、そんなことは客商売が成り立っているのかどうか疑問だが、まあ、そんなことは客である僕たちが考える必要も無いだろう。

情報通と思われる、一人の男性の前に立って、僕は言った。

「……お前が情報通か」

情報通と思われる男性はそれを聞いて僕を一瞥して、すぐにコーヒーを啜る。

「だとすれば、どうする?」

「情報を買いたい。それも早急に」

「……どのレベルの情報かによるが。先ずは、何の情報が欲しいのか、それを教えてもらおうか」

「レイナという盗人の住処、そこを教えてもらおう」

「……レイナ、か」

それを聞いた情報通は目を細めて、窓の外を眺めた。

暫し時間をおいて、情報通は溜息を吐いた。

「十万ドムでどうだ?」

十万ドム。

確か出発前にサリー先生から戴いたお金の全額が四十万ドムだったから、四分の一ということになる。

正直、それほどの価値があるとは思えない情報かもしれないが、あの鍵を取り返すためにはその情報が必要だった。

だから、僕は頷いた。

「……思い切りのいい人間は嫌いじゃないぜ。じゃあ、前金で支払ってもらおうか」

そう言って情報通は右手を差し出す。

次いで、僕は麻袋から十枚の金貨を取り出してそれを情報通に差し出した。

情報通はしっかりと一枚一枚丁寧に数えて、頷く。

「よし、きちんと十枚確認したぞ。……それじゃ、お望みの情報を教えようじゃないか。しかし、残念なことに、あのレイナの居住地は誰にも解らない」

「ちょっとあなた、それって……!」

それは裏切りと言ってもいい。

メアリーが前のめりに彼に問い質そうとする気持ちも解る。

だが、情報通はそれを右手で制すと、

「ただ、レイナは毎日手に入れたものを裏道にある特定の質屋へと向かって換金している。そこはレイナをひいきにしているらしいからな。なんでも、レイナが盗賊稼業をする理由がその質屋にあるとも言われているが……、おっと、それは余談だったな。いずれにせよ、その質屋に行けば、確実にレイナに会えると思うぞ。まあ、そのあとはお前たち次第だがな」

 

 

レイナが行くという質屋は、そう遠くない距離にあった。

「ほんとうにあの情報通は、正しい情報を教えてくれたのでしょうね?」

メアリーは強い口調でそう言ったが、そんなことは正直言って誰にも解らない。解らないからこそ、実際に行って確かめるしかない。

裏路地はたくさんの店が軒を連ねている表通りとは違って暗い雰囲気に包まれていた。店も疎らだし、その開いている店も正直まともな店ばかりとは言い難い。まあ、だから裏路地と言われているのかもしれないけれど。表通りにはない店ばかりが並んでいるからといって、それが万人に受けるものであればさっさと表通りに移転するのが普通だろうし。

「……なあ、フル。それにしてもこのようなところに店なんてあるのか? 人も通っていないし、どちらかというと、ただの抜け道のような感じにしか見えないけれど……」

「そうかもしれないが、進むしかないだろ? 十万ドムの情報だぞ。はっきり言って安くない。それをどうにかして稼がないといけないことも考慮しても、先ずはこの情報を有用に使わないといけない。それが誤っている情報であったとしても、だ」

暫く歩いていくと、明かりが目に入った。この路地はとても暗くなっているためか、このような時間でも明かりをつけているのだろう。

「……もしかして」

小さく出ている看板には、『何でも買います 質屋シルディア』と書いてあった。

「これがあの情報通が言った……?」

「そうかもしれないな」

そうして、僕たちはその質屋へと入っていった。

 

◇◇◇

 

質屋の中にはどこで手に入れたのか解らないモノがたくさん広がっていた。

そして、カウンターの向こうにはローブに身を包んだ白髪の女性が椅子に腰かけて、笑みを浮かべていた。

「いらっしゃい。……おや、見ない顔だね。売りに来たのかい、買いに来たのかい」

「人を探しているのだけれど。名前はレイナ」

「……レイナなら今日はまだ来ていないよ。だから、そう遠くない時間にやってくるのではないかな。……それにしても、彼女に会いたいとかどういうことかね? それに、別にここはそういう施設ではないし。まあ、彼女に会いたいということは大方予想がつくが」

どうやら彼女にモノを盗まれた人間がここまで到達することは、よくあるらしい。

「でも、彼女と交渉してモノを奪い返そう、というのであればソイツは筋違いだ。我々の世界では、奪ってしまえば同時に権利も奪える。即ち、奪ってしまえばそれはその奪った人間のモノになるわけだよ」

「そんなことが……!」

「有り得るわけがない。または、通用するはずがない。そう言いたいのだろう? でも、それは表の世界のルール。これは、裏の世界のルールだよ。それは別にへんなことではないし、むしろ裏の世界からすれば表の世界のルールがおかしい、ってものさ」

「そんな……!」

メアリーは思わず絶句した。

対してミシェラは何となく予想がついていたからか、何も反応しなかった。

彼女もどちらかといえば、娼婦という裏の世界に近い人間として過ごしてきたからか、そういうことも知っていたのかもしれない。

「……ただし、権利を譲渡することはたった一つだけできる。……モノを買えばいいのだよ」

「何ですって……」

「この世は金だ。金さえあればそんな些細な問題はあっという間に解決することが出来るよ。だから……どうだい? 金を払ってみる、というのは」

そんなバカな。

奪われて、それを取り返そうとしたら、金を払え――だって? そんな理不尽な話があってたまるか。そんなことを思わず口走りそうになったが、何とかそれを呑み込んで、

「……じゃあ、仮に、お金を払うとしましょう」

僕がどうするか齷齪しているとき、メアリーが一歩前に出て言った。

その言葉を聞いてメアリー以外の僕たちは、驚きを隠せなかった。対して、メアリーは自信満々な表情を浮かべて、さらに話を続けた。

「そうすれば本当に返してくれるのかしら?」

「あたりまえだ。この世は金だからな。それに対する代価さえ払えば、どんなものでも売ってやろうじゃないか。それで商売が成立するからな」

「言ったわね」

メアリーがなぜか珍しく、もう一歩前に進んで言った。

「……あ、ああ。言ったとも。だが、君たちのような学生に、そのような大金が払えるのかね? 払えるのであれば、どんなものでも売ってあげようではないか!」

メアリーはその言葉を切るように、カウンターにあるものを置いた。

それは、小さな紙切れだった。

そこには数字が書かれている。その数字は、とても大きな数字となっている。

「……な、何だ。この数字は……?」

あまりの大きさに、商人も呆れ返ってしまっていた。要は、それほどの巨額だった。

メアリーの話は続く。

「もしそれでも足りないというのであれば、まだ何枚か同じ金額が書かれたそれはあるわ。だから、幾らでも言うがいい」

「……あんた、あんた、何者だよ! どうして、どうしてそんな大量の金額を持っているんだ? 富豪か王族じゃないと手に入らないほどの巨額じゃないか!」

「私はただの学生よ」

商人の言葉をそう一蹴するメアリー。

「けれど、学生の本気は、幾らでも大きい。あなたが思っている以上に、ね。さあ、これでレイナからあの鍵とアピアル、それに銀時計を回収することは可能よね?」

「ふうん、なんだか面白いことになっているじゃないか」

背後から声が聞こえた。

その方向を振り向くと――そこに立っているのは、先ほど僕から鍵と林檎を奪い取った、レイナだった。レイナが笑みを浮かべて、そこに立っていたのだ。

「まさか、リムに自ら交渉をする人間が居るとは思いもしなかった」

レイナはそう言って、ゆっくりと僕たちのほうへと歩いていく。

それは興味を抱いているようにも見えたし、恐怖を抱いているようにも見えた。

レイナは僕の前に立って、呟く。

「……何が目的だ?」

「何が目的? そんなこと、言わなくても解っているだろう。鍵を返せ。それは大切なモノだ。あと、アピアルと銀時計も返すんだ。そして、もし可能ならば、出来る限り、奪ったモノをもとの人間に返せ」

「……欲張りだねえ。そんなこと、簡単に出来るわけがないじゃないか」

レイナはニヒルな笑みを浮かべる。

そんなこと予想は出来ていた。

だけれど、関係ない。

たとえそんなことを言われようとも――やらないといけないことがあるのは紛れもない事実だ。

「出来るわけがない……かもしれない。けれど、やらないといけないんだ。だって、僕は予言の勇者と言われているのだから。予言の通りならば、世界を救わないといけない」

「世界を救うぅ? そんなこと、出来ると思っているの!」

レイナは両手を広げて、口の端を吊り上げる。

「治安維持、という大義名分を掲げて私たちのような下位身分の存在を抹消しようとしていた、現政権のことを知っているかい?」

現政権。

即ち、現在も王として君臨している人間、ということになる。

「……現政権が、そんなことを言っているというの?」

「そうだよ。まあ、大臣がそれを止めていると言っているが、その大臣が止めている理由も、きっとろくでもない理由に違いない。おそらく、我々を必要悪として、庶民にとって最下層の存在を敢えて見せつけることで、それになりたくないと思わせることもあるのだろう。……まあ、どこまでほんとうかどうかは、あくまでも噂の段階だが」

噂の段階でここまで断言できるということは、それなりの理由があるのだろうか。

「でもそれはあなたの事情でしょう」

しかし、それを一刀両断したのはメアリーの言葉だった。

「何が言いたいの?」

「何度でも言ってあげるわ。それはあなたの事情。あなたの考え。それを他人に押し付けることは、はっきり言って間違っている」

「……あなた、態度と考えが間違っているように見えるのだけれど?」

レイナは怒っているように見える。

マズイ。このままだとモノを返してもらえなくなる! どうにかしてメアリーとレイナの口論を止めて、謝罪しないと、何も進まないし、これ以上話が拗れかねない。それだけは防がねば。

「まあまあ、そのあたりで……」

「それじゃ、私から一つ提案しましょうか」

レイナの言葉に、僕たちは目を丸くした。

いったいどのような提案を言われるのだろうか。まったく予想出来なかったからだ。

「私は昔からあるものを探している。それを見つけるためには、どのような手段だって問わない。その証拠というか、その秘密というか、その手がかりを見つけたかった」

「……それは?」

「知恵の木、という木だよ。すべてが金に輝く、伝説の木。その木には、『知恵の木の実』という木の実が生っている、とも言われている。けれど、その木を見つけた人間は誰も居ない。だから、それを見つけたい。そうすれば、私も世界に名を遺すことが出来る」

知恵の木。

知恵の木の実がどういうものであるかは知らないが、それが生るものということはもっとすごいものに違いない。

「知恵の木の実……伝説上に言われている、エネルギーの塊。それが生っているということは、エネルギーをさらに蓄えた、その源……ということよね? 知恵の木の実ですら伝説上と言われているのに」

こくり。レイナは頷く。

「話が解るようで何より。知恵の木は歴史書にも殆ど記述がないと言われているほど、観測者も少ない。だからこそ、探したいのよ。その『知恵の木』を見つけることが出来れば、私は先人よりも先に進むことが出来る……!」

「話を戻しましょうか」

メアリーは唐突に話のハンドルを切った。

「あなたの提案を、簡潔にまとめてもらいましょうか? つまり、『知恵の木』を探したい――と」

「知恵の木を探したい。それは確かにそう、そして、それを求めるためにはいずれリーガル城を出ていく必要がある。広い世界を知る必要がある、というわけよ」

レイナは壁をたたいて、さらに話を続ける。――正確に言えば、壁をたたいた段階で質屋の店主がぎょろりとレイナのほうを睨みつけたが、レイナはそれを無視していた。どうやら、日常茶飯事のようだった。

「そしてあなたたちは世界を旅している。だって予言の勇者、なのでしょう? ということは世界を救うために、世界を旅している。ということは、『知恵の木』の情報が手に入る可能性が高い……というわけよ。そこで、提案に戻る」

レイナは人差し指を立てて、メアリーに向けて言った。

「私を、あなたたちのメンバーに入れてよ。決して、悪い話ではないと思う……からさ」

 

 

はっきり言って、レイナのその発言を一言で示すとなれば、『自分勝手』の一言で収まると思う。だって、誰の意見も聞くことなく、対立していた人間と唐突に同盟を組もう、等と言い出すのだから。

そんなこと、普通の人間だったらどうやってオーケイを出すことが出来るのか?

きっと僕だったらオーケイを出さないかもしれないけれど――。

「ほんとうに、それを聞いたらモノを返してくれるというのね?」

そう答えたのはメアリーだった。

「ああ、それは嘘を吐かないよ。私は嘘を吐かないことを信条にしているからね。それに、君たちこそ信じてくれているだろうね? もし、君たちがやだというのならば、私もこれを返すことに関しては否定的になるけれど」

「……おい、メアリー。ほんとうにいいのか?」

「何が?」

僕はメアリーに問いかける。

けれどメアリーは何も思っていない様子で、きょとんとした表情を浮かべて首を傾げた。

きっとあまり気にしていないことなのだろう。

「……取り敢えず、交渉成立ということで。じゃあ、私はモノを返してあげる。だから、あなたたちのメンバーとともに旅をする、ってことでいいよね」

そう言ってレイナは僕に近づくと、あるものを差し出した。

それは僕から奪ったとみられる鍵とアピアルだった。

「……まだ足りないぞ」

「ああ。そうだったわね。ええと……」

そうしてレイナはもう一つ、ほとんど忘れ去られていたかのような扱いだった銀時計を差し出した。

「これで一先ず解決……か? まあ、いろいろと語るべきポイントはあるけれど」

ルーシーの言葉に僕は頷く。確かに、このような結末でゴードンさんたちが納得してくれるかどうか、それが一番のポイントだと思う。

まあ、取り敢えず、決まってしまったことは仕方ない――そう思うと、僕は目を瞑った。

 

◇◇◇

 

結局、ゴードンさんは僕たちに対して怒ることはしなかった。

レイナに対しても、彼女がそう言ったのならば仕方がないとして、お咎めなしとなった。それが果たして今後どれだけの結果を生み出すのかは解らないけれど、一先ず僕たちはゆっくりと休むことにした。

「それにしても、旅はこれで終わりなのか……?」

みんなが集まったところで、開口一番そう言ったのはルーシーだった。

「少なくとも、これで終わりでしょうね。世界の終わり、と言われていてもどのように世界が終わるかも解らないし、そうなればこのまま待機するだけじゃないかしら。大人がどうにかしてくれる、というか子供がどう転ぼうとも大人はそれを咎めるだけだから」

ルーシーの問いに、現実的な解答を示すメアリー。

しかしながら、お互いの言葉はまったく間違って等いなかった。

しかしながら、それをそのまま認めるわけにもいかない。それは僕も思っていた。

「まあ、それについては明日考えることにしようよ」

僕はそう言った。

あくまでもその場を逃げるため――ではない。

お互いに考えるための時間を設けるべく、そう言っただけに過ぎない。

けれど、それがほんとうにどこまで出来るかは解らないけれど、とにかく、今の僕たちにとっては時間が必要だった。

そしてそれについて否定する意見が無く、僕のその意見はそのまま受け入れられることになった。

そうして、食事を終えて――僕たちはそれぞれに用意された部屋に入り、そして気が付けば僕たちは深い眠りについた。

 

 

その夜。

僕は夜空を見つめながら、記憶の川を遡っていた。

中学時代、小学時代、幼稚園――記憶の川はそこまで遡っても、鮮明に思い浮かべることが出来る。

しかし、やはりというか、予想通り、同じところで記憶の川はぷっつりと涸れていた。

「……どうして?」

僕は誰にも聞こえないほど小さい声で、ぽつりとつぶやいた。

「どうして……これ以上、僕の記憶は遡れないんだ?」

僕のつぶやきは誰にも聞こえない。そして、その質問は誰にもこたえることは出来ない。

そう思って――そう結論付けて――僕は無理やり目を瞑ってどうにかして眠ろうと布団に深く潜っていった。