第五話前編

 

僕たちが学校へ戻るまでの道のりは、簡単に説明することは出来ない。

なんというか、あの体験は実際に体験してみないと、きっと共感することが出来ないだろうと思ったからだ。

「……わたし、初めて転送魔法を使って移動したわ。すごいんですね、先生!」

メアリーが興奮しながら話しているように、僕たちは転送魔法を使って学院まで移動することが出来た。

緑の光に包まれて、目を開けた先にはいつもの教室が広がっていた――という算段だ。

「転送魔法を使うのは、まだまだあなたたちに難しいことだとは思うけれど、そう悲観することは無いわよ。これは努力を積めば、簡単に習得できる魔法の一つなのだから」

「へえ……」

メアリーは目をキラキラさせながら、サリー先生を見つめていた。

「まったく、メアリーの魔法オタクには目を見張るものがあるよ」

「あら? でも私は錬金術が好きなのよ。魔法が好きなのはただ単に錬金術に近いものを感じているから。錬金術はバリエーションが正直言って少ないからね。魔法も一緒に使うことが出来ればとても便利ではあるのだけれど……なかなかそうもいかないのよね」

「ダブルスタンダードを持つ人間は、そう多くありませんからね」

サリー先生の言葉を聞いて、僕は頷いた。

ダブルスタンダード。

二重標準、と言えばいいだろうか。簡単に言えば魔法も錬金術も一流のレベルまで鍛え上げる人間のことを言う。はっきり言って鍛え上げることだけならばそう難しいことではないのだが、しかしながら錬金術も魔法も使いこなせる欲張りな人間になることは簡単ではない。

「錬金術も魔法も、似たような学問であることには変わりありません。しかしながら、だからといって誰も魔法も錬金術も使えるのかといえば、そうではありません。むしろ、それができる人間のほうが一握り……それは一種の才能とも言えますから」

「才能、ですか……」

僕はサリー先生の言葉に、そう続けた。

「……サリー先生、私たちは今からどこへ向かうんですか?」

そうだった。

僕たちは教室に到着してから、休むことなくある場所へ向かって歩いていた。

残念なことに僕たちはその目的地がどこであるかを知らない。知っているのはサリー先生だけだった。だからといって、サリー先生のことを信用できないわけではない。むしろ信頼しているといってもいい。

先ほどの戦いで、サリー先生は僕たちを守ってくれた。

それだけで僕はサリー先生を信頼することの理由たるものと言えた。

「着いたわ」

そこにあったのは石像だった。

図書室に入ったときには、本でも読むのかと冗談を言いそうになったが、真剣に歩くみんなの表情を見ているとそうも言えなかった。そう冗談を言える雰囲気ではなかった、と言ってもいいだろう。

石像に触れるサリー先生は、小さくつぶやいた。

「フル・ヤタクミ、メアリー・ホープキン、ルーシー・アドバリーの三名をお連れしました」

そう言ったと同時に、石像がゆっくりと競り上がっていった。

「うわあ……」

こんな仕掛けは見たことが無かった。

そしてそれはメアリー、ルーシーも同じだったようだ。

メアリーは手で口を押えていたが、ルーシーはぽかんと口を開けて呆然としていた。

自分たちの良く知る空間にこのような大仕掛けがあるとは思っても居なかったのだろう。

「……さあ、下りましょう。この先にあなたたちを待つ人が居ます」

石像の下には階段があった。延々と地下へ続いていく階段。

それを見て僕はどこか不気味な様子に思えたけれど――しかし僕たちは先に進むしかなかった。

その先に何があるのか、知らなかったけれど、僕たちに退路なんて残されていなかった。

 

◇◇◇

 

階段を下まで降りると、そこには木の扉があった。

ノックをして中に入ると、そこは大きな部屋が広がっていた。図書室の地下にこのような空間があるとは知らなかったので、僕は心の中で驚いていた。

「フル・ヤタクミだな」

そこに居たのは――老齢の男性だった。

それを見たメアリーとルーシーはすぐに頭を下げる。

「校長先生……。ということは、まさかここは」

「はっはっは、そう緊張せずとも良い。ここは私の部屋だ。それにしてもみな、よく頑張ってくれた。サリー先生から話は聞いておるよ。ルイス・ディスコードという脅威を退けることが出来た、と」

退けた、というよりもあれは殺した――ほうが近いかもしれないけれど、とは言わないでおいた。

「まあ、そんなことはどうでもよい。私としては、敵が現れた時にいち早く守らなければならなかったのに、何も出来なかった……。私はそれが悔しくて仕方がなかった。どうか、今ここで謝罪させてくれ。ほんとうに申し訳なかった」

誰も、返す言葉が見つからなかった。

校長自らが僕たちに頭を下げていれば、言葉が見つからないと思うのは当然のことだった。

しかし、

「ヤタクミ」

その静寂を、僕の名前を呼ぶことで、校長自らが破った。

「何でしょうか」

僕は名前を呼ばれたので、それにこたえる。

「君は、なぜルイス・ディスコードに襲われることとなったのか知りたくはないか」

それを聞いて一番驚いたのはサリー先生だった。

「校長、それはつまり……!」

サリー先生がこれ以上何かを言う前に、校長が自らの手でそれを制した。

「もう隠し通せないだろう、ここまで来て。いずれにせよ、私は隠すつもりなど無かったがね。もっと早く、本人たちに伝えてあげるべきだと思っていた。……後悔はしないね? 例え、君たちが知る真実が、残酷なものであったとしても、それを最後まで聞く覚悟は出来ているかな?」

「当然です」

そう答えたのは、僕でもルーシーでもなく、メアリーだった。

「ほう……」

校長は顎鬚を弄りながら、笑みを浮かべる。

続いて、ルーシーがはっきりと大きく頷く。

最後に僕が――しっかりと校長の目を見て、

「お願いします、校長先生。僕たちに……いいえ、僕に教えてください。なぜ、ルイス・ディスコードは僕たちを襲ったのか、その理由について」

「いいだろう。しかし、これから話すことはそれなりに長くなる。サリー先生、椅子を彼らに渡したまえ、私も立ちながら長話はしたくない。だから私も椅子に座らせてもらうことにするよ」

そう言って校長は木製の椅子に腰かける。リクライニング付きのゆったりとした椅子だ。安楽椅子の一種と言ってもいいかもしれないが、揺れる機能がついていないから、正確には安楽椅子とは言わないのかもしれないけれど。

サリー先生がどこかから椅子を持ってきたのを見て、僕たちは頭を下げた。ありがとうございます、という感謝の気持ちを伝えることは、どんなことよりもシンプルであり、どんなことよりも大事だ。

「……それじゃ、話を始めよう。そしてその前に、一つの結論を述べることにしよう。フル・ヤタクミ。君は……予言の勇者だよ。何百年も前から語られていて、それが覆されたことのない『伝説の予言』とも言われているテーラの予言から来ているものだがね。君の目的は、テーラの予言によればただ一つ。いずれやってくると言われる世界の破滅から、世界を、人々を、救う。いわゆる君は……言い方を変えよう、英雄なのだよ」

 

 

校長が言った長い話を要約すると、こういうことだ。

ガラムド暦元年に、偉大なる戦いが起こる。偉大なる戦いでは、オリジナルフォーズが世界を破滅へと導いた。正確に言えばそれは未遂に終わり、神ガラムドがそれを封じ込めたと言われている。

ガラムドが神と呼ばれているのは、これが一つの大きな原因であると言われている。ほかにもその時代に人々を平和へと導いた『平和の象徴』としても語られているらしいが、それは今語るべきことではないので、割愛する。

ガラムドの子供は、二人生まれた。その二人がそれぞれ祈祷師と祓術師という二つの職業に就くことになった。もともとはどのような役職を作るか考えたガラムドが悩んだ末の結果であり、世界にあるあらゆる役職の上に立つ存在であると認識させるために躍起になっていたとも言われている。

祈祷師は神の言葉を代行する存在なのだという。そう考えると、成る程、祈祷師の初代は神を母親に持つのだから、まさに神の代行人という立ち位置に立っていても何らおかしくは無いのだろう。

祈祷師は力をつける一方で、祓術師は力を失っていく。

その象徴的な出来事がリュージュの二大予言だと言われている。今はスノーフォグの王となっているリュージュが予言した二つの事件。そのどれもが実際に起きて、多数の死者を生み出した。しかしながら、リュージュの予言によりそれによる被害者が少なく済んだとも言われており、のちにリュージュは一つの国を手に入れるほど信頼されるようになった。

リュージュの躍進とともにほかの祈祷師も高い地位に着くようになる。そのころからさらに祈祷師と祓術師の格差は生まれ、軋轢も酷くなってきたという。

「はっきり言って、あれはひどいものだったよ。私は祈祷師という地位に立っていたからこそ、あれを客観的に見ることは出来なかった。だが、助けることは出来なかった。助けることで私もその地位に転落するのではないかと思ったからだ。今思えば、恥ずかしいことなのだがね」

校長の話はさらに現在へと時系列を近づけていく。

祈祷師の一人、テーラはある予言を世界に発表した。

「それは世界を破滅へと導く予言だった。あれが発表された当時はほんとうに酷いものだったよ。だって考えてみれば解る話だ。世界が破滅していく予言だと? そんなもの誰が信じる。誰も信じない。それが当然であり、当たり前のことだったよ」

確かに、世界が破滅するなんて予言はそう簡単に信じられないだろう。仮にそれを聞いていた立場だったとしても、そう鵜呑みにできる話ではない。先ずは詐欺師を言うだろう。え? 誰のことを、だって? そんなこと、決まっているだろ、その予言をした人物を、だ。

「そうだ。その通りだ。テーラは詐欺師扱いされたよ。祈祷師の地位を下げるつもりか、と祈祷師も批判していた。だが、私は彼の予言を信じていた。ほんとうに起きるのではないか、と思っていたのだよ」

「どうして、そう思うのですか?」

メアリーの問いに、校長はしっかりとした口調で言った。

「私も見たからだ。――世界が滅びる、その日を」

嘘を吐いているようには見えなかった。

それどころか、はっきりとしている口調は、自信の象徴に見えた。

「その夢は今もはっきりと覚えているよ。業火に燃やされたハイダルク城、泣き惑う人々、そして区々を破壊し、我が物顔で闊歩するのは、見たことのない巨大なバケモノだった」

「バケモノ……メタモルフォーズのことですか?」

「知っているのかね?」

「ええ……。トライヤムチェン族の集落で、村長から聞きました」

「そうか」

校長はそれしか言わなかった。

「……予言を信じる人間は、別に私だけではなかった。しかしテーラを批判する人間からすれば、それは少数派に過ぎなかった。だからこそ、だからこそ……テーラは悩まされたのだろう。それを発表してよかったのかどうか、悩んだことだろう。けれども、世界の危機を予言したのならば、それは紛れもなく、人間に対する警鐘を鳴らしたことに等しい。だからこそ、人々はそれに気づきたくなかったのだろう。だが、それをテーラははっきりと人間に告げた。『四百年後、世界は滅びる』と」

四百年。

その時間はあまりにも長く、そして何が起きてもおかしくない時間だった。

その時間ののち、世界が滅びる――突拍子もないその予言を信じるほうがおかしな話かもしれないが、仮にそれが正しいものであるとすれば、四百年前にその予言をすることは、やはり祈祷師の力を確固たるものとするに相応しいものだったのだろうか。

「……テーラは耐えきれなかったのだろう。その翌年、死んだよ。海に落ちた。そして、テーラは遺言を残していた。そこにはこう書かれていた」

その予言は間違いではないが、一つ人間にとっての『希望』が残されていることもまた事実である――と。

「希望?」

「そう。それこそが……勇者の存在だ。三つの武器を使い、それぞれの術に長けた三人組。正確に言えばそのうち一人が勇者で、残りの二人は勇者に率いられた存在であると言われているがね。……まあ、それも眉唾物とも言われている。なにせ実際の遺言が残されていないのだ。だから、当初は……今もそうかもしれないが、テーラの弟子が自らの地位を上げるために死んだ師匠を利用した、なんてことも言われた」

「そんな酷いことを……」

「祈祷師はほかの人間に比べれば圧倒的に高い地位を手に入れていたが、それと同時に妬む人間もやっぱり多かった。神の血を引き継ぐといってもそれは二千年も昔の話。そんなもの、とっくに途絶えていてもおかしくない。だのにどうして祈祷師は未だにその地位を確固たるものとしているのか? とね」

二千年も自分の祖先が確定している、と考えれば凄いことだとは思うけれど、やはりそういう考えにはなかなか至らないらしい。

「まあ、テーラの予言がどこまでほんとうだったのかは解らない。ただ、これだけは言えるのだよ。テーラの予言があった年……それは、今年から四百年前のことだ。すなわち、テーラの予言が本当であれば、今年に世界は破滅へと向かっていく。そしてそれを守るべく勇者がこの世界にやってくる」

「それが……僕だと?」

馬鹿馬鹿しい。

そんなことがほんとうに有り得るのか?

いや、まあ、異世界に召喚――その時点で何となく普通ではないと思っていたけれど、まさかここまで普通じゃないなんて。あまりにも出来すぎている。まるで最初からこう進むようにレールが敷かれていたかのようだ。

まあ、そんなことはどうでもいい。

問題は、それが本当かということについて。

予言の勇者――それが僕であるならば、僕は世界を救う英雄になるということだ。

「……一つだけ、質問があります」

「言ってみたまえ」

「どうして、僕を予言の勇者だと断定するのですか。断定するからには、それなりの証拠があると思うのですが」

それを聞いてメアリーとルーシーは頷く。やはり彼女たちもそのあたりについて疑問に思っていたらしい。しかし相手は校長だ。そう簡単に質問できる事項ではなかったのだろう。

しかし、僕は当事者だ。どんな質問でもする権利があり、ある程度の解答を得る権利がある。だから僕はズバリ質問した。どうして――僕が予言の勇者だと断定出来たのか、そのことについて。

「予言の勇者は左利きだと言われている」

深い溜息を吐いたのち、校長はそう言った。

左利き。

またの名をサウスポー。

確かに僕は左利きだ。サウスポーだ。だが、それがどうしたというのだろうか? 左利きは珍しいことなのかもしれないが、生まれる確率はそう珍しくないはずだった。

いや、もしかしたらそれは僕がもともと生まれた世界だけの事象であって、この世界では違うのかもしれないけれど。

「左利きは神の一族だけが得ることのできる、実に特殊なものだよ。一般人が左利きにしようとしても、なぜか左利きにすることは出来ない。もちろん、フル、君が一族の一人である可能性も十分有り得たが、そんな人間が生まれたという情報もない。となると……」

予言の勇者しか、その可能性は有り得ない――ということか。

僕は校長の話を聞いて、そんなことを思った。

「……まあ、理解できないのも解る。急にこんなことを言われて困惑することも致し方無いだろう。だが、だからこそ、理解してもらいたい。君が世界に齎すものは、君が思っている以上に凄いことだということを」

 

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